五十嵐力

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はしがき
 本書收むるところの傳説七十八篇、百餘項、是の大部分は曾て早稲田大學の文科に籍をおいた學生諸子の筆に成ったものである。また其の中の数篇は地方時志の友人の寄稿に係ったものであり、數篇は著者自身の筆に成ったものである。
 著者は明治三十四年より十七年間、早稲田大學文學部の作文科を擔當した。その間殆んど毎年、學生達に一種の置土産《おきみやげ》として、生れ故郷の傳説を記述することを要《もと》めたが、その結果として、恐らく千餘人の筆に成った傳説記が出来たであらう。著者は之れを纏めて一寸位の厚みを持つ半紙本十九册を揃へることが出來たが、本書に載せたのは、いづれも其の中から選り抜かれた秀逸である。
 著者は本書に採り入れた傳説の文章に對して、出来るだけの整理を加へた。先づ學生達の書いたのに筆を入れ、それを淨寫した上に、もう一度筆を加へて取り纏めようとしたが、それだけではどうしても熟した物になちないので、據ろなく、十中の七八篇は、自ら新に稿を起こすことにした。もとの事實と手振と趣味とをぱ、成るべく毀《こは》さぬやうにつとめたことは無論である。、
 此の傳説集は、大正二年の五月に、一度『趣味の傳説』と題して公にしたものである。その後昭和五年の四月に、その中かち五篇を除き、新に十篇を加へ『口碑珠玉』と題して再度の公刊を試みた。今度の『日本傳説集』は、大體『口碑珠玉』をそのまま採り用ゐて、多少の訂正を施したものである。
 著者は『趣味の傳説』の小序に於いて、


著者は……著者のために地方傳説起稿の労を執られた青年諸子に對して、厚く御禮を申さねばなりません。この可愛ゆい、自然な、そして趣味に富み變化に富んだ傳説集――著者の慾目には、無類の愛らしさと面白さとを包んでゐる空前の傳説集とも見えるものの成立つたのは、全く諸子のお蔭であります。

と言った。著者は三度目なる本書の公刊に際して、また此の感謝を繰返したいと思ふ。要するに本書は、全く人のお蔭によって成立つたものであるが、日本及び日本人のもつ本來の面目と美所長所とを、比類なき程度に美しく説明し描寫して居ると信ずることの出來るのは、著者の常にひそかに悦びとする所である。
     昭和十六年十一月中旬     著者


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Last-modified: 2022-08-08 (月) 10:00:36