http://www.let.osaka-u.ac.jp/~okajima/uwazura/syomokukaidai/ka/kaidai_ka088.html>
けんしゆくりやうこしふ  蜆縮凉皷集 一卷
  撰者詳ならす・元祿八年二月一日成る、自序元祿八年刊
この書、内題には「しちすつ/假名文字使蜆縮凉皷集?」とあり、外題には「しちすつ假名文字使/蜆縮凉皷集?」とす、他の假名遣の書と異なりて、「じ」、「ぢ」、「す」、「づ」四濁音?の區別を示したるものなれば、其音を含める、[しゞみ」。「ちゞみ」。「すゞみ」、「つゞみ」の四語によりてかく名づけたるなり、凡例のうちに連聲、本清?本濁?四濁音?の混雜、音聲?高低?、方言、過現未?下知?體用?正俗?四濁音?音呼法等の説を述べ、且五十音圖を改作したるものをも載す、其中にワ行のイ、ウ、ヱ三音の片假名を新作せり、音を區別する爲に、假名を新作せるもの、近世にては、これや始ならん、
自序の終に「鴨東蔌父 書于賓錢堂之西軒」と見ゆ、何人にや其實名を詳にせす、他に扶桑切韻?等の撰あるよし見えだり、なほ尋ぬべし、


蜆縮凉鼓集 二巻
 精しくは「しちすつ假名文字使蜆縮涼鼓集?」と云ふ。著者は詳かでない。元祿八年刊。後享保二十年には「假名文字遣便蒙抄?」二巻二冊と改題して刊行してゐる。假名遣の中「じ」「ぢ」「ず」「づ」の四濁音の發音上の區別を説き示してゐるので、その音を有って居る「しじみ」(蜆)「ちぢみ」(縮)「すずみ」(涼)「つづみ」(鼓)の四語を採って斯く名付けたのである。初めに本書編纂の趣旨を述べて、凡例及び音韻の圖を掲げ次にこれ等濁を含める語彙を伊呂波順に列ねてゐる。
(亀田次郎「国語学書目解題」)

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2546007
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2546008
http://dglb01.ninjal.ac.jp/ninjaldl/bunken.php?title=kensyukuryoko

假名文字使蜆縮凉鼓集上

 抑モ此ノ書を編纂する事は、吾人、言ヒ違ふる詞・書き誤れる假名文字あるを正さんため也。其ノ詞、他にあらず、「しちすつ」の四の音なり。此ノ四字は清て讀ムときに素より各〻別なるがごとくに、濁りて呼ぶ時にも亦同じからず。然るに今の世の人、「しち」の二つを濁りては同じうよび、「すつ」の二つをも濁りては一つに唱ふ。是レ甚しき誤り也。啻ニ口に唱ふるのみならず、文字をも亦、相ヒ混じて用ふ。蓋シ口に分れざる事は心に別ちなければ也。心に分たざるが故に文字をも亦思ふまゝに書ぬる者成ルべし。豈ニ是レ語音の失錯・文章の瑕疵ならずや。某、不肖を忘れて世俗通用の詞に付て、彼ノ四音に預かれる文字を書キ集めて一編となす。其ノ違へる所は識者の改正に任せ訖(オハン)ぬ。凡ソ此ノ冊を見ん人、若シ兼ネて彼ノ四音の異なる事を知ラざらんに、是より始て其の別ち有る事をしれらば、音韻の道にをいて違はざるに庶(チカ)かるべし。
 元祿第八歳次乙亥二月朔 鴨東蔌父書于賓餞堂之西軒

一 此書を輯(あつ)むる事、本より兒女の輩のためなれば、其ノ詞の頭(かしら)字(じ)を取て、以呂波の序(ついで)に隨がひて是を集む。又、「ゐ・お・ゑ」の假名(かな)をも三(さん)音(おん)通(つう)呼(こ)の義に任せて、「い・を・え」の内に併(あはせ)入れ其ノ中にて主爨(しゆさん)の抄等に從がひて、各假名文字を書キ分ケぬ。然れば「いろは」にもとづきて尋ぬべし。

一 凡そ類集の次第、初には乾坤(けんこん)〈あめつち〉の類、次に生植(しやうしよく)〈うへもの〉の類、次に氣(き)形(ぎやう)〈いきもの〉の類、次に器用(きよう)〈うつはもの〉の類、終に情状(じやうじやう)〈こころかたち〉態藝(たいげい)〈しわざ〉等の言語(ごんご)の類也。大方かくのごとくに書キ列(つら)ぬ。尋ぬるに易(やす)からんがためなり【猶ホ前後の混乱すくなからず。】。

一 凡ソ同じ字の詞は必ズしも悉クに記(しる)さず。縱(たとへ)ば「入來(じゅらい)」の下に「入内(じゅだい)」・「入院(えん)」・「入御(ぎょ)」・「入洛(らく)」・「入魂(こん)」・「入水(すい)」・「入破(は)」と註(ちう)する、是也。故に類を以て推て知ルべし。尤モ常に翫(モテアソ)ぶ事專要なるべし。

一、凡そ「鹿(ろく)」の字の讀(よみ)は「しか」といふ假名なれば、「麋(おほじか)」・「麞(くじか)」等は、皆「し文字」也。「路(ろ)」の字の訓(くん)は「ち」の假名なれば「旅(たび)路(ぢ)」・「夢(ゆめ)路(ぢ)」、皆「ち文字」也。摺(する)は「する」と書(かく)間、「藍摺(あゐずり)」・「行摺(ゆきずり)」等は、皆「す文字」也。「綱(かう)」は「つな」と書ク間、「紲(きづな)」・「纜(ともづな)」、皆「つ文字」也。又、「水」は「みつ」の假名なる間、「湖(みづうみ)」・「汞(みづかね)」等、同じく「つ文字」也。「筋(すぢ)」は「すち」の假名なる間、「線(いとすぢ)」・「脉(ちすぢ)」、同じく「ち文字」也。然らば「月」に「卯月」・「水無月」、「水」に「山水」・「河水」などゝて、一Zに書キ載(のせ)ずといふ共、是に準(なぞ)らへて知ルべし。

一、元來清(すみ)たる音なれ共、上の響(ひゞき)に隨がひて濁(にご)る事有リ。「心(しん)」の字を「用心(ようじん)」・「點心(てんじん)」、「中(ちう)」の字を「心中(しんぢう)」・「老中(らうぢう)」、「水(すい)」の字「寒水(かんずい)」、「通」の字「神通(じんづう)」といふ類也。又、「として」「かくする」などゝ云「てにをはの詞」に、「軽(かろ)くして」を「輕(かろ)んじ」、「重(おも)くする」を「重(おも)んず」といひ、「感(かん)じて」「變(へん)ずる」といふの類(るい)あり。皆、「し」・「す」の假名なり。又、「とんづはねつ」、「くんづころんづ」といふも「飛(とび)つ組(くみ)つ」と云フ詞なる間、「つ文字」也。是レ等は皆本の清ミたる假名のまゝに書クべし。是レ自然(しぜん)の連聲(れんじゃう)也。但シ世話(せわ)に、「う・むの下は必ズ濁る」といふ事、「荘子(さうじ)」・「荀子(じゅんじ)」の類也。され共、定法(ぢゃうはふ)にはあらず。「曾子(そうし)」・「閔子(びんし)」、是なり。

一、此の編(へん)、「し・ち・す・つ」四音の假名使(づかひ)を專(もっぱら)とする故に、倭(わ)訓(くん)の外に、漢字(かんじ)の音をも書キ載(のせ)ぬ。但シ猶ホ外に紛(まぎ)るゝ假名有リ。縱(たとへ)ば本清の「昌(しゃう)・證(しょう)・抄(せう)・妾(せふ)」の音の連聲に引カれて濁る時に、本濁(ほんだく)の「上(じゃう)・乗(じょう)・燒(ぜう)」の音に紛れ、又本清の「長(ちゃう)・重(ちょう)・貂(てう)・帖(てふ)」の音の連聲に引カれて濁る時に、本濁の「丈(ぢゃう)・醸(ぢょう)・條(でう)・聶(でふ)」の音に紛るゝ類也。若(もし)、右の四音を辨(わきま)へずは、只一音に成ルべし。仍て手(て)近(ぢか)く取リあつかふべき文字をばあらあら書キ記す。猶ホ委(くは)しく韻書(ゐんじょ)にて考がふべし。【詳ニ倭韻字會?ニ載セ畢ヌ】

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一、人の名に「次(じ)」と「治(ぢ)」を一つにつき、「十(じふ)」と「重(ぢう)」を通(かよ)はし使ふ、尤モ誤(あやまり)なり。是レ四音の辨(べん)の明ならぬ故也。「次」は「じ」、「治」は「ぢ」、「十」は「じふ」、「重」は「ぢう」、音既(すで)に以て異(こと)なり、義も亦(また)同じからず。一人の名にをいて何ぞ二字を通用せんや。近比或ル人、「某(なに)治(ぢ)郎(ろう)」・「某重郎(なにじうろう)」と名に書たるを見たりしはおかしき事也。惣じて「郎」の字の上に付るは「太郎・次郎・九郎・十郎」と心得べし。

一、今時家Zの暖簾(のんれん)鑑板(かんばん)其ノ外、此ノ比板行(はんかう)せし草紙・物語等を見るに片言(かたこと)は中/\取ルにもたらず、能書悪筆共に此四音の假名違(ちがひ)甚ダ多し。縱ば「十(じふ)」を「ぢう」、「筋(すぢ)」を「すじ」、「數(かず)」を「かづ」、「水(みづ)」を「みず」と書たるがごとし。
「い・ゐ・ひ・を・お・ほ」等の假名は其音通ひ紛るる者なれば、文學なき人の誤まれる事はさも有ぬべし。古歌にも「遠山鳥の遲(をそ)櫻」とよみ、廻(くはい)文(ぶん)に「をしめどもつゐにいつもとゆくはるは」といヘる類、有レ是。假名違といひながらそれを許(ゆる)すかたも有リと見えたり。又韻學(ゐんがく)より是レをいはゞ、「あやわ」の三行は元同じく喉音にて其中の軽重(きゃうぢう)なれば三音の相通(さうつう)共謂(いひ)つべし。唯ダ此ノ四音の假名をば書キ通はし言ヒ違ふる事は、決(けっ)して有ルまじき也。

一、此ノ四音の事、倭語(わご)の假名文字(かなもじ)ばかりにて沙汰するにあらず。漢(かん)字本ヨリ各Z別也。
又、文字に書クのみにあらず、口に唱(とな)ふる時にも亦同じからず。其ノ詞に因て其ノ字を使ひ、其ノ假名に隨がひて、其ノ音に讀ム。
古は尋常(よのつね)の言種(ことぐさ)にも其ノ四音の分明なる事は清ミて呼(よぶ)がごとくにて、又、「い・ゐ・ひ・を・お・ほ・え・ゑ・へ・わ・は・う・む・ふ」の十四字【又音に「あ・わ」の紛あり。「奥(あう)・央(あう)・王(わう)・横(わう)」の類是なり】をも能ク別Zに謂ヒ分ちぬと見えたり。
定家卿の時分に至りて已(すで)に彼ノ十四音を呼亂(よびみだ)したる故に、親行是を勘辨(かんべん)して假名文字遣(かんなもじつかひ)を定められき。
され共、此ノ四音はいまだ違はざりしにや、其ノ沙汰なし。今時のごとくならば、此ノ四つの假名をも書キ分て、定メ置(をか)るべき事也。今又世の降れる故にや、吾人かく取リ失なひぬる成ルべし。
其ノ證據(しょうこ)を擧(あげ)ていはば、京都・中國・坂東・北國等の人に逢ヒて、其ノ音韻(おんゐん)を聞クに、總(すべ)て四音の分辨(ぶんべん)なきがごとし。唯ダ筑紫(つくし)方(がた)の辭(ことば)を聞クに、大形明カに言ヒ分クる也。一文不通の兒女子なりといへ共、強(あながち)に教(をしふ)る事もなけれども、自然に聞キ習ひて常Zの物語にも其ノ音韻を混亂(こんらん)する事なし。「文字(もじ)」を「もじ」、「綟(もぢ)」を「もぢ」、などと聞ゆる事は、都(みやこ)人の「葦(あし)」と「足(あし)」とを言分(いひわく)るがごとし。寔(マコト)に國風の然らしむる所なりとはいへども、不思議なる事なるべし。
是に付て關東・鎭西(ちんぜい)の人の、「鼻(はな)」を「花」といへるを聞ク時は、通事(つうじ)あらまほしく覺ゆれ共、尚ホ苦しかるまじきにや。本より人の千言萬語をば以呂波四十七文字にて書キ記す事なれば、「鼻」と「花」とを假名にてかゝむ時、文字の音は同じかるべきなり。「梓(あづさ)弓春立」とも詠じ、「月日は杉の門」ともいへり。皆是レ四聲の訛(なまり)に拘(かか)はらずして十行(じっかう)の音に寄(よせ)たる成ルベし。然るに「彌陀(みだ)の六字(ろくじ)」に「大道の陸地(ろくぢ)」を付ケ合ハせ、「吉野の葛(くず)」を屑屋(くづや)の軒(のき)に取リ成す事は、假名に書キても、音韻に呼ビても聞えぬことなり。誠に「端(はし)・箸(はし)・橋(はし)」などとて音聲(おんじゃう)の高低(かうてい)自由(じゆう)なる都(みやこ)人の、此四つの音ばかりを言ヒ得ざらん事は、最モ口惜き事也。豈(あに)習學(しうがく)せざるべけんや。

一、此ノ四音、元來各別也。抑モ、音韻の義に依て是を論ずるに、「し・す」は齒音(しおん)にて、「さ・し・す・せ・そ」の一行(いっかう)《ひとくだり》也。「ち・つ」は舌音(ぜつおん)にて、「た・ち・つ・て・と」の一行也。濁りても亦同じからず。されば詞に「過(くは)・現(げん)・未(み)・下(げ)知(ち)」等のはたらき有リ。又、「體(たい)・用(よう)・正(しゃう)・俗(ぞく)」の品有リ。それによりて其一行の内にて音を變(へん)じて通用する事はあり。縱ば「致(いたす)」を「いたし・いたせ・いたさん」と云ヒ、「勝(かつ)」を「かち・かて・かたん」と云ヒ、「恥(はぢ)」を「はづる」、「出(いづ)る」を「いでて・いだす」、などと云ヒ替フるがごとし。又、働(はた)らくまじき物の名なれども、語勢(ごせい)によりて「雨(あめ)」を「あま夜」、「風(かぜ)」を「かざ車」、「木(き)」を「木(こ)の葉」、「數(かず)」を「かぞふる」などと言ヒ通はす也。され共、其一音より他の行(かう)に交(まじ)ヘて歯(し)舌(ぜつ)相通(さうつう)する事は有まじき也。【詳ニ扶桑切韻ニ載セ畢ヌ。】 此ノ「だ・ぢ・づ・で・ど」、「ざ・じ・ず・ぜ・ぞ」の二行同じからざるにて、兩音相通すまじき事を知ルベし。然るに今、「だ・で・ど」・「ざ・ぜ・ぞ」の六音をば能く言ヒ分て、「じ・ぢ」、「ず・づ」の四音をば則ち得ず成リ來りし事、最モ訝(いぶか)し。或ル人の假名文字を使へるを伺(うかゞ)ひ見るに、詞の上(かみ)にはいつも「ぢ」を書(かき)、中下には定りて「じ」を用ふ【「時分」を「ぢぶん」、「藤氏」を「ふじうじ」と書たる類也】、誤也。又、總て京人の物いふを聞クに、上(かみ)をはぬれば、「し・す」の二字をも「ぢ・づ」の音に呼(よび)ぬ。亦誤也。惣じて「子(し)」の字は、歯(し)音(おん)にて「し」の音也。「丁子」・「荀子」といふ時には、連聲にて濁る間、「じ」の音也。是を新濁(しんだく)といふ。即チ清(せい)歯(し)音(おん)の字を假に濁りて濁(だく)歯(し)の音に成す迄也。上を引クともはぬるとも「ぢ」とは言フべからず。又、其ノ大概(たいがい)を擧(あげ)て云フに、啓上(けいじゃう)・孔雀(くじゃく)・藤氏(とうじ)・行者(ぎゃうじゃ)【以上は「じ」の音】、卷軸(くはんぢく)・平(へい)地(ぢ)・先陣(せんぢん)・還著(げんぢゃく)【以上は「ぢ」の音】、香水(かうずい)・奇瑞(きずい)・好事(かうず)・通事(つうず)【以上は「ず」の音】、千頭(ちづ)・萬鶴(まんづる)・神通(じんづう)・弓杖(ゆんづえ)【以上は「づ」の音】、是等は世間の呼音(よびこゑ)、其ノ字に叶(かな)へり。若(もし)、進上(しんじゃう)・練雀(れんじゃく)・源氏(げんじ)・判者(はんじゃ)・八軸(ぢく)・空地(くうぢ)・歸陣(かいぢん)・執著(しふぢゃく)・神水(じんずい)・天瑞(てんずい)・杏子(あんず)・綾子(りんず)・七頭(づ)・命鶴(みゃうづる)・普通(ふづう)・竹杖(たけづえ)と言ヒ替フる時は、其ノ音悉(ことごとく)其ノ字に違へり。剩(あまっさへ)、還城樂(げんじゃうらく)の舞(まひ)・萬歳(ばんぜい)の小(を)忌(み)衣(ごろも)・萬歳樂(ばんざいらく)などと謠(うた)ふ時に、是を習はぬ人は多分は舌音(ぜつおん)に呼ビ成す也。聞キ悪(にく)き事也。田舍人の「越前」を「ゑつでん」といひ、「瀬(せ)」といふべきを「ちゑ」といへるにひとしかるべし。

一、此四音を言習ふベき呼法(こほふ)の事。歯音のさ・し・す・せ・そ、是は舌頭中(ぜつとうちう)《したさき》に居(ゐ)て上顎(うはあぎと)に付(つか)ず。舌音の「た・ち・つ・て・と」、是は舌頭を上顎に付てよぶ也。先ヅ、これを能ク心得て味はふべし。
扨テ、濁るといふも其ノ氣息(きそく)《いき》の始メを鼻へ洩(もら)すばかりにて、齒と舌とに替る事はなき也。故に此ノ音を濁る時にも、亦前のごとくに呼ブべし。即チ、「じ・ぢ」と、「ず・づ」との別るゝ事は、自ラ、「だ・で・ど」と、「ざ・ぜ・ぞ」の異なるがごとくに言ヒ分らるゝ也。
次に、はぬる音には必ズ舌の本を喉(のど)の奥(おく)上顎の根に付(つけ)、息(いき)をつめ聲を鼻へ泄(もら)す也。然ルに人、音をはぬる時に多くは舌頭(とう)を上顎に付てよぶ故に【是舌音の呼法也】、其後に續(つづ)く音、即チ舌音に移(うつ)る也。譬(たとへ)ば「天上(てんじゃう)」といふがごとき、「天(てん)」とはぬる時に心を付ケて舌頭を中に置て【是歯音のよびかた也】「てい」と云フ様に呼受(よびうけ)て「上(じゃう)」の音に續くれば、歯音に移るに障(さはり)なし。若シ何心なく舌頭を上顎に付ケて、「てぬ」と云フやうによぶ時は、齒音の「上(じゃう)」の音、舌音に移りて「ぢやう」の音になる也。又、「最上(さいじゃう)」といふ時は、始メより舌を中に置キて「さい」とよぶ故に、歯音の移り宣しき也。是齒(し)舌(ぜつ)の分辨(ぷんべん)也。但ダ至りては連續(れんぞく)の上(かみ)の音は引とも、はぬる共、又は舌を中に置クとも、上(うへ)に付る共、それに拘(かゝは)らずして、下の音を舌音ならば舌音、齒音ならば歯音に呼ブべき也。猶ホ、心を用ひて言ヒ習ふべき也。
或ル時、友人の許(もと)より是レを尋ねしに、蜆(しゞみ)縮(ちゞみ)凉(すゞみ)鼓(つゞみ)《けんしゆくりやうこ》の四字を書キて、遣はせしかば、其ノ後は彼ノ人遂に此ノ書の名と成しぬ。唯ダ、五韻相通・兩行不通の道理を辨へて、「ゑぼし」を「よぼし」とは言フべからず、「えもぎ」は「よもぎ」と言フべしと云ヒて、爭(あらそ)はんよりは、美濃(みの)國(くに)関(せき)の藤川(ふぢかは)を東海道(とうかいだう)の富士川(ふじかは)に紛らはさぬ樣にし給ふべきなり。

一、凡ソ言語(ごんご)皆音韻(おんゐん)也。文字皆音韻也。假名文字使も亦音韻也。故に假名使を沙汰せん人は、必ズ音韻を論じて後に其言語文字を明らむべし。音韻の學は十行五位の音韻の圖(づ)を以て本とすべし。因て今爰(ここ)に其圖を附記(つけしる)す。惣じて此ノ圖は意味も深く、又、誤(あやまり)も多くして、習ひなくては見がたし。但ダ、工夫(くふう)さへ至りなば師授(しじゅ)口傳(くでん)にも依ルべからず。熟(じゆく)讀(どく)翫(ぐはん)味(み)する内に、自然に得る所あるべし。【詳ニ扶桑切韻?ニ論ジ畢ヌ。】

一、地名・人名・姓氏(しゃうじ)〈うぢ〉・年號等は、其ノ數限リなければ、悉ク記すに及ばず。且ツ又タ度々刪補(さんぽ)するの間、次第の混亂多かるべし。

蜆縮凉鼓集 五韻之圖

喉 ア
牙 カ
歯 サ
舌 タ
舌 ナ
唇 ハ
唇 マ
喉 ヤ
舌 ラ
喉 ワ

歌曰 アワヤ喉サタラナ舌ニカ牙サ歯音ハマノ二ツハ唇ノ軽重

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2546007/15

 大字為内音ト 右中音 左外音

旧図多誤而 音韻不和 反切不叶 故 某改正製斯図 以備於講習之階梯 又於 ワ行之中窃作中三字之文 以足闕音  亦欲別三音也 言〓〓〓三字 此図猶傚乎旧製未尽其全 若至論正韻則具于韻譜説并見扶桑切韻云

五韻 額韻 胸韻 腹韻 腰韻 足韻

喉音   ア
変喉? ハ
顎音? カ
巻舌? ラ
鼻舌? ナ
舌音 タ
歯音 サ
脣音 マ


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Last-modified: 2020-07-24 (金) 22:03:27