#author("2020-09-17T02:55:19+09:00","default:kuzan","kuzan")
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平安時代の国語(言語)
 【時代区分】奈良時代を受けて[[平安奠都]]から約三百年の間を国語史上平安時代とする。末期のいわゆる院政期の国語には、しだいに次の時代の萌芽と見るべき現象が目立ってくるので、むしろ平安時代とは別にして、これを中世の国語と一括するのが妥当である。


 【概観】平安時代初期は[[漢文学]]全盛のいわゆる[[国風暗黒時代]]で、男性は和歌・散文に対して冷淡であり、女性の世界に和歌が命脈を保ち、女子消息文が徐々に成長を遂げて、この時代を経た後に女子を地盤とする[[かな文学]]の時代を現出させた。それに応じて男性語・女性語(各別項)の差も大きくなった。男性語は[[漢文口調]]で漢語が多く、これを代表する訓点資料(↓訓点)には古い語法の残存も多い反面、現代に連なるような新しい語彙・語法も見られる。[[かな文学]]に代表される女性語は[[感情表現]]に富み、特に敬語・推量の助動詞が極度に発達していた。[[口頭語]]と[[文章語]]の間にはそれほど大きな相違はなかったらしいが、[[院政期]]ごろから両者の差が顕著になりだした結果、[[平安時代語]]が後の[[標準文語]]の基礎となった。[[歌語]]と[[口頭語]]とは異なる系列に属し、かなりの相違を持っていた。前代に見られた東国方言(別項)がこの時代どんな状態であったかは明らかでないが、[[京都語]]とはかなり異なったものであったらしく「[[舌だみたることば]]」として中央人から卑しめられていたが、末期の武士勢力の伸長に伴ない、[[京都語]]に影響を及ぼしたこともあったかもしれない。忌詞《イミコトパ》(別項)もすでに延暦二十三年(八〇四)撰進の『[[皇太神宮儀式帳]]』の『斎宮忌詞《サイグウイミコトバ》』に見られる。外来語としての漢語は前代に比して急激にふえ、女性語の中にもはいった。


 【文字】前代に行われた万葉仮名(別項)は、この時代の初期には公式の世界には用いられたが、漢字を学ばぬ女子の世界で初期訓点資料に見られる[[草仮名]]《ソーガナ》(別項)の極端な[[草体化]]が進み、[[女手]]と呼ばれる[[ひらがな]](別項)が形成され、[[国語音]]を表わす独特の文字となって、かな文学勃興の母胎となった。訓点資料には、草仮名のほかに漢字の字画を省略した文字が現われ、これが[[かたかな]]として男子の世界に成長して行った。また同じく訓点語において四声《シセイ》(別項〕を示す[[圏点]]《ケン 》を二つ並べた[[濁点]]が、まず[[字音]]の清濁を示すものとして現われ、末期に至って辞書(別項)の[[和訓]]や『古今和歌集』の和歌の[[よみ方]]を示すのに用いられて、[[かなの世界]]にはいりこんだ。


 【音韻】濁点を含めた声点《シヨー 》(別項)は、アクセントを反映したものであるが、中でも『類聚名義抄《ルイジユミヨーギシヨー》』にはきわめて多くの語に付けられ、[[院政期]]前後の[[京都アクセント]]をある程度うかがいうる。現在の[[京都アクセント]]とは異なるが、現在とよく似た型の区別を持っている。この他『金光明最勝王経音義』『字鏡』『色葉字類抄《イロハ   》』(各別項)『法華経単字』『[[前田家本仁徳紀]]』『同雄略紀』『[[浄弁本拾遺集]]』等、声点を付しており、アクセント研究の資料になる。前代に見られた[[特殊仮名遣]](↓上代特殊仮名遣)は平安時代初期にすでに[[コの二類]]を残して区別がなくなった。コは『新撰字鏡』(別項)でも書き分けられているが、それ以前にかなりの混用例があり、単なるかなづかいとして残存したらしい。発音の区別も平安初期には存したであろう。[[ア行のエ]]と[[ヤ行のエ]]の区別も十世紀半ばまでに消滅したらしい。[[撥音]]はすでに初期に発生していたらしく、助動詞「む」や「べし・めり」等に接する動詞の語尾「る」が[[撥音化]]していたと考えられるが、[[表記]]の面では幾つかの方法があって一定しない。促音もこの時期の発生と見られ、表記は撥音とほぼ同じ方法がとられている。また[[音便現象]]の発生により、「い・う」の音が語中・尾に来て母音が並ぶことになり、二母音はやがて合して長音が生まれることになる。拗音のうち開拗音はしだいに勢力を得て、後に[[国語音]]の中にも取り入れられ、合拗音は字音として取り入れられて、[[院政期]]ごろにはクワ・グワ・クヱ・グヱが存した。以上の新しい音の発生にはいずれも漢字音の力が強く働いたと考えられるが、新しい音は[[かな文学]]の世界にはほとんど現われない。イとヰ、エとヱ、オとヲの区別は中期以後混乱を起し、語中・尾の[[ハ行音のワ行化]]は[[院政期]]にはいると一般的となったらしい。キサイの宮・ツイタチのごとき子音の脱落もこの時期に始まり、活用語の音便もかかる[[音韻退化]]の現象の一環として発生した。形容詞および形容詞的活用の助動詞の連用形のウ音便、同じく連体形のイ音便、動詞連用形ではカ行・サ行四段のイ音便、ハ行四段のウ音便、マ行四段の撥音便・少し後れてバ行四段の[[撥音便]]がこの時期に見られる。


 【語法】[[動詞の活用]]では、この時期に確実に九種類がそろった。語彙的には前代の二段活用が[[一段化]]したもの(乾《ヒ》る)、四段活用の二段化(忘る)、二段活用の四段化(なぐ)、および四段・二段の二種類の活用を持っていた語が二段に固定するもの(とどむ)があるが、動詞一般をおそった現象としては二段活用の一段化があって、院政期には新形が和歌にも現われるに至る。同時に地の文の連体止めも、この時期に現われ、次の時期に連なる。形容詞は已然形に「-けれ」が確立し、「-け」の形は消滅した。語幹の用法はずっとせばまり、「-み」の用法も一般には衰え、わずかに歌に残った。前代から見られた形容詞のカリ活用およびナリ活用の形容動詞は、[[漢語の口語化]]と相まって急激にふえたが、タリ活用のものは院政期に現われる。又、この時期には動詞終止形の[[重複形]](返す〳〵、恐る〳〵)が副詞として固定した。助動詞では受身の「る・らる」が前代の「ゆ・らゆ」に完全にとって代り、敬語としても用いられるようになり、使役では「しむ」のほかに「す・さす」が現われ、いずれも敬語としても用いられた。前代の「す(四段)」「ふ」が衰え、「ましじ」は「まじ」になり、「らし」は[[連体形]]「らしき」を失い、「めり・べらなり・まほし」が新たに発生して栄えた。打消の「に」の形はほとんど用いられず、接尾語「く」も活動力を失った。[[指定]]の「たり」は、[[かな文学]]にはまれである。代名詞では自称の「あ」が衰え、他称の「あ」が発生し、他称「こ」と並んで「く」という形も見える。自称の「わ」は反照的にも用いられた。助詞では「なにと」から「など」ができあがり、係助詞「なも」は「なむ」に、禁止の「な」が動詞の上に来る時は、必ず「そ」が呼応するようになった。間投助詞「ゑ・ろ」終助詞「ね・な(願望)」は消滅し、「ゆ・よ・ゆり」は「より」に統一され、「ずて」が接続助詞「で」になつた。「かし・ばや」が栄えたほか、[[願望]]の終助詞に種々の形が見える。敬語はかな文学では極度に発達し、[[尊敬]]・[[謙譲]]・[[丁寧]]に分化していた。敬意を含んだ動詞(のたまふ・奉る)も多いが、これが助動詞的に用いられることもひんぱんである。これら用言関係の敬語に対応して体言では「おほん」「お」が頻用された。係結は形容詞已然形の確立と相まって、きわめて規則的に行われた。[[縁語]]・[[懸詞]]は前代に比して非常に多く用いられ、散文中にも見られる。


 【語彙】漢語の多いことは、すでに述べたとおりだが、特に仏教関係の語や官位名に目立つほかに、[[サ変動詞]]となつたもの(奏す・怨ず・供養ず)、同一字を重ねて「し」をつけた形容詞(怠々し)、漢語を語幹とする形容動詞(ゆうなり・ひざうなり)、「と・に」をつけてできた副詞等、多くの品詞にわたる。漢字音の末尾を活用させた動詞(さうぞく・さいしく)・形容詞(しふねし)もこの時期から見られる。接辞も前代とはかなり異なっていて、接頭語「け・お・おほん・なま・えせ」等、接尾語「たち・ばら・げ・やか・めかし・がまし・めく・めかす・やぐ・だつ・ばむ・がる」等種類が多い。複合動詞はおおむね二語と意識されていたようである。


 【文章】奈良時代に行われた[[漢文体]]・[[東鑑体]]・[[宣命体]]・[[かな専用体]]の四種が引き続いて用いられたが、男子は[[漢文体]]・[[東鑑体]]を用いた。[[かな専用体]]は女子を中心とした消息文(別項)から発達し洗練されて、[[かな文]]となったものと思われ、省略がすこぶる多い。その用語も勢い宮廷の女官語であったろう。平安末期の『今昔物語』は初期の『東大寺諷誦文稿《   フジユモンコウ》』などに見られるように、いわば[[宣命体]]の万葉仮名を、[[かたかな]]にしたもので男子のことばを反映し、漢文口調が強い。          〔吉沢義則〕


〔参考〕『国語史概説』吉沢義則。
『国語の歴史』(国語学会)。
『平安朝文法史』山田孝雄。
『訓点資料と訓点語の研究』遠藤嘉基。
『金光明最勝王経古点の国語学的研究』春日政治。
『日本文法史』小林好日。
『国語音韻史の研究』有坂秀世。
『国語音韻の変遷』橋本進吉(『国語音韻の研究』)。
『国語アクセントの史的研究』金田一春彦(『国語アクセントの話』のうち)。
『五十音図の歴史』山田孝雄。
『片仮名の研究』春日政治。
『平仮名の研究』吉沢義則(以上二つ国語科学講座)。
『濁点源流考』吉沢義則(『国語説鈴』)。
『国語の中に於ける漢語の研究』山田孝雄。
『日本文章史』吉沢義則(国語科学講座)。
『古点本の国語学的研究』中田祝夫。

<Div Align="right">『国語学辞典』</Div>
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