#author("2025-12-21T17:31:59+09:00","default:kuzan","kuzan") [[有坂秀世「諷經の唐音に反映した鎌倉時代の音韻状態」]] 禪宗諸寺院に於ける諷經の唐音を組織的に研究することは極めて大切なことで、その光に照してこそ個々の唐音語の性質も始めて明かになるのである。例へば、火箸コジ(註三六)のジ(箸)などは、事情を知らない人にとつては全く不可解な音で、甚だしい轉訛のやうに思ふであらうが、古臨濟曹洞系唐音に於て、(一)知・徹・澄母はサ行・ザ行の形となり、(二)魚韻三四等はイ列音となる。」といふ原則を知る者にとつては、これ全く「音韻法則」的な形であつて、理論的に演繹し得るものである。 (三六)火箸の箸の假名遣について、大言海は、下學集(下、器財門)の「火箸《コジ》」を引きながらもそれに從はず、却つて「正韻『箸、治據切、音宁《チヨ》』ナレバ、こぢナリ」と主張してゐるが、この論據は不適當である。何故なら、正韻は近代支那音に基いたもので、その切字には澄母と牀母との區別が無いからである。火箸の假名遣は、宜しく下學集・温故知新書・運歩色葉集等室町時代の辭書類の記載の一致する所に從つてコジとなすべきである。