永井龍男

茄子やきゅうりを、雑草でくるんで手籠に詰め、勝手口から家々の中をのぞき込んでは、わざとらしい田舎弁で声をかける男もあった。

 「ずてんしゃじゃないよ。自、転、車」
 東京の子供達は、ふだんから他所者の言葉に敏感で、一一あげ足をとった。
「だから、ずてんしゃじゃないか」
「また云ってら。ずてんと転ぶから、ずてん車みたいだ」

ベエ独楽はバイのなまったものだと云うが、

 「君は、飯沼明君かね」
 ぶっきら棒な言葉尻に、訛りがあった。
 「……ええ、飯沼ですが」
 「西神田署の者だが」

 (鳶の者を、別に仕事師と東京では呼ぶが、これは火事師が正しく、「ひ」を「し」と訛る東京者が、いつの間にかそう云いならわしてしまったというのは、仲田定之助氏の説である。)

 田舎から出てきたばかりの子供のことだし、東京の真ん中の日本橋の問屋町では、ささいなことまで、習慣が異っている。箸の上げ下ろしに笑い草にされたり、田舎訛りを真似されたりして、

「実はきょうは、あたしは使いでね」と、言葉を改めた。

右往左往する消防夫の相模訛りを、私はいまだにはっきりと記憶している。


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Last-modified: 2024-05-11 (土) 22:43:32