石垣謙二
【が】
『国語と国文学』21-3,5昭19

 一 序
 二 喚體形式より述體形式へ
 三 主格形式の發展
 四 主格形式より接續形式へ
 五 接續形式の發展
 六 結
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 言語研究に於ける共時的方法が、或る時期の靜的な言語状態を一つの體系に組織するものである以上、ソシュールの明言する如く微小部分の切捨といふ事は必ず不可避である。之に對して通時的方法は、時の流れに應じて變遷推移する動的な言語状態を闡明しようとするものであるから、共時的方法に於て切捨てられる微小部分が逆に極めて重要覗される事となる。蓋しこの部分こそ二つの異つた状態を有機的に連結する間色に外ならないからである。言語變遷は宛かもスペクトルの如きものであつて、赤と青との間には紫があり、而もその紫と赤青との間にも亦何等確然たる境界線を見出す事は出來ない。されば共時的研究の諸成果を時間的順序に排列しただけでは決して通時的研究となり得ない事が明かである。近來國語學の發展に伴ひ國語史に於ける各時期の共時的研究は頓に整備せられ來つたのであるが、眞に動的な國語變遷の相を明める爲には、自ら別の方法に依らなければならぬであらう。
 口語に關する限りに於ては、有機的言語變遷の系列を亂すものとして、地理的差異・階級的差異及び他言語の影響を擧げ得ると思ふ。然るに他言語の影響の如きは語彙に對してこそ有力であるが語法上には容易に作用し難いものである事、既に學者の認める所である。又我が國語に於て上代より室町時代までに範圍を限定すれば、地理的には近畿方言圈内に、階級的には上級支配層に、夫々對象を略ヒ一定する事が出來るのである。故に私は國語に就いて最も語法的と考へられる助詞の職能用法の變遷を、上代より室町時代までに亙つて考察して見たいと思ふ。之により其の變遷を言語自體の内的な面のみから取扱ふ事が相當の程度まで可能であると信ずるのである。
 國語の諸助詞中、最も普通に用ゐられるものの一つとして「が」がある。「が」助詞は連體的用法を有するもの、主語を示すもの、接續に與るもの等種々なる種類に分れるが、畢竟之等は「が」助詞の變遷中に繼起した諸相と考へられ、連體的用法から主語を示す用法が派生し、更に主語を示す用法が接續的用法を生んだものと言はれてゐる。此の中連體助詞から主格助詞への變化は既に國語史以前に完了したものと見られて、その過程を實證する事は困難であるが、主格助詞より接續助詞への推移は比較的新しい時代に屬するもので實際の資料に就いて大略その經路を跡づける事が出來るのである。依つて私は以下この變遷を探り上げ、能ふ限り言語それ自體の内的な問題として其の過程を説明してみたいと思ふのである。


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Last-modified: 2024-01-16 (火) 23:20:26