#author("2021-07-11T21:06:37+09:00","default:kuzan","kuzan")
[[十一谷義三郎]]
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1174048/37

//             うはくちびる
// プル・ドックのあの怪奇な上唇と鼻とを小さく凝り固
//                ベァのイン いね
//めて、舌と下腿をぐっと細めたのが西班牙犬の顔だとすれ
//  ゆり                  ようぬう
//ば「百合」は、その中間の、微温的な、ふやけた容貌をし
//        ミルクいう                 そ
//てゐた。それに、乳色の騰毛に蔽はれた腰が、ひとかど楚
//そ
//楚としてるかと思ふと、黒い斑のある胸廓は…攣に開いて、
//太い前肢が鈍く遜歯してみる。番犬にしては、意気地が無
//さ過ぎたし、愛玩用には、触りに野性的だった。父はテリ
//ヤとブル・ドックの艦種.母はポインタと西班牙犬の雑種
//                   どぶ
//で、だから、既のをんな犬は、恰で「種族の泥講」で、そ
//の性向も一向にとりとめがなく、瞬間毎に分裂してみた。
//「百合」を連れて街へ出た時、知人に出遊すと、大抵の彼
//等が「璽な犬だなあ」と、軽侮の色を浮かべる。口笛を鳴
//したり、掌を差し出したりして、好意を示して呉れる者は
//滅多にない。
//「親爺の犬なんだよ。命令で仕方なしに、散歩させてんだ
//よ。」と、そこで私は私の騰面上。一々辮解するのだった。
// もし「百合」の種族が、純粋だったら、いや、たとひ雑
//種にしても、せめてその父のプル.・テリヤ位だったら、私
//もそんなに卑下せずに済んだらうし.知人等も、彼女に蜀
//            をし
//する外交駝…令の一言二言を齎みはしなかったらう。然し「百
//合」は全然絶蒙で、その散歩振りも、麗質と同様に、純な
//              きんじ
//氣品を全く敏いた、何の確信も衿持も無い.散漫至極なも
//のだった、
// 第一、彼女は、虞直に向うを向いて歩くことをしない。.
//        あっ
//少し動くとぢきに熱くなるのか,舌をだらりと垂れ、その
//笑劇風の問の抜けた顔を背後へ振り向けつ」「合成動」で
//                  トロヅト
//アメソボゥ式に前進するのだ。それから忙ぎ足しながら首
//を描って耳を掻く。耳を掻いてると思ふ…聞に、もう道傍へ
//坐り込んで、瞼の厚い眼をきょとんと据ゑてゐる。實にむ
//ら氣で,途中、もし仲間を見つけると、ふいと脊筋の毛を
//   くもびる
//…逆立て、唇を内側へ折って敵勢の気勢を示すが、それもち
//よいとの聞で、次の瞬間には、もう鼻を鳴らし、下劣な笑
//ひを浮べて、べたくと寄って行く。そんな時、大抵の相
//手は、首を質置に伸ばしたま・冷々と塞を見てるか,でな
//                   もくさつ
//ければ、この「百合」の親愛を趣く手軽く黙殺して去って
//しまふ。さうしで私は、つくづく、一種の引け身と腹立た
//   かこ
//しさを嘆たねばならなかった。それを父に訴へると
// あいつ        ヂイグニテイ                 デイグニテイ
//「彼女は馬鹿だ。気位がない。」と、父は、その「気位」
//        ニ
//と云ふ英語に力を翠めて肯定した。
// 五六年前までi明治二十年代一f海港の英吉利領事廃
//---------------------[End of Page 538]---------------------
//犬の街
//162
//                 かたぎ
//・の書記をしてみた父で、知らずく英人気質に感染してゐ
//        メリ ケンふう
// せ み
//た所爲もあらう。米利堅風の安手な李民主義が大嫌ひで、
//その癖,どんな暗々しい禽舎1たとへば、常時の新智識
//の知事夫妻が主催した官民合同の夜會とか、それからまた、
//反動的な、あの輻島中佐の鰍迎會とかにも、かっきりとか
//らだに合ふ脊廣で、出かけて行って、紋服や燕尾服の問に
//              ラヂイカリぐム
//平然とをさまってる父だつた。急進主義と保守主義が妙に
//性格的に入り組んで、それを蔽ふ塵世哲學の表象が、結局
//この「気位」と云ふ一語だつたのだ。
// そんな風で、父も「百合」を糞味喉に非難したが、裏庭
//      なで           し
//の馬鈴薯畑に和やかな明るさが沁みてる日など、それに面
//            あ が
//した納屋の申で「百合」の足掻いてる気勢を感じると、す
//ぐにまた.父は、彼女を遮れて散歩に出うと私に命じるの
//だった。
// 私は、何故父が、そんなに彼女を愛するのか到らなかっ
//た9
// 私も、いっと5「見て呉れ」を氣にする年頃で「百合」
//のやうなぶざまな景物がついてみては、懸も何も濁茶苦茶
//だし、落ちついて知人と話し込む塞もない。と云って、父
//                 かち    モータ 一
//の命令を拒む謬にもいかない。でまあ、舵のない襲動機艇
//      じ   じ
//に粟つかって焦り焦りしてるやうな、心細い腹立たしさを
//耐へながら「父の百合」について街を歩くのだった。
//、
//                        つ
// そのうちに、然し、「私は、無理に彼女に封ずる興味を創
//く
//治り始めた。たビ厭だと思ひながら売彼女と一緒にみるこ
//  つき
//とが詰らなくなったのだ。
//                        ぺ
// 私は、彼女を一間詐り先に繋いで置いて。大小二個の麺
//ン   かけら
//麹の破片を、一尺ほどの間隔を置いて地上に並べた。彼女、
//がどちらをとるか、それが知りたかったのだが、結局この
//        をぽ
//心理考査は失敗に終った。私が鎖を解き放すや否や、彼女
//ほまっしぐらに、だが、例のアメソボウ式の駆け方で、麺
//ン
//麹まで飛んで行って、その破片を二つとも、胸の下へ掻き
//寄せて、首を私の眸へ揚げ、尻尾を盛んに振った。
//「馬鹿。百合1」
// だが、幾度やつても.結果は同じだつた。
//「百合はいったい魂を持ってるだらうか?」
// 裏の茶園の青の照り返しを受けながら、或は、色とガラ
//スの攣にキラキラする此の新しい海港街の外光の申を、百
//               わたし
//合と二人つ切りで、しんと行く時、私は、ふと、そんな事
//を考へて、足をとめた。
//-魂U そもそも魂など・云ふものが存在するかどうか、
//それが先決問題だ。だが、それは、威勢の好い理窟のスボ
//     まか                           ミチリ
//ーッマソに委せるとして、兎も角、私は、彼女の前に囲ん
//で、
//「百合-」と,何かしら胸の高ぶった聲で呼んだ。
//---------------------[End of Page 539]---------------------
//'
//と7
//Y
//、
//\
//103
//犬の街
// 彼女はまっすぐに、膝へ來て、前肢を私の胸に突張って、
//ぢつと私の眼を見上げた。
// 百合は茶色の、皆の下がった眼をしてるが、よく見ると、
//その何慮かに碧味がチラチラと潜んでみる。其威に、その
//妙な茶色の眼に、私は「何か」があると思った。その「何
//か」が、たしかに、私のうちの「何か」に感し懸た。
// 此の「何か」が百合であり、また、私であるのではない
//かゆさ5私は考へた。さうして何となく、あの父の
//     ディグニティ
// 「百合には気位がない。」と云った言葉が、常識的な早計
//に見えて來たQ
// かうして百合を観察してゆくうちに、たとへば、彼女が
//        あしおと
//納屋の中で、外の畳音を聴きわけて、それが家族以外の者
//ドだと、不気味な喉音奏しつ診て・ぢつとその甕灘既を騰
//まへてみること」か、それが、決して恐怖の爲ではなく、
//彼女には一種の享楽であって、その享楽そのものが、とり
//もなほさず彼女の理性なり本性なりでありと云ふことなど
//も知ったのだが、結局、私は、最後の襲見に到達し、それ
//がやがて、私に、彼女の父を知らしめる機縁になった。
// ある勲爵尉の夜、私は、父の部屋で、細い父の指先から
//       シ エ ルロト
//友皿へこぼれる両切葉巻の白々とした次を眺めながら、い
//ろんな海港の挿話に聴きいってみた、
//                         にふ
// 一税関の監吏に小田と云ふ青年があった。日暮方に入
//かう                            ふにり
//魅した英船の客で、昌ツケル商會の店員が二人,一人は英
//人でトーマス・マホン、も一人は掲逸人で、ホルステンと
//云ふが、紙包みの輸入貨物を一個づ・持って来て、携帯品
//と見て呉れと小田に頼んだ。
// 政府の腰が今日以上に弱い當時で、こんなことは、ざら
//               びわん
//に通ってたんだ。ところが、小田は頑としてきかなかった。
//トーマスが
//   ユの フ ル
//「この馬鹿!」と喫鳴った。
//      ピストル
// ホルステソは短銃をとり出して
// ユぎん フナンド オ ディス
//「撃って欲しいか!」と云った。
// 小田はやつばりきかなかったQそして二人を告訴した。
//だが、むろん、不起訴露分になった…:・
//             すも
// 父はそこで話を切って、茶を畷つた9
//        き          デでグユデイ
//「小田は?」と私が説くと、例の「気位」を示す眉をあ
//げて
//「お前なら、どうする?」と反問する。
//            う な
//「解職します。」と答べたら、勲頭づきながら笑って、話題
//を換へた。
// 一居留地の連中(と父は云って、決して一般の海港民
//のやうにお屋敷の大將達とは呼ぱなかった。外人連は、日本
//   かふがい
//の槍や甲鎧や陣笠などを買って來て各商館の玄關に飾り、
//海港民の封建趣味を逆用して、威勢を張ってみた。だから
//}L
//!
//---------------------[End of Page 540]---------------------
//犬の街
//コ04
//商館はお屋敷と呼ばれ、お屋敷に勤めてる日本人は、屋敷
//             よ
//巻と鼓はれ幻α父が領事廃を退職した一因は、此の一般の
//屋敷者扱ひに憤激したことであるらしい。)にほ随分大きな
//σがみる。九十一番の支配人ヘル・レファノドは六尺六寸
//         おほづへ        たか
//強ある。角力取りの大砲より二寸は高いんだ。街へ出ると
//家の二階ばかりが眼について困るとこぼしてたつけ……
//「どうしても、」と私が嘆息した。「日本人は膿力的に叶ひま
//せんね。」
//「さうでもない。中八幡の番頭のライマスライフは四尺五
//寸しか無いさうだ。」
//難ちょいと馨れ・+粂詐りの風速に卿って、潮鳴
//りのひ㎏きが雨戸の外へ寄せて來た。魁難して入港した船
//があるらしく、汽笛の晋がその底に焔のやうに震へて消え
//た。
//「大分荒れるね。」
// 私は、、茶碗を口へ持っていったま、、ぢいっと耳を澄ま
//した9その齪しかろ乗る潮鳴りと暴風雨か荒びた露
//をつんざいて、何かしら太古へ通じるやうな、人間の魂の
//騰にまで沁み透るやうな、 一つの麗を聰いたと私は思った
//のだ。私は、膣を震はせて、お面のやうな父の顔へ呼びか
//けた。
//「お父さん、百合は大丈夫でせうか。」
//「百合?」と、父は不思議さうに私を見返した。
//「子供みたいに!」とさう笑つでる表情を、私はその父の
//眼に謹んだが、私の百合への不安は、刻々につ.のった。私㌦
//は、その日の聲間、裏庭へ連れて出た時の彼女の想ひ出す。
//     そび
//鈍重な塞に襲えてる水上警察の信號柱に、白と黒の小型の、
//エザ フラッグ                           しわ
//警報旗が揚がってみる。馬鈴薯の葉が、ずぜ黒く緻だち、
//氣の所爲か、彼女の毛なみが眞珠色の光澤を轍●P砒偽る。
//彼女は前肢を踏ん張り腰を揺りながら、その警報旗を仰い
//  のど
//で、喉を鳴らしつぜけ、それから腹立たしげに振り返って、
//   ロ                           こた
//犬歯を剥き出して鎖を噛んだ。私の愛撫も一切,態態へず、
//全身がいきりたって、もし鎖を外したら、何をするか、何
//露へ行くか、知れなかった。私は,此の不思議な彼女を、
//早速また納屋へ連れ戻ったのだった……
// 父の前で、考へてるうちに、私はまたあの麗を、あの妙
//      うつ
//に爪の尖まで惨きわたる膣を聴いた。今度は、父の耳にも
//入ったらしい。下男の松逡をやれと父は云ったが、私は、
//           がんどう
//とうゆ
//桐油合羽を頭から被り、龍燈を提げて、自分で納屋へ出か
//けた。
// 雲の奥に月が見え、その前を、瓢に雨の脚が掠めてみた。、
//その下の闘い塞に・全署の籔彫が瞬いてる・畿が
//疾風と一緒に胸へ沁んで、すっかり落ちつきを失ひ
//「百ムロ! 百合1」と勝手口から叫びながら、私ほ納屋へ
//\
//ナ ♪
//漉
//\ 、、
//---------------------[End of Page 541]---------------------
//だ、,r
//、
//.点 ・
// 、
//響
//雫畠、
//〆  \
//工05
//犬の街
//飛んで行った。
// だが百合はもうみなかった、
//欝尉熾をさんざ謝れた敷藁の上に置き、彼女の首輪に
//                  てのひら
//繋がってみた鎖の、輪の弛んだ冷い先端を掌に載せて、
//暫くぼんやりと立ってゐた。それから、ふと氣がついて、
//納屋を出、邸の園ひ内を彼女を呼びつ、駆け廻った。
// 門も裏木戸も、戸締りほ嚴重にしてあった。念の爲に、
//何度も板塀の裾へ無燈を差しつけて歩いたが、其威にも、
//彼女の出られさ5な隙はなかった。
// さうして、濡れて、疲れて、濁れみ\の聲を絞ってる私
//の耳へ、も一度、あの聲が、何威からともなく、遠々しく
//ニだネ
//観して來た。いや、この三度目の聲だけは、幻畳だつたか
//                      っぷ
//も知れない。此の物語を草してみる現在でも、眼を瞑ると、
//あの聲がはっきりと聴える位だから。
// そのうちに、雨が漱んで、潮の音が回暦…近くなった。照
//明板のやうな塞明りが援がつて、エザ・ランプを吊した水
//上署の信饒柱が、黒い線になって、向うの孚室へ現れる。
//     さむけ
//私ば何だか寒気がして、父の部屋へ戻った。
//               あご
//「みないか?」と、父はいきなり麗を据ゑて説いた。
//      うなつ
// 私は力なく鮎囲いた。
//「ふうん。」とやつばり臆を据ゑたま」で、父は溜息をつい
//たゆ  ㌦           、卵
//「明日になれば    」
//「いや、彼女はコスモポリタンに出来てるんだ。」
//「でも。」と私が云ひかけたら、父は
//                ぼんぜい
//「さう、コスモポリタン。」とゆっくり反曝して、卓上の新
//聞へ眼を落した。
// 私は、そっと立って、自分の部屋へ競った1
// 認る日の午前、私は父と肩を並べて、樂天主義者のやう
//に晴れあがった塞の下を、外人墓地を歩いてみた。こんな
//物語を聰きながら……
// i六年ほど前,英藻汽船會肚所属の四本橿の貨物船か
//            いううつ
//ら、フレッドと云ふ犬が、憂欝な一人の族人に連れられて
//此の海港へ上陸した。何威から來て、何威へ行くつもりな
//         かい
//のか、傍の者には、苦きし到らぬ二人で、むろん、誰も、
//この犬に構ふ人は無く、犬の方でも、自分の主人の、その
//わび                                   
//詳しい旅人につき纏ふ切りで、外の人達は振り向いても見
//なかった。
//    ジヤバ
// 船長は爪畦で此の男と知り合ひになり、船賃なども手加
//減をして 飛せてやったのだが口数の抄い、碧眼の悲しく曇
//                   ウずツカ
//つた男で、始終、宛で自分の分身のやうに火酒の瓶を引き
//つけてみた。船長も、航海中は愼しんでみたが。元来.呑
//み手で、從ってその遜に思ひ遣りも深く、その気持ちが知
//らず〳〵女性的に細かい鮎にまで働いて。それを受ける相
//---------------------[End of Page 542]---------------------
//夫の街
//106
//      たジよ
//   いッしう
//手の、憂愁の漂った眼には、物言はぬ男だけに、一暦切實
//な感謝の情が溢れ、こちらも心が、何となく船旅を離れて
//        つト
//燈遜的な賑かさに包まれて、結局、幸幅な航海が、二人の 、
//上に緩いた謬だつた。フレッドも、いつの間にか、船長だ
//けには懐いてみたQ
//{フレッドつて、犬にほ珍しい名ですね、どんなところが
//らおつけになったんですか?」と,ある時、船長が、何気
//なく男に説いた、
// 男はパツと眼を見開いて、船長の顔を熟視した。船長は、
//         のつ
//その瞳の大きさに胸を蟷たれた。やがて、火酒に蒼白んだ
//頗の膚へ、うつすりと紅味がさし、視線が力無く滑り落ち、
//澁り勝ちの言葉が、男の唇を洩れた。
//     プレゼレト
//「従妹からの贈り物なんです。」
// 船長は、男のこの唯ならぬ気勢から、此以上説くことを
//よした。さうして、その後は一言も此問題に鯛れず、た璽
//    なか
//自分のお肚の申で、一心にその謎を解かうとした。むろん
//事件の凡てが終るまで、これは解ける筈もなかったが、 逐
//にその結末が來て、一切が噂となった後、船長は得意にな
//って、こんな風に聰き手を焦らしたのだった。
//「フレッドは妙でせう、犬の名前に。此は彼の従妹が彼に
//   プレゼント
//與へて贈り物だつたんです。」       }
//                うちら
// フレッドは完全なブル・テリヤで、内側へ鰻幽した強劔
//              みなざ
//な前肢を持ち、胸は廣く、,力が淡り、その上に李べつたい
//                        へき
//蛙のやうな首が、鋭い四十二枚の歯をふいてみた。眼は碧
//ぎょく
//玉のやうに輝き、全身雪白で、た璽左の耳の遜りに一ヶ駈、
//黒い斑職があった。
// 彼は、外見の示す通り、荘重な、自信に満ちた犬で、道
//  こ りぬ
//傍の小犬などが、どんなに吠え掛っても、てんで問題にせ、
//ず、相手が、不足の無い敵手である場合にのみ、黙々と、
//   いか
//全身の憲りを燃やして戦った。そんな時には、彼は漸決し
// し                  すユや
//て吠えも捻りもしない。た矯敏速く鼻腔を膨らまして胸廓
//一杯に息を吸ひ込み、次の瞬間には、もう彼の牙は、相手
//                     ちぎ
//の骨にまで喰ひ入ってみて、相手の五騰の一部を干裂りと
//ることなしには、闘じてその牙を弛めなかったQ
//          オヒ       バ カ
// 欝陶しい彼の主人が、0ホテルの酒場で、あの船長と別
//  く
//盃を汲み合ったのは、居留地の褒め櫻の馬場が、花で白い
//夜で、船長は、海洋人らしく、口笛を鳴らして去り、主人
//は感傷の族人らしく、額を抑へて残った。その時から、外
//      さるすべり
//人墓地の入口の百日紅が、血色の花を噴く頃まで、此の碧
//い眼の主従は、静な、影のやうな生活を逡つた。
//            ボウニ
// 上陸後、間も無く、男は、小馬を一頭買ひ入れた。海港
//の北に・昔・佛蘭西の星學博士が・き針麓鱗が測定をした丘,
//があって、其露へ散歩に出かけた外人連が、ふと足を伸ば
//                     ポウニ
//して、紛り人の行かぬ裏通を通ると、よく、男と小馬とフ
//        /
//,   '、
//派
//---------------------[End of Page 543]---------------------
//'
//歩
//エ07
//犬の街
//         でくに
//レッドの住しい姿に出適したと云ふ。鞍の上の男は、手綱
//を馬の首へ放りかけたま」、うつろな眼をして「パイレー
//               ポウニ
//ト」の懸を節奏なく吐いてみる。小馬は首を垂れて、無頓
//着な主人の代りに、道を考へ考へ歩いてみる。その蹄を睨
//まへながら、半分夢見心地の眼をしたフレッドがついてゆ
//ぐ。裏山のしんと静もった光の中で、彼等を見ると、まる
//  らサぼろし
//で、幻を追うて族をしてる一團のやうだったQいや、彼等
//の姿がまぼろしのやうに見えたと云ふ。
// 男は滅多に人に話しかけない。然し、もし人から言葉を
//かけられると、それが非常な恩恵で攣もあるかのやうに、
//  いんごん
//實に感熱を極めた身振りで答へる。集會とか催しものなど
//                        ウずツカ
//,には、むろん彼は殆ど顔を出さない。大方.こっそり火酒
//の概を抱へて、部屋で潰れてみるのだらうと皆が評判する。
//   さくきよへき
//だが、夢房癖のいき過ぎた.物言はぬ彼のことで、評判す
//        のんべ ゑ
//る方でも、普通の呑兵衛ほど樂でなく、結局。皆が云ひ合
//したやうに、彼には鯛れぬやうになった。
//-お天気の好い日には、彼は大抵、火酒の瓶をボケツトに
//      ポウニ                  あさはや
//突つ込んで、小馬とフレッドを連れて、朝早くから、あの
//人影の薄い裏山へ出かける。そして日が落ちるまで戻って
//來ない。雨の日は。定まって、居留地と波止場の間の大通
//                    さまよ   ある
//りを、両手を背後で組んで、濡れしょびれて彷律ひ歩く、
//               きびす
//ッレツドは。そんな日にも、彼の踵から離れない。雨に洗
//、
//、
///
//=転?
//はれた波止場の繋船桂に僑りか・つて、滴の垂れる帽子の
//つは
//鍔の下から、彼がぼんやりと海を見てると、フレッドも,
//彼の足許の冷い水溜りにお尻を下ろして、狂った波と、そ、
//の上に揺れてる船を眺めて、ぢつと彼の動くのを待ってる.
//る。それがあんまり長引くやうな場合には、多レッドほ、
//                        カだや
//艀に、鼻を主人の膝に擦りつけて、主人のその白日夢を穏
//かに呼び醒す。で、彼は、また細い湿たれた腕を背後へ廻
//して、雨をわけて、ふらくと動き始める。か5して,雨
// や          く
//が飲むか、日が暮れるかしなければ、彼とフレッドは、い
//つまでも路上に濡れて、まぼろしを貧りつ㎏けるのだつ
//.た。
// 居留地の古びた煉瓦塀に、葉櫻の影が濃くなった頃,男
//  ポウニ
//は、.小馬をホテルの厩に預けて、掲逸人の老寡婦の住む四
//十番館の一室へ、フレッドを連れて移った。それから三四
//日経つたある日の「ジャパン・タイムズ」の隅っこへ、會
//計主としての彼の求職廣告が現れた。
// 仕事は、近所の阿米利加人の商館に、翌日からあって、
//彼は.珍らしく,フレッドを宿に残して出かけて行った。
//フレッドが、この留守居の問に、どんなに彼を懸うたか、
//       ぴ   ベッド
//また、彼は彼で、宿の寝肇の傍の小卓の上にある火酒の瓶、
//に、どれほどあこがれたか、それからまた、仕事が経って、,
//                      ウオツカ
//彼が再び自分の部屋に自分を見出した時、彼と、火酒とフ
//---------------------[End of Page 544]---------------------
//夫あ街ノ
//108
//レッドと,が、どんな風に鐘的に結びついたか、それらは容
//易く想像のつくことだ9
// この商館の支配人は、親切な男で、二三度.彼を傭うた
//後、改めて、彼を簿記係長に招聰したいと云った。
//「ありがたうございますが、實は、私は、もう此の失いく
//らも日本にはみないと思ふのです。今日にも、國から手紙
//              た            り
//が來る筈で、それが來次第,出叢たねばなりません、」
// その豫期をはっきりと言葉にひビかせて、そんな風に、
//彼は支配人に断つた。だが、手紙ぽいくら持っても來ず、
//    かまきり                いうしラ
//彼は秋の蟷螂のやうに細り、時折り憂愁に重たい頭を傾げ
//て、火酒の塞き瓶を眺め入った。
// ある朧ろ月の晩,彼は.だしぬけに、例の支配人の家を
//訪ねた。支配人は、英人贔屓で、英吉利風の儀禮を悦んで
//みた男で、從って、不意に夜來る客などは一切面會謝絶だ
//つたが,今夜の客が彼だと知ると、自分で門まで出て來て
//彼を迎へた。もとく彼には好意を持ってゐたのだし、そ
//れに、第一、彼と云ふ人間から訪問を受けると云ふことが
//居留地でほ「一つの事件」だったのだ。
//          もた
// 彼は、白い門の戸に免れたま」、どう支配人がす・めて
//も、家の内へ這入らうとはしなかった。さうして、静に、
//然し何威か放心的に、暇乞ひの挨拶を述べた。彼の足もと
//           うつ
//`にほ相攣らずフレッドが露くまって、青臭い新緑の香に鼻
//を鳴らしてみた。                、
//鞘、まあ這入って、一杯やつていらっしゃい。」
//「ありがたうございます。明日は夙いんで、これから支度
//がやっとなん怨ずから。」
//               た
//「ほんとですか?ほんと5にお出稜ちになるんですか?」
// 彼は羅解いて咳をした。
//「それはお名残り…惜しい。では、御幸幅と、御航海の御無
//事を祈ります。一
// さう云って支配人は手を差し出した。その手を,彼は、
//  ふ            てのひら
//眼を傭せながら、熱い掌に握り締めて、劇しく振った。
//落髪の蹴れか・つた彼の額の下に、涙がおぼろ月を受けて
//淡く光ってみた、
//【どうして出獲たれるんですか? 先日,お願ひした簿記
//                      いた
//の口ほ.まだ塞いてるんですが……」と支配人ほ絢はるや
//うに云った。
//   ニは  しな
// 彼は硬く萎びた赤革の編み上げの爪先へ眼を落して、暫
//く考へ込んでみたが、やがて、首を振って、チロチロと燃
//     ほのに
//える瓦斯の焔のやうに、静な.熱っぽい調子で云った。
//「御親切は忘れません。でも,去く方が好いんです・三:吐
//露には是と思ふことが、ありません。日本は美しい國です。
//然しいかにも小さい氣がします。毎日青い海、毎日青い丘、
//さうして同じ人が、同じ道を、同じ顔をして歩いてるQ私
//」
//㌧
//、 、
//㌧,
//》
//\
//、
//暫
//---------------------[End of Page 545]---------------------
//や
//サ
//湖覧h
//  、'
//博、
//、
//109
//犬の街
//はもう、何も彼も飽きくしました……」吐露まで云って、
//        つぐ
//ちょいと彼は口を絨んだ。それから、聲を落して、ゆっく
//りと綾けた。
// 「今夜は嵐になりさうです。實に倦い……貴君は、現在の
//私ほどお疲れになったことがありますまい……私は今朝、
//ペツド
//・寝藁「を出ると直ぐ、嵐を豫賢しました。嵐が来てれば、私
//は、もっと元気だつたでせう。然し、攣に蒸しますね。實
//に、暑う苦しい晩だ……」
//             ぼや
//'支配人は塞を仰いだ。月は長けてみるが、あちこち雲が
//      のも
//切れて、星が覗いてる。門杜の上の標燈の灯りを受けて、
//               ざくろ
//白塗りの透垣の上へむらだってる柘榴の葉も、平常通り生
//生とした青をふいてみるし、フレッドも,地面にちゃんと
//          あをびか
//落ちついて、持ち前の青光りのする眼を虞直に据ゑてるて、
//嵐の前鯛れらしい気勢は、何塵にも認められない。
// 「あ」この男は、ほんとうに疲れ過ぎてるんだ。」さう思っ
//て、支配人が、も一度、彼を見た途端に、彼は、門の戸を
//離れて
// 「さよなら、iさん。お暇乞ひが出來て、もう心残りが
//                         ニご
//ありません。さよなら」さう云って彼は、細…長い背中を屈…
//      つほ
//め、ソフトの鍔をだらりと膝こぶしの邊に垂れたま」、お
//            ヲうく
//ぼろ夜の3すら明りの底を諺々と五六歩向うへ動いたが、
//そこで又振り返って、帽子を持つた手をふちりとあげて
//「ありがた一1さん・お鍵なさどと・哀切な調
//子で叫んだ。
//                    くわんまん
//                       もフ
// 支配人は、彼とフレッドの影のやうな姿が、緩慢に纏れ
//合ひながら、街角を曲るまで門の前に立ってゐた……
// 夜半に雨になった、
// 翌朝、雨に包まれた木造の四十番館の一室から、棟木に
//し  とほ               な
//沁み透るやうた フレッドの抱き聲がしきりに賄えた。女主
//      ドア
//人が、合ひ鍵で扉を開けると、壁の腰板に前肢をつつばっ
//て凝然と仰向いてみるフレッドの頭の上に、窓掛の桟から、
//  つ
//男が吊り下がってみた。いつもは、窺籔の傍にある小卓が、
//ちやうど
//恰度その死骸の、牛閉りに閉った白眼の視線が斜に落ちて
//來る地貼へ移されて居り、其慮に一枚の白紙を下敷きにし
//            しっく
//て、蝋燭の燃えさした燭と,滴も無い火酒の瓶とが、立っ
//てをつた。紙には、大きく「フレッドを頼みます。」と書い
//てあった。
//                  ひ から
// 實際,衣裳箪笥も事務机も、カラカラに干乾び、埃りを
//浴びたその麟に手型が残ってる位で、死者の遺産として、●
//唯一つ生彩を放ってゐるのが、此の雪白碧眼のプル・テリ
//ヤ一匹だつた。濤
//        コンペ ブル
// 英吉利領事臆の警保官が、何慮のホテルのだか、垢つい
// レベル
//た貼札の残ってる死者のあランクを開いたが、中には、風
//---------------------[End of Page 546]---------------------
//犬の街
//110
//   しお  ぼろふく              5
//雨に鐵んだ艦櫨服と、封筒の無い手紙が一束ある切りで、
//       うら               し
//其慮にも.攣に末枯れた匂ひが沁んでみた。
// 條約改正の大騒ぎの後、まだいくらも経ってみず、外事
//關係の細かい鮎などは、お互ひに極めてだらしが無くてb
//此の男の戸籍も、當人が首を吊ってから初めて調査に掛つ
//.た謬で、從って、その、トランクの底から出て来た手紙が,
//               コンベデらブル
//.急に重要書類になって、領事臆の警保官と文書掛りの手で、
// 一枚々々丹念に眼を通された。
//         ツと
// 手紙はみんな同じ女から來た四五年前のラヴ・レターだ
// つた。それが目附け順に重なって居り、幾度も讃み返され
//              し み
//たらしく、隣所に手垢や火酒の汚黙がついてみた。
// 他人の艶書を鹿爪らしい顔をして謹み通すのは、簿記學
//者か「サムライ」で㌣も無ければか難しい。二人の英人官
//吏は、口髭を噛み.眼をパチパチさぜて、一生懸命に,そ
//の文面から固有名詞を拾った。
//                         クリ
// 人名は「メリー」とか「エドワード」とか、殆ど皆、基
//ベヂヤン ネロム
//.督数名ばかりで家の名が一つもなく、場所だけは、大凡,
//アイルランジ
//愛蘭土の一小都市だと判った。それから、此等の手紙に依
//ると,男は、女の両親である叔父夫婦に嫌ほれてみるらし
//い。
//                      フレデ リック
// 謹んでゆくうちに、最後の二三ヶ月へ來そ、 国H巴①風。犀
//ミル ナほ
//鑑三口2と云ふ男が出て来た。文面で見ると、男の親友で、
//その紹介に依って、女の家へ繁々出入りしてみたらしく「楡…
//快な若者」とか「母の氣に入り」とか云った言葉が眼につ  、
//く。さ5して、その後の手紙には、どれにも此の男のこ捷 嘱
//                       メ   ノ
//が書いてある。彼が町の膿育競技會へ出て、鐡彊を十米
//飛ばして記録を作ったことや、ハイ・ハードルでは決勝鮎
//間近へ來て、足首を引っかけて惜しい一等を逃がしたこと、
//            ペイ  ヨ ツ ト
//それから、一緒にダブリン麹へ快走船を浮かべたとか,馬
//で遠出したとか、病気で見えないので見舞ひに行ったと
//か、花束を貰ったなどと……
// それに、名前の書き方が、初めは他人行儀の「,ミルナ」
//氏」次に敬樽抜きの「フレデリック・ミルナー」それが「,フ
//レッド・ミルナー」に縮まり、やがて、頭文字の「エフ・
//エム」最後に、最も親しげに「フレッド」とだけ! さう
//してこの「フレッド」が、目附けが近づくに從って、頻々
//      ほっこ
//とあちこちに版屋してみるのだった。
// フレツドー フレッド! あ・それは、濁りぼつちにな
//ったブル・テリヤの名ではないか! f
// 火酒に翼れた男の死骸を納れた棺は、あの雨の日の翌日,
//     コンコムデづノル
//フレツドと警保官と例の米利堅商館の支配人とに邊られ
//て、町外れの高峯にある外人墓地へいき,そのいっとろ奥
//                  ロえんつか
//の、自然石に十字架のひっそりと浮いた無縁塚の侮へ埋め
//られた。フレッドは櫻草の上に坐って、黒い土くれが主人
//
//---------------------[End of Page 547]---------------------
//1】1
//夫の街
//の棺へ落ちか」るのを眺めた。棺も潰え、穴も潰え,凡て
//済んで,支配人が鎮を引張つたが、フレッドは動かなかっ
//た。大男の警保官が、可愛い口で口笛を鳴らした。然し彼
//は、振り向か5ともしなかった。
//   うすづき
// もう薄月が出てみた。男等は小聲で相談して、彼の首か
//ら銭を外した。そして、彼をそのま・捨て・置いて門のと
//ころまで來、其威で振り返って、聲を揃へて彼を呼んだ.
// フレッドは背中の筋肉をぴぐりと震はした。
// コンアしテブル           てのひう
// 警保官が、銀の爾…端を掌に握って、頭の上で振り廻し
//乍ら
//「フレッド! フレッド!」と呼びつぜけるQ支配人もそ
//の聲に合せて口笛を吹く。
//       こ みち
// 一間牛ほどの小径が、門から眞直ぐに煉瓦塀につき當り、
//細く鍵の手に曲って、フレッドが今みる無縁塚の前へ通じ
//てみる.フレッドはお尻をあげてその曲り角まで出て
//             うな
//「うわウ」と一聲彼等の方へ捻ったQそしてすぐに眼を細
//めて、急ぎ足で、もとの櫻草の上へ戻った。
//     ハンカチ            すも
// 支配人は半巾をとり出して鼻を畷つた。警保官は鎖をぐ
//るくと手首に捲いて、大きな溜息をつく。やがて二人は、
//黙々と嚇っていった。
//               さくらさう
// うす暗い風が、十字架と花環と櫻草の上を渡って來てフ
//レッドの胸を掠める9フレッドは、ぶる・<と身震ひして
//もう一遍腰をあげ、主人の棺を埋めた新しい黒土の上を、
//鼻を鳴らしながら往つたり來たりした。
// 淡い塞に藍が深まり、三日月と金星がカツキリと顧れた。
//フレッドは前肢を揃へて一心に柔い黒土を掻く。十秒ばか
//り、掘っては憩み、恵んではまた掘って、なかなかやめな
//い。
// 穴が五寸ほどの深さになった時、フレッドは疲れ九爾肢
//   へり
//を穴の縁に折り掛け、その上へ臆を載せて、耳を敵てた。
//                 おほみら
//膣もしない。音もしない。星の蹴れた弩鰹の濃い藍が家第
// にじ
//に滲み落ちて來、櫻葉の葉が黒くそよぐ。フレッドはから
//だを起して、墓穴の廻りをまはった。それから、ふいと立
//ち停って三日月に首をあげ、全身を振り搾って抱いた。そ
//の膣が、強く遠く塞に散り、またしいんとなった時、彼は
//首を低く垂れて、十字架の問を抜けて塵地の門へ駈け始め
//た……
// 白い膿毛がびっしょり汗になり、湯気の立つ舌を臆の縁
//                     く
//へ吐きながら、フレッドが、四十番館へ戻って来ると、恰
//     あ      ポロヂ        あか
//慶明の戸が開いて、玄開口の藤棚に灯りが爲り、其庭に女
//主人とあの支配人とが彼の辱をして立ってゐた。フレッド
//はその二人の裾を一散に駈け抜けて廊下へ飛び込み、あの
//白い闘い死者の部屋の扉に躍りか、つた亀扉はむろん、永
//蓮に閉ぢ、彼の足の裏の肉瘤か騰れるに從って、鈍いひび
//---------------------[End of Page 548]---------------------
//9
//犬の街
//112
//ノ
//きを立てるに過ぎなかったα彼は、背中をその南京錠のお
//         うづく
// りた扉に押しつけて噂まり、碧い油細い、悲しげな眼で、
//玄關の灯りを眺めた。
//  その後上三日、フレッドは、外人墓地と四十番館の間を、
//,黙々と往復して暮した。彼と主人とその遺言の辱はもう夙
// つくに居留地中に擾まって居り、陰欝な黒ッぽい西葡人や
//掲人、ジ…で霜降りの英吉利人、それから派手好みの米利
//堅人など、國籍と気質は建ってるても、みんな一ヶ所、心
//が蝕ばまれてる人達で、それが翠って同情を寄せてみただ
//が、フレッドは、持ち前の偏質的な難かしい顔を据ゑて、
//人人の愛撫を片つ端から獣殺した。
// 「彼は喪中だ。」とみんなは考へた。
// その二三日を過ぎると、フレッドは、やっと諦めて、墓
//-地の櫻草と四十番館の藤棚を離れて「街の犬」になった。
// フレッドは、居留地一番の、高く強い膣と鋭い牙を持っ
//てゐた。それに美徳ある犬で楡みもしなければ悪ふざけも
//しない。だから一癖人気を集め、彼の爲の犬小舎が方々に
//造られた.然し彼は二日と続いて、一つの小舎に止まるこ
//                     なつ
//とをしなかった。もし人々が鎖に依って彼を飼ひ懐けよ5
//とすると、彼は凄まじう野性に還って、その鎖を引きちぎ
//って去るか、それが出来ぬ場合には・議ひのするやうな
//な
//抱き膣を立て」、他の愛護者に訴へる。彼は、みんなに愛
//(ゆ ,
//噛芦,
///
//'bN¢.
//'・ぜ
//されて、誰をも愛しない、コスモポリタンだつたのだ、」
// うったう
// 欝陶しいあの男が死んで三ヶ月ほど経つある朝、「街の
//犬」は、鋭利な刃物で喉をやられて、米利堅商館の塀の下
//で死んでみた。堅く喰ひしばった臼歯の間に、黄色人の指
//を一本噛んで。
// 赤黒い血のこびりついた首輪に、いつ、誰がつけたのか
//「われらのフレッド」と膨んだ億鍮の畜犬票が、勲章のやう
//に吊るされてをつた……
//「それで、百合は噌」と私は、父と肩を並べて、外人墓地
//の門の百日紅の枝を潜りながら説いた。
//「フレッドの子だよ」
//「フレッドの子ですか? 百合が一」
//「さうさ。フレッドも犬だつたのさ。」
// さ5ちょいと微笑んで云って、あとはロを絨んだ。問題
//                    あしおと
//が犬の情事だけに、私もそのま・、獣って父と彊音を揃へ
//た。
// 無縁塚から二間ぽど離れた雑草の中に、やはり自然石で、
//百合の父の稗が、小さく寂びてみた。
//


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