日本釋名 三巻三冊(或は六冊)
 元禄十二年貝原篤信著。翌十三年刊。益軒全集巻一にも所収。本書は劉煕の「釋名」に做って著したもので「和句解」(前出)と同じく國語の語源を説明した辭書である。内容を(一)天象から(二十三)虚字まで分類し、各類に從って單語を出し、その語源を説明してゐる。又著者はその凡例に於いて語源研究の方法論を述べて居るが、この研究方針が今日から見るも大體正鵠を得てゐる事は頗る敬服に値する點である。併し研究の結果は常識的に陥り、學術的價値の低いことは惜しむ可きである。
(亀田次郎「国語学書目解題」)

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貝原益軒『日本釈名』
日本釋名序
やまとこと葉は、上古よりとなへ來れりといへども、今の人日々に用ひて、其所以をしらず。此ごろ劉煕がしるせるふみにならひ、日本紀、萬葉集、順和名抄以下の古書にもとづき、和音五十字をかんがみて、一書をあつめ、名づけて日本釋名といふ。世の中のことばおほくして、きはまりなく、わが身の才すくなくして、盡やすければ、こと〴〵くに、ときがたし。今しるす處は、其十が一にも及ぶべからず。いはんや、我が拙陋なる、其わづかにしるす所も、さだめてひが事のみぞおほかるべき。いにしへにひろき君子、此あやまりをたゞし、其たらざるを補ひ給はば、まことに我がねがふ所なるべし。
 元禄十二年上元日
          貝原篤信書

日本釋名凡例
一 和語をとく事は謎をとくが如し。其法訣をしるべし。是をとくに凡八の要訣あり。
○一に自語《ジゴ》は天地《アメツチ》男女《ヲメ》父母《チヽハヽ》などの類、上古の時自然に云出せる語也。其故はかりがたし。みだりに義理をつけてとくべからす。
○二に転語は五音相通によりて名づけし語也。上《カミ》を転じて君とし、高《タカ》を轉じて竹《タケ》とし、黒《クロシ》を轉じて烏《カラス》とし、盗《ヌスミ》を轉じて鼠《ネズミ》とし、染《ソミ》を轉じて墨とするの類也。又轉語にして略語をかねたるも多し。且音を轉じて和訓とせし類あり、後にしるす。
○三に略語はことばを略するを云。[ひゆる]を氷《ヒ》とし、[しばしくらき]を[しぐれ]とし、[かすみかがやく]を春日《カスガ》とし、[たちなびく]を[たなびく]とし、文出《フンデ》を筆とし、墨研《スミスリ》を硯とし、宮《ミヤ》所を都とし、[かへる手]を[かへで]とし、[いさぎよき]を[さぎ]とし、[かヘリ]を鴈とし、前垣を籬《マガキ》とし、[きこえ]を聲《コヱ》とするの類也。上略中略下略有、又略語にして轉語をかねたるも多し。
○四に借語は他の名とことばをかリ、其まゝ用ひて名づけたる也。日をかりて火《ヒ》とし、天《アマ》をかりて雨とし、地《ツチ》をかりて土とし、上《カミ》をかりて神とし髪《カミ》とし、疾《トシ》をかりて年とし、蔓《ツル》をかりて弦《ツル》とし、潮《シホ》をかりて鹽《シホ》とし、炭《スミ》をかりて墨とするの類也。
○五に義語《ギゴ》は義理を以て名づけたるなり。諸越《モロコシ》を唐《モロコシ》とし、気生《イキヲヒ》を勢《イキヲヒ》とし、明時《アカトキ》を暁《アカツキ》とし、口無を梔子とするの類、又是を合語とも云。二語を合せたる故也。又義語にして轉語をかねたるもあり。義語を略したるは即略語也。
○六に反《ハン》語はかな返し也。[はたおり]を服部《ハトリ》とし、[かるがゆヘ]を[かれ]とし、[かれ]を[け]とし、[ひら]を葉《ハ》とし、[とをつあはうみ]を[とをたふみ]とし、[あはうみ]を[あふみ]とし、[きえ]を[け]とし、[見へ]を[め]とし、[やすくきゆる]を雪とするの類多し。
○七に子語は母字より生する詞を云。一言母となれば其母字より生するを云。日の字を母字として[ひる]、晷〈日咎〉《ヒカゲ》、光を生じ、月を母字として晦《ヅゴモリ》、朔《ツイタチ》を生じ、火を母字として炎《ホノヲ》、焔《ホムラ》、埃《ホコり》を生じ、水を母として源《ミナモト》、溝《ミゾ》、汀《ミギハ》、港《ミナト》を生するを子語と云。
○八に音《イン》語也。音語に三様あり。一に字の音を其のまゝ用ひて和語とせしは、菊、桔梗《キキヤウ》、繪馬《ヱムマ》、石榴など也。二に唐音《タウイン》を其まゝ和語に用たるあり。杏子《アソズ》、石灰《シツクイ》、菠薐《ハウレン》などの類也。三には梵語を用たる有。ほとゝぎす、尼《アマ》、猿《サル》、斑《マダラ》などの類也。和語千萬おほしといへども、此八の外に出す。もろこしの文字をつくりしに、六書とて六の品あるがごとし。
一 此書の内和語をとくに二三説をあげたる所多し。大やうはじめの説をよしとす。
一 和語をとくに、上代よりとなふる詞を音を以とくはあしし。上代は和語のみにして漢字なし。漢字を以名づけしは後代の事也。又近代のいやしき俗語を以古のことばをとくべからす。上代のことばは今の俗語にかはれり。今の語にてとけば古語にあはず。聖《ヒジリ》を非をしると云の類用ゆべからず。然れども後代のことばには、又まれには音を用て和語とせし事も有。およそ和語にこえを用る事上代にはなし、中世にはまれ也。近代はおほし。
一 母語を用て子語をとくべし。子語を以て母語をとくべからす。火は天の日をかりて[ひ]と云なるを、「日は地の火と同じければ[ひ]」と云ごとき、「日とは物日にあたればひるゆへに日となづく」ととき、「くもるゆへ雲」と云の類、是子語を以て母語をとく也。あやまり也
一 ときがたき言をばうたがはしきをかきてとくべからす。みだりにとけばあやまるもの也。ときやすきをとくべし。ときがたきは上古の自語多かるべし。又は古人の語をつくりし意、今よりはかりがたきゆへにときがたしとしるべし。
一 古語をとくには、やすくすなをにとけば、古人の言をつくりし意にかなふ。むづかしくうがちてとけば、古人の意にかなはず。又ふかく遠きをいむ。古人のことばをつくりしは、やすくすなをなる心よりいでたり。妻《ツマ》をとくに[むつまし]と云上下を略せりごとくは、やすらかにしてよし。夫婦枕をならべつゞきまとはるゆへ妻と云説むづかしくしてすなをならす。うがてりと云べし。春日を[かすみかゞやく]ととくはすなをにきこゆ。是正説なるべし。一説に[か]は[あかし][す]は[すはう]の色なりなと云説あしゝ。又雲の[く]は内へまくりいる詞、[も]はむかふ義などとけるは皆ひが事なるべし。みだりに道理をふかくつけてむづかしく、とくべからす。古人のことばをつくりし本意にあはす。
一 右にしるせし轉語《テンゴ》の内、音を轉じて和訓とする類、文のこゑを轉じて[ふみ]と訓じて和語となせり。[ふみ]は[ぶん]の轉語なり。錢《セン》の音を轉じて[せに]と訓ず。蝉を[せみ]と訓じ、頓を[とみ]と訓ず。紫苑は藥の名也 [しをに]と訓ず。龍膽《リウタン》を轉じて、[りんだう]と訓す。椎《スイ》の音を轉じて[しゐ]と訓す。蘭《ラン》を[らに]と訓す。芭蕉《ハセウ》の音[はせう]なるを順和名にかなを書かへて[はせをは]と訓す。古今集の歌にも、[はせをは]とよめり、鸚鵡《アウム》を[あふむ]とかなを書かへて和訓とす。此類其ゆへをしらざる人は、古人のかなあやまれりと思ふべけれどさにはあらす。牽牛子《ケンゴシ》を轉じて[けにごし]と訓す。木瓜[ぼくくわ]を[ぼけ]と訓す。音の轉也。蘇方《ソハウ》を[すはう]と訓す。土器《ドキ》を[つき]と訓す。相撲《サウボク》を[すまふ]と訓す。朴《ホク》を[ほゝ]と訓ず。馬《マ》の音を和語にせんため[む]の字を上につけて[むま]と云。[む]は[ま]の字の発音なり。國《クニ》は郡《クン》の字の音を轉じて[くに]と訓す。此類皆音を轉じて訓とせしなり。
一 和語に訓一にして意別なる有、生《ナル》と成《ナル》と徳《ムヲヒ》と勢《イキヲヒ》との類也。生は初なり。成は終也。徳はいきておひ出たる心のめぐみ也。勢は息生《イキヲヒ》なり。氣のさかんなるを云。又日と火と地《ツチ》と土と上と神と疾《トシ》と年と蔓《ツル》と弦《ツル》との類は皆借語なれば、右にいへるには同じからす。
一 和語に重語多し。つくばねの峯【ねは峰也】。青|嶺《ネ》の峯《ミネ》、二日《フツカ》の日《ヒ》、對馬島《ツシマシマ》の類猶有べし。是あやまりにあらず。
一 和語にすむをにごり、にごるをすむ事多し。清濁通用すみ故也。和語をとくにも清濁ちがひたるはくるしからす。御嶽《ミタケ》を[だけ]と云、[さゞき]を[さゝき]と云、[ゆぎをひ]を[靭負《ユキヘ》]と云、[くれはたおり]を[くれはどり]と云、[日むかひ]を[ひふが]と云、[いで]を[で]と云の類、うむの下をにごる例とはかはりて、清濁ちがひたるも可也。
凡例終

凡例・巻上
巻中
巻下

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馬場信武『韻鏡諸鈔大成』の卷七は、おおむね『日本釈名』を襲っているものと思われる。

→韻鏡諸鈔大成巻之七和語法決


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Last-modified: 2022-08-08 (月) 09:39:11