武田麟太郎


 ぼくの浅草には十二階はない。人が浅草についておしゃべりをする時、彼は必ず十二階を云う。描き出す。追憶する。ぼくたちにその幻影を強いる。だが、浅草へ来て見給え。そんなもののあとかたちも(と云っては云いすぎかも知れぬ。その塔のあったあたりに建っている昭和座のうしろだったかに、十二階興行株式会社の事務所があるはずだから、十二階の名はまだ残っているのだろう)  とにかく、そんなものは見当らないのだ。ぼくは十二階のない浅草を語りたい。


トップ   編集 凍結 差分 履歴 添付 複製 名前変更 リロード   新規 一覧 検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2022-08-08 (月) 08:44:37