五代目笑福亭松鶴「鮑貝」
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五代目笑福亭松鶴
[[『上方はなし』]]41集
>>
落語家〈はなしか〉の社会に限りまして、どうしても亭主よ...
「今時分までどこをキョロキョロ遊び歩いてるね、情〈なさけ...
「万さんに逢うたら、お城の堀から乙姫さんが出はるというさ...
「当たりまえや、川に鯨がいるかいな」,
「それでもこの間乾物屋の表通ったら、かわ鯨と書いてあった」
「あれは皮鯨やないかいな、弄物人〈おもちや〉にしられてる...
「なんでも構へん、飯を食べさせて」
「御飯を食べさせてというても、御飯があらへん」
「焚〈たか〉んかいな」
「焚くお米がどこにあるいな」
「オホッ……、腹はペコペコやわ、飯はない、米はないわとする...
「精出して働きなはれ、銭さえ儲けてやったら、どんな物でも...
「嬶、どうぞ頼む、明日〈あした〉から心を入れ替えて働くよ...
「情けない人やな、そんなら隣の源さん所へ行って、妾がいう...
「あかん、私がこのあいだ三銭借りに行ったら、貸せんとポロ...
「妾がいうてるというたら貸してくれてや、そういうて行っと...
「ヘイ……源さん、嬶がいうてるね、ちょっと銭三十銭貸してん...
「お咲さんが三十銭貸せというのか、三十銭でええか五十銭貸...
「コラ、源助」
「なんじゃ、眼をむいて」
「私が三銭借りに来たら、貸せんとポロ糞にいうておいて、嬶...
「そら何をいうね、お前はヅボラ者やがお前所のお咲さんは、...
「ヘエ……嬶、借て来た」
「借て来てやったか、それを持って横町の魚屋へ行って、何ん...
「やっぱり女やわい、偉そうにいうてもあかん、腹がペコペコ...
「家で食べるのやない、横町のお家主さんの若旦那がお嫁御を...
「偉い、偉い、かほどの知恵がありながら、何故、市会議員に...
「何をいうてやね、早う買うといで」
「ヘイヘイ……魚屋はん、御免なはれや」
「おいでやす」
「そこにある金魚の親方は何程で」
「金魚の親方……そんな物おまへんで」
「そこにおますが、赤い魚」
「これは鯛で」
「それは何程です」
「一円八十銭だす」
「オオ高、三十銭に負かりまへんか」
「鯛が三十銭でおますかいな」
「そんならこっちにある鰻の親方は」
「なんでも親方だんな、それは鱧〈はも〉だす」
「それ何程だす」
「一円二十銭で」
「オオ高、三十銭に負かりまへんか」
「あんな無茶ばっかりいいなはる」
「こっちにある虱〈しらみ〉の親方は」
「それは烏賊〈いか〉です」
「これは何程だす」
「二十五銭だす」
「オオ高、三十銭に負かりまへんか」
「二十五銭の物を三十銭に値切る人がおますかいな」
「なんでも負けてもらわんとどむならん、腹がペコペコで家へ...
「面白いお方や、家のアラを皆いうて仕舞いなはった、まけた...
「左様か、大きにすみません、その代わり祝儀〈おため〉を沢...
「ゴテゴテ言わんと早う持って行きなはれ」
「大きに、左様なら……嬶、買うて来た、生貝三杯で三十銭や、...
「マアマア安かったこと」
「魚屋で段取をいうたんや、腹がペコペコに空いて居る所から...
「家のアラを皆いうたんか、阿呆〈あほ〉やな、サアあんじょ...
「ホー、ゴチャゴチャいわんならんねんな、腹がペコペコに空...
「モウ一ぺんいうたげる、今日は結構なお天気様でござります...
「よしッ、解った。段取り宜うやる、米の袋を貸して」
「米の袋をどうしてやの」
「戻りに米を買うて来るよって湯を沸かしといてんか、釜の中...
「そないにお腹の空くまで遊んでこいでもええのに、仕様のな...
「チャンと仕度をしといてや、頼むで……アアこれを持って行っ...
「オオ、誰かと思うたら喜イさんか」
「承りますれば……今日は結構なお天気様で」
「怪体〈けつたい〉な挨拶やな、ハイ結構なお日和で」
「お宅の若旦那様におよもご、およもご……およも……マア早いと...
「ハイ、悴に嫁を貰いまして」
「これは長屋の引張りの外で」
「引張り、引張りということがあるものか、繋〈つなぎ〉じゃ...
「ヘイ、つないだら引張ります」
「縄でもつないだようにいうてなはる」
「これをお目玉ヘブラ下げます」
「お目玉ヘブラ下げる、それもお眼にかけるじゃろ」
「かけたらプラ下がります。これをいうておかんとお祝儀〈た...
「甚い気の毒じゃな、こんな心配をして下さらんでもええのに」
「ヘイ、心配して下さらんつもりだしたが、家へ戻ったらして...
「あればっかりいうてる、面白い男や、いや沢山包みましょう...
「ヘイ生貝で、これ三杯三十銭に負けてもろうたんで」
「これはお前が途中ではかろうて持って来てやったんか、それ...
「家の嬶が持って行けというたんで」
「それでは折角やがよう貰いまへん、お前が途中ではかろうて...
「左様左様、皆そないにいうてくれはります」
「そんな事を自慢すな。お前所のお咲さんは女でこそあれ物事...
「腹がペコペコで」
「お前の腹のペコペコを知ったかい」
「お祝儀〈ため〉を」
「祝も貰わんのに祝儀を入れる馬鹿があるか、早う持って帰〈...
「そんな無茶をしたらどむならん、それみい、放ったさかい三...
「あんじょう見なはれ、一ツは猫の碗じゃ」
「腹が空いてるよってに眼も見えん」
「早う持って帰にくされ、愚図愚図しくさったら煮湯を浴びせ...
「ウワワワワ、帰にます帰にます……腹がドカ空〈へ〉りや、オ...
「オイ喜イ公、泣いてるな、どうした」
「ウム万さんか、さっぱりわやや、飯が喰えん」
「ホウ、どこぞ悪いのか」
「達者で飯が喰えん」
「どうしたんや」
「今朝からお城の堀に乙姫さんが出ると聞いて見に行ったり、...
「可哀想に、大概解ってる、お前所のお咲さんの知恵で家主へ...
「違う、生貝で五十銭釣りに行ったんや」
「それを麦飯で鯉というのや。そら先方が知りよらん。先方は...
「お前立ち聞きしてたな」
「阿呆いえ、そら先方がものを知らんのや、モウ一ぺん持って...
「今度行ったら煮え湯浴びせられる」
「気遣いあらへん、俺が尻を利いたる、ビクビクしてたらあか...
「甚い事して行くねんな」
「ゴテゴテなしに取ときなんせと喰わせ、構へん、先方は品物...
「えらい穢ういうねんな」
「ハイ嫁を貰いました。祝を貰いさらすやろ、先方は交際が広...
「熨斗のポンポン」
「根本や」
「ポンポン」
「難儀やな、根本」
「ポンポンか」
「困るな、熨斗の元を知ってるかというねん、知らんというた...
「月経てなんや」
「嬶を持って居て月経を知らんのか」
「まだ喰うたことない」
「喰うものやない、月に七日ずつ身が汚れる、身の汚れた者は...
「もし先方が包みよらなんだらお前が弁償〈まど〉うか」
「そんなことが出来るかい、まだ先方が尋ねよるに違いない、...
「よしッ」
「しっかりやらんと不可んで、ポンポンいうて行けよ」
「よっしゃ解ってる、ようも己れ教えさらしたな」
「怒ってるな、ここでいうのやあらへん、先方へ行っていうの...
「ナア、俺は阿呆でも賢い友達がチャンと教えてくれるわい……...
「なんじゃ、甚い勢いじゃな」
「ヘへ、ゴテゴテなしに取っときなんせテ奴じゃ」
「甚い勢いやな、わざわざ品物でも替えて来てくれたんか、甚...
「ゴテゴテなしに取っときなんせ」
「コレ、これは今の生貝やないか。さてはお前私所になんぞ恨...
「ここじゃ、急〈せ〉くな」
「誰も急いてはせんわい」
「己れ所のド息子にド嬶貰いさらしたやないか」
「甚い汚いいい様やな、それより汚ういえんな、ハイ嫁を取り...
「取ったか、よう取った」
「猫が鼠を捕った様にいうてる」
「他所から祝いを貰いさらすやろ」
「その物のいい様はどうじゃ、そら私所は交際が広いので、お...
「そこじゃ、急くな」
「ちょっとも急きはせんわい」
「その祝物について来る熨斗を剥って返すか」
「そら妙なことを聞きなさる、目出度い熨斗じゃいただいてお...
「おいでたな」
「何がおいでた」
「私がお前はん所へおいでたんで、熨斗のポンポンを知ってる...
「ポンポンてなんじゃ」
「その熨斗のポンポン、熨斗の元を知ってるかというのじゃ」
「甚い事をいいよる、そら私は知らん」
「知らん、おいでた、ご免なはれや……ドッコイショ」
「甚い勢いで上がったな、下駄履いて上がったら泥だらけや、...
「熨斗のポンポンというたらな、志州鳥羽浦志摩浦で海女が漁...
「何をいうてんね」
「色の黒い汚い者です、女には月経というもんがおますで」
「そんなことは誰でも知ってる」
「私は知らん、今教えて貰うたとこや」
「阿呆やな」
「阿呆阿呆というてもらいますまい、海女が生貝を取って蒸し...
「何をいうてるね」
「アア暑い、一お茶を一杯汲んでんか、莚の上で夫婦が一晩寝...
「ハハアなるほど、よう解った。最前から熨斗の意味をいうて...
「どんなんなとお尋ねやす、チャンとこっちにはいろいろ柄の...
「柄の変った、なんじゃ浴衣地でも買いに来たようにいうてる...
「おいでた、生貝の剥きかけだす、柿でも桃でも剥きかけは蕨...
「なるほど、感心」
「サアなんなとお尋ね」
「襷熨斗は」
「生貝の紐でござい」
「こら感心、杖突熨斗は」
「生貝をひっくり返して見なはれ、裏は杖突きの形になってま...
「仕舞い、まだあるわい」
「まだおますか、こら附落や、どんな奴ですえ」
「片仮名でチョイチョイチョイチョイとした奴」
「片仮名でチョイチョイチョイチョイ、そらなんでやす」
「なんじゃ」
「その……なんでやすがな」
「なんじゃいな、先のはトントン拍子に返答が出来たのに、今...
「それは、その生貝を釜に入れて蒸す時に生貝が釜の中でブツ...
「ハハア、生貝が釜の中で呟くか」
「そら生貝やさかい呟きます、他の貝なら皆口を開きますわい」
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落語家〈はなしか〉の社会に限りまして、どうしても亭主よ...
「今時分までどこをキョロキョロ遊び歩いてるね、情〈なさけ...
「万さんに逢うたら、お城の堀から乙姫さんが出はるというさ...
「当たりまえや、川に鯨がいるかいな」,
「それでもこの間乾物屋の表通ったら、かわ鯨と書いてあった」
「あれは皮鯨やないかいな、弄物人〈おもちや〉にしられてる...
「なんでも構へん、飯を食べさせて」
「御飯を食べさせてというても、御飯があらへん」
「焚〈たか〉んかいな」
「焚くお米がどこにあるいな」
「オホッ……、腹はペコペコやわ、飯はない、米はないわとする...
「精出して働きなはれ、銭さえ儲けてやったら、どんな物でも...
「嬶、どうぞ頼む、明日〈あした〉から心を入れ替えて働くよ...
「情けない人やな、そんなら隣の源さん所へ行って、妾がいう...
「あかん、私がこのあいだ三銭借りに行ったら、貸せんとポロ...
「妾がいうてるというたら貸してくれてや、そういうて行っと...
「ヘイ……源さん、嬶がいうてるね、ちょっと銭三十銭貸してん...
「お咲さんが三十銭貸せというのか、三十銭でええか五十銭貸...
「コラ、源助」
「なんじゃ、眼をむいて」
「私が三銭借りに来たら、貸せんとポロ糞にいうておいて、嬶...
「そら何をいうね、お前はヅボラ者やがお前所のお咲さんは、...
「ヘエ……嬶、借て来た」
「借て来てやったか、それを持って横町の魚屋へ行って、何ん...
「やっぱり女やわい、偉そうにいうてもあかん、腹がペコペコ...
「家で食べるのやない、横町のお家主さんの若旦那がお嫁御を...
「偉い、偉い、かほどの知恵がありながら、何故、市会議員に...
「何をいうてやね、早う買うといで」
「ヘイヘイ……魚屋はん、御免なはれや」
「おいでやす」
「そこにある金魚の親方は何程で」
「金魚の親方……そんな物おまへんで」
「そこにおますが、赤い魚」
「これは鯛で」
「それは何程です」
「一円八十銭だす」
「オオ高、三十銭に負かりまへんか」
「鯛が三十銭でおますかいな」
「そんならこっちにある鰻の親方は」
「なんでも親方だんな、それは鱧〈はも〉だす」
「それ何程だす」
「一円二十銭で」
「オオ高、三十銭に負かりまへんか」
「あんな無茶ばっかりいいなはる」
「こっちにある虱〈しらみ〉の親方は」
「それは烏賊〈いか〉です」
「これは何程だす」
「二十五銭だす」
「オオ高、三十銭に負かりまへんか」
「二十五銭の物を三十銭に値切る人がおますかいな」
「なんでも負けてもらわんとどむならん、腹がペコペコで家へ...
「面白いお方や、家のアラを皆いうて仕舞いなはった、まけた...
「左様か、大きにすみません、その代わり祝儀〈おため〉を沢...
「ゴテゴテ言わんと早う持って行きなはれ」
「大きに、左様なら……嬶、買うて来た、生貝三杯で三十銭や、...
「マアマア安かったこと」
「魚屋で段取をいうたんや、腹がペコペコに空いて居る所から...
「家のアラを皆いうたんか、阿呆〈あほ〉やな、サアあんじょ...
「ホー、ゴチャゴチャいわんならんねんな、腹がペコペコに空...
「モウ一ぺんいうたげる、今日は結構なお天気様でござります...
「よしッ、解った。段取り宜うやる、米の袋を貸して」
「米の袋をどうしてやの」
「戻りに米を買うて来るよって湯を沸かしといてんか、釜の中...
「そないにお腹の空くまで遊んでこいでもええのに、仕様のな...
「チャンと仕度をしといてや、頼むで……アアこれを持って行っ...
「オオ、誰かと思うたら喜イさんか」
「承りますれば……今日は結構なお天気様で」
「怪体〈けつたい〉な挨拶やな、ハイ結構なお日和で」
「お宅の若旦那様におよもご、およもご……およも……マア早いと...
「ハイ、悴に嫁を貰いまして」
「これは長屋の引張りの外で」
「引張り、引張りということがあるものか、繋〈つなぎ〉じゃ...
「ヘイ、つないだら引張ります」
「縄でもつないだようにいうてなはる」
「これをお目玉ヘブラ下げます」
「お目玉ヘブラ下げる、それもお眼にかけるじゃろ」
「かけたらプラ下がります。これをいうておかんとお祝儀〈た...
「甚い気の毒じゃな、こんな心配をして下さらんでもええのに」
「ヘイ、心配して下さらんつもりだしたが、家へ戻ったらして...
「あればっかりいうてる、面白い男や、いや沢山包みましょう...
「ヘイ生貝で、これ三杯三十銭に負けてもろうたんで」
「これはお前が途中ではかろうて持って来てやったんか、それ...
「家の嬶が持って行けというたんで」
「それでは折角やがよう貰いまへん、お前が途中ではかろうて...
「左様左様、皆そないにいうてくれはります」
「そんな事を自慢すな。お前所のお咲さんは女でこそあれ物事...
「腹がペコペコで」
「お前の腹のペコペコを知ったかい」
「お祝儀〈ため〉を」
「祝も貰わんのに祝儀を入れる馬鹿があるか、早う持って帰〈...
「そんな無茶をしたらどむならん、それみい、放ったさかい三...
「あんじょう見なはれ、一ツは猫の碗じゃ」
「腹が空いてるよってに眼も見えん」
「早う持って帰にくされ、愚図愚図しくさったら煮湯を浴びせ...
「ウワワワワ、帰にます帰にます……腹がドカ空〈へ〉りや、オ...
「オイ喜イ公、泣いてるな、どうした」
「ウム万さんか、さっぱりわやや、飯が喰えん」
「ホウ、どこぞ悪いのか」
「達者で飯が喰えん」
「どうしたんや」
「今朝からお城の堀に乙姫さんが出ると聞いて見に行ったり、...
「可哀想に、大概解ってる、お前所のお咲さんの知恵で家主へ...
「違う、生貝で五十銭釣りに行ったんや」
「それを麦飯で鯉というのや。そら先方が知りよらん。先方は...
「お前立ち聞きしてたな」
「阿呆いえ、そら先方がものを知らんのや、モウ一ぺん持って...
「今度行ったら煮え湯浴びせられる」
「気遣いあらへん、俺が尻を利いたる、ビクビクしてたらあか...
「甚い事して行くねんな」
「ゴテゴテなしに取ときなんせと喰わせ、構へん、先方は品物...
「えらい穢ういうねんな」
「ハイ嫁を貰いました。祝を貰いさらすやろ、先方は交際が広...
「熨斗のポンポン」
「根本や」
「ポンポン」
「難儀やな、根本」
「ポンポンか」
「困るな、熨斗の元を知ってるかというねん、知らんというた...
「月経てなんや」
「嬶を持って居て月経を知らんのか」
「まだ喰うたことない」
「喰うものやない、月に七日ずつ身が汚れる、身の汚れた者は...
「もし先方が包みよらなんだらお前が弁償〈まど〉うか」
「そんなことが出来るかい、まだ先方が尋ねよるに違いない、...
「よしッ」
「しっかりやらんと不可んで、ポンポンいうて行けよ」
「よっしゃ解ってる、ようも己れ教えさらしたな」
「怒ってるな、ここでいうのやあらへん、先方へ行っていうの...
「ナア、俺は阿呆でも賢い友達がチャンと教えてくれるわい……...
「なんじゃ、甚い勢いじゃな」
「ヘへ、ゴテゴテなしに取っときなんせテ奴じゃ」
「甚い勢いやな、わざわざ品物でも替えて来てくれたんか、甚...
「ゴテゴテなしに取っときなんせ」
「コレ、これは今の生貝やないか。さてはお前私所になんぞ恨...
「ここじゃ、急〈せ〉くな」
「誰も急いてはせんわい」
「己れ所のド息子にド嬶貰いさらしたやないか」
「甚い汚いいい様やな、それより汚ういえんな、ハイ嫁を取り...
「取ったか、よう取った」
「猫が鼠を捕った様にいうてる」
「他所から祝いを貰いさらすやろ」
「その物のいい様はどうじゃ、そら私所は交際が広いので、お...
「そこじゃ、急くな」
「ちょっとも急きはせんわい」
「その祝物について来る熨斗を剥って返すか」
「そら妙なことを聞きなさる、目出度い熨斗じゃいただいてお...
「おいでたな」
「何がおいでた」
「私がお前はん所へおいでたんで、熨斗のポンポンを知ってる...
「ポンポンてなんじゃ」
「その熨斗のポンポン、熨斗の元を知ってるかというのじゃ」
「甚い事をいいよる、そら私は知らん」
「知らん、おいでた、ご免なはれや……ドッコイショ」
「甚い勢いで上がったな、下駄履いて上がったら泥だらけや、...
「熨斗のポンポンというたらな、志州鳥羽浦志摩浦で海女が漁...
「何をいうてんね」
「色の黒い汚い者です、女には月経というもんがおますで」
「そんなことは誰でも知ってる」
「私は知らん、今教えて貰うたとこや」
「阿呆やな」
「阿呆阿呆というてもらいますまい、海女が生貝を取って蒸し...
「何をいうてるね」
「アア暑い、一お茶を一杯汲んでんか、莚の上で夫婦が一晩寝...
「ハハアなるほど、よう解った。最前から熨斗の意味をいうて...
「どんなんなとお尋ねやす、チャンとこっちにはいろいろ柄の...
「柄の変った、なんじゃ浴衣地でも買いに来たようにいうてる...
「おいでた、生貝の剥きかけだす、柿でも桃でも剥きかけは蕨...
「なるほど、感心」
「サアなんなとお尋ね」
「襷熨斗は」
「生貝の紐でござい」
「こら感心、杖突熨斗は」
「生貝をひっくり返して見なはれ、裏は杖突きの形になってま...
「仕舞い、まだあるわい」
「まだおますか、こら附落や、どんな奴ですえ」
「片仮名でチョイチョイチョイチョイとした奴」
「片仮名でチョイチョイチョイチョイ、そらなんでやす」
「なんじゃ」
「その……なんでやすがな」
「なんじゃいな、先のはトントン拍子に返答が出来たのに、今...
「それは、その生貝を釜に入れて蒸す時に生貝が釜の中でブツ...
「ハハア、生貝が釜の中で呟くか」
「そら生貝やさかい呟きます、他の貝なら皆口を開きますわい」
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