有坂秀世
「唐音を辨ずる詞と 韻目を諳誦する詞」
http://www.let.osaka-u.ac.jp/~okajima/PDF/arisaka/on-insi/14.pdf


 所謂「五韻次第」は、大矢透博士の「音圖及手習詞歌考」によって世に紹介された書である。同博士の御論では、本書はその表題下側に天台座主良源傳本とあり、従つてその巻頭の五十音圖は良源によって傳へられた最古のものとされてゐる。然るに、山田孝雄博士は、大矢博士の見らた谷森善臣の寫本の原本である芝家所蔵の寛文寫本に就いて調査された結果、原本には「五韻次第」の外題並に「天台座主良源傳本」の文字無く、[五韻次第」とはただその巻頭の音圖を指すにとどまるものであることを明かにされた。又、大矢博士の指摘された「此傅授攝政太政大臣兼家公孫右大將道綱二男阿闍梨道命御相承也。天台座主御弟子也。」の文も、山田博士に據れば、ただ道命の教學の師資を云つたにとどまるもので、本書全體を以て天台座主良源の傳なりとすることは全然信ずることが出来ないものである。この山田博士の御論は、「五十音圖の歴史」の中に詳細に述べられてゐる。
 本書の全文は、山田博士の前記御著書の中に紹介されてゐるが、最近はまた福井久蔵博士撰輯「國語學大系」第四巻にも収められた。今これらに就いて見るに、本書の初の方、是初重大事云々可秘之々々までの部分ぱ勿論相當に古いものに相違無いけれども、その次の五十音圖に至つては、オ・ヲの位置を顛倒してゐることによっても分る通り、明かに後世のものである。思ふに、この五十音圖以下の部分は、後人によって次々に餘白に記人された書入のやうな性質のものと考へられる。今、その中の二つ、唐音を辨する詞と韻目を諳誦する詞とについて、解説を加へてみたいと思ふ。


 岡西惟中の消閑雜記に、「唐音をしること、二首のうたにて心得べし。」とて、左の二首の歌を掲げ、之に説明を加へてゐる。
  一は五に、四は二に通ひ、五は三に、二三の時は本坐がへしぞ
  引くははね、はぬるははぬる、入聲の、あしをきりすて、三字中略
 延寶二年版聚分韻略の附録に
  唐音之大率一之五二本位三之漢四ラン二五之こ三  三字中略同字上下

この種の説は、最初は、音韻相通の理に基き、唐音と在来の漢呉音との関係を説明しようとする要求から生れたもので、言はば音韻法則思想の萌芽とも見らるべきものである。古くは韻鏡集解切鈔(寛文八年刊)・韻鏡秘事抄(寛文十年小龜益英述)・韻鏡問答抄(重慶著、貞享四年自序)等にその説が見える。但し、その法則の適用範圍については深い考察がなされなかつたので、之を不當に一般化する傾向があり、殊に、唐音の何たるかをも辨へない人々がその法則を濫用し、漢呉音から機械的に唐音を作り出して得々たるに至つた。享保四年版廣益三重韻(栗山宇兵衛壽倅)及び同系統の写本や、文化頃の版である華音韻鏡の如きは、その最も甚だしい例である。(例へば、享保版三重韻には哀・海・高・刀の唐音を各イン・キン・タン・ツンと記してゐる炉、本當の支那音はai,hai, kau, tauであつて、似ても似つかねものである。)彼等は、それらの法則をあたかも絶對不可侵なる祕傳であるかの如く考へ、それを規準として世間流通の唐音を正すべきものと信じてゐたのである。かくの如きは、言ふまでも無き本末顛倒の謬見であつて、活きた當代の唐音に接した人々がかかる和製唐音に疑を挿んだのは當然のことであった。


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Last-modified: 2022-08-08 (月) 10:04:13