十六夜日記
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新潮日本文学大辞典 野村八良
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十六夜日記
むかし、かべのなかよりもとめ出でたりけむふみの名をば、今...
「とゞめおく ふるき枕の ちりをだに わが立ちさらば ...
よゝにかきおかれける歌のさうしどもの奧書して、あだならぬ...
「和歌の浦に かきとゞめたる もしほぐさ これをむかし...
あなかしこ よこ浪かくな はま千鳥 ひとかたならぬ ...
これを見て、侍從のかへりごといととくあり。
「つひによも あだにはならじ もしほぐさ かたみをみよ...
まよはまし 教へざりせば はま千鳥 ひとかたならぬ ...
このかへりごといとおとなしければ、心やすくあはれなるにも...
「はるばると ゆくさき遠く 慕はれて いかにそなたの ...
と書きつけたる、ものより殊にあはれにて、おなじ紙に書きそ...
「つくづくと 空なながめそ こひしくば 道とほくとも ...
とぞ慰むる。山より侍從の兄のりし【源承】も、出でたち見む...
「あだにのみ 涙はかけじ 旅ごろも こゝろのゆきて 立...
とはこといみしながら、涙のこぼるゝを荒らかに物言ひまきら...
「立ちそふぞ うれしかりける 旅衣 かたみにたのむ お...
をんなごはあまたもなし。唯ひとりにてこの近きほどの女院【...
「君をこそ 朝日とたのめ ふるさとに のこるなでしこ ...
ときこえたれば、御かへりもこまやかに、いとあはれに書きて...
「思ひおく 心とゞめは ふるさとの しもにも枯れじ や...
とぞある。いつゝの子【戛融源承爲相爲守及女】どもの歌、の...
「さだめなき 命は知らぬ たびなれど またあふ坂と た...
野路といふ所はこしかたゆくさき人も見えず。日は暮れかゝり...
「うちしぐれ ふるさと思ふ 袖ぬれて ゆくさきとほき ...
こよひは、鏡といふ所につくべしとさだめつれど、暮れはてゝ...
「いとゞなほ 袖ぬらせとや 宿りけむ まなくしぐれの ...
今日は十六日の夜なりけり。いとくるしくて臥しぬ。いまだ月...
「たび人も みなもろともに 朝立ちて こまうちわたす ...
十七日の夜は、小野のしゅくといふ所にとゞまる。月出でゝ、...
「むすぶ手に にごるこゝろを すゝぎなば うき世の夢や...
とぞおぼゆる。
十八日【三字イ無】、美濃のくに關の藤川わたるほどに、まづ...
「わが子ども 君につかへむ ためならで わたらましやは...
不破の關屋のいたびさしは、今もかはらざりけり。
「ひまおほき 不破の關屋は このほどの 時雨も月も い...
關よりかきくらしつる雨、時雨に過ぎてふりくらせば、道もい...
「たび人は みのうちはらふ ゆふぐれの 雨にやどかる ...
十九日、又こゝを出でゝ行く。よもすがらふりける雨に、平野...
「まもれたゞ ちぎりむすぶの 神ならば とけぬうらみに...
すのまたとかやいふ川には、舟をならべて、まさきのつなにや...
「かたぶちの ふかき心は ありながら 人めづゝみに さ...
かりの世の ゆきゝと見るも はかなしや 身をうき舟を...
とぞ思ひつゞけゝる。また一の宮といふ社を過ぐとて、
「一の宮 名さへなつかし ふたつなく みつなきのりを ...
二十日、尾張の國おりとといふうまやを行く、よきぬ道なれば...
「いのるぞよ 我がおもふこと なるみがた かたひくしほ...
鳴海がた 和歌のうら風 へだてずば おなじこゝろに ...
みつしほの さしてぞ來つる なるみがた 神やあはれと...
雨かぜも 神のこゝろに まかすらむ 我がゆくさきの ...
なるみのかたを過ぐるに、しほひのほどなれば、さはりなくひ...
「濱千鳥 なきてぞさそふ 世の中に あととめむとは お...
隅田川のわたりにこそありと聞きしかど、都鳥といふ鳥の、は...
「こととはむ はしと足とは あかざりし わが住むかたの...
二村山を越えて行くに、山も野もいと遠くて、日も暮れはてぬ。
「はるばると 二村山を ゆき過ぎて なほすゑたどる 野...
やつはしにとゞまらむといふ。暗きに橋も見えずなりぬ。
「さゝがにの くもであやふき 八橋を ゆふぐれかけて ...
廿一日、八橋を出でゝ行くに、いとよく晴れたり。山遠きはら...
「しぐれけり 染むるちしほの はてはまた 紅葉の錦 い...
この山までは、むかし見しこゝちするに、ころさへかはらねば、
「待ちけりな むかしもこえし 宮路山 おなじ時雨の め...
山のすそのに竹のある所に、かややのひとつ見ゆる、いかにし...
「ぬしやたれ 山のすそ野に 宿しめて あたりさびしき ...
日は入りはてゝ、なほものゝあやめもわかぬほどに、わたうど...
「住みわびて 月の都を いでしかど うき身はなれぬ あ...
とぞ思ひつゞくる。供なる人、有明の月さへ笠きたりといふを...
「たび人の おなじみちにや 出でつらむ 笠うちきたる ...
たかしの山もこえつ。海見ゆるほど、いとおもしろし。浦風あ...
「わがためや 浪もたかしの 濱ならむ 袖のみなとの な...
いとしろき洲崎にくろき鳥のむれ居たるは、うといふ鳥なりけ...
「しら濱に すみの色なる しまつ鳥 ふでもおよばゞ ゑ...
濱名の橋より見わたせば、かもめといふ鳥、いとおほく飛びち...
「かもめゐる 洲崎の岩も よそならず 浪のかけこす そ...
こよひは、ひくまのしゅくといふ所にとゞまる。こゝのおほか...
「濱松の かはらぬかげを たづねきて 見し人なみに む...
その世に見し人のこうまごなど、よび出でゝあひしらふ。
廿三日、てんりうのわたりといふ舟に乘るに、西行がむかしも...
「水のあわの うき世にわたる ほどを見よ はや瀬の小舟...
こよひは、とをつあふみ見つけのこふといふ所にとゞまる。里...
「たれか來て みつけの里と 聞くからに いとゞたびねの...
廿四日、ひるになりて、さやの中山こゆ。ことのまゝとかやい...
「こえくらす ふもとの里の ゆふやみに まつかぜおくる...
あかつきおきて見れば、月もいでにけり。
「雲かゝる さやのなか山 こえぬとは みやこに告げよ ...
川音いとすごし。
「渡らむと おもひやかけし あづま路に ありとばかりは...
廿五日、菊川を出でゝ、けふは大井河といふ河をわたる。水い...
「思ひいづる みやこのことは おほゐ河 いく瀬の石の ...
うつの山こゆるほどにしも、あざりの見知りたる山ぶし行き逢...
「我がこゝろ うつゝともなし うつの山 夢にも遠き む...
つたかへで しぐれぬひまも うつの山 なみだに袖の ...
こよひは、手越といふ所にとゞまる。なにがしの僧正とかやの...
廿六日、わらしな河とかや渡りて、息津の濱にうち出づ。「な...
「なほざりに みるめばかりを かり枕 むすびおきつと ...
暮れかゝるほど清見が關を過ぐ。岩こす浪の、白ききぬをうち...
「きよみがた 年ふる岩に こととはむ 浪のぬれぎぬ い...
ほどなく暮れて、そのわたりの海【浦イ】近き里にとゞまりぬ...
「ならはずよ よそにきゝこし 清見潟 あらいそ浪の か...
富士の山を見れば煙もたゝず。むかし父の朝臣にさそはれて、...
「たが方に なびきはてゝか 富士のねの 煙のすゑの 見...
古今の序のことばまで思ひ出でられて、
「いつの世の ふもとの塵か 富士のねを 雪さへたかき ...
くちはてし ながらの橋を つくらばや 富士の煙も た...
今宵は、波の上といふ所にやどりて、あれたる昔、更に目もあ...
廿七日、明はなれて、後富士川わたる。朝川いとさむし。かぞ...
「さえわびぬ 雪よりおろす 富士川の かは風こほる ふ...
けふは、日いとうらゝかにて、田子の浦にうち出づ。あまども...
「心から おりたつ田子の あまごろも ほさぬうらみと ...
とぞ言はまほしき。伊豆の國府といふ所にとゞまる。いまだ夕...
「あはれとや 三島の神の 宮ばしら たゞこゝにしも め...
おのづから つたへしあとも あるものを 神は知るらむ...
尋ねきて わが越えかゝる 筥根路を 山のかひある し...
廿八日、伊豆のこふを出でゝ、はこねぢにかゝる。いまだ夜深...
「たまくしげ はこねの山を いそげども なほ明けがたき...
あしがら山は道遠しとて、箱根路にかゝるなりけり。
「ゆかしさよ そなたの雲を そばたてゝ よそになしぬる...
いとさかしき山をくだる。人の足もとゞまりがたし。湯坂とぞ...
「あづまぢの 湯坂を越えて 見わたせば しほ木ながるゝ...
湯坂より浦にいでゝ、日暮れかゝるにとまるべきところ遠し。...
「あまの住む その里の名も しらなみの よするなぎさに...
まりこ河といふ河を、いと暗くてたどり渡る。こよひはさかは...
廿九日、さかはを出でゝ、はまぢをはるばると行く。明けはな...
「浦路ゆく こゝろぼそさを 浪間より いでゝ知らする ...
なぎさによせかへる浪のうへにきりたちて、あまたありつるつ...
「あま小舟 こぎ行くかたを 見せじとや 浪にたちそふ ...
都遠くへだゝりはてぬるも、なほ夢のこゝちして、
「立ちはなれ 世もうき浪は かけもせじ むかしの人の ...
あづまにて住む所は、月影のやつ【極樂寺地内】とぞいふなる...
「たびごろも なみだをそへて うつの山 しぐれぬひまも...
ゆくりなく あくがれ出でし いざよひの 月やおくれぬ...
都を出でしことは、神無月十六日なりしかば、いざよふ月をお...
「めぐりあふ 末をぞたのむ ゆくりなく 空にうかれし ...
さきのうひゃうゑのかみ【爲教】の御むすめ、哥よむ人にて、...
「はるばると 思ひこそやれ たび衣 なみだしぐるゝ ほ...
かへりごとに、
「おもひやれ 露もしぐれも ひとつにて 山路わけこし ...
このせうとのためかぬの君も、おなじさまに、おぼつかなさな...
「ふるさとは しぐれに立ちし たびごろも 雪にやいとゞ...
かへし、
「たびごろも うら風さえて かみな月 しぐるゝ雲【空イ...
式乾門院【利子】のみくしげどのと聞ゆるは、こがの大政大臣...
「消えかへり ながむる空も かきくれて ほどは雲ゐぞ ...
など聞えたりしを、立ちかへりその御返り事たよりあらばとこ...
ひとかたに 袖やぬれまし たび衣 たつ日をきかぬ う...
さてもそれより雪になりゆくと、おしはかりの御返り事は、
「かきくらし 雪ふる空の ながめにも ほどは雲ゐの あ...
とあれば、このたびは又、立つ日をしらぬとある、御返しばか...
「心から なにうらむらむ たびごろも たつ日をだにも ...
あかつきたよりありと聞きて、よもすがら起きゐて、都の文ど...
「夜もすがら なみだも文も かきあへず いそこす風に ...
又おなじさまにて、ふるさとには戀ひしのぶおとうとの尼うへ...
「いたづらに めかりしほやく すさびにも 戀しやなれし...
ほど經て、このおとゞひふたりのかへりごと、いとあはれにて...
「たまづさを 見るに涙の かゝるかな いそこす風は き...
この姉君は、中のゐんの中將ときこえし人のうへなり。今は三...
「もろともに めかり鹽やく 浦ならば なかなか袖に な...
この人も安嘉門院にさぶらひしなり。つゝましくすることゞも...
「おぼろなる 月はみやこの 空ながら まだ聞かざりし ...
などそこはかとなき事どもをかききこえたりしを、たしかなる...
「ねられじな 都の月を 身にそへて なれぬまくらの な...
權中納言【爲教女】の君は、まぎるゝことなく歌をよみたまふ...
「いかにして しばし都を わすれ貝 なみのひまなく わ...
知らざりし うらやま風も 梅が香は みやこに似たる ...
はなぐもり ながめてわたる 浦風に かすみたゞよふ ...
あづまぢの 磯やま風の たえまより なみさへ花の お...
みやこ人 おもひも出でば あづまぢの 花やいかにと ...
など、たゞふでにまかせて思ふまゝに、いそぎたるつかひとて...
「頼むぞよ しほひにひろふ うつせ貝 かひある浪の 立...
くらべ見よ 霞のうちの はるの月 晴れぬこゝろは お...
しら浪の いろもひとつに ちる花を 思ひやるさへ お...
あづまぢの さくらを見ても 忘れずば みやこの花を ...
やよひの末つかた、わかわかしきわらはやみにや、日まぜにお...
「いたづらに あまの鹽やく けぶりとも 誰かは見まし ...
と聞えたりしを、おどろきてかへりごととくし給へり、
「消えもせじ 和歌の浦ぢに 年をへて 光をそふる あま...
御經のしるし、いとたふとくて、
「たのもしな 身にそふ友と なりにけり たへなるのりの...
うづきのはじめつ方たよりあれば、又おなじ人の御もとへ、「...
「見し世こそ かはらざるらめ 暮れはてゝ 春より夏に ...
夏ごろも はやたちかへて みやこ人 いまや待つらむ ...
そのかへりごと又あり、
「草も木も こぞ見しまゝに かはらねど ありしにも似ぬ...
さてほとゝぎすの御たづねこそ、
人よりも 心つくして ほとゝぎす たゞひとこゑを け...
さねかたの中將の、五月まで時鳥きかで、みちのくにより、都...
「しのびねは ひきのやつなる ほとゝぎす 雲ゐに高く ...
などひとり思へどもそのかひもなし。もとよりあづまぢは、み...
「いかばかり 子を思ふつるの とびわかれ ならはぬ旅の...
と文のことばにつゞけて哥のやうにもあらず書きなし給へるも...
「それゆゑに とび別れても あしたづの 子を思ふかたは...
ときこゆ。そのついでに、故入道大納言【爲家】、草のまくら...
「都まで かたるもとほし おもひねに しのぶむかしの ...
はかなしや たびねの夢に まよひ來て さむれば見えぬ...
など書きて奉りしを、又あながちにたより尋ねて、かへりごと...
「あづまぢの 草のまくらは とほけれど かたれば近き ...
いづくより 旅ねのゆかに かよふらむ 思ひおきつる ...
などのたまへり。夏のほどは、あやしきまでおとづれもたえて...
「こゝろのみ へだてずとても 旅ごろも 山ぢかさなる ...
とある哥を見るに、旅のそらを思ひおこせてよまれたるにこそ...
「戀ひしのぶ こゝろやたぐふ あさ夕に ゆきてはかへる...
又おなじたびの題にて、
「かりそめの 草のまくらの よなよなを 思ひやるにも ...
とある所にも、又かへりごとをぞかきそへたる、
「秋ふかき 草のまくらに 我ぞなく ふりすてゝこし す...
又この五十首の歌のおくに、ことばをかきそふ。おほかた歌の...
「これを見ば いかばかりかと 思ひつる 人にかはりて ...
と書きつく。侍從の弟爲守の君のもとよりも、三十首の歌をお...
「立ち別れ 富士のけぶりを 見てもなほ 心ぼそさの い...
又これも返しをかきつく、
「かりそめに 立ちわかれても 子を思ふ おもひを富士の...
また權中納言の君、こまやかに文かきて、「くだり給ひし後は...
「あづまぢの 空なつかしき かたみだに 忍ぶなみだに ...
この御返り事「これもふるさとの戀しさ」などかきて、
「かよふらし みやこの外の 月見ても 空なつかしき お...
都の歌どもこののち多くつもりたり。又かきつくべし。
「しきしまや やまとのくには あめつちの ひらけはじめ...
ながゝれと あさゆふいのる 君が代を やまとことばに ...
十六夜日記終
RIGHT:国文大観
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むかし、かべのなかよりもとめ出でたりけむふみの名をば、今...
「とゞめおく ふるき枕の ちりをだに わが立ちさらば ...
よゝにかきおかれける歌のさうしどもの奧書して、あだならぬ...
「和歌の浦に かきとゞめたる もしほぐさ これをむかし...
あなかしこ よこ浪かくな はま千鳥 ひとかたならぬ ...
これを見て、侍從のかへりごといととくあり。
「つひによも あだにはならじ もしほぐさ かたみをみよ...
まよはまし 教へざりせば はま千鳥 ひとかたならぬ ...
このかへりごといとおとなしければ、心やすくあはれなるにも...
「はるばると ゆくさき遠く 慕はれて いかにそなたの ...
と書きつけたる、ものより殊にあはれにて、おなじ紙に書きそ...
「つくづくと 空なながめそ こひしくば 道とほくとも ...
とぞ慰むる。山より侍從の兄のりし【源承】も、出でたち見む...
「あだにのみ 涙はかけじ 旅ごろも こゝろのゆきて 立...
とはこといみしながら、涙のこぼるゝを荒らかに物言ひまきら...
「立ちそふぞ うれしかりける 旅衣 かたみにたのむ お...
をんなごはあまたもなし。唯ひとりにてこの近きほどの女院【...
「君をこそ 朝日とたのめ ふるさとに のこるなでしこ ...
ときこえたれば、御かへりもこまやかに、いとあはれに書きて...
「思ひおく 心とゞめは ふるさとの しもにも枯れじ や...
とぞある。いつゝの子【戛融源承爲相爲守及女】どもの歌、の...
「さだめなき 命は知らぬ たびなれど またあふ坂と た...
野路といふ所はこしかたゆくさき人も見えず。日は暮れかゝり...
「うちしぐれ ふるさと思ふ 袖ぬれて ゆくさきとほき ...
こよひは、鏡といふ所につくべしとさだめつれど、暮れはてゝ...
「いとゞなほ 袖ぬらせとや 宿りけむ まなくしぐれの ...
今日は十六日の夜なりけり。いとくるしくて臥しぬ。いまだ月...
「たび人も みなもろともに 朝立ちて こまうちわたす ...
十七日の夜は、小野のしゅくといふ所にとゞまる。月出でゝ、...
「むすぶ手に にごるこゝろを すゝぎなば うき世の夢や...
とぞおぼゆる。
十八日【三字イ無】、美濃のくに關の藤川わたるほどに、まづ...
「わが子ども 君につかへむ ためならで わたらましやは...
不破の關屋のいたびさしは、今もかはらざりけり。
「ひまおほき 不破の關屋は このほどの 時雨も月も い...
關よりかきくらしつる雨、時雨に過ぎてふりくらせば、道もい...
「たび人は みのうちはらふ ゆふぐれの 雨にやどかる ...
十九日、又こゝを出でゝ行く。よもすがらふりける雨に、平野...
「まもれたゞ ちぎりむすぶの 神ならば とけぬうらみに...
すのまたとかやいふ川には、舟をならべて、まさきのつなにや...
「かたぶちの ふかき心は ありながら 人めづゝみに さ...
かりの世の ゆきゝと見るも はかなしや 身をうき舟を...
とぞ思ひつゞけゝる。また一の宮といふ社を過ぐとて、
「一の宮 名さへなつかし ふたつなく みつなきのりを ...
二十日、尾張の國おりとといふうまやを行く、よきぬ道なれば...
「いのるぞよ 我がおもふこと なるみがた かたひくしほ...
鳴海がた 和歌のうら風 へだてずば おなじこゝろに ...
みつしほの さしてぞ來つる なるみがた 神やあはれと...
雨かぜも 神のこゝろに まかすらむ 我がゆくさきの ...
なるみのかたを過ぐるに、しほひのほどなれば、さはりなくひ...
「濱千鳥 なきてぞさそふ 世の中に あととめむとは お...
隅田川のわたりにこそありと聞きしかど、都鳥といふ鳥の、は...
「こととはむ はしと足とは あかざりし わが住むかたの...
二村山を越えて行くに、山も野もいと遠くて、日も暮れはてぬ。
「はるばると 二村山を ゆき過ぎて なほすゑたどる 野...
やつはしにとゞまらむといふ。暗きに橋も見えずなりぬ。
「さゝがにの くもであやふき 八橋を ゆふぐれかけて ...
廿一日、八橋を出でゝ行くに、いとよく晴れたり。山遠きはら...
「しぐれけり 染むるちしほの はてはまた 紅葉の錦 い...
この山までは、むかし見しこゝちするに、ころさへかはらねば、
「待ちけりな むかしもこえし 宮路山 おなじ時雨の め...
山のすそのに竹のある所に、かややのひとつ見ゆる、いかにし...
「ぬしやたれ 山のすそ野に 宿しめて あたりさびしき ...
日は入りはてゝ、なほものゝあやめもわかぬほどに、わたうど...
「住みわびて 月の都を いでしかど うき身はなれぬ あ...
とぞ思ひつゞくる。供なる人、有明の月さへ笠きたりといふを...
「たび人の おなじみちにや 出でつらむ 笠うちきたる ...
たかしの山もこえつ。海見ゆるほど、いとおもしろし。浦風あ...
「わがためや 浪もたかしの 濱ならむ 袖のみなとの な...
いとしろき洲崎にくろき鳥のむれ居たるは、うといふ鳥なりけ...
「しら濱に すみの色なる しまつ鳥 ふでもおよばゞ ゑ...
濱名の橋より見わたせば、かもめといふ鳥、いとおほく飛びち...
「かもめゐる 洲崎の岩も よそならず 浪のかけこす そ...
こよひは、ひくまのしゅくといふ所にとゞまる。こゝのおほか...
「濱松の かはらぬかげを たづねきて 見し人なみに む...
その世に見し人のこうまごなど、よび出でゝあひしらふ。
廿三日、てんりうのわたりといふ舟に乘るに、西行がむかしも...
「水のあわの うき世にわたる ほどを見よ はや瀬の小舟...
こよひは、とをつあふみ見つけのこふといふ所にとゞまる。里...
「たれか來て みつけの里と 聞くからに いとゞたびねの...
廿四日、ひるになりて、さやの中山こゆ。ことのまゝとかやい...
「こえくらす ふもとの里の ゆふやみに まつかぜおくる...
あかつきおきて見れば、月もいでにけり。
「雲かゝる さやのなか山 こえぬとは みやこに告げよ ...
川音いとすごし。
「渡らむと おもひやかけし あづま路に ありとばかりは...
廿五日、菊川を出でゝ、けふは大井河といふ河をわたる。水い...
「思ひいづる みやこのことは おほゐ河 いく瀬の石の ...
うつの山こゆるほどにしも、あざりの見知りたる山ぶし行き逢...
「我がこゝろ うつゝともなし うつの山 夢にも遠き む...
つたかへで しぐれぬひまも うつの山 なみだに袖の ...
こよひは、手越といふ所にとゞまる。なにがしの僧正とかやの...
廿六日、わらしな河とかや渡りて、息津の濱にうち出づ。「な...
「なほざりに みるめばかりを かり枕 むすびおきつと ...
暮れかゝるほど清見が關を過ぐ。岩こす浪の、白ききぬをうち...
「きよみがた 年ふる岩に こととはむ 浪のぬれぎぬ い...
ほどなく暮れて、そのわたりの海【浦イ】近き里にとゞまりぬ...
「ならはずよ よそにきゝこし 清見潟 あらいそ浪の か...
富士の山を見れば煙もたゝず。むかし父の朝臣にさそはれて、...
「たが方に なびきはてゝか 富士のねの 煙のすゑの 見...
古今の序のことばまで思ひ出でられて、
「いつの世の ふもとの塵か 富士のねを 雪さへたかき ...
くちはてし ながらの橋を つくらばや 富士の煙も た...
今宵は、波の上といふ所にやどりて、あれたる昔、更に目もあ...
廿七日、明はなれて、後富士川わたる。朝川いとさむし。かぞ...
「さえわびぬ 雪よりおろす 富士川の かは風こほる ふ...
けふは、日いとうらゝかにて、田子の浦にうち出づ。あまども...
「心から おりたつ田子の あまごろも ほさぬうらみと ...
とぞ言はまほしき。伊豆の國府といふ所にとゞまる。いまだ夕...
「あはれとや 三島の神の 宮ばしら たゞこゝにしも め...
おのづから つたへしあとも あるものを 神は知るらむ...
尋ねきて わが越えかゝる 筥根路を 山のかひある し...
廿八日、伊豆のこふを出でゝ、はこねぢにかゝる。いまだ夜深...
「たまくしげ はこねの山を いそげども なほ明けがたき...
あしがら山は道遠しとて、箱根路にかゝるなりけり。
「ゆかしさよ そなたの雲を そばたてゝ よそになしぬる...
いとさかしき山をくだる。人の足もとゞまりがたし。湯坂とぞ...
「あづまぢの 湯坂を越えて 見わたせば しほ木ながるゝ...
湯坂より浦にいでゝ、日暮れかゝるにとまるべきところ遠し。...
「あまの住む その里の名も しらなみの よするなぎさに...
まりこ河といふ河を、いと暗くてたどり渡る。こよひはさかは...
廿九日、さかはを出でゝ、はまぢをはるばると行く。明けはな...
「浦路ゆく こゝろぼそさを 浪間より いでゝ知らする ...
なぎさによせかへる浪のうへにきりたちて、あまたありつるつ...
「あま小舟 こぎ行くかたを 見せじとや 浪にたちそふ ...
都遠くへだゝりはてぬるも、なほ夢のこゝちして、
「立ちはなれ 世もうき浪は かけもせじ むかしの人の ...
あづまにて住む所は、月影のやつ【極樂寺地内】とぞいふなる...
「たびごろも なみだをそへて うつの山 しぐれぬひまも...
ゆくりなく あくがれ出でし いざよひの 月やおくれぬ...
都を出でしことは、神無月十六日なりしかば、いざよふ月をお...
「めぐりあふ 末をぞたのむ ゆくりなく 空にうかれし ...
さきのうひゃうゑのかみ【爲教】の御むすめ、哥よむ人にて、...
「はるばると 思ひこそやれ たび衣 なみだしぐるゝ ほ...
かへりごとに、
「おもひやれ 露もしぐれも ひとつにて 山路わけこし ...
このせうとのためかぬの君も、おなじさまに、おぼつかなさな...
「ふるさとは しぐれに立ちし たびごろも 雪にやいとゞ...
かへし、
「たびごろも うら風さえて かみな月 しぐるゝ雲【空イ...
式乾門院【利子】のみくしげどのと聞ゆるは、こがの大政大臣...
「消えかへり ながむる空も かきくれて ほどは雲ゐぞ ...
など聞えたりしを、立ちかへりその御返り事たよりあらばとこ...
ひとかたに 袖やぬれまし たび衣 たつ日をきかぬ う...
さてもそれより雪になりゆくと、おしはかりの御返り事は、
「かきくらし 雪ふる空の ながめにも ほどは雲ゐの あ...
とあれば、このたびは又、立つ日をしらぬとある、御返しばか...
「心から なにうらむらむ たびごろも たつ日をだにも ...
あかつきたよりありと聞きて、よもすがら起きゐて、都の文ど...
「夜もすがら なみだも文も かきあへず いそこす風に ...
又おなじさまにて、ふるさとには戀ひしのぶおとうとの尼うへ...
「いたづらに めかりしほやく すさびにも 戀しやなれし...
ほど經て、このおとゞひふたりのかへりごと、いとあはれにて...
「たまづさを 見るに涙の かゝるかな いそこす風は き...
この姉君は、中のゐんの中將ときこえし人のうへなり。今は三...
「もろともに めかり鹽やく 浦ならば なかなか袖に な...
この人も安嘉門院にさぶらひしなり。つゝましくすることゞも...
「おぼろなる 月はみやこの 空ながら まだ聞かざりし ...
などそこはかとなき事どもをかききこえたりしを、たしかなる...
「ねられじな 都の月を 身にそへて なれぬまくらの な...
權中納言【爲教女】の君は、まぎるゝことなく歌をよみたまふ...
「いかにして しばし都を わすれ貝 なみのひまなく わ...
知らざりし うらやま風も 梅が香は みやこに似たる ...
はなぐもり ながめてわたる 浦風に かすみたゞよふ ...
あづまぢの 磯やま風の たえまより なみさへ花の お...
みやこ人 おもひも出でば あづまぢの 花やいかにと ...
など、たゞふでにまかせて思ふまゝに、いそぎたるつかひとて...
「頼むぞよ しほひにひろふ うつせ貝 かひある浪の 立...
くらべ見よ 霞のうちの はるの月 晴れぬこゝろは お...
しら浪の いろもひとつに ちる花を 思ひやるさへ お...
あづまぢの さくらを見ても 忘れずば みやこの花を ...
やよひの末つかた、わかわかしきわらはやみにや、日まぜにお...
「いたづらに あまの鹽やく けぶりとも 誰かは見まし ...
と聞えたりしを、おどろきてかへりごととくし給へり、
「消えもせじ 和歌の浦ぢに 年をへて 光をそふる あま...
御經のしるし、いとたふとくて、
「たのもしな 身にそふ友と なりにけり たへなるのりの...
うづきのはじめつ方たよりあれば、又おなじ人の御もとへ、「...
「見し世こそ かはらざるらめ 暮れはてゝ 春より夏に ...
夏ごろも はやたちかへて みやこ人 いまや待つらむ ...
そのかへりごと又あり、
「草も木も こぞ見しまゝに かはらねど ありしにも似ぬ...
さてほとゝぎすの御たづねこそ、
人よりも 心つくして ほとゝぎす たゞひとこゑを け...
さねかたの中將の、五月まで時鳥きかで、みちのくにより、都...
「しのびねは ひきのやつなる ほとゝぎす 雲ゐに高く ...
などひとり思へどもそのかひもなし。もとよりあづまぢは、み...
「いかばかり 子を思ふつるの とびわかれ ならはぬ旅の...
と文のことばにつゞけて哥のやうにもあらず書きなし給へるも...
「それゆゑに とび別れても あしたづの 子を思ふかたは...
ときこゆ。そのついでに、故入道大納言【爲家】、草のまくら...
「都まで かたるもとほし おもひねに しのぶむかしの ...
はかなしや たびねの夢に まよひ來て さむれば見えぬ...
など書きて奉りしを、又あながちにたより尋ねて、かへりごと...
「あづまぢの 草のまくらは とほけれど かたれば近き ...
いづくより 旅ねのゆかに かよふらむ 思ひおきつる ...
などのたまへり。夏のほどは、あやしきまでおとづれもたえて...
「こゝろのみ へだてずとても 旅ごろも 山ぢかさなる ...
とある哥を見るに、旅のそらを思ひおこせてよまれたるにこそ...
「戀ひしのぶ こゝろやたぐふ あさ夕に ゆきてはかへる...
又おなじたびの題にて、
「かりそめの 草のまくらの よなよなを 思ひやるにも ...
とある所にも、又かへりごとをぞかきそへたる、
「秋ふかき 草のまくらに 我ぞなく ふりすてゝこし す...
又この五十首の歌のおくに、ことばをかきそふ。おほかた歌の...
「これを見ば いかばかりかと 思ひつる 人にかはりて ...
と書きつく。侍從の弟爲守の君のもとよりも、三十首の歌をお...
「立ち別れ 富士のけぶりを 見てもなほ 心ぼそさの い...
又これも返しをかきつく、
「かりそめに 立ちわかれても 子を思ふ おもひを富士の...
また權中納言の君、こまやかに文かきて、「くだり給ひし後は...
「あづまぢの 空なつかしき かたみだに 忍ぶなみだに ...
この御返り事「これもふるさとの戀しさ」などかきて、
「かよふらし みやこの外の 月見ても 空なつかしき お...
都の歌どもこののち多くつもりたり。又かきつくべし。
「しきしまや やまとのくには あめつちの ひらけはじめ...
ながゝれと あさゆふいのる 君が代を やまとことばに ...
十六夜日記終
RIGHT:国文大観
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