湯澤幸吉郎
1929年
大岡山書店

のち、湯澤幸吉郎『室町時代言語の研究』と改題
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序 橋本進吉
自序

第一章 序説

第二章 抄物の意味

第三章 解題
   A 勅規挑源鈔
   B 論語鈔
   C 史記砂
   D 笑雲和尚古文眞寶之抄
   E 四河入海
   F 蒙求抄
   G 三體詩絶句鈔
   H 中華若木詩抄

第四章 抄物の言語と當時の口語

第五章 抄物の假名遣と發音

第六章 代名詞
 第一節 人代名詞
  第一 自稱
  第二 對稱
  第三 他稱
  第四 不定稱
 第二節 指示代名詞
  第一 事物の代名詞
  第二 場所の代名詞
  第三 方角の代名詞
   ○ アノ、ドノ
   ○ ソンヂヤウ

第七章 動詞
 第一節 活用の種類
  第一 四段活用
  第二 上二段活用
  第三 下二段活用
  第四 上一段活用
  第五 下一段活用
  第六 カ行變格活用
  第七 サ行變格活用
  第八 ナ行變格活用
  第九 概括
 第二節 活用形の種類
 第三節 各活用形の用法
  第一 未然形
  第二 連用形
  第三 終止形・連體形
  第四 已然形
  第五 命令形
 第四節 連用形の變形及び省略
  第一 力行四段活用
  第二 ガ行四段活用
  第三 サ行四段活用
  第四 タ行四段活用
  第五 バ行四段活用
  第六 マ行四段活用
  第七 ラ行四段活用
  第八 ワ(文語ハ)行四段活用
  第九 ナ行變格活用
  第一〇 語尾省略
 第五節 敬譲動詞
  第一 敬語の動詞
  第二 謙語の動詞
  第三 丁寧の動詞

第八章 形容詞
 第一節 形容詞の活用
 第二節 各活用形の用法
  第一 未然形
  第二 連用形
  第三 終止・連體形     
  第四 已然形
    附 語幹の用法
 第三節 形容動詞

第九章 助動詞
 第一節  (御)…アル、 (御)…ナル
 第二節  ウ、ウズル、附 ン
 第三節 ケル、 附 シ
 第四節 ゴトシ
 第五節 シム、サシム。シモ、サシモ
 第六節 シムル
 第七節 スル、サスル
 第八節 ソウロウ、ソウ(サフ)
 第九節 タ 附リ、テアル、テヲル、テイル、テ候、ゴザザアル、ヲル
 第一〇節 タイ、タガル、
 第一一節 タケル、タシ
 第一二節 ヂヤ
 第一三節 ツル 附ヌ
 第一四節 ナ、ナリ 附 タル、デアル、デイル、デヲル
 第一五節 ナイ、ナカッタ
 第一六節 ヌ、ナンダ 附 ザル
 第一七節 べシ、ベイ、ツベイ、 ツベシイ
 第一八節 マイ、マジイ 附 ジ
 第一九節 マイラスル、マラスル
 第二〇節 マス
 第二一節 モウス
 第二二節 ヤラン、ヤロウ、ヤラ
 第二三節 ルル、ラルル
 第二四節 ロウ(ラウ)、ツロウ(ツラウ)
 第二五節 概括

第一〇章 副詞

第一一章 接續詞

第一二章 助詞
 第一節 力
 第二節 ガ
 第三節 カシ
 第四節 カナ
 第五節 ガナ
 第六節 カラ、 カラシテ
 第七節 コソ
 第八節 サニ
 第九節 サエ(サへ)、ダニ、スラ
 第一〇節 シテ
 第一一節 ゾ
 第一二節 ズツ(ヅヽ)
 第一三節 テ
 第一四節 デ
 第一五節 デマレ、デマリ 附 トマレ、トマリ
 第一六節 ト
 第一七節 トテ
 第一八節 トモ
 第一九節 ドモ
 第二〇節 ナ
 第二一節 ナ:・ソ
 第二二節 ナガラ
 第二三節 ナド、 ナンド
 第二四節 ニ
 第二五節 ノ
 第二六節 ハ
 第二七節 バ
 第二八節 バシ
 第二九節 バヤ
 第三〇節 バカリ
 第三一節 へ
 第三二節 ホド、ボトニ
 第三三節 マデ
 第三四節 モ
 第三五節 モノヲ
 第三六節 ヤ
 第三七節 ヨ
 第三八節 ヨリ、ヨリシテ、ヨリホカ、ヨリモ
 第三九節 ヲ、ヲチ

第一三章 感動詞

第一四章 體言の格と助詞

第一五章 呼應
 第一 動詞と助詞
 第二 條件法

第一六章 係結

第一七章 修飾法の一種

第一八章 解釋文

第一九章 總括

附録
 動詞活用變遷表
 状態または推量の意を表す言方
 抄物に於ける「用」の用法


 我々日本民族と一日も離るる事なく,之と消長を共にし來つた我が日本語の發達變遷の歴史は、現代日本語の由來する所を知る爲にも,過去の國民生活を明かにする爲にも缺くべからざるものであつて、その大體の知識は、日本民族の歴史と共に、苟も教養ある國民の常識たるべきものであるに拘はらす、我が國の學界は、まだ一部の國語史をも有つまでに進んでゐないのは誠に遺憾な事である。これは,畢竟國語史の基礎たるべき各時代の言語の調査討究が完成せす、隨つて上下千數百年に亘る國語の發逹變遷の跡をたどる事が出來ないからである。
 勿論從來の學者は、過去の言語の研究に冷淡であつたのではない。江戸時代の國學者は中古上古の言語についてかなり立派な業績を殘して居り、明治以後西洋の新しい學問が輸入せらる丶に及んで、國語の歴史的研究の必要は、斯界の先覺者によつて唱道せられ、大矢透博士の假名字體及び假名遣の沿革、山田孝雄博士の奈良朝平安朝及び平家物語の語法研究など、價値多き研究もあらはれた。しかしながら、これまでの研究は主として中古以徃に限られて、中古語が時と共に推移して遂に今日の口語の如き状態となつた過程をたどるべき、國語史上極めて重要で且つ興昧多き近古以後の各時代については、山田博士がその一部分に關する研究を世に示された外は、まだ成果の發表されたものなく、大部分は暗黒の中にあるのである。
 國語史上、鎌倉時代以後をいかに區劃すべきかは今後の研究に俟たなければならないが、現存せる資料の上から見て、室町末期の、言語と江戸時代の言語との間には、種々の重要な點に於て相違が見られるのであつてこの間に一期を劃すべきやうである。この室町末期の言語ことに口語の研究資料として從來注目せられたのは狂言の詞であるが、狂言の詞は純粹の室町時代語として見得べきか如何に疑問であつて、殊に近來狂言の研究が進歩するにつれて、いよ〳〵その疑は深まるやうである。されば之を當代言語研究の根本資料とする事は出來ない。次に當時の基督教徒の殘した宗門書日本語學書の類がある。これは羅馬字で書かれてあり、口語と文語との區別が明亮である上に、對譯字書及び文典までもあつて、他種の資料では明め難い點までも明かにし得る所が多く、最尊重すべきものである。しかしながら、これは九州地方を根據とした基督教徒の手に成つたものである故に、その言語は必しも九州方言ではないけれども、いくらか九州方言に引かれた點がなかつたかの疑を容れる餘地があり、その上、大抵は文祿慶長の頃のものであつて、直に江戸時代に接し或は既に江戸時代に入つて居る爲に、室町時代の語としては最後の状態を示すもので、中期に近いものとは幾分の相違があるかも知れない。かやうに考へて來れば、我々はどうしても、かやうな疑の無い他の種の根本資料をもとめなければならない。
 言文兩途にわかれた時代に於ては、文献は殆皆文語で書かれ、口語は特殊の揚合にしか用ゐられないから、口語又は之に近いものを文献にもとめるのは容易でない。幸に室町時代に於ては、詩文佛書等の講義筆記に之をもとめ得る。抄物と呼ばれて居るものが是である。 これ等は、室町中期から末期に瓦る各時期のものが存し、その筆録者は僧侶が多いけれども、〓紳もあり、筆録者の生國はさまざまであつても、用語は京畿地方のものと考へられるのであつて、今に傳はつて居るものの種類も多く、巻册も夥しい。この種の資料を精査すれば、室町中期以後に於ける京畿地方の標準的口語の大鱧を明かにする事が出來るのである。
 かやうに抄物の類は、室町時代の言語資料として獨特の價値を有するものであるが、刊本はあつても江戸初期の刊行に係り、今日之を捜り之を得るのは容易でなく、又種々の異本があり、著者及び年代の不明なものもあつて、根本資料としての價値を定めるに少からぬ手數を要する。しかのみならす、その内容は多くは乾燥無味であつて、之を讀破するに異常の忍耐を要し、更に之から實例を集めて言語の状態を組織的に叙述するには、多大の時聞と努力とを費さなければならない。これ、かやうな資料が學界に知られてからかなりの年月を經、その研究に手を染めた學者も二三にとゞまらないにも拘はらず、今に至るまでその成果の世に現はれなかつた所以である。
 湯澤幸吉郎君は篤實好學の士である、君は東京高等師範學校の業を卒へて更に東京帝國大學に學ばれたが、大學在學中から既に此の種の賓料の攻究に興味をもつて、史記抄の語法を研究せられ、その後も専ら抄物の研究にカを致し、多くの資料を蒐集して語法の討究に從事せらるる事十數年に及び、造詣する所甚深い。しかるに、君は天性恬憺で名利を求むる心なく、爲に多年の研鑽の結果も空しく筐底に藏せられて世を益する事が無いのを遺憾とし、之を公にせられん事を勸めたところ、君は之を諾して、公務の餘暇一年有餘を費して、從來採録せられた多量の資料を取捨選擇し、體裁をと丶のへ軆系を立てて遂に此の書を成された。
 この書は、我が國に於ける最初の室町時代文典であつて、我々はこの書によつてはじめて室町時代語の骨子たるその語法の全般を通覽する事が出來るやうになつたのである。勿諭室町時代語法の研究は之に竭きたのではなく、猶他の種の資料による研究によつて補はるべきであるのみならす、此の書に援引せられない有力なる同種の賓料も猶少くないから、今後その方面からも増補せられるであらう。それにも拘はらず、本書は室町時代語法研究の基礎を築いたもので、今後この方面の研究に從事するものは勿論、苟も日本語の沿革を知らうとするものは、この書を缺く事は出來ないであらう。さうして從來不明であつた室時時代の言語の状態が本書によつてはじめて明かにせられたのは、國語史研究の上にも大なる光を投するものであつて、我々國語學の進歩を念とするものは、湯澤君の勞苦に對して感謝の念を禁ずる事が出來ないのである。
  昭和四年十一月十日
                     橋本進吉


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Last-modified: 2022-10-20 (木) 00:36:10