谷崎潤一郎
「文芸作品の関西弁」
https://www.aozora.gr.jp/cards/001383/card56874.html 新字新仮名
「をかしいや、小父さんの大阪辯は。それぢやアクセントが違つてらあ」
「弘の奴は大阪辯がうまくなつちやつて困るんだよ、學校と家とで使ひ分けをやるんだから、 」
「そらなあ、僕かつて標準語使へ云うたら使はんことないけど、學校やったら誰かつてみんな大阪辯ばつかりやさかい 」
ふだんはあんな風に人の前で大阪辯を使つてみせたり、揚げ足を取つたりするやうなことはめつたにないんだ
「困るなあ、君は。江戸つ兒の癖に東京の三越を知らないなんて。それだから大阪辯がうまい譯だよ」
「や、失言、失言。今のは本員の過ちでありました。唯今の言葉は取り消しますから、速記録へは載せないやうに願ひます」
「駄目よ、今更取り消したつて.、もう速記録へ載つてしまつてよ」
「本員は決して悪意で申したのではない。しかし故なく淑女の名譽を傷けたるのみならず、妄《みだ》りに議場を騷がしたる罪は謹んで陳謝いたします」
「さあ、いつたい昔の唄の文句と云ふものは、ぼんやり心持は分るやうな氣がしますけれど、文法的に云ったらば殆ど出鱈目ぢやあないんですかな」
「さうだよ、全く。 昔の人は文法なんかは考へない。ぼんやり心持が分る、 その程度で澤山なんだね。そのぼんやりとしてゐるところに却つて
たゞ外國人の悲しさにはその發音に何處か東北訛りのやうなひゞきがあつて
漢字片仮名交じりの手紙文