谷崎潤一郎
「私の見た大阪及び大阪人


 私は、大阪人と東京人との肌合いの相違を、何よりも彼らが話す「声」において強く感じる。言葉の相違よりも声の相違の方に東西の差別がハッキリ出ている。将来交通がますます頻繁《ひんばん》になるに従って上方弁と東京弁との隔たりは次第になくなるかも知れないが、彼らの咽喉《のど》から発せられる声音《こわね》の相違は、恐らくこの両地方の空気や地質や温度などと関係があるであろうから、容易に消滅しないであろうと考える。
 長らく関西に住んでいる私がたまに東京へ出かけて行って、真っ先に「東京だなあ」という感じを受けるのは、あの、東京人の話すカサカサした、乾涸《ひか》らびたような声である。かくいう私自身の声も多分東京風なのであろうが、始終此方にいて大阪人の話しごえを聞き馴れた耳には、東京人の発音は、ちょうど名物の空《から》ッ風《かぜ》のように、ガサツで、つやがなく、頗《すこぶ》る殺風景に聞える。男の場合にはそれでも歯切れのいい味があるけれども、女がああいう声を出すと、非常に荒《すさ》んだひびきを帯びて、声の主までが肌理《きめ》の粗《あら》いガサツな人間のように思えて来る。
 東京の俳優のうちで、菊五郎の芸が(その舞踊を除いては)最も京阪の人に親しみにくく、理解されにくいのは、彼の純江戸風な発声法に因る所が多いのではあるまいか。東京で割りに人気のない宗十郎が、上方ではそうでもないらしいのは、確かに彼の声のせいである。


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Last-modified: 2022-08-08 (月) 09:59:06