方言は區々であって、教育上からも標準とすべき口語はまだ定まって居らぬ。いはゆる口語は演説筆記にも、學術上の著書にも、小説にも、段々用ゐられて來たが、その外にどうしても文語といふものゝ勢力はまだ中々盛なものである。文語の文體にもそれ〴〵の時代を代表したもの、和漢洋の語脉を加味したもの等があって一定して居らぬ。隨って文法といふものも、色々の時代にわたって學ばなければならぬ。ところへ新しい西洋文明が輸入されて少しまご〳〵すれば、直ちに時代後れになる。さうかといって古い東洋の事も知らずには居られぬ。智識の上にも新舊の兩方が入用である。こんな樣な時代の有樣を考へて見ると、今の世の中に字書や百科辭典が澤山に刊行されることは少しも不思議ではない。字書の發行は西洋諸國でも中々盛であるが、我國の今日としては尤も至極な次第であるとおもふ。簡便な有益な辭書の出ることは慥に一つの國民教育になるといふことは余の元來の持論である。今度松平、山崎堀籠、三君の俗語辭海の出るといふことも、やはり時世の要求に應じたものに相違ない。余は十分に其内容を見たわけでは無いが、三君が極めて著實な熱心な人であることを知って居るから、其著書も同じく信憑すべきものであらうと思ふ。よって國民教育の爲に亦一つの新しい機械を具へ得たのを喜ぶのである。
 明治四十二年二月
 文学博士芳賀矢一?しるす

松平円次郎?山崎弓束?堀籠美善


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