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いつばかりの事にかありけむ、世をのがれて心のまゝにあらむ...
「こゝにしもわきて出でける石清水神の心をくみて知らばや...
それより二日といふ日の夕暮に、住吉に詣でつきぬ。みれば遥...
「ときかけつ衣の玉はすみのえの神さびにける松のこずゑに...
かくて、社々にさぶらひて祈り申すやう、「この世はいくばく...
世の中をいとひて捨てむのちはたゞ住のえにある松と頼ま...
いづみなる信太の社にてあるやうあるべし。
「我が思ふことのしげさ(イき)にくらぶれば信太の社の千え...
きの国の吹上の浜にとまれる、月いと面白し。此の浜は天人常...
「少女子が天の羽衣ひきつれてうべもふけ井の浦におるらむ...
月の海の面にやどれるを、浪のしきりあらふを見て、
「月に浪かゝるをり又ありきやとふけゐの浦の蜑にとはゞや...
波いとあはれなるよしを、また、
「浪にもあれかゝるよの又あらばこそ昔をしれる海士も答へ...
吹上の浜に泊れる、夜深くそこをたつに、浪の高う見ゆれば、
「あまのとを吹上の浜に立つ浪は夜さへみゆるものにぞあり...
しゝのせ山にねたる夜、鹿の鳴くを聞きて、
「うかれけむ妻のゆかりのせの山の名を尋ねてや鹿も鳴くら...
磐代の野にねたる夜、あるやうあるべし。
「石代のもり尋ねてといはせばやいくよか松は結びはじめし...
ちかの浜(イ浦)小石拾ふとて、
「うつ浪にまかせてをみむ我が拾ふはまゝのかずに人もまさ...
みなへの浜に、知りたる人のみやまより帰るに逢ひぬ。「同じ...
「もしほ草浪はうづむと埋めどもいやあらはれにあらはれぬ...
庵主、返し、
「三熊のゝ浦にきよする濡衣のなき名をすゝぐ程と知らなむ...
などいひてたちぬ。「さらば京にて」といへば、庵主、「おさ...
「いとどしくなげかしきよを神無月旅の空にもふる時雨かな...
御山につくほどに、木の本ごとに、手向の神おほかれば、水の...
「よろづ代の神てふ神に手向しつ思ひと思ふことはなりなむ...
それより三日といふ日、御山に着きぬ。こゝかしこ巡りてみれ...
「おろかなる心の暗に惑ひつゝ浮世にめぐる我が身つらしな...
庵主も此の事をま心に、たう心を仏のごとしと思ふ。
「白妙の月また出でゝ照さなむかさなる山の遠(一字おくイ)...
また年ごろ家につくせることをくいて、
「玉のをも結ぶ心の裏もなくうちとけてのみ過しけ(イつ)る...
さて侍ふほどに、「霜月廿日のほどのあすまかでなむ」とて音...
「山がらすかしらも白く成りにけり我がかはるべき時やきぬ...
さて人の室にいきたれば、ひのきを人のたくか、走りはためく...
「そこ(やまイ)のをに誰さほさしてみふね島神の泊りにこと...
たゞの山の瀧の本にて、
「名に高く早くよりきし滝の糸に世々の契を結びつるかな」。
この山のありさま、人にいふべきにあらず、哀に尊し。還ると...
「藤衣なぎさによするうつせ貝ひろふたもとはかつぞ濡れけ...
この浜の人、はなの岩屋のもとまで着きぬ。見ればやがて岩屋...
「法こめてたつの朝をまつ程は秋の名残ぞ久しかりける」。
夕日に色まさりて、いみじうをかし。
「心あるありまの浦の浦風はわきて木の葉も残すありけり」。
天人のおりて供養し奉るを思ひて、
「天津人いはほをなづる袂にや法のちりをばうち払ふらむ」。
四十九院の岩屋の許にいたる夜、雪いみじうふり、風わりなく...
「浦風に我がこけ衣ほしわびて身にふり積る夜半の雪かな」。
たてが崎といふ所あり。かも(みイ)のたゝかひしたる所とて、...
「うつ浪に満ちくる汐のたゝかふをたてが崎とはいふにぞ有...
伊勢の国にて汐のひたる程に、見渡りといふ浜を過ぎむとて、...
「よを篭めていそぎつれども松の根に枕をしてもあかしつる...
逢坂越えして休むほどに雪うち降りなどす。ものゝ心細ければ...
「雪とみる身のうきからにあふ坂の関もあへぬは泪なりけり」
とて立ちぬ。堤のもとにて京極の院の築土崩れ、馬牛いりたち...
「げにぞ世はかもの川浪たちまちに淵もせになる物は有りけ...
など見ることの木草につけていはれける。
かもに葉月ばかり、鈴虫のいみじうなき侍りしかば、
「聞くからにすごさぞまさるはるかなる人を忍ぶる宿の鈴虫...
荻多かる家にて、風の吹き侍るに、よの中のはかなきことなど...
「いかにせむ風に乱るゝ荻の葉の末葉の露にことならぬみを。
秋の野に鹿のしがらむ荻のはの末葉の露の有りかたの世や...
同じ月の十日比に、月出づるまで侍りしに、たゞ入りにいり侍...
「さもあらばあれ月出でゝさも入りぬれば見るべき人のある...
同じころ、つれづれにねられで侍りしに、月の出で侍りければ、
「天の原はるかにひとりながむれば袂に月のいでにけるかな...
その比のことにや侍りけむ、いつとも侍らねども、
「つれなくておさふる袖の紅にまばゆきまでになりにけるか...
かものふだ経にあひ侍りしに、鹿のなき侍りしかば、
「鹿の音にいとゞわりなさまさりけり山里にこそ秋はすませ...
鈴鹿山に、
「音にきく神の心をとるとるとすゞかの山をならしつるかな...
かはもまゝにかんだちにまかりしに、川波のいみじうたちしか...
「わりなくも心一つをくだくかなよをへて岸にたつ浪はたゞ...
つの国なる寺にまかりけるに、神なびのほどに鹿のなきければ、
「我ならぬ神なび山のまさきへて角まく鹿もねこそ鳴きけれ...
よの心うき心ひとつに思ひわびて、
「君だにも都なりせば思ふことまづかたらひて慰めてまし」。
十月かもに篭りて、暁がたに、
「瑞籬にふる初雪を白妙のゆふしでかくと思ひけるかな」。
二三日侍りて、貴船のもとの宮に侍りしに、むら消えたる雪の...
「白雪のふるかひもなき我が身こそ消えつゝ思へ人はとはぬ...
もみぢのえもいはず見え侍りしかば、みくらし侍りて、夜にな...
「紅葉ばの色の赤さに目をつけてくらまの山に夜たどるかな...
或人の初雪のふり侍りしつとめて、菊にさしていひて侍りし、
「ませの中に移ろふ菊のけさいかに初雪といはぬ君を恨みむ...
かへし、
「初雪のふるにも身こそ哀なれっとふべき草の園しなければ...
あけぼのにながめたちて侍りしに、露のいみじうみるまゝに立...
「から錦染むる山には立田姫きりのまくをぞ引きまはしたる...
かたらふそうのまうでこで、川藻にさして、
「こゝにとてくるをば神も諌めしを御手洗川の川藻なりとも...
かへし、
「皆人のくるにならひて御手洗のかはもたづねずなりにける...
御手洗川のつらにはべりしに、もみぢのかたへはきくにあをば...
「御手洗のもみぢの色は川のせに浅きも深くなりはてにけり...
京よりまうできたるける人の侍らざりけるほどにまうできて、...
「御手洗の飾ならでは色のみはつゝ(如元)かゝらましやは」。
とてまかりにければ、こと人を「かくなむ」といひて誘ひて、...
「ひとの落つる御手洗川の紅葉ばをよに入るまでもおりてみ...
夜ねられ侍らぬまゝに、きゝ侍ればまことに夜中うちすぐる程...
「暁や近くなるらむもろともにかならずもなく川千鳥かな」。
神の御前に宵暁とさぶらひて、仏の御事を祈り申すに、
「いひいづれば涙さし出づる人の上を神もあはれや思ひすぐ...
しものおきて侍りしつとめて、「もみぢはいかに」と人のいひ...
「おく霜のあさふす程やあらばあらむ今一目だにみぬは紅葉...
紅葉の散りはてがたに、風のいたう吹き侍りしかば、
「落ち積る庭をだにとてみるものをうたて嵐の吹きはらふら...
十月一日かんしに、人々歌よみしに、
「紅葉ばのこのもとゝしに見もわかず心をのみもめぐらかす...
月を、
「山のはを出でがてにする有明の月は光ぞほのかなりける」。
しぐれを、
「ことぞとて思ふともなき衣手に時雨のいたく降りにけるか...
或僧の、御社に一夜侍ひてまかでけるに、しもの御社にまうで...
「たひのいもねて心みつ草枕霜のおきつる暁ぞうき」。
返し、いひにつかはしゝ、
「さてをしれしもの社もよをへてはおきつつ通ふ我が衣手を...
神に申し侍りし、よに侍るかひ侍らぬを心にかなふなど覚え侍...
「ひたぶるにたのむかひなきうき身をば神もいかにか思ひな...
まかりいでしに、貴船に、
「うきことのつひにたえずば神にさへ恨を残す身とやなりな...
片岡の杉に結び付けし、
「片岡のいがきのすぎししるしあらば夕暮ごとにかけて忍ば...
いひちぎる事ありける人に、
「契りおきし大和瞿麥忘るなよみぬまに露の玉きえぬとも」。
こまかなる文を尋ねて、嬉しき事の侍るに、
「うきことも君がかたまづ見つるより露残さずぞ思ひすてつ...
上らむ事遥に人のの給へるに「暗うなる程、蔀下す人のなどか...
「思ひやるかたしなければつれづれと」。
よろづに思ひやり聞ゆるに、しだりをのとのみ思ひしられ侍る...
「かくしあらば冬のさむしろ打ち払ふよはの衣手今やぬるら...
風俄におこり侍りて、みやしろよりまかりいで侍りて、
「かつらぎのくめの岩橋しるまではと思ふ命の絶えぬべきか...
きくやうある人に、
「下紐は結びおきけむ人ならでまだうちとけむことやものう...
返し、
「濡衣につけゝむ紐はきながらも結びもしらず解きも習はず...
すのりとりにとて、人々あまたまうできて、かりたてゝゐてま...
「すのりとるぬまかは水におり立ちてとるにも先ぞ袖は濡れ...
さきざき見る人のねごろになりて、うとうもてなして侍るに、...
「ほのかにもほのみしものをはるかにも雲がくれ行く空の月...
これはとほたあふみの日記。
三月十日あづまへまかるに、つゝみてあひみぬ人を思ふ、
「都いづるけふばかりだにはつかにも逢ひみて人に別れにし...
粟田寺に京をかへり見て、
「都のみかへりみられし東路に駒の心にまかせてぞゆく」。
関山の水のほとりにて、
「せき水に又衣手はぬれにけりふたむすびだにのまぬ心に」。
人の、「とうくだりね」といひしを、せきいづる程に思ひ出で...
「うかりける身は東路の関守も思ひがほして(はえこそイ)留...
をかだの原といふ所をめぐるに、
「浮名のみおひ出づるものを雲雀あがる岡田の原を見捨てゝ...
鏡山の峯に雲の昇るを、
「鏡山いるとてみつる我が身にはうきより外の事なかりけり...
暁に雉子のなくを、
「すみなれの野べにおのれは妻とねて旅ゆく(きイ)かほに鳴...
遥にひえの山をみて、あすよりはかくれぬべしと思ひて、
「けふばかり霞まざらなむあかで行く都の山をあれとだにみ...
昔、篭りて行ひ侍りし山里(寺イ)の、火にやけて有りしにもあ...
「あだなりとみるみるうゑし山吹の花の色しもくだらざりけ...
また、
「山吹のしるしばかりもなかりせば何処を住みし里としらま...
そこより下るに日暮れぬ。かたらひし聖のある所にまかりたれ...
「我をとふ人こそなけれ昔みし都の月はおもひいづらむ」。
又こと人々のさるべきもなくなりにけりときゝて、
「なぞもかくみとみし人は消えにしをかひなき身しも何とま...
すのまたの渡にて雨に逢ひて、そのよやがてそこにとまりて侍...
「沢にすむこまほしからぬ道にいでゝ日暮れし袖を濡らしつ...
をはりなる箕のうらにて、
「かひなきはなほ人しれずあふことの遥なるみの恨なりけり...
ふたこ山にてつゝじのはるばると咲きて侍るに、
「唐国のにし(如元)なりとてもくらべみむふたむら山の錦に...
その夜こふにとまる。この折、しのをかに人々とまりて、きた...
「ねらるやとふしみつれども草枕有明の月も西(袖イ)にみえ...
しかすがのわたりにて、わたし守のいみじうぬれたるに、
「旅人のとしも見えねどしかすがにみなれてみゆるわたしも...
みやぢ山の藤のはなを、
「紫のくもとみつるはみやぢ山名だかき藤のさけるなりけり...
たかし山にてすゑつきつくる所ときゝて、
「たづならぬ高師の山のすゑつくり物おもひをぞやくとすと...
はまなのはしのもとにて、
「人しれず浜名の橋のうちわたし歎きぞ渡るいくよなきよを...
橋のこぼれたるを、
「中絶えて渡しもはてぬ物ゆゑになにゝ浜名の橋をみせけむ...
まかり着きてのち雨のふり侍りにければ、かくおぼえ侍る、
「誰にいはむひまなき頃の眺か(ふイ)る物おもふ人の宿りか...
郭公の声をきゝて、
「此のごろはねてのみぞまつ時鳥しばし都のものがたりせよ...
はこ鳥のなくを聞き侍りて、
「故郷のことづてかとてはこ鳥のなくを嬉しと思ひけるかな...
ぬなはの長きを人の持てまうできたるをみて、
「我ならばいけといひても浮きぬなは遥にくるはまづとめて...
夜ふかく郭公をきゝて
「身をつめば哀とぞきく時鳥よをへていかゞ思へはかなし」。
五月五日、雨のふり侍るに、
「世の中のうきのみまさるながめには菖蒲のねこそまづ流れ...
立花の木に郭公のなき侍るに、
「ほとゝぎす花橘のかばかりになくはむかしや恋しかるらむ...
山里(寺イ)より梅をもてまうできたるをみて、
「都にはしずえの梅も散りはてゝたゞ香ばかりの露や(のイ)...
郭公のなくを、
「我ばかりわりなく物や思ふらむ夜ひるもなくほとゝぎすか...
六月七日、またつとめて、
「夏山のこのしたかげに置く露のあるかなきかのうき世なり...
よもすがら月をながむる暁に、
「つれづれとなぐさまねどもよもすがらみらるゝものは大空...
晦日にねられず侍るまゝに、夜更くるまで侍りて、
「空はると闇のよるよる眺むれば哀にものぞ見え渡りける」。
同じ月の六日、つゆの蛍にかゝりて侍りければ、
「恋ひわびてなぐさめにする玉づさにいとゞ(しイ)もまさる...
七日のつとめて、河原へ人の「いざ」と申すに、
「たなばたの天の羽衣すぎたらばかくてや我を人の思はむ」。
同じ日、うらやまれぬなど思ひ侍りて、
「七夕をもどかしとみし我が身しもはては逢ひ見ぬためしと...
又、
「逢ふことをけふと頼めて待つだにもいかばかりかはあるな...
ある僧のもとより女郎花をおこせて、
「白露のおくに咲きける女郎花よはにやいりて君をみるらむ...
男の、「こと所よりかよふ人の許より、つくろふ人侍らねばい...
「秋ごとにたゞみるよりはうりふ山我がそのにやはなり心み...
暁に虫のなくを、
「きゝしかなわがごと秋のよもすがらねられぬまゝに虫も鳴...
或僧の、上り侍らむ事とひて侍りしに、
「君はおもふ都はこひし人しれずふたみちかけて歎くころか...
菊をいと多う飢ゑて侍るに、「のぼり侍りなむ」とて結び付け...
「みつぎなは古郷もこそ忘らるれこの花咲かぬまづ帰りなむ...
おちゝうるこどものはゝの、こと男につきて侍れば、いみじう...
「その原の梢をみれば箒木のうきをほの(のみイ)きく袖もぬ...
かひのすけといふものゝ、ごをいみじう好み侍りしにつかはす...
「よりこをぞしかも誠に思ひけるかひよかひよとこと草にし...
京よりねんごろなる人々の御文どもあるに、なくなり給ひにし...
「今一人そへてやみましたまづさを昔の人のあるよなりせば...
菊に結びつけしふみを、ある人のみ給ひて、九日
「みつきなく留れとまでは思はねどけふはすく(まてイ)とい...
返し
「真心によはひしとまる物ならばちゝの秋まですぎもしなま...
なほいでゝ、十一日浜名の橋の本にとまり(侍りイ有)て、月の...
「うつしもて心静かにみるべきをうたても浪のう(たイ)ち騒...
夜ふけて鹿の啼くに、
「たかし山松の木ずゑに吹く風のみにしむ時ぞ鹿もなきけ(く...
うつろひする所に、祝の心を、
「君が代はなるをの浦になみ立てる松のちとせぞかずにあつ...
このまへに、なるをの浦といふ所の侍るなり。さてその松は、...
RIGHT:国文大観
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いつばかりの事にかありけむ、世をのがれて心のまゝにあらむ...
「こゝにしもわきて出でける石清水神の心をくみて知らばや...
それより二日といふ日の夕暮に、住吉に詣でつきぬ。みれば遥...
「ときかけつ衣の玉はすみのえの神さびにける松のこずゑに...
かくて、社々にさぶらひて祈り申すやう、「この世はいくばく...
世の中をいとひて捨てむのちはたゞ住のえにある松と頼ま...
いづみなる信太の社にてあるやうあるべし。
「我が思ふことのしげさ(イき)にくらぶれば信太の社の千え...
きの国の吹上の浜にとまれる、月いと面白し。此の浜は天人常...
「少女子が天の羽衣ひきつれてうべもふけ井の浦におるらむ...
月の海の面にやどれるを、浪のしきりあらふを見て、
「月に浪かゝるをり又ありきやとふけゐの浦の蜑にとはゞや...
波いとあはれなるよしを、また、
「浪にもあれかゝるよの又あらばこそ昔をしれる海士も答へ...
吹上の浜に泊れる、夜深くそこをたつに、浪の高う見ゆれば、
「あまのとを吹上の浜に立つ浪は夜さへみゆるものにぞあり...
しゝのせ山にねたる夜、鹿の鳴くを聞きて、
「うかれけむ妻のゆかりのせの山の名を尋ねてや鹿も鳴くら...
磐代の野にねたる夜、あるやうあるべし。
「石代のもり尋ねてといはせばやいくよか松は結びはじめし...
ちかの浜(イ浦)小石拾ふとて、
「うつ浪にまかせてをみむ我が拾ふはまゝのかずに人もまさ...
みなへの浜に、知りたる人のみやまより帰るに逢ひぬ。「同じ...
「もしほ草浪はうづむと埋めどもいやあらはれにあらはれぬ...
庵主、返し、
「三熊のゝ浦にきよする濡衣のなき名をすゝぐ程と知らなむ...
などいひてたちぬ。「さらば京にて」といへば、庵主、「おさ...
「いとどしくなげかしきよを神無月旅の空にもふる時雨かな...
御山につくほどに、木の本ごとに、手向の神おほかれば、水の...
「よろづ代の神てふ神に手向しつ思ひと思ふことはなりなむ...
それより三日といふ日、御山に着きぬ。こゝかしこ巡りてみれ...
「おろかなる心の暗に惑ひつゝ浮世にめぐる我が身つらしな...
庵主も此の事をま心に、たう心を仏のごとしと思ふ。
「白妙の月また出でゝ照さなむかさなる山の遠(一字おくイ)...
また年ごろ家につくせることをくいて、
「玉のをも結ぶ心の裏もなくうちとけてのみ過しけ(イつ)る...
さて侍ふほどに、「霜月廿日のほどのあすまかでなむ」とて音...
「山がらすかしらも白く成りにけり我がかはるべき時やきぬ...
さて人の室にいきたれば、ひのきを人のたくか、走りはためく...
「そこ(やまイ)のをに誰さほさしてみふね島神の泊りにこと...
たゞの山の瀧の本にて、
「名に高く早くよりきし滝の糸に世々の契を結びつるかな」。
この山のありさま、人にいふべきにあらず、哀に尊し。還ると...
「藤衣なぎさによするうつせ貝ひろふたもとはかつぞ濡れけ...
この浜の人、はなの岩屋のもとまで着きぬ。見ればやがて岩屋...
「法こめてたつの朝をまつ程は秋の名残ぞ久しかりける」。
夕日に色まさりて、いみじうをかし。
「心あるありまの浦の浦風はわきて木の葉も残すありけり」。
天人のおりて供養し奉るを思ひて、
「天津人いはほをなづる袂にや法のちりをばうち払ふらむ」。
四十九院の岩屋の許にいたる夜、雪いみじうふり、風わりなく...
「浦風に我がこけ衣ほしわびて身にふり積る夜半の雪かな」。
たてが崎といふ所あり。かも(みイ)のたゝかひしたる所とて、...
「うつ浪に満ちくる汐のたゝかふをたてが崎とはいふにぞ有...
伊勢の国にて汐のひたる程に、見渡りといふ浜を過ぎむとて、...
「よを篭めていそぎつれども松の根に枕をしてもあかしつる...
逢坂越えして休むほどに雪うち降りなどす。ものゝ心細ければ...
「雪とみる身のうきからにあふ坂の関もあへぬは泪なりけり」
とて立ちぬ。堤のもとにて京極の院の築土崩れ、馬牛いりたち...
「げにぞ世はかもの川浪たちまちに淵もせになる物は有りけ...
など見ることの木草につけていはれける。
かもに葉月ばかり、鈴虫のいみじうなき侍りしかば、
「聞くからにすごさぞまさるはるかなる人を忍ぶる宿の鈴虫...
荻多かる家にて、風の吹き侍るに、よの中のはかなきことなど...
「いかにせむ風に乱るゝ荻の葉の末葉の露にことならぬみを。
秋の野に鹿のしがらむ荻のはの末葉の露の有りかたの世や...
同じ月の十日比に、月出づるまで侍りしに、たゞ入りにいり侍...
「さもあらばあれ月出でゝさも入りぬれば見るべき人のある...
同じころ、つれづれにねられで侍りしに、月の出で侍りければ、
「天の原はるかにひとりながむれば袂に月のいでにけるかな...
その比のことにや侍りけむ、いつとも侍らねども、
「つれなくておさふる袖の紅にまばゆきまでになりにけるか...
かものふだ経にあひ侍りしに、鹿のなき侍りしかば、
「鹿の音にいとゞわりなさまさりけり山里にこそ秋はすませ...
鈴鹿山に、
「音にきく神の心をとるとるとすゞかの山をならしつるかな...
かはもまゝにかんだちにまかりしに、川波のいみじうたちしか...
「わりなくも心一つをくだくかなよをへて岸にたつ浪はたゞ...
つの国なる寺にまかりけるに、神なびのほどに鹿のなきければ、
「我ならぬ神なび山のまさきへて角まく鹿もねこそ鳴きけれ...
よの心うき心ひとつに思ひわびて、
「君だにも都なりせば思ふことまづかたらひて慰めてまし」。
十月かもに篭りて、暁がたに、
「瑞籬にふる初雪を白妙のゆふしでかくと思ひけるかな」。
二三日侍りて、貴船のもとの宮に侍りしに、むら消えたる雪の...
「白雪のふるかひもなき我が身こそ消えつゝ思へ人はとはぬ...
もみぢのえもいはず見え侍りしかば、みくらし侍りて、夜にな...
「紅葉ばの色の赤さに目をつけてくらまの山に夜たどるかな...
或人の初雪のふり侍りしつとめて、菊にさしていひて侍りし、
「ませの中に移ろふ菊のけさいかに初雪といはぬ君を恨みむ...
かへし、
「初雪のふるにも身こそ哀なれっとふべき草の園しなければ...
あけぼのにながめたちて侍りしに、露のいみじうみるまゝに立...
「から錦染むる山には立田姫きりのまくをぞ引きまはしたる...
かたらふそうのまうでこで、川藻にさして、
「こゝにとてくるをば神も諌めしを御手洗川の川藻なりとも...
かへし、
「皆人のくるにならひて御手洗のかはもたづねずなりにける...
御手洗川のつらにはべりしに、もみぢのかたへはきくにあをば...
「御手洗のもみぢの色は川のせに浅きも深くなりはてにけり...
京よりまうできたるける人の侍らざりけるほどにまうできて、...
「御手洗の飾ならでは色のみはつゝ(如元)かゝらましやは」。
とてまかりにければ、こと人を「かくなむ」といひて誘ひて、...
「ひとの落つる御手洗川の紅葉ばをよに入るまでもおりてみ...
夜ねられ侍らぬまゝに、きゝ侍ればまことに夜中うちすぐる程...
「暁や近くなるらむもろともにかならずもなく川千鳥かな」。
神の御前に宵暁とさぶらひて、仏の御事を祈り申すに、
「いひいづれば涙さし出づる人の上を神もあはれや思ひすぐ...
しものおきて侍りしつとめて、「もみぢはいかに」と人のいひ...
「おく霜のあさふす程やあらばあらむ今一目だにみぬは紅葉...
紅葉の散りはてがたに、風のいたう吹き侍りしかば、
「落ち積る庭をだにとてみるものをうたて嵐の吹きはらふら...
十月一日かんしに、人々歌よみしに、
「紅葉ばのこのもとゝしに見もわかず心をのみもめぐらかす...
月を、
「山のはを出でがてにする有明の月は光ぞほのかなりける」。
しぐれを、
「ことぞとて思ふともなき衣手に時雨のいたく降りにけるか...
或僧の、御社に一夜侍ひてまかでけるに、しもの御社にまうで...
「たひのいもねて心みつ草枕霜のおきつる暁ぞうき」。
返し、いひにつかはしゝ、
「さてをしれしもの社もよをへてはおきつつ通ふ我が衣手を...
神に申し侍りし、よに侍るかひ侍らぬを心にかなふなど覚え侍...
「ひたぶるにたのむかひなきうき身をば神もいかにか思ひな...
まかりいでしに、貴船に、
「うきことのつひにたえずば神にさへ恨を残す身とやなりな...
片岡の杉に結び付けし、
「片岡のいがきのすぎししるしあらば夕暮ごとにかけて忍ば...
いひちぎる事ありける人に、
「契りおきし大和瞿麥忘るなよみぬまに露の玉きえぬとも」。
こまかなる文を尋ねて、嬉しき事の侍るに、
「うきことも君がかたまづ見つるより露残さずぞ思ひすてつ...
上らむ事遥に人のの給へるに「暗うなる程、蔀下す人のなどか...
「思ひやるかたしなければつれづれと」。
よろづに思ひやり聞ゆるに、しだりをのとのみ思ひしられ侍る...
「かくしあらば冬のさむしろ打ち払ふよはの衣手今やぬるら...
風俄におこり侍りて、みやしろよりまかりいで侍りて、
「かつらぎのくめの岩橋しるまではと思ふ命の絶えぬべきか...
きくやうある人に、
「下紐は結びおきけむ人ならでまだうちとけむことやものう...
返し、
「濡衣につけゝむ紐はきながらも結びもしらず解きも習はず...
すのりとりにとて、人々あまたまうできて、かりたてゝゐてま...
「すのりとるぬまかは水におり立ちてとるにも先ぞ袖は濡れ...
さきざき見る人のねごろになりて、うとうもてなして侍るに、...
「ほのかにもほのみしものをはるかにも雲がくれ行く空の月...
これはとほたあふみの日記。
三月十日あづまへまかるに、つゝみてあひみぬ人を思ふ、
「都いづるけふばかりだにはつかにも逢ひみて人に別れにし...
粟田寺に京をかへり見て、
「都のみかへりみられし東路に駒の心にまかせてぞゆく」。
関山の水のほとりにて、
「せき水に又衣手はぬれにけりふたむすびだにのまぬ心に」。
人の、「とうくだりね」といひしを、せきいづる程に思ひ出で...
「うかりける身は東路の関守も思ひがほして(はえこそイ)留...
をかだの原といふ所をめぐるに、
「浮名のみおひ出づるものを雲雀あがる岡田の原を見捨てゝ...
鏡山の峯に雲の昇るを、
「鏡山いるとてみつる我が身にはうきより外の事なかりけり...
暁に雉子のなくを、
「すみなれの野べにおのれは妻とねて旅ゆく(きイ)かほに鳴...
遥にひえの山をみて、あすよりはかくれぬべしと思ひて、
「けふばかり霞まざらなむあかで行く都の山をあれとだにみ...
昔、篭りて行ひ侍りし山里(寺イ)の、火にやけて有りしにもあ...
「あだなりとみるみるうゑし山吹の花の色しもくだらざりけ...
また、
「山吹のしるしばかりもなかりせば何処を住みし里としらま...
そこより下るに日暮れぬ。かたらひし聖のある所にまかりたれ...
「我をとふ人こそなけれ昔みし都の月はおもひいづらむ」。
又こと人々のさるべきもなくなりにけりときゝて、
「なぞもかくみとみし人は消えにしをかひなき身しも何とま...
すのまたの渡にて雨に逢ひて、そのよやがてそこにとまりて侍...
「沢にすむこまほしからぬ道にいでゝ日暮れし袖を濡らしつ...
をはりなる箕のうらにて、
「かひなきはなほ人しれずあふことの遥なるみの恨なりけり...
ふたこ山にてつゝじのはるばると咲きて侍るに、
「唐国のにし(如元)なりとてもくらべみむふたむら山の錦に...
その夜こふにとまる。この折、しのをかに人々とまりて、きた...
「ねらるやとふしみつれども草枕有明の月も西(袖イ)にみえ...
しかすがのわたりにて、わたし守のいみじうぬれたるに、
「旅人のとしも見えねどしかすがにみなれてみゆるわたしも...
みやぢ山の藤のはなを、
「紫のくもとみつるはみやぢ山名だかき藤のさけるなりけり...
たかし山にてすゑつきつくる所ときゝて、
「たづならぬ高師の山のすゑつくり物おもひをぞやくとすと...
はまなのはしのもとにて、
「人しれず浜名の橋のうちわたし歎きぞ渡るいくよなきよを...
橋のこぼれたるを、
「中絶えて渡しもはてぬ物ゆゑになにゝ浜名の橋をみせけむ...
まかり着きてのち雨のふり侍りにければ、かくおぼえ侍る、
「誰にいはむひまなき頃の眺か(ふイ)る物おもふ人の宿りか...
郭公の声をきゝて、
「此のごろはねてのみぞまつ時鳥しばし都のものがたりせよ...
はこ鳥のなくを聞き侍りて、
「故郷のことづてかとてはこ鳥のなくを嬉しと思ひけるかな...
ぬなはの長きを人の持てまうできたるをみて、
「我ならばいけといひても浮きぬなは遥にくるはまづとめて...
夜ふかく郭公をきゝて
「身をつめば哀とぞきく時鳥よをへていかゞ思へはかなし」。
五月五日、雨のふり侍るに、
「世の中のうきのみまさるながめには菖蒲のねこそまづ流れ...
立花の木に郭公のなき侍るに、
「ほとゝぎす花橘のかばかりになくはむかしや恋しかるらむ...
山里(寺イ)より梅をもてまうできたるをみて、
「都にはしずえの梅も散りはてゝたゞ香ばかりの露や(のイ)...
郭公のなくを、
「我ばかりわりなく物や思ふらむ夜ひるもなくほとゝぎすか...
六月七日、またつとめて、
「夏山のこのしたかげに置く露のあるかなきかのうき世なり...
よもすがら月をながむる暁に、
「つれづれとなぐさまねどもよもすがらみらるゝものは大空...
晦日にねられず侍るまゝに、夜更くるまで侍りて、
「空はると闇のよるよる眺むれば哀にものぞ見え渡りける」。
同じ月の六日、つゆの蛍にかゝりて侍りければ、
「恋ひわびてなぐさめにする玉づさにいとゞ(しイ)もまさる...
七日のつとめて、河原へ人の「いざ」と申すに、
「たなばたの天の羽衣すぎたらばかくてや我を人の思はむ」。
同じ日、うらやまれぬなど思ひ侍りて、
「七夕をもどかしとみし我が身しもはては逢ひ見ぬためしと...
又、
「逢ふことをけふと頼めて待つだにもいかばかりかはあるな...
ある僧のもとより女郎花をおこせて、
「白露のおくに咲きける女郎花よはにやいりて君をみるらむ...
男の、「こと所よりかよふ人の許より、つくろふ人侍らねばい...
「秋ごとにたゞみるよりはうりふ山我がそのにやはなり心み...
暁に虫のなくを、
「きゝしかなわがごと秋のよもすがらねられぬまゝに虫も鳴...
或僧の、上り侍らむ事とひて侍りしに、
「君はおもふ都はこひし人しれずふたみちかけて歎くころか...
菊をいと多う飢ゑて侍るに、「のぼり侍りなむ」とて結び付け...
「みつぎなは古郷もこそ忘らるれこの花咲かぬまづ帰りなむ...
おちゝうるこどものはゝの、こと男につきて侍れば、いみじう...
「その原の梢をみれば箒木のうきをほの(のみイ)きく袖もぬ...
かひのすけといふものゝ、ごをいみじう好み侍りしにつかはす...
「よりこをぞしかも誠に思ひけるかひよかひよとこと草にし...
京よりねんごろなる人々の御文どもあるに、なくなり給ひにし...
「今一人そへてやみましたまづさを昔の人のあるよなりせば...
菊に結びつけしふみを、ある人のみ給ひて、九日
「みつきなく留れとまでは思はねどけふはすく(まてイ)とい...
返し
「真心によはひしとまる物ならばちゝの秋まですぎもしなま...
なほいでゝ、十一日浜名の橋の本にとまり(侍りイ有)て、月の...
「うつしもて心静かにみるべきをうたても浪のう(たイ)ち騒...
夜ふけて鹿の啼くに、
「たかし山松の木ずゑに吹く風のみにしむ時ぞ鹿もなきけ(く...
うつろひする所に、祝の心を、
「君が代はなるをの浦になみ立てる松のちとせぞかずにあつ...
このまへに、なるをの浦といふ所の侍るなり。さてその松は、...
RIGHT:国文大観
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