上田萬年「清濁音」
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上田萬年
清音
濁音
<!-- 清濁
上田萬年
茲に帝國文學會第二總會を開かるゝに當り、幹事の君まづ予が...
第一 言語學上の觀察
日本に語學の開けてより以來、最早短からぬ年月をば經たれど...
かゝる迷信は、一層能く彼等の母韻論上に現はれ居るなり。彼...
故に茲に清ぬ音に就きて、一應其言語學上の説明を爲すことも...
第一、パ行ファ行ハ行(清音)とバ行(濁音)と、P.F.H.=B
此行の清音につきては、古より沿革しば〳〵ありて、現...
わいうゑをと發音する者を合せては、P f h wの四期ある...
く歸納的に證明し得らるゝなり。之に反し、濁音は第一...
濁音通りに、いつも不變に殘りたるが如し。たゞし方言...
むる曉には、此上に、多少の例外を見出すに至るやも知...
を半濁音と稱する事の全くいはれなきは、後段の説明を...
第二、タ行(清音)とダ行(濁音)と、T=D
今日の發音法によれば、チとツとは共に此行中に入るべ...
ず。此二音は、今は全くタテトの如き、古より存する性...
ばなり。
第三、カ行(清音)とガ行(濁音)と、K=G
此濁音には、地方によりて鼻にかゝるものあり。たとへ...
す、むごいなどに於けるぐごの如し。是等の語を九州人...
く純粹の濁音なり。予輩は,この鼻にかゝる濁音を示す...
こ`の字を以てす。これをローマ字にて書けば即ngなり。
第四、サ行(清音)とザ行(濁音)と、S=Z
サ行に於けるシも、亦此行中に入るべきものにあらず、...
今は全く他の價直を有するに至りたる者なればなり。
以上はこれ普通に文法家の區別する四種の清濁なる者な...
り來りて、予輩は左に猶三種を附加し得べし。
第五、チャ行(清音)とヂャ行(濁音)と、CH=JH
たとへば、チヤン〳〵チュー〳〵チョク〳〵ヂヤン〳〵...
第六、ツァ行(清音)とヅァ行(濁音)と、TS=DS
たとへばオトッツァン、ヅッシリ、ヅブロクなどの如し。
第七、シャ行(清音)とジャ行(濁音)と、SH=ZH
たとへばシヤッポ、シャツ、ジヤー〳〵、ジュバン、ジ...
以上列擧する所の清濁音は、抑も如何にして生じ來る者なるか...
せんと欲する所の者なり。
清濁音(承前)
清音とは、呼息が聲帶の支障を蒙らずして、單純に口内を過ぎ...
濁音とは、呼息が豫め聲帶の支障を受けて韻的性質を帶び、然...
此濁音を發するに當り、ウビュラ能く口腔鼻腔間を密閉せざる...
以上陳述するが如く、清濁音の區別は全く生理的及び物理的に...
殊にその好き例はP音の上にあり。今日までの国語學者は、ハ行...
に溷雑とか紆曲とかいひて、茲に一の別稱を與へしとせばこは...
言語學上より日本語に於ける此清濁音を觀察せば、猶ほ他に論...
一、本濁の事、古代の日本語にて本濁音を有する語の統計の事。
二、連濁の事、何故に連濁は日本語上に現はれ來りしかの事。
三、TS SH CH及び其各濁音が日本語に發達し來りし年代の事。
四、G或はNGが、現今の日本語にては如何なる地方にて、區別し...
五、SHI TSI CHI TI等の濁音は、何處に現存し居るかの事。
六、漢呉音等の支那音上にある清濁音が、如何に日本語に影響...
七、清濁音に關する研究の歴史の事。
其他列擧せば猶數多の項目を得べしと信ず。さてはあまりに長...
第二 心理學上の觀察
予が心理學上の觀察と稱するものは、清濁音が連想上予輩に一...
第一期 オノマトポエチック時期、即ち初代の人類が萬物...
第二期 シムボリック時期、別ち第一期に於て普通に用ゐ...
第三期 アイディヤル時期 即ち聲音の特質に斟酌なく、...
今予の論ずる所は、主として第一第二の時期に屬するものにし...
予の考ふる處によれば、我國語に於ける清濁音には、左の連想...
清音の連想的特質 濁音の連想的特質
(一)小なる事、 大なる事、
(二)少き事、 多き事、
(三)強き事、 弱き事、
(四)輕き事、 重き事、
(五)鋭き事、 鈍き事、
(六)陰なる事、 陽なる事、
(七)明なる事、 暗なる事、
(八)壯なる事、 老なる事、
(九)速き事、 遅き事、
(十)淋しき事、 騒がしき事、
(十一)有る事、 無き事、
(十二)静なる事、 動く事、
(十三)美しき事、 醜き事、
(十四)優しき事、 ぶしつけなる事、
(十五)賢き事、 愚なる事、
(十六)善き事、 惡き事、
猶ほ考へなば數種を得べし。假令はチーチャイホソィなどいふ...
コーンと鳴り、ゴーンと響く鐘の音、ホンノリ又はホノ〳〵と...
かくの如き例を、思ひ出るまゝ書きゆかば、限りなからむ。し...
第三 審美學上の觀察
我國にては母韻なり子音なりが、それ〳〵詩歌の上にて、如何...
况んやまた清濁音の上に於てをや。よし一歩を譲りて、假りに...
故に予は今日以後の語學者に對ひ、切にこの上の研究を促さん...
たとへばゲーテがミニヨンの詩に於ける、
Kennst du es wohl ?
Dahin ! dahin
Moecht' ich mit dir, o mein Geliebter, ziehn!
U(ウ)及びO(オ)の音が、如何に曇りたる、秘密なる、涙も...
またI(イ)の長音が、如何に鋭く、切なる、而して又落着かざ...
其他SPR STRの兩音が勢強き運動を示し、GRの音が薄黒きこと或...
詩入は聲音の有するこの力を、分析的に研究する必要を認めざ...
謹みて清聽を賜はりたるを謝す。
(完)
『帝国文学』第一巻
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茲に帝國文學會第二總會を開かるゝに當り、幹事の君まづ予が...
第一 言語學上の觀察
日本に語學の開けてより以來、最早短からぬ年月をば經たれど...
かゝる迷信は、一層能く彼等の母韻論上に現はれ居るなり。彼...
故に茲に清ぬ音に就きて、一應其言語學上の説明を爲すことも...
第一、パ行ファ行ハ行(清音)とバ行(濁音)と、P.F.H.=B
此行の清音につきては、古より沿革しば〳〵ありて、現...
わいうゑをと發音する者を合せては、P f h wの四期ある...
く歸納的に證明し得らるゝなり。之に反し、濁音は第一...
濁音通りに、いつも不變に殘りたるが如し。たゞし方言...
むる曉には、此上に、多少の例外を見出すに至るやも知...
を半濁音と稱する事の全くいはれなきは、後段の説明を...
第二、タ行(清音)とダ行(濁音)と、T=D
今日の發音法によれば、チとツとは共に此行中に入るべ...
ず。此二音は、今は全くタテトの如き、古より存する性...
ばなり。
第三、カ行(清音)とガ行(濁音)と、K=G
此濁音には、地方によりて鼻にかゝるものあり。たとへ...
す、むごいなどに於けるぐごの如し。是等の語を九州人...
く純粹の濁音なり。予輩は,この鼻にかゝる濁音を示す...
こ`の字を以てす。これをローマ字にて書けば即ngなり。
第四、サ行(清音)とザ行(濁音)と、S=Z
サ行に於けるシも、亦此行中に入るべきものにあらず、...
今は全く他の價直を有するに至りたる者なればなり。
以上はこれ普通に文法家の區別する四種の清濁なる者な...
り來りて、予輩は左に猶三種を附加し得べし。
第五、チャ行(清音)とヂャ行(濁音)と、CH=JH
たとへば、チヤン〳〵チュー〳〵チョク〳〵ヂヤン〳〵...
第六、ツァ行(清音)とヅァ行(濁音)と、TS=DS
たとへばオトッツァン、ヅッシリ、ヅブロクなどの如し。
第七、シャ行(清音)とジャ行(濁音)と、SH=ZH
たとへばシヤッポ、シャツ、ジヤー〳〵、ジュバン、ジ...
以上列擧する所の清濁音は、抑も如何にして生じ來る者なるか...
せんと欲する所の者なり。
清濁音(承前)
清音とは、呼息が聲帶の支障を蒙らずして、單純に口内を過ぎ...
濁音とは、呼息が豫め聲帶の支障を受けて韻的性質を帶び、然...
此濁音を發するに當り、ウビュラ能く口腔鼻腔間を密閉せざる...
以上陳述するが如く、清濁音の區別は全く生理的及び物理的に...
殊にその好き例はP音の上にあり。今日までの国語學者は、ハ行...
に溷雑とか紆曲とかいひて、茲に一の別稱を與へしとせばこは...
言語學上より日本語に於ける此清濁音を觀察せば、猶ほ他に論...
一、本濁の事、古代の日本語にて本濁音を有する語の統計の事。
二、連濁の事、何故に連濁は日本語上に現はれ來りしかの事。
三、TS SH CH及び其各濁音が日本語に發達し來りし年代の事。
四、G或はNGが、現今の日本語にては如何なる地方にて、區別し...
五、SHI TSI CHI TI等の濁音は、何處に現存し居るかの事。
六、漢呉音等の支那音上にある清濁音が、如何に日本語に影響...
七、清濁音に關する研究の歴史の事。
其他列擧せば猶數多の項目を得べしと信ず。さてはあまりに長...
第二 心理學上の觀察
予が心理學上の觀察と稱するものは、清濁音が連想上予輩に一...
第一期 オノマトポエチック時期、即ち初代の人類が萬物...
第二期 シムボリック時期、別ち第一期に於て普通に用ゐ...
第三期 アイディヤル時期 即ち聲音の特質に斟酌なく、...
今予の論ずる所は、主として第一第二の時期に屬するものにし...
予の考ふる處によれば、我國語に於ける清濁音には、左の連想...
清音の連想的特質 濁音の連想的特質
(一)小なる事、 大なる事、
(二)少き事、 多き事、
(三)強き事、 弱き事、
(四)輕き事、 重き事、
(五)鋭き事、 鈍き事、
(六)陰なる事、 陽なる事、
(七)明なる事、 暗なる事、
(八)壯なる事、 老なる事、
(九)速き事、 遅き事、
(十)淋しき事、 騒がしき事、
(十一)有る事、 無き事、
(十二)静なる事、 動く事、
(十三)美しき事、 醜き事、
(十四)優しき事、 ぶしつけなる事、
(十五)賢き事、 愚なる事、
(十六)善き事、 惡き事、
猶ほ考へなば數種を得べし。假令はチーチャイホソィなどいふ...
コーンと鳴り、ゴーンと響く鐘の音、ホンノリ又はホノ〳〵と...
かくの如き例を、思ひ出るまゝ書きゆかば、限りなからむ。し...
第三 審美學上の觀察
我國にては母韻なり子音なりが、それ〳〵詩歌の上にて、如何...
况んやまた清濁音の上に於てをや。よし一歩を譲りて、假りに...
故に予は今日以後の語學者に對ひ、切にこの上の研究を促さん...
たとへばゲーテがミニヨンの詩に於ける、
Kennst du es wohl ?
Dahin ! dahin
Moecht' ich mit dir, o mein Geliebter, ziehn!
U(ウ)及びO(オ)の音が、如何に曇りたる、秘密なる、涙も...
またI(イ)の長音が、如何に鋭く、切なる、而して又落着かざ...
其他SPR STRの兩音が勢強き運動を示し、GRの音が薄黒きこと或...
詩入は聲音の有するこの力を、分析的に研究する必要を認めざ...
謹みて清聽を賜はりたるを謝す。
(完)
『帝国文学』第一巻
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