詩学速成序

寛政紀元春三月
  佩川 田信成擇

詩学速成目録
巻之上
 詩法門 并図式三十六則
巻之下
 熟字門 五十一門

詩学速成目録
詩学速成巻之上

			東都藤惟徳士俊 輯
			出羽田信成君美 補

詩を作り習はんと、思ふ人は、まづ唐詩選、三体詩の類、其外何なりとも、古き詩集を、読ならひて、七言絶句の詩を、二三百首ばかりも、記得暗誦し、さて其詩の心を、よく会得し、一句の結びやう、一首の結びやうに、意をつけ、韻字の押やう、韻字の用ゐやうを、よくかんがへて、故事の用ゐやう、題の作りやうを、よく意得ることなど、皆肝要なり。かくのごとく、心がけて、其後自身の詩を作り習ふべし。日夜他事なく、孜々として、專一に、志を起し、詩を綴りつらぬれば、詩は出来るものなり。さて詩数を、多く作るうちには、平仄も、いつとなく記得し、韻字も、いつとなく暗記するものなり。初学の人は、七言絶句を、一向に作ることよろし。七言絶句の詩を、二三百首も作りいだせば、少しは作りよくなるものなり。其のち五七の律詩、五言絶句等を、作りならふべし
○詩を作るには。平仄を合せ、韻を押て、一首の詩となるなり。韻字を押とは、東冬江支微魚虞斉佳灰真文元寒刪、この十五韻を、上平とす。先蕭肴豪歌麻陽庚青蒸尤侵覃鹽咸、この十五韻を、下平とするなり。東韻なりとも、冬の韻なりとも、何れの韻なりトモ、一韻に定むるなり。其一韻の中にて、三字にても、五字にても、取出して用ゆるなり
○五字づゝならべて、四句つらぬるを、五言絶句と云。五言絶句の詩を作るには、第二句の五字めと、第四句の五字めとに、平の韻字を押なり.又第一句の五字めにも、同声の平韻の字を押こともあるなり。第三句の五字めは、仄字を押なり
○七字づゝならべて、四句つらぬるを、七言絶句と云。七言絶句の詩を作るには、第一句の七字め、第二句の七字め、第四句の七字めとに、平の韻字を押なり。これも、第三句の七字めは、仄字を押なり
○平字、仄字と云事は、凡て世にあらゆる文字を、平声、上声、去声、入声と、四しなに、わけたるものなり。其平声の文字を皆平字と云。其上声、去声、入声の、三しなの文字を仄字と云なり。この平仄を、さがすには、以呂波韻と云書と、四声字林集と云書などにて、擇りて採べし
○韻字を押には、古来三重韻と云書あり。韻字ばかりのせたるゆへ、こればかりにては、熟字しれず。韻字の熟字を、あつめたる書には、唐詩靴、清詩礎、詩礎国字解などあり。これらの書の中にて、韻字を取り用ふべし。
〔唐詩靴は大江玄圃の著なるが現存不明。詩礎国字解も玄圃〕
○平字仄字の、ならべやうは、二四不同、二六対と云事あり。これを暗に覚ゆべし。七言絶句ならば、句の上より二字めと、六字めを、平字にする時は、四字めを仄字にするなり。又上より二字めと、六字めとを、仄字にするときは、四字めを平字にするなり。五言絶句ならば、二四不同と云事ばかりにて、よきなり
○又七言絶句の、起句の七字めは、韻字を押ところなれトモ、韻せばくして、採べき字なきときは、仄字を用ゆるなり。俗にこれを押落と云。古人もやく事をえざるとき、此格あり。さりながら、初学の人などは、用ゐぬがよきなり。
○五言の句に、四仄一平と云事を、嫌ふ也.一句の中に、平一字、仄四字、をく事なり。又四平一仄とて、一句の中に、平四字、仄一字、をく事も嫌ふなり
○避下三連と云事あり。四句ともに、下より平平平、あるひは仄仄仄と、上へ三字ならべて、同声の字を、おくことを、忌さくるなり
○絶句に起承転合と云事あり。第一の句を、起と云、二の句を、承と云、三の句を、転と云、四の句を、合と云、一の句に題の意と、一詩の趣を、やすらかに、すらりといひ起すを、起と云、二の句にて、一の句の意を、ゆるやかに、承るを承と云、三の句にて、宛転変化シテ。一二の句の意を、さらりと捨て、格別の趣向を、転じかへて、作るを転と云、四の句にて、一詩の全意を、総くゝり合せて、作るを、合と云、これを起承転合と云なり
○五言絶句仄起之図
 起句の第二字に、仄字を、ゝくを、仄起と云也
起 @●○○●    白は平字なり
承 ○○●●○韻字  黒は仄字なり
転 @○○●●    @は平にても、仄
合 @●●○○韻字  にても、かまひなき
           しるしなり
○五言絶句平起之図
 起句の第二字に、平字を、ゝくを、平起と云也
起 @○○●●
承 @●●○○韻字
転 ○●○○●
合 ○○●●○韻字
○七言絶句仄起之図
起 @●@○●●○韻字
承 @○@●●○○韻字
転 @○●●○○●
合 @●@○●●○韻字
○七言絶句平起之図
起 @○@●●○○韻字
承 @●@○○●○韻字
転 @●@○○●●
合 @○@●●○○韻字
○詩に用ゆる文字をあつめて、平仄つけたる書、多くあり。唐詩冕、唐詩紳、詩語国字解、詩聯光彩、数量箋、雙対、虚字箋などにて、採用ゆべし。
〔唐詩冕、唐詩紳、詩語国字解、詩聯光彩数量箋、は大江玄圃の作〕
○五言七言の絶句に、仄韻を押と云事あり。一韻の仄字を三字えり出して、韻字に用ゆるなり。其時は、第三句めの下の字に、平字を用ゆるなり。さりながら、これは初心の人は、只仄韻の格も、あるものと、記して居るが、よきなり。
○五言にて、八句つらぬるを、五言律詩と云。七言にて、八句つらぬるを、七言律詩と云也。図にしるす。
○五言律詩仄起之図
起聯 @●○○●    白は平なり
   @○@●○韻字  黒は仄なり
頷聯 @○○●●    半白半黒は平字
   @●●○○韻字  にても、仄字にても、かまひなきしるしなり
頚聯 @●○○●
   @○●●○韻字
結句 @○○●●
   @●●○○韻字
○五言律詩平起之図
起聯 @○○●●
   @●●○○韻字
頷聯 @●○○●
   ○○●●○韻字
頚聯 @○○●●
   @●●○○韻字
結句 @●○○●
   ○○●●○韻字
○七言律詩仄起之図
起聯 @●@○@●○韻字
   @○@●●○○韻字
頷聯 @○@●○○●
   @●@○○●○韻字
頚聯 @●@○○●●
   @○@●●○○韻字
結句 @○@●○○●
   @●@○@●○韻字
○七言律詩平起之図
起聯 @○@●○○○韻字
   @●@○○●○韻字
頷聯 @●@○○●●
   @○@●●○○韻字
頚聯 @○@●○○●
   @●@○○●○韻字
結句 @●@○○●●
   @○@●●○○韻字
○五言律詩、一の句の第五字めを、平声にして、韻字を押格もあり。変格なり
○七言律詩、一の句の第七字めを、仄字にして、押をとす格もあれども、これは好まぬ事なり
○律詩にも起承転合あるなり。一二の句は対にせず。三四の句を承とす。これを頷聯と云。又前対とも云。三四の句は、対にするなり。五六の句も対なり。これを転とす。頚聯と云。又後対とも云なり。七八の句を、合とす、これを〓H5261結とも、結句とも云なり。
○五七言律詩に、前実後虚の格といふ事あり。頷聯[三四の句]は景にして実を云。頚聯[五六の句]は情にして、虚を云格なり。
○又前虚後実の格と云事あり。頷聯[三四の句]は情にして、虚を云。頚聯[五六の句]は景にして実を云なり。
○五言律詩には、一二の句を、対にして作る事、古人の詩に、たまさかにあることなり。七言律詩には、またまれにある事なり。
○右の外にも、五言排律、七言排律、五言古詩、七言古詩、六言絶句、六言律詩、四言詩等の、格あれども、初学の急務には、あらざれば、こゝにしるさず
○詩に詠物の体、と云ものあり。禽獣虫魚草木器材に限らず、何にても、一種を一詩につくり出すを、云なり。五七の絶句にも、律詩にも作るなり。歴朝詠物詩選、明詠物詩選、瞿佑詠物詩、謝宗可詠物詩選など、多くあり。初学の人は、咏物捷徑、咏物入門、咏物攀桂などにて、文字を擇り採りて、作るべし。
○詩に和韻と云事あり。人の方より、我方へ、詩を寄するとき、返詩をするを、和と云。寄せ来る韻字を、そのまゝとり用ゐて、返詩を作るを、和韻と云。又次韻トモ、《庚貝》韻とも云なり
○詩の句を作るには、五言ならば、上二字下三字に、よみきるやうに、つくるなり。七言ならば、上四字、下三字に、よみきるやうに作る事、定まれる法なり。この外に、上二字下五字の句法、上三下四の句法、上五下二の句法などの類、さま%\あれトモ、初学の人は、定法を守りて、作るがよろしきなり。
○一種に詩の中に、人の姓名を、多く用ゆることは、点鬼簿とて、嫌ふことなり。点鬼簿とは、俗に云過去帳のことなり。又数字を多く用ゆる詩を算博士とて、これも嫌ふなり
○五七の絶句に、前対の格と云事あり。一二の句を対にして、三四の句を、散句に作るなり。
○五七の絶句に、後対の格と云事あり。一二の句を散句にして、三四の句を、対に作るなり。
○又前後対の格と云事あり。一二の句を対にして、三四の句も対に作る事なり。これらの格は、盛唐詩格、連珠詩格などの書に、のせたり

詩学速成巻之上

詩学速成巻之下

			東都藤惟徳士俊 輯
			出羽田信成君美 補

 熟字門
 春,はるの詩に用ゆ
陽春はつはる
青春(はつはる)
千春(はつはる)
乗春はるにのりて
芳春はる
春雲はるのくも
春色はるのいろ
春光はるのひかり
春暁はるのあかつき
淑景はるのけい
淑気はるのき
韶光はるのけしき
春深はるふかし
春来はるになりて
春遊はるあそぶ
暮春くれのはる
日長ひながし
暖日あたたかまひ
風光はるのけしき
遅日はるのひ
慧風はるかぜ
東風(はるかぜ)
和風(はるかぜ)
暖風(はるかぜ)
駘蕩はるのけしき
良辰よきとき
和気はるのき
芳草にほふくさ
春草はるのくさ
花綺はなみごとな
花紅あかきはな
百花いろいろのはな
花陰はなのかげ
花下はなのもと
霽色はれたけしき
晴色(はれたけしき)
青郊はるのの
翠柳あをやき
柳葉やなぎのは
梨花なしのはな
遊蜂あそふはち
戯蝶あそふてふ
黄鳥うくひす
鶯囀うくひすさへづる
緑野あをきの
尋芳にほひをたづぬる
探花はなをさがす
燕泥つはめのどろ
花酔露はなぐつゆにえふ
明媚景はるのけい
新柳色あたらしきやなぎのいろ
杏花雨あんずのはなのあめ
花翻錦はなにしきをひるがへす
繞春色はるのいろをほし
 歳旦
歳首としのはじめ
春初はるのはじめ
初陽はつはる
正始はるのはじめ
履端
朔旦
新暦あらたなこよみ
献歳はつはる
喜見よろこびみる
東風はるかぜ
発春はるひらく
春風はるかぜ
屠蘇とそ
天運そらめくる
賀客いはうきゃく
今朝けさ
凍消こをりきゆ
残雪のこるゆき
迎歳としをむかへる
新歳あらたなとし
年光としのひかり
瑞靄かすみ
祥光めでたきひかり
柏酒はくしゅ
春色はるのいろ
春草はるのくさ
春水はるのみつ
春雲はるのくも
鶏鳴にはとりなく
曙色あけほののいろ
方献節せつをたてまつる
屠蘇酒とそのさけ
明双眼めもあきらかな
春回手はるてをかへすやうな
 上巳
春深はるのすへ
韶光はるのけしき
曲水きょくすい
流盃さかづきをながす
修禊はらひをつとむる
桃花もものはな
山陰,所の名
蘭亭,所の名
羽觴さかづき
伝触つたへさはる
浮觴さかづきをうかへる
飛花ちるはな
觴流さかづきながるる
水辺みづぎわ
向晩くれにむかふ
流水ながれみづ
芳草にほふくさ
芳菲にほひわたる
春水はるのみづ
春酒はるのさけ
芳時よきとき
花開はなひらく
爛漫みごとにひらく
芳辰よきとき
新天気てんきよし
春服就はるのきものできた
風光老けしきをひた
東風裏はるかぜのうち
 賞花
芳菲はながにほふ
妖艶うつくしい
〓妁しほらしい
爛漫さきみだれ
嬌紅うつくしくあかい
艶紫むらさきいろにうつくしい
紅紫あかとむらさき
満園そのにみつる
錦綉にしきぬいもの
雲霞くもやけ
低昂ひくいとたかいと
清香きれいなにほひ
深浅しつこいとあさいと
引蝶てふをつれて
蝶恋てふもしたふ
蜂園はちがとりまく
鳥踏とりがふむ
鶯栖うぐひすもすむ
映日ひにかかやく
迎風かぜをむかへる
満枝えだにのこらず
春態はるのなり
帯雨あめをふくむ
芳芽かうばしきめ
花下はなさくそば
花前(はなさくそば)
対花はなにむかふ
冷艶うつくしくてぞっとする
妝粉をしろいつけたやうな
朝露あさつゆ
千林すさましきはやし
千樹をびたたしき木
起早あさをきして
猶堪賞またみていらるる
香世界にほひのせかい
從別苑わきのそのから
蜂蝶侶はちやてふのとも
 春雨
湿花はなをぬらす
添柳やなきをもぬらす
無声をとはない
入眼めにかかる
潤葉はをぬらす
如膏はるさめがあぶらのやうな
好雨よきあめ
隨風かせにつれる
潤物なんでもぬらす
湿処しめるところ
発生ものがはえる
膏沢はるさめがあぶらのやうな
知時ふるじぶんにふる
応候(ふるじぶんにふる)
滋麦むぎがしげる
臥花はながねる
剪韮にらをきる
困蝶てふがこまる
懶鶯なんぎはうぐひす
催花はながさきかかる
湿柳やなぎがしめる
隴麦うねのむぎ
園花そののはな
柳垂やなぎがたるる
雨到あめふりくもる
連朝まいあさ
連夜まいよ
天暝そらがくらい
陰雲くもりてみる
春陰はるのかげ
小雨すこしのあめ
濛濛うっとしい
軽烟うすけふり
軽風すくしのかぜ
雲低くもがひくい
雨落あめふる
花涙はなのなみだ
鶯衣うくひすのきもの
沾紅あかいはながぬれる
幽庭さみしきにわ
疎影まばらのかげ
遠陰とをいかげ
溟濛樹うっとしい木
花含涙はながなみだぐむ
紅露瞼あかいほうがでだ
披雨釣あめをかまはずつる
低平野ひろきのにふる
天如酔しらがえふた
 夏
日長ひながし
畏日なつのひ
畏景なつのけい
脩景
宵短よがみじかい
麦秋むぎあき
新緑わかば
緑樹わかば
梅黄むめがきばむ
薫風なつのかぜ
南風(なつのかぜ)
火雲なつのくも
奇峰くものみね
緑槐えんじゅの木
炎蒸むしあつい
麦秀むぎのびる
夏木なつのき
緑陰わかばのかげ
鳴蝉なくせみ
荷花はすのはな
蓮池はすいけ
扇動あふぎつかふ
竹陰やぶかげ
荷香はすのにほい
清風度よきかぜふく
低迷緑わかばにまよふ
槐日静えんじゅのひかげしずかな
竹陰密やぶかげしげる
畦麦潤うねのむぎしめる
桃李尽ももすももなくなる
 夏夜なつのよ
避暑すずみ
得涼すずしくなる
月行つきめぐる
改影かげがちがふ
風度かぜふく
露沁つゆしめる
蛍飛ほたるとぶ
苦短みじかきにこまる
蚊雷かのこへ
蛙吹かいるのこえ
月白つきしろい
天涼そらのすずしさ
荷動はすもうごく
未眠まだねぬ
矮榻ひくきこしかけ
涼簟すずみのしきもの
夜闌よふける
涼気すずしさ
月暗つきくもる
星稀ほしみえぬ
蛙鳴かいるなく
蝉噪せみさわぐ
階庭にわさき
竹密たけしげる
蛍飛入ほたるとびくる
風生竹やぶにかぜがわく
聞急雨ゆうだちのをとをきく
池辺樹いけのはたの木
 苦熱なつのあつさがこたへられぬ
畏日なつのひ
雷霆かみなり
炎赫どうよくにあつい
炎蒸がいにあつい
驕陽(がいにあつい)
炎焚(がいにあつい)
酷熱(がいにあつい)
流金かねがゆになる

火雲なつのくも

暑雨なつのあめ
驟雨ゆうだち
流汗あせながるる
暑気あつさ

 避暑
 端午
薫風なつのかぜ
 秋
 七夕
 賞月
 秋雨
 重陽
酩酊
白髪しらが
 冬
北風
人生
 歳暮
終年
明年
一年
爆竹
不眠
閑話
除夜
今夕
迎春
今宵
風雪
相対
曉光
世情
再見
 対雪
玉塵
片々
密密
紛々
点々
 山行
直上
天辺
絶頂
躡雲
千里
手攀てづからよじる

 郊行
 江行
 泛舟
 夜泊
 海
 湖水
 渓
水平
空山
 観瀑布
 対酒
 垂釣
 送別
 山寺
 寄僧
 辺塞
 美人
 寿賀
 梅
 桃花
 牡丹
 蓮
 菊
 松
 柳
 竹
 鶴
 鶯
 燕
 雁
 子規
 蝉
 蝶
 螢ほたる
蛍火ほたる
燿耀(ほたる)
水光みずのひかり

詩学速成巻之下
天明八年戊申五月
東武書林 田中荘兵衛 仝梓
     西村源六


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