カナモジカイの始(日置昌一『話の大事典』)


 愛媛縣の人山下芳太郎は明治廿七年から外交官として海外にあること八年におよび、西洋諸国の簡單な音標文字にひきかえ、わが國にて使用する漢字がはなはだしく不便であることを痛感し、それから國字の改良に苦心努力していたが、ついにカタカナ左横書が一番適當であるとし大年三年六月に国字改良案を獲表し同時にカナ活字を試作した。ついで九年十一月一日に我国最初のカナモジカイを創立したのである。
 かなつかひ醫者と石屋の門違ひ(明和)


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Last-modified: 2020-08-03 (月) 00:23:25