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翁草
隨筆 二百巻二十一冊
【著者】神澤貞幹
【成立】初めの百巻は既に明和九年著者九十三歳の時に稿成り、その後更に百巻を加へたところ、天明八年京都の大火にその半を焼失したのを、再び編述して遂に前後二百巻の大部を作り上げた。
【刊行】明治三十八年
【諸本】久しく寫本で傳はつて各本に色々の出入がある。嘉永四年に池田東籬亭の校訂出版した五巻本は、全書の一部に過ぎぬ。池邊義象の校訂は主として藤井五車樓本に據り、富岡鉄斎翁蔵本・京都府圖書館本を参酌したとある。思ふにこれ以上の善本はあるまい。但し「義人録」「國朝舊章録」「三王外記補註」の如き単行本全部の寫本類は、校訂本には省いて、ただその目を存してある。
【解説】著者壮年の頃から五六十年間に、中古・鎌倉期以後江戸期寛政頃までの傳説・世話・奇事・異聞、殊に著者が親しく睹聴した事を悉く記録し、まゝ當時流傳の稀な寫本領を抄寫加入したもので歴史・地理・風俗・習慣・制令・儀式・宗敦・學問・文學・美術・工藝・遊技等の百般に渉って居る。随筆に相違ないが見方によつては一種の叢書とも言へる。所々に節目がある。巻一の首に安永元年魯堂、明和九年可々主人(著者の號)の序、巻二十の尾に寛政三年杜ロ(著者の俳名)の題句がある。校訂本の首巻に明治三十八年校訂者池邊義象の序、神澤貞幹の傳、翁草総目録、翁草索引が収められてある。又第二十冊の末に、明治三十八年三月十日神澤つね子が校訂本出版者藤井氏に贈つた手紙の文が添へてある。
【著者小傳】神澤貞幹、通稱與兵衛、本姓は入江氏、幼時京都町奉行與力神澤貞宜に養はれ、長じて養父の職を襲いだが、病弱の爲めに辭職退棲して専ら著述を業とした。俳句を好んで半時庵淡々の門に遊び、杜口・可々斎・静座等と號し、又その庵を其蜩庵と云つた。寛政七年二月十一日歿、享年八十六。

神沢杜口
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/772567


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Last-modified: 2022-08-08 (月) 09:57:43