海道記
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*鴨長明海道記 [#tdaabb76]
[[鴨長明]]
http://jti.lib.virginia.edu/japanese/kaidoki/index.html
http://dbrec.nijl.ac.jp/KTG_W_17152
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2539928 寛文版
// 白川のわたり、中山の麓に、閑素幽栖のわびびとあり、性...
// なければ、能を拾ひ芸を容るるにたるべからず。身運ばもと...
// ければ、報を恥ぢ命をかへりみて恨を重煩るに処なく、徒に...
// 蝦募となりて、身を浮き單によせて力なぎねをのみ担き、空...
// 谷の埋れ木として、意の樹、花たえたり。惜しからぬ命のさ...
// 惜しければ、投身の淵は胸の底に浅し。存しがひなき心は、...
// ひに存したれば、断腸の妹は愁ひの中にしげる。春はわらび...
// て、臨める飢を支ふ、伯夷が賢にあらざれば人もとがめず。...
// の実を拾ひて貧しき病をいやす、華民が薬もいまだ飢ゑたる...
// せず。九夏三伏の汗はのごひて苦しからず、手の中に扇あれ...
// 招くにいと安し。玄冬素雪の嵐は凌ぐにあたばず、身の上に...
// れば寒を防ぐにすべなし。窓の螢も集めざれば目は暗きが姑...
// を見てか志を養はん。樽の酒も酌むことを得ざれば心は常に...
// り、如何か憂ひを忘れんや。
// しかるあひだ、逝く水はやく流れて生涯は崩れなんとす、...
// んとすれどもとどまらず、五旬の齢の流車、坂にくだる。朝...
// 暮に馳す、日月の廻りの駿駒、隙を過ぐ。鏡の影に向ひゐて...
// 翁に恥ぢ、げ浪ぎを取りて白糸にあはれむ。これによりて頭...
// は、頻りにおどろかす老を告ぐる鶴、賓のほとりには、早く...
// 霜を厭ふ華。鶴に驚き霜を厭ふ志たちまちにもよほして、僧...
// 仏に帰する念ひやうやくに発す。名利は身に寄せつ、穏林に...
// なば覚樹の木の実ば熟するを期すべし。膵羅は肩に結べり、...
// 色染みなば衣裏の珠は悟ることを得つべし。旦暮の露の身は...
// 蔭、草おくところあれども、朝の霞は、望たえて天を仰ぐに...
// 世を厭ふ道は貧しき道より出でたれども、仏を念ずる思ひは...
// おこたる。四聖の無為を契りしも一聖なほ頭陀の路にとどま...
// ひとへに已が有為を厭ふ、貧しぎ已、いよいよ坐禅の窓にい...
// し。然して曹謄淋酒も人を酔せて由なし、子牢が穎は心に貯...
// を楽とせり。驚眼なげれども天命の道に杖っきて歩をたすく...
// かげたれども地恩の水に口すすぎて渇をうるほす。空腹一杯...
// 飢ゑてすすれば余りの昧あり、薄紙百綴の衿、寒に着たれば...
// むるに足れり。桧の木笠をかぶりて装ひとす、出家の身。藁...
// んで駕とす、遁世の道。
// そもそも相模の国鎌倉の郡は下界の麁渋苑、天朝の築塩州...
// 武醤の林をなす万栄の花万にひらげ、勇士の道に栄えたり。...
// 柳ももたびあたる。弓は暁の月に似たり、一張そばだちて胸...
// 剣は秋の霜の如し、三尺たれて腰すずし。勝闘の一陣には爪...
// して憲をここに伏す。猛豪の三兵は手にしたがへて互に雄称...
// 文、威、いつくしくして梟鳥敢へてかげらず、誅籔、罪、き...
// して虎狼ながく絶えたり。この故に、一朝の春の梢は東風に...
// れて恵をまし、四海の潮の音は東日に照されて波をすませり...
// 臣妾の往還する多くの駅の道、隣をしめ、朝儀国務の理乱は...
// の機、かたかたに織りなす。羊質、耳のほかに聞きをなして...
// わたれり、舌の端に雇をして幾目をか送るや。心船いつはり...
// に漕ぐ、いまだ海道万里の波に樟ささず。意馬あらましに馳...
// 山千程の雲に鞭うたず。今すなばち芳縁に乗りて俄かに独身...
// を企つ。
// 貞応二年卯月の上旬、五更に都を出でて一朝に旅に立つ。...
// 住みわびて厭ひし宿なれど、今日はたちわかるれば、なごり...
// おぼえて暫くやすらへども、鐘の声、明けゆげば、あへずし...
// ぬ。
// 莱田口の堀道を南にかいたをりて、逢坂山にかかれば九...
// は北の方に隠れぬ。松坂を下りに松をともして過ぎゆけば、...
// 原のわたりは、しののめに通り煩。小関を打越えて大津の浦...
// て行く。関寺の門を左に顧みれば、金剛カ士盆怒のいかり眼...
// し、勢多の橋を東に渡れば、白浪みなぎり落ちて、流鶉の流...
// をひやす。湖上に船を望めば、心、興に乗り、野庭に馬をい...
// 手、鞭をかなづ。
// やうやくに行くほどに都も遙かに隔り煩。前途、林幽かな...
// づかに舞梢に見る。後路、山さかりて、ただ白雲跡をうづむ...
// して斜陽影くれて暗雨しぎりに笠にかかる。袖をしぼりて初...
// のあはれを知り煩。その間、山館に臥して露より出で、暁の...
// 請たり。水沢に宿して風より立つ、夕の懐、悠々たり。松あ...
// あり、煙は高卑千巌の路を埋み、水に臨みて又水に臨む、波...
// 長堤の汀に畳む。浜名の橋の橋のもとには、思ふ事を誓ひて...
// べ、清見が関の関屋には、飽かぬなごりをとどめて歩みを運...
// 士の高峯に煙を望めば、臘雪宿して雲ひとり咽び、宇都の山...
// をたづぬれば、昔のあと夢にして、風の音おどろかす。木々...
// は、下ごとに翠帳をたれて行客の苦みをいこへ、夜々の泊に...
// とに菰枕を結びて旅人の眠りをたすく。行々として重ねて行...
// り、山水野塘の興、壮観をまし、歴々として更に歴々たり、...
// 邑の感、長命なり。
// この道は、もし四道の間に逸興のすぐれたるか、はた又、...
// 斗藪の今の旅始なればか。過ぎ馴れたる旧客なほ眺めをなほ...
// せず、況んや一往の新賓なれば感思おさへ淋たし。感思の中...
// の交はることあり、母儀の老いて又幼き、都にとどめて不定...
// を契りおく。無状がな、愚子が体たらく、浮雲に身を乗せて...
// に迷ひ、朝露を命にて風のだよりにただよふ。道を同じうす...
// みな我を知らざる客なり、語を親睨に契りて、いづちか別れ...
// する。長途につかれて十日余り、窮屈しきりに身を責む。湯...
// に至りて一時半優息、しばらく心をゆるぶ。時に洋実西に沈...
// 里を忍びて後会を期し、桂華東に開く、外郷に向ひて中懐を...
// す。よつて三十一字をつづりて千思万憶、旅の志をのべつ。...
// これ、文をもつてさぎとせず、歌をもつてもととせず、ただ...
// かれて物のあはれを記するのみなり。外見の処にそのあざげ...
// るせ。
// 四月四日、暁、都を出づ。朝より雨にあひて勢田の橋のこ...
// 暫くとどまりて、あさましくて行く。今日明日とも知らぬ老...
// り思ひおぎて伊けば、
// 思ひおく人にあふみの契あらば
// 今かへりこん勢田の畏みち
// 橋のわたりより雨まさりて、野径の道芝、露ことに深し。八...
// をすぐれば行人互に身をそばめ、一邑の里を通れば奇犬しき...
// を吠ゆ。今日しも習はぬ旅の空に雨さへいたく降りて、いつ...
// のうちもかきくもるやうにおぼえて、
// 旅ごろもまだ着もなれ煩袖の上に
// ぬるべきものと雨はふりぎぬ
// 田中うちすぎ民宅うちすぎて遙々とゆけば、農夫ならび立...
// 田をうつ声、行雁の鳴きわたるが姑し。(田を打つ蒔はなら...
// じく錫をあげて歌をうたひてうっなり)卑女うちむれて前田...
// む、思はぬしづくに袖を煩らす。そともの小川には河添柳に...
// て鷺の蓑毛うちなびき、竹の編戸の垣根には卯の花さきすさ...
// ほととぎす忍びなく。かくて三上の嶽を眺めて八洲川を渡る。
// いかにしてすむ八洲川の水ならむ
// 世わたるばかり苦しきやある
// 若椙といふ処をすぎて横田山を通る。この山は白楡の影に...
// れて緑林の人をしぎる処とぎこゆれば、益なくおぼえていそ...
// はやすぎよ人の心も横田山
// みどりの林かげにかくれて
// 夜景に大岳といふ処に泊る。年ごろうちかなば煩有様に思ひ...
// て髪をおろしたれば、いつしかかかる旅寝するもあはれにて...
// 腫山草庵の夜雨は、情ある事を楽天の詩に感じ、この大岳の...
// の夜雨には、心なき事を貧道が歌に恥づ。
// 墨染のころもかたしき旅寝しつ
// いつしか家を出づるしるしに
// 五目、大岳を立ちて遙かに行けば、内の白川、外の白川と...
// をすぎて鈴鹿山にかかる。山中よりは伊勢の国に移りぬ。重...
// さかしく、越伊れば即ち千丈の屏風いよいよしげく、峯には...
// たがたに調へて茜康が姿しきりに舞ひ、林には葉花まれに残...
// 人の錦わづかに散りぼふ。これのみに非ず、山姫の夏の衣は...
// に染めかげ、樹神のこだまば谷の鳥に答ふ。羊陽、坂きびし...
// 篤馬、石に足なへぐ。すべてこの山は、一山中に数山をへだ...
// 千巌の嶺、眼にさばり、一河の流れ、百瀬に流れて、衆客の...
// 是をひたせり。山かさなり、江かさなれば、当路にありとい...
// 万里の行程は半ばにも至らず。
// 鈴鹿川ふるさと遼く行く水に
// ぬれていくせの浪をわたらん
// 薄暮に鈴鹿の関屋にとまる。上弦の月、峯にかかり、虚弓...
// らに帰雁の路に残る。下流の水、谷に落つ、奔箭すみやかに...
// に似たる石にあたる。ここに旅駅やうやくに夜をかさねて、...
// 縁の單に結び、雲衣、暁さむし、蒲を岩根の苔にしく。松は...
// 徳を垂れて天の如く覆へども、竹は吾友の号あれは陰に臥し...
// 明かす。
// 鈴鹿山さしてふるさと思ひ寝の
// 夢路のすゑに都をぞとふ
// 六目、孟嘗君が五馬の客にあらざれば、函谷の鶏の後、夜...
// して立つ。山中なかば過ぎてやうやう下れば、巌扉削りなせ...
// 者のすみか静かにして楽しみ、澗水掘り流す、知者のみぎり...
// も豊かなり。かくて邑里に出でて田中の畔を通れば、左に見...
// 見る。立田眇々たり。或は耕し、或は耕さず。水苗処々。し...
// ならず、池溝かたがたに掘りて、水をおのがひきひきに論じ...
// あぜを並べて苗を我松とりどりに植ゑたり。民烟の煙は父君...
// 恩火よりにぎはひ、王道の徳は子民稼稜の土器より開けたり...
// はもとより稲穀を護りて夏の雨を降し、電光はかねてより九...
// みて三秋を待つ。東作の業、力を励ます、西収の税、たのも...
// ゆ。劉寛が刑を忘れたり、蒲鞭さだめて螢となり煩らん。
// 苗代の水にうつりて見陣るかな
// 稲葉の雲の秋のおもかげ
// 日かずふるままに故郷も恋しく、たちかへり過ぎぬる跡を見...
// 何れか山、何れか水、雲よりほかに見ゆるものなし。朝に出...
// 入る。東西を日光に弁ふといへども、暮るれば泊り明くれば...
// 厨夜を露命に論ぜんことは難し。おのづから歩を拾ひて万歩...
// ば、遠近かぎりありて往還期しつべし。ただ憐れむ、遙かに...
// 中路に出でて前後の念に労することを。
// ふるさとを山のいくへに隔てき煩
// 都の空をうづむしらくも
// 夜陰に市腋といふ処に泊る◎前を見おろせば、海さし入り...
// 伯の民、潮にやしなばれ、後に見あぐれば、峯そばだちて、...
// 髪、風にくしけづる。磐をうつ夜の浪は千光の火を出だし ...
// 潮は夜水をうてば火の散る様にひかるなり)かかなく暁の騒...
// 破る。ここに泊りて心はひとり澄めども、明けゆげば友にひ...
// 打出でぬ。
// 松が根の岩しく磯の浪枕
// ふしなれてもや袖にかからん
// 七日、市腋をたちて津島のわたりといふ処、舟にて下れば...
// 若葉、青みわたりて、つなが煩駒も立ちはなれず。菱の浮葉...
// かくれども、つれなき蛙はさわぐげもなし。取りこす樟の...
// 袖にかかりたれば、
// さして物を思ふとなしにみなれざを
// みなれぬなみに袖はぬらしっ
// 渡りはつれば尾張の国に移り煩。片岡には朝目の影うちに...
// 焼野の單に雑なきあがり、小篠が原に駒あれて、なづみし気...
// きかへて見ゆ。見ればまた園の中に桑あり、桑の下に宅あり...
// は蓬頭なる女、蚕賛に向ひて蚕養をいとなみ、園には演倒た...
// 鋤をついて農業をつとむ。おほかた禿なる小童部といへども...
// 習ふ心なく、ただ是をひぢりこにする思のみあり。わかくし...
// 業をならふ有様、あはれにこそおぼゆれ。げに父兄の教へ、...
// まざれども、至孝の志、おのづからあひなるものか。
// 山田うつ卯月になれば夏引の
// いとけなき子も是ひちにげり
// 幽月、影あらばれて旅店に人定まりぬれば、草の枕をしめ...
// の宿に泊りぬ。
// 八日、萱津を立ちて鳴海の浦に来煩。熱田の寓の御前を過...
// 示現利生の垂跡に脆いて一心再拝の謹啓に頭をかたぶく。し...
// く鳥居に向ひて阿字門を観ずれば、権現のみぎり、ひそかに...
// 都にうつる。それ土木霜旧りて、瓦の上の松風、天に吹くと...
// も、霊験目に新たにして、人中の心華春の如くに開く。しか...
// らず、林梢の枝を垂るる、幡蓋を社棟の上におほひ、金玉の...
// うつ、厳錦を神殿の面にみがく。かの和光同塵の縁は今日結...
// びを合むといへども、八相成道の終りは来際を限るに期なき...
// 悲しむ。羊質未参の後悔に向前の恨みあり、後参の未来に向...
// のみなし。願はくは今日の捧参をもつて必ず当生の良縁とせ...
// 次の便詣なりといふ事なかれ、これ機感の相叶ふ時なり。光...
// るは冥を導く誓なり。明神さだめてその名におへ給はば、長...
// 暁は神にたのみあるものをや。
// 光とづる夜の天の戸はやあげよ
// 朝日こひしき四方の空みん
// この浦を遙かにすぐれば、朝には入潮にて魚にあらずば泳...
// らず。風は潮干潟、馬を早めて急き行く。酉天は浜海、漫々...
// 雲水蒼々たり。申上には一葉の舟かすかに飛ひて白日の空に...
// る。かの侯男の舟のうちにしてなどや老いにけん、蓬衆島は...
// も、不死の薬は取らずとも、波上の遊興は、一生の歓会、こ...
// の術にあらずや。
// 思ぜじと心を常にやる人ぞ
// 名をきく島の薬をもとる
// なほこの干潟を行けば、小蟹ども、おのが穴々より出でて...
// き遊ぶ。人馬の足にあわてて、横に跳り平に走りて、おのが...
// 逃げ入るを見れば、足の下にふまれて死ぬべきは、外なる穴...
// 行きて命を生き、外におそれなぎは、足の下なる穴へ走り来...
// まれて死にぬ。憐むべし、煩悩は家の犬のみならず、愛着は...
// も深ぎことを。これを見て、はかなく思ふ我等は、かしこし...
// 生死の家に着する心は、蟹にもまさりて、はかなきものか。
// 誰もいかにみるめあはれとよる波の
// ただよふ浦にまよひ来にげり
// 山かさなり又かさなり煩、河へだたりて又へだたり煩。ひ...
// 里を別れて遙かに新路に赴く、知らず、いづれの日か故郷に...
// ’影を並べて行く道づれば多くあれども、志は必ずしも同じ...
// 心に運する気色は、友をそむくに似たれども、境にふるる物...
// れば、心なき身にもさすがに覚えて、屈原が沢にさまよひて...
// あざけりに恥ぢ、楊岐が路に泣きて騒人の恨みをいだきけん...
// の譬にはあらねども、逆旅にして友なきあはれには、なにと...
// 細きそらに思ひしられて、
// 露の身をおくべき山の陰やなぎ
// やすき草葉もあらし吹きつつ
// 潮見坂といふ処をのぼれば、呉山の長坂にあらずとも、周行...
// 息はたへず。歩を通して長き道にすすめば、宮道、二村の山...
// かにすぐ。山はいづれも山なれども、優輿はこの山に秀いで...
// いづれも松なれども、木立はこの松につくれり。翠を合む風...
// に雨を聞くといへども、雲に舞ふ鶴の声、晴れの空を知る。...
// 々、汝は千年の操あれは面がはりせじ、再征々々、我は一時...
// れば後見を期し難し。
// 今日すぎぬ帰らば又よ二村の
// やま煩なごりの松の下道
// 山中に堺川あり、身は河上に浮びてひとり漢れども、影は...
// 沈みて我と二人ゆく。
// かくて参河の国に至り煩。雑鯉鮒が馬場をすぎて数里の野...
// くれば、一両の橋を名づけて八橋といふ。砂に眠る鴛鷺は夏...
// て去り、水に立てる杜若は時を迎へて開きたり。花は昔の花...
// 変らず咲き鐵らん、橋も同じ橋なれども、いくたび造りかへ...
// 相如、世を恨みしは、肥馬に乗りて昇仙に帰り、〔陶士〕身...
// 窮鳥に類してこの橋を渡る。八橋よ八橋、くもでに物思ふ人...
// 過ぎきや、橋柱よ橋柱、おのれも朽ち浪るか、空しく朽ち浪...
// 今も又すぎ煩。
// 住みわびてすぐる三河の八橋を
// 心ゆきてもたちかへらばや
// この橋の上に、思ふことをちかひて打渡れば、何となく心...
// やうにおぼえて、遙かにすぐれば、宮橋といふ処あり。数双...
// 板は朽ちて跡なし、八本の柱は残りて溝にあり。心中に昔を...
// 言の端に今をしるす。
// 宮橋の残る柱にこととはん
// くちて幾世かたえわたり娘る
// 今日の泊をきけば、前程なほ遠しといへども、暮の空を望...
// 斜脚すでに酉金に近づく。日の入るほどに、矢矧の宿におち...
// 九目、矢矧を立ちて赤坂の宿をすぐ。昔この宿の遊君、花...
// こまやかに、蘭質、秋かうばしぎ者あり。顔を潘安仁が弟妹...
// て、契を参州吏の妻妾に結べり。妾は良人に先だちて世を早...
// 良人は妾におくれて家を出づ。知らず、利生菩薩の化現して...
// げるか、また知らず、円通大師の発心して妾を救へるか。互...
// 識、大いなる因縁あり。かの旧室妬か呪咀に捧て舞、悪怨、...
// て善教の礼をなし、異域朝の軽融に、鼻酸、持鉢、たちまち...
// の徳に飛ふ。巨窟に名をあげ、本朝に誉れをとどむるぱ、上...
// 貴し。誰かいはん、初発心の道に入るひじりなりとは。これ...
// 来の仏の、世に出でて、人を化するにあらずや。行く行く昔...
// て、猶々今にあはれむ。
// いかにしてうつつの道を契らまし
// 夢おどろかす君なかりせば
// かくて本野が原を過ぐれば、ものうかりし蕨は、春の心お...
// りて人も折らず、手をおのれがほどろと開け、草わかき萩の...
// 秋の色うとけれども、分けゆく駒は鹿の毛に見ゆ。時に日烏...
// かくれて、月、星麗にあらばなれば、明暁を早めて蓬河の宿...
// ぬ。深夜に立出でて見れば、この川は流ひろく、水深くして...
// とに豊かなる渡りなり。川の石瀬に落つる波の音は、月の光...
// たり。河辺にすぐる風のひびきは、夜の色さやけく、まだ見...
// のすみかには、月よりほかに眺めなれたるものなし。
// 知る人もなぎさに波のよるのみぞ
// なれにし月のかげばさしくる
// 十目、豊河を立ちて、野くれ里くれ遙々とすぐる峯野の原...
// 処あり。日は野草の露より出でて若木の枝に昇らず。雲は嶺...
// に晴れて山の色、天と一つに染めたり。遼望の感、心情つな...
// し。
// 山のはば露より底にうづもれて
// 野末の單にあくるしののめ
// やがて高志山にかかりぬ。岩角をふみて火敵坂を打過ぐれ...
// 野が原に草の葉萌えいでて、梢の色、煙をあぐ。この林地を...
// 行けば、山中に堺川あり。これより遠江の国にうつり浪。
// くだるさへ高しといへばいかがせん
// のぼらん旅のあづまぢの山
// この山の腰を南に下りて遙かに見くだせば、青海浪々とし...
// 沈々たり。海上の眺望はここに勝れたり。やうやうに山脚に...
// 匿空のごとくに掘り入りたる谷に道あり。身をそばめ声を合...
// る。下りはつれば、北は韓康独往のすみか、花の色、夏の望...
// く、南は花蟲扁舟の泊り、浪の声、夕べの聞きに楽しむ。塩...
// 薄ぎ煙、廃然となびきて、中天の雲、庁々たり。浜膠にはあ...
// 潮潟焉とたまりて、数条の畝、聴々たり。浪によるみるめば...
// れども黒白をわぎまへ、白洲に立てる鷺は心あれども、毛、...
// にまどへり。優興にとどめられて暫く立てれば、この浦の景...
// ひそかに行人の心をかどふ。
// ゆきすぐる袖も塩屋の夕煙
// たつとてあまの淋しとや見煩
// 夕陽の景の中に橋本の宿に泊る。竃海、南にたたへて遊興...
// ゆく舟に乗せ、駅路、東に通ぜり、誉号を浜名の橋に聞く。...
// 車西に馳せて牛漢漸くあらわれ、月輪、嶺にめぐりて、兎景...
// て幽かなり。浦に吹く松の風は、臥しも習はぬ旅の身にしみ...
// 洗ふ波の音は、聞きも馴れぬ老の耳にたつ。初更の問は、日...
// 苦しみに七編のこものむしろに夢みるといへども、深漏は、...
// 泊の珍らしきに目さめて、数双の松の下に立てり。磯もとど...
// る波は、水口かまびすしくののしれども、晴れくもりゆく月...
// の薄衣をぎて忍びやかにすぐ。釣魚の火の影は、波の底に入...
// の肝をこがし、夜舟の樟の歌は、枕の上に音づれて客の寝ざ...
// もなふ。夜もすでに明けゆげば、星の光は隠れて、宿立つ人...
// よそなる音に呼ばはれて、知らぬ友にうちつれて出づ。暫く...
// 立ちとどまりて、珍らしき渡りを興ずれば、橋の下にさしの...
// は、帰ら煩水をかべして上さまに流れ、松を払ふ風の足は、...
// えてとがむれども聞かず。大方、轟中の贈り物はここに儲け...
// 橋本やあかぬわたりと聞きしにも
// なほ過ぎかねつ松のむらだち
// 浪枕よるしく宿のなごりには
// のこして立ち煩松の浦風
// 十一日、橋本を立ちて、橋のわたりより行く行く顧りみれ...
// に白き波の声は、過ぐるなごりを呼びかべし、路に青き松の...
// 歩むもすそを引きとどむ。北にかへりみれば、湖上遙かに浮...
// 波の鍍、水の顔に老いたり。西に望めば、潮海ひろくはびこ...
// 雲の浮橋、風のたくみに渡す。水上の景色は、彼もこれも同...
// ども、潮海の淡戯は、気昧これ異なり。温の上には、波に羽...
// さご、涼しき水をあふぎ、船の中には、唐櫓おす声、秋の雁...
// めて夏のそらに行くもあり。興望は旅中にあれは、感腸しぎ...
// ぐりて、思ひ、休しがたし。
// この処を打過ぎて浜松の浦に来煩。長汀、砂ふかくして、...
// 矯るが如し。万株、松しげくして、風波、声を争ふ。見れば...
// 島、潮を呑む、呑めば即ち曲浦の曲より吐き出し、浜溝、珠...
// ゆれば則ち畳巌の畳に砕き敷く。優なるかな、艶なるかな、...
// たく忍びがたし。命あらば、いかでか喜び来りてこの浦を見...
// 波は浜松には風のうらうへに
// 立ちとまれとや吹きしぎるらん
// 林の風に送られて廻沢の宿をすぎ、遙かに見わたして行け...
// 辺には森あり、野原には津あり。岸に立てる木は枝を上にさ...
// しく生ひたれども、水にうつる影は梢をさかさまにして互に...
// り。水と木とは相生、中よしと聞けども、映る影は向背して...
// 時すでにたそがれになれば、夜の宿をとひて池田の宿に泊る。
// 十二日、池田を立ちて、暮々行けば、林野は皆同様なれど...
// ところどころ道ことなれば、見るに従ひてめづらしく、天中...
// れば、大河にて水の面三町あれは舟にて渡る。水早く、波さ...
// て、棒もえさし得ねば、大ぎなるえぶりを以て横さまに水を...
// 渡る。かの王覇が忠にあらざれば、呼他河、氷むすぶべきに...
// 張博望が牛漢の波にさかのぼりけん浮木の船、かくやと覚え...
// よしさらば身を浮木にて渡りなん
// 天つみそらの中川の水
// 上野の原を一里ばかり過ぐれば、千草万草、露の色なほ...
// 煙風音また弱し。あはれ同じくは、これ秋の旅にてあれな。
// 夏草はまだうら若き色ながら
// 秋にさきだつ野辺のおもかげ
// 山口といふ今宿をすぐれば、路は旧によりて通ぜり。野原...
// し、里村を先にし、うちかへうちかへ過ぎ陣げば、事任と申...
// 参詣す。本地をば我しらず、仏陀にぞいますらん、薩壌にも...
// らん、中丹をば神必ず憐れみ給ふべし、今身もおだやかに、...
// 為だやかに、杉の群立は三輪の山にあらずとも、恋しくは訪...
// 参らん、願はくはただ畢竟空寂の法昧を納受して、真実不虚...
// を垂れ給へ。
// 思ふことのままに叶へよ杉立てる
// 神のちかひのしるしをも見ん
// 社のうしろの小河を渡れば、小夜の中山にかかる。この山...
// くのぼれば、左も深き谷、右も深ぎ谷、一峯に長き路は堤の...
// たり。両谷の梢を目の下に見て、群鳥の韓りを足の下に聞く...
// 両片はまた山高し。この間を過ぐれば中山とは見えたり。山...
// 山、九折の道、旧きが姑し。梢は新たなる梢、千条の縁、皆...
// この処は、その名殊に問えつる処なれば、一時の程に、もも...
// 留まつて打眺め行けば、秦蓋の雨の音は、むれずして耳を...
// 匡の風のひびきは、色あらずして身にしむ。
// 分げのぼるさやの中山なかなかに
// 越えてなごりぞ苦しかりげる
// 時に鴇馬蹄つかれて日烏翅さがり煩れば、草命を養はん淋...
// 川の宿にとどまりぬ。ある家の柱に、中御門中納言(宗行卿...
// ぎつげられたり。
// 彼の南陽県の菊水、下流を汲んで齢を延ぶ、
// 此の東海道の菊河、西岸に宿りて命を終ふ。
// まことにあはれにこそ覚ゆれ。その身、累葉のかしこき枝に...
// その官は黄門の高き階に昇る。雲上の月の前には、玉の冠、...
// へ、仙洞の花の下には、錦の袖、色を争ふ。才、身に足り、...
// に余りて、時の花と匂ひしかば、人それをかざして、近ぎも...
// きも摩ぎ、かかるうき目をみんとは思ひやはよるべき。さて...
// ましや承久三年六月中旬、天下、風あれて、海内、波さかへ...
// 闘乱の乱樗は花域より飛ひて合戦の戦士は夷国より戦ふ。暴...
// を響かして、日月、光を覆はれ、軍虜、地を動かして、弓剣...
// 振ふ。その間、万歳の山の声、風忘れて枝を鳴らし、一清の...
// 波あやまつて濁りを立つ。茨山冴水の源流、高く流れて、遙...
// 海の酉に下り、卿相羽林の花の族、落ちて遠く東関の東に故...
// これのみにあらず、別離宮の月光、ところどころにうつり煩...
// を隔てて旅の空に住み、鶏籠山の竹声、かたがたに憂へたり...
// 便りを絶えて外土にさまよふ。夢かうつつか、昔も未だ聞か...
// 帳玉璃の床は主を失ひて武〔客の〕宿となり、麗水萄川の頁...
// を尽して辺民の財となりぎ。夜風戯れて衿を重ねし鴛鷺は、...
// 翼の契生きながら絶え、朝夕に教へて袖を収めし董僕も、多...
// の志、思ひながら忘れ煩。げに会者定離の習ひ、目の前に見...
// 利も首陀も変らぬ奈落の底の有様、今は哀れにこそ覚ゆれ、...
// くとも助くべき人もなし。涙を先だてて心よわく打出で煩。...
// に従ふ者は甲宵のつはもの、心を一騎の客にかく。その目に...
// は剣戟の刃、魂を寸神の胸に消す。せめて命の借しさに、か...
// つげられけむこそ、するすみなら煩袖の上もあらばれ煩へく...
// 心あらばさぞなあはれとみづくぎの
// あとかきつくる宿の旅人
// 妙井の渡りといふ処の野原をすぐ。伸呂の節に当りて、小暑...
// やうやう催せども、未だ納涼の心ならねば手にはむすばず。
// 夏ふかき清水なりせば駒とめて
// しばし涼まん曰はくれなまし
// 播豆蔵の宿をすぎて大井川を渡る。この川は中に渡り多く...
// たさかし。流を越え島を隔てて、瀬々、かたがたに分れたり...
// 道を二三里ゆけば、四望かすかにして遼情おさへがたし。時...
// 例よりもたげりて、白砂、霧の如くに立つ。笠を傾けて駿河...
// 移りぬ。前島をすぐるに波は立たねど、藤枝の市を通れば花...
// かかりたり◎
// 前島の市には波のあともなし
// みな藤枝の花にかへつつ
// 岡部の里をすぎて遙かに行けば宇津の山にかかる。この山...
// の中に山を愛するたくみの削りなせる山なり。碧岩の下には...
// して巌を立て、翠嶺の上には葉落ちてつちくれをつく。肢を...
// ひ、面を胸に抱きて漸くに登れば、汗、肩禍の膚に流れて、...
// もしといへども、懐中の扇を手に動かして徴風の抹持可なり...
// て森々たる林を分けて、峨々たる峯を越ゆれば、貴名の誉れ...
// 山に高し。おほかた遼近の木立に心もわけられて、一方なら...
// に思ひ乱れてすぐれば、朝雲、峯くらし、虎、李樗軍が住み...
// り、暮風、谷寒し、鶴、鄭太尉が跡に住む。既にして赤翌酉...
// 眼に遮るものは槍原、槙の葉、老の力ここに疲れたり。足に...
// ものは、苔の岩根、蔦の下路、瞼難に堪へず。暫く打休めば...
// 者一両客、縄床、そばに立てて又休む。
// 立ちかへる宇津の山臥ことづてん
// みやこ恋ひつつひとり越えきと
// 〔行く行く思へば、過ぎ来ぬるこのあひだの山河は、夢に見...
// うつつに見つるか。昨日とやいはん、今日とやいはん、昔を...
// へば我が身老いたり、今を昔と思へば我が心若し。古今を隔...
// のは我淋心の中懐なり。生死浬葉、猶如二昨夢一といへるも...
// れにこそ覚ゆれ。昨日すぎにし跡は今日の夢となり、今日こ...
// ぐる、明日いづれの処にして今は昨日といはん。誠にこれ、...
// る方の歳月を、夢より夢に移りぬ。昨日今日の山路は、雲よ...
// 入る。
// あすや又きのふの雲に為どろかん
// 今日はうつつのうつの山、こえ〕
// 手越の宿に泊りて足を休む。
// 十三日、手越を立ちて野辺を遙々と過ぐ。梢を見れば浅縁...
// 夏の初なりといへども、叢を望めば白露、まだぎに秋の夕べ...
// たり。北に遠ざかりて雪白き山あり、問へば甲斐の白峯とい...
// ころ聞きしところ、命あれは見つ。およそこの間、数日の心...
// 養ひて百年の齢を延べつ。かの上仏の薬は下界の為によしな...
// か。
// 惜しからぬ命なれども今日あれは
// 生きたるかひのしらねをも見つ
// 宇度浜を過ぐれば、波の音、風の声、心澄む処になん。浜...
// 南に霊地の山寺あり。四方高く晴れて四明天台の末寺なり。...
// 昌して本山中堂の儀式を張る。一乗読誦の声は十二廻の中に...
// 絶ゆることなし。安居一夏の行は、採花汲水の勤め、験を争...
// するところは中道の教法、論談を空仮の碩に決し、利すると...
// 下界衆生、帰依を遠近の境に致す。伽藍の名を聞けば久能寺...
// 行基菩薩の建立、土木、風情し。本尊の実を尋ぬれば観世音...
// 補陀落山の聖容、出現、月明らかなり。おほかた仏法興隆の...
// 数百箇歳の星漢、霜古りたり。僧侶止住の峯、三百余宇の僧...
// ゆたかなり。雲船の石神は山の腰に護りて悪障を防ぎ、天形...
// は寺門に納めて善業をなす。千手観音かの山より石舟に乗り...
// に下り給ひげり。その船善神となりて山路の大坂にいます、...
// 法と号す。かの海岸山の千眼は南方より北に下りて有縁をこ...
// ぎ、宇度浜の五品は天面を地に伝へて舞楽をこの浜に学べり...
// 稲河大夫といふ者、天人の浜松の下に楽を調へて舞ひけるを...
// 舞ひげり。天人、人の見るを見て鳥の如くに飛ひて雲にかく...
// その跡を見ければ一つの面形を落せり。大夫これを取りて...
// それより寺に舞楽を調へて法会を始行す。その大夫が子孫...
// 廿 二月十五日、常楽会とて寺中の大営なり。その後、天に...
// 雪は春の花の色、峯にとどまる、曲風は歳月の声、よつてこ...
// 過ぐれば松に雅琴あり波に鼓あり、天人の昔の楽、今聞く...
// 袖ふりし天つ乙女が羽衣の
// 面影にたつあとの白浪
// 江尻の浦を過ぐれば、青苔、石に生ひ、黒布、磯による。...
// の海、森々と波をわかして、孤帆、天にとび、北は茂松、欝...
// をたれて、一道、つらをなす。漁夫が網をひく、身を助げん...
// 身を労しぬ。遊魚の釣をのむ、命を惜みて命を滅ぼす。人い...
// の利をか得たる、魚いくばくの餌をか求むる。世を渡る思ひ...
// たばふ志、かれもこれも共に同じ。これのみかば、山に汗か...
// は、北風を負ひて暁に帰る。野に是なへぐ商客は、白露を払...
// に出づ。面々の業はまちまちなりといへども、おのおのの苦...
// これみな渡世の一事なり。
// 人、ことに走る心は変れども
// 世をすぐる道は一つなりげり
// この浦を遙かに見わたして行けば、海松は浪の上に根を離...
// 草、海月は潮の上に水にうつる影、共にこれ浮生を論じて人...
// しめたり。
// 波の上にただよふ海の月もまた
// うかれゆくとぞ我を見るらん
// 清見が関を見れば、西南は天と海と高低一つに眼を迷はし...
// は山と磯と瞼難同じく足をつまづく。磐の下には浪の花、風...
// て春の定めなく、崇の上には松の色、翠を合みて秋に恐れず...
// の浪は雲を汀にて、月のみふね、夜出でて漕ぎ、沈陸の磯...
// にて、風の便脚、あしたに過ぐ。名を得たる処、必ずしも興...
// 耳に耽る処、必ずしも目に耽らず、耳目の感、二つながら絶...
// はこの浦にあり。波に洗はれてぬれぬれ行けば、濁る心も今...
// 澄めり。むべなるかな、ここを清見と名づけたる。関屋に跡...
// ば松風むなしく答ふ。岸脚に苔を尋ぬれば橦花変じて石あり...
// のほとりに布たたみといふ処あり。むかし関守の布をとりお...
// が、積りて石になりたるといへり。
// 吹きよせよ清見浦風わすれ貝
// 拾ふなごりの名にしおはめや
// 語らばや今日みるばかり清見潟
// おぼえし袖にかかる涙は
// 海老は波を泳ぎ愚老は汀にただよふ、共に老いて腰かがま...
// は知るや生涯の浮める命、今幾ほどと。我は知らず幻中の一...
// かくて興津の浦をすぐれば、塩竈の煙かすかに立ちて海人の...
// しほれ、辺宅には小魚をさらして屋上に鱗をふげり。松の村...
// のよる色、心なき心にも、心ある人に見せまほしくて、
// ただ煩らせ行くての袖にかかる浪
// ひるまが程は浦風も吹く
// 帖が崎といふ処は、風、額々と翻りて砂をかべし、波、浪...
// れて人をしぎる。行客ここにたへ、暫くよせひく波のひまを...
// 急き通る。左はさかしぎ岡の下、岩のはざまを凌ぎゆく。右...
// なる波の上、望めば眼うげ煩へし。遙々と行くほどに、大和...
// に来て小舟の沖中にただよへるを見る。扶厳も甑帆飛ひて万...
// よりを頼みて白煙に入り、篭波動きて、千雲、夕陽を洗ひて...
// 染む。海館の中に、この処は心をのみとどめて身をばとどめ...
// 忘れじな浪のおもかげたちそひて
// すぐるな、こりの大和多の浦
// 湯居の宿をすぎて遙かに行けば千本の松原といふ処あり。...
// は極浦の波にしほれ、おぼろなる耳は長松の風に払ふ。晴天...
// は翠蓋の笠あれは袖をたまくらにす。砂浜の水には日花ちれ...
// を恨みず。行く行くあとを顧りみれば前途いよいよゆかし。
// 聞きわびぬ千々の松原ふく風の
// ひとかたならずわれしほる声
// 蒲原の宿に泊りて菅菰の上に臥せり。
// 十四日、蒲原を立ちて遙かに行けば、前路に進み先立つ賓...
// に水飼ひて後河にさがりぬ。後程にさがりたる已は野に草し...
// だ来ぬ人を先にやる。先後のあはれば行旅の習ひも思ひ知ら...
// 過ぐるほどに、富士川を渡りぬ。この川は川中によりて石を...
// 座峡の水のみ何ぞ船を覆さん、人の心はこの水よりも瞼しけ...
// 馬をたのみて打渡る。老馬、老馬、汝は智ありければ山路の...
// のみにあらず、川の底の水の心もよく知りにけり。
// 音にききし名高き山のわたりとて
// 底さへふかし富士川の水
// 浮島が原をすぐれば、名は浮島と聞ゆれども、まことは海...
// 見えず、野琵とはいひつべし。草むらあり木樹あり、遙かに...
// ば人煙庁々、絶えて又たつ。新樹、程を隔てて隣互にうとし...
// 西行の客はみな知音にあらず、村南村北の路にただ山海を見...
// 蜘のづから知る人あらばいかがせん
// うときにだにも過ぐるなごりを
// 富士の山を見れば、都にて空に聞きししるしに、半天にか...
// 群山に越えたり。峯は鳥路たり、麓は醍たり、人跡、歩み絶...
// りそびげあがる。雪は頭巾に似たり、頂に覆ひて白し。雲は...
// の如し、腰にめぐりて長し。高きことは天に階たてたり、登...
// かへつて下る。長ぎことは麓に日を経たり、過ぐる者は山を...
// 行く。温泉、頂に沸して細煙かすかに立ち、冷池、腹にたた...
// 流川をなす。まことにこの峯は、峯の上なぎ霊山なり。霊山...
// ば、定めて垂跡の権現は釈逝の本地たらんか。かの仙女が変...
// の腰を昔語りに聞き、天神の築山は松の姿を今の眺めに見る...
// の頂に泉あつて湯の如くにわくといふ。昔はこの峯に仙女つ...
// の麓に新山といふ山あり。延暦年中、天神くだりてこれをっ...
// てこの峯は、天漢の中にひいりて人衆の外に見ゆ。眼をいた...
// 立ちて、神、悦々とほれたり。
// いくとせの雪つもりてか富士の山
// いただぎ白ぎたかねなるらむ
// とひきつる富士の煙は空にきえて
// 雲にな、こりのおもかげぞたつ
// 昔採竹翁といふ者ありげり。女をかぐや姫といふ。翁が家...
// に、鴬の卵、女形にかへりて巣の中にあり。翁、養ひて子と...
// 人となりて顔よぎことたぐひなし。光ありて傍を照らす。輝...
// 両費は秋の蝉の翼、宛転たる雙蛾は遼山の色、一たび笑めば...
// なる。見聞の人はみな陽を断つ。この姫は先生に人として翁...
// はれたりげるが、天上に生れて後、宿世の恩を報ぜむとて、...
// の翁が竹に化生せるなり。憐れむべし父子の契の他生にも変...
// ことを。これよりして青竹の節の中に黄金出来して貧翁たち...
// 富人となりにげり。その間の英華の家、好色の道、月卿、光...
// 雲客、色を重ねて艶言をつくし懇懐をぬきんづ。常にかぐや...
// 屋に来会して、絃を調へ歌を詠じて遊びあひたりけり。され...
// 翁姫、難詞を結びて、よりとくる心なし。時のみかど、この...
// 聞しめして召しげれども参らざりければ、みかど、御狩の遊...
// しにて、鶯姫が竹亭に幸し給ひて、鴛の契を結び松の齢をひ...
// 翁姫、思ふところありて後日を契り申しければ、みかど、空...
// り給ひぬ。もろもろの天これを知りて、玉の枕、金の銀、い...
// なれざるさぎに、飛車を下して迎へて天に昇りぬ。関城のか...
// も雲路に益なく、猛士が力も飛行にはよしなし。時に秋のな...
// 月の光、くもりなき頃、夜半の気色、風の音づれ、物を思は...
// 物思ふべし。君の思ひ、臣の懐ひ、涙おなじく袖をうるほす...
// 雲をつなぐにつながれず、雲の色、惨々として暮の思ひ深し...
// 追へども追はれず、風の声、札々として夜の怨ながし。華氏...
// の孫枝なり、薬の君子として万人の病を癒す。鶯姫は竹林の...
// り、毒の化女として一人の心をなやます。方士が大真院を尋...
// 妃のささめき、再び唐帝の思にかへる。使臣が富士の峯に登...
// 女の別れのふみ、永く和君の情を焦せ、り。
// (翁姫、天にあがりける蒔、みかどの御契さすがに覚えて、...
// きて具して留めおきたり、その歌にいふ、
// 今はとて天の羽衣きる時ぞ
// 君をあはれと思ひ出で腹る
// みかど、これを御覧じて、忘れがたみは見るも恨めしとて...
// 青鳥を飛はして雁札を書きそへて、薬を返し給へり。その返...
// あふことの涙に浮ぶわが身には
// 死な煩薬もなににかばせん
// 使節、智計をめぐらして、天に近き処はデ」の山にしかし...
// りて焼きあげければ、薬もふみも煙にむすぼほれて空にあが...
// これよりこの嶺に恋の煙を立てたり◎よりてこの山をば不...
// しかして郡の名につきて富士と書くにや)
// 彼も仙女なり、これもまた仙女なり。共に恋しき袖に玉ちる...
// は死して去る。これは生きて去る。同じく別れて夜の衣をか...
// すべて昔も今も、顔よぎ女は国を煩け人を悩ます。っっしみ...
// ふけるべからず。
// 天つ姫こひし思ひの煙とて
// 立つやはかなき大空の雲
// 車返しといふ処を過ぐ。この処は、もし昔、蟷螂の路に当...
// 人を留めけるか。もし遊児の土城を築きて孔子の諌に答へけ...
// (昔小童部の路中に小家を造りて遊びけるに孔子の通るとて...
// そこのけと諌められけるに、小童部の曰く、車は家のある所...
// し、未だ聞かず、家の車に去ることをと。孔子これを聞きて...
// 帰りにけり)もし又勝母の里ならば曾参にあらずともいかが...
// (曾子は孝心深き人にて不孝の者の居たる所をば車を返して...
// 地なれば大行路とはいひつべし。(この道はさかしくして車...
// されども騎馬の客なれば打運れて通りぬ。
// むかしたれここに車のわづらひて
// ながえを北にかけばづしげん
// 木瀬川の宿に泊りて萱屋の下に休す。ある家の柱に、また...
// 言(宗行卿の事なり)和歌一首をよみて一筆の跡をとどめら...
// 今日すぐる身を浮島が原に来て
// つひの道をぞぎぎ定めつる
// これを見る人、心あれはみな袖をうるほす。それ北州の千...
// を知りて寿を歎く。南州の不定は期を知らずして寿を楽しむ...
// とに今日ばかりと思ひけむ心の中を推すべし。おほかたば昔...
// だにも哀れなる涙をのごふ。いかにいはんや我も人も見し世...
// れば驚かすにつきて哀れにこそ覚陣れ。さても峯の梢を払ひ...
// 響に一思はぬ谷の下草まで吹きしほれて、数ならぬ露の身も...
// なくなりてしより、かくさまよひて命を惜みて失せにし人の...
// 生げるを厭ふ身は、今までありてよそに見るこそあはれなれ...
// もこの歌の心を尋煩れば、納言、浮毘が原を過ぐるとて、物...
// かげて上る者あひたりけり。問へば按察使光親卿の憧僕、主...
// 骨を拾ひて都に帰ると泣く泣くいひげり。それを見るは身の...
// なれば、魂は生ぎてよりさこそは消えにげめ。もとより遁る...
// 知りながら、おのづから虎の口より出でて亀の毛の命もや得...
// なほ待たれげん心に、命はつひにと聞き定めて、げに浮島が...
// 我にもあらず馬の行くにまかせてこの宿に落ちつぎ煩。今日...
// の命、枕の下のきりぎりすと共に泣きあかして、かく書きと...
// 出でられげんこそ、あはれを残すのみに非ず、亡ぎあとまで...
// く見ゆれ。
// さぞなげに命もをしの剣羽に
// かかる別れを浮島が原
// 十五目、木瀬川を立つ。遇沢といふ野原をすぐ、この野、...
// も知らず、遙々と行けば、納言は、「ここにてはや暇うべし...
// えげるに、「心中に所作あり今しばし」と乞ひ請げられけれ...
// ほ遙かに過ぎ行きげん、げに羊の歩みに異ならず。心ゆぎた...
// なりとも、波の音、松の風、かかる旅の空は、いかが物あは...
// べぎに、いはんや罵蒐の路に出でて牛頭の境に帰らんとする...
// にも、都に思ひおく人々や心にかかりて、ありやなしやの言...
// にも、今ひとたび聞かまほしかりげん。されども隅田川にも...
// ば、こととふ鳥の便りだになくて、この原にて永く日の光に...
// 冥き路に立ちかくれにげり。
// 都をばいかに花人春たえて
// 東の秋の木の葉とは散る
// やがて按察使(光親卿)前左兵衛督(有雅卿)同じくこの...
// 露もとの雫とおくれ先立ちにげり。それ人、常の生なし、そ...
// 営の居なし◎これは世の習ひ、事のことわりなり。されども...
// て生を謝せば、理を演べて忍びぬべし。〔縁つきて家を別れ...
// を存じて慰み煩へし。〕別れし処は憂き処なり、都の外の荒...
// 野原の旅の道、没せし時はいまだしぎ時なり、恨を含みし憎...
// 秋天の夕の雲。まことに時の災撃の遇に逢へりといへども、...
// これ、先世の宿業の酬へる酬いなり。そもそもかの人々は、...
// を飾り、名誉聞きを飽く。君恩あくまでうるほして降る雨の...
// 人望かたがたに開けて盛なる花に似たりき。中に黄門都護は...
// 貫首として一門の間に灘をおし開き、朝の重臣として万機の...
// を調へき。誰か思ひし、天にぱかに災を降して天命を滅ぼし...
// ちまちに天をあげて地望を失はんとは。哀なるかな、入木の...
// は千年の記念に残り、帰泉の霊魂は九夜の夢に迷ひにき。さ...
// 善悪、心、強くして生死はただ限ありと思へりき。つひに十...
// して他界に移りぬ。夏の終り秋の始め、人酔ひ世濁りしその...
// 念はさもあらばあれ、南無西方弥陀観音、その時の発心な...
// らずば来迎たのみあり。これやこの人々の別れし野辺と打眺...
// ぐれば、浅茅が原に風たちて、摩く草葉に露こぼれ、無常の...
// いひながら、無漸なりける別れかな。有為の境とは思へども...
// りげる世の中かな。官位は春の夢、草の枕に永く絶え煩。栄...
// の露、苔のむしろに消えばてぬ。死して後の山路は従は煩...
// ば、おくるる恨もいかがせん。東路にひとり出でて、けやげ...
// にいざなばれ行きけん心のうちこそ哀れなれ。かの冥吏呵責...
// に、ひとり自業自得の断罪に舌をまき、この妻恩別離の跡に...
// 不意不慮の横死に涙をかく。生ぎての別れ、死にての悲み、...
// がらいかがせん。真を写してもよしなし、一生いくばくか見...
// を訪らひて足り煩へし、二世の契むなしからじ。
// 思へばなうかりし世にもあひ沢の
// 水のあわとや人の消えなん
// 今日は足柄山を越えて関下の宿に泊るべきに、日路に烏む...
// 飛ひて、林の頂に鷺ねぐらを争へば、山のこなたに竹の下と...
// に泊る。四方は高き山にて、一河、谷に流れ、嵐おちて枕を...
// 問へばこれ松の音。霜さえて袖にあり、払へばただ月の光、...
// の思ひにたへず。ひとり起きゐて残りの夜を明かす。
// 見し人に逢ふ夜の夢のなごりかな
// かげろふ月に松風のこゑ
// ふくる夜の嵐の枕ふしわびぬ
// 夢もみやこに遼ざかり来て
// ニハ目、竹の下を立ち、林の中をすぎて遙々伊げば、千東...
// 独梁にさしこえて、足柄山に手をたてて登れば、君子、松い...
// くして貴人の風、過ぐる笠をとどめ、客雲、梢に重なりて故...
// あらたに高し。朝の問は雨降りて松の風、声の虚名をあらば...
// なく、日兎、岡の東にのぼりて、雲早く駅路の天に晴れめ。...
// 川砥の昔の歌は遊君が口に伝へ、嶺の猿の夕べの鳴きは行人...
// ましむ。(むかし青墓の宿の君女この山を越えける時山神翁...
// へたり。足柄といふはこれなり)時に万恨、峯高し、木の根...
// 腰をかがめ、千里、巌さかし、苔の髪をかなぐりて脛をのの...
// 中を馬返しといふ、馬もしここにとどまりたらましかば馬鞍...
// はまし。これより相模の国に移り煩。
// 秋ならばいかに木の葉の乱れまし
// あらしぞおつる足柄の山
// 関下の宿をすぐれば、宅をならぶる住民は人をやどして主...
// 窓にうたふ君女は客をとどめて夫とす。憐れむべし千年の契...
// 一夜の夢に結び、生涯のたのしみを往還諸人の望にかく、...
// 万事の礼法ことなりといへども、草庵柴戸、一生の歓遊これ...
// 桜とて花めく山の谷ほこり
// おのが匂ひも春はひととぎ
// 路は順道なれども宿の逆川といふ処に泊る。(潮のさす時...
// に水の流るればさか川といふ)北は片岡、旧膠うちすさみて...
// 折れ青葉にまじり、南は満海、浪わぎあがりて白馬ならびわ...
// しかのみならず、前汀東西、素布を長畳の波に洗ひ、後園町...
// 袂を万茎の竹にかく。時に暮れゆく日脚は、影を遼島の松に...
// 来り宿する疎人は、契を同駅のむしろに結ぶ。かの單になつ...
// は、胡国を忍びて北風にいばへ、野に放つ休牛は、呉地にな...
// 夜の月にあへぐ。樺歌数声、舟船を明月峡のほとりによせ、...
// 曲、琵琶を簿陽江の汀に聞く。一生の思出は今夜の泊にあり。
// 行きとまる磯辺の浪のよるの月
// 旅寝のそでにまたやどせとや
// 十七目、逆川を立ちて平山をすぐ。高倉宰相中樗(範茂)...
// ふ淵にて底のみくづと沈みにげり。つらつらその昔を思へば...
// こそ覚ゆれ。日本国母の貴光をかかやかす光の末に身を照...
// 子聖皇の恩波をそそく波のしづくに家をうるほす。羽株の花...
// に開け、春にあへる匂ひ、天下に薫ばし。射山の風あたたか...
// ぐ、時にあたる響き、をちこちにふるふ。計りきや、栄木、...
//
//
// きて、その花、塵となり、逝水、ながれ速かにして、その身...
// 消えんとは。運枝の契、片枝はや折れ浪。家苑の地、跡むな...
// れり。鮒鯛のむつび一煩をならべず、他郷の水落ちて帰らず...
// ここにつき煩。この川は三泉の水口たるか。いふことなかれ...
// ろなしとは、波の声、鳴咽して哀傷をよす。
// 流れゆぎて帰ら煩水のあはれとも
// 消えにし人の跡と見ゆらん
// このついでに相尋ぬれば、一条宰相中将(信能)美濃の国遠...
// ふ処にて、露の命、風をかくしてけり。それ洛中に別れを催...
// は、家を離れし恨、いよいよ悪業の媒たりしかども、旅の路...
// をひらぎし時は、家を出づる悦、遠ぎ善縁の勧にあへり。掌...
// せ、念を正しくして魂ひとり去りにけり。臨終の儀を論ぜば...
// ともいふべし。東土には、たとひ勇士永く一期の寿木を切る...
// 酉刹には、聖衆さだめて九品の宝蓮に導き給ふらん。かの羽...
// て天關に遊びにし八座の莚、家門の塵を打払ひ、虎貢をかね...
// に走る累葉の花、芳枝の風にほころびぎ。痛ましいかな、平...
// 盛んにして未だ西天の雲に頓かざるに、寿堂の扉、永く閉ぢ...
// の地に埋む事を。花の床をなにか去りげん、跡にとまりて...
// 親族は悲めどもよしなし、旅に出でて独り死に煩。楊国忠が...
// 移りし、知らず人の恨をなすことを。平章事の遠山に滅びし...
// やりぎ身の悲み遼く合みげんことを。かの東平王の旧里を思...
// 上の風、酉に摩く、まことにさこそはと哀れにこそ覚ゆれ。
// 思ひきや都をよそに別れ路の
// 遠山のへの露ぎえんとは
// それ人の生れたるは庭に落つる木の葉の風に動くが如し。...
// ぬれば動かず。死と思ふは旅に出づる行客の宿に泊るが如し...
// に別れぬといふともかしこに生れぬ。ただ煩悩の眼のみ見ざ...
// を悲み、愚痴の心のみ知らざることを恨むべし。早く別れを...
// 人は、再会を一仏の国に約し、思を恋ひん人は、追福を九品...
// 訪ふべし。
// 今さらになに嘆くらむ末の露
// もとより消えん身とは知らずや
// 大磯の浦、小磯の浦を遙々とすぐれば、雲の橋、浪の上に...
// 鵠の渡し守、天つ空に遊ぶ。あはれ淋しぎ空かな、眺め馴れ...
// は行くらんな。
// 大磯や小磯の浦の浦風に
// 行くとも知らずかへる袖かな
// 相模川を渡りぬれば、懐島に入りて砥上の原に出づ。南の...
// やれば、波の綾、織りはへて白ぎ色をあらふ。北の原を望め...
// の緑、染めなして浅黄をさらせり。中に八松といふ処あり。...
// の蔭に立寄りて十八公の栄を感ず、
// 八松の千世ふるかげに思ひなれて
// とがみが原に色もかばらず
// 庁瀬川を渡りて江尻の海汀をすぐれば、江の中に一峯の荻...
// 山に霊社あり、江尻の大明神と申す。感験ことにあらたにし...
// 前をすぐる下り船は上分を奉る。法師は詣らずと聞けば、そ...
// 尋ぬるに、むかしこのほとりの山の山寺に禅僧ありて法華経...
// して夜を明し目を暮らす。その時、女形出で来て夜ごとに聴...
// 明くれば忽然として失せぬればその行くへを知らず。僧これ...
// みて、糸を構へてひそかにその裾につげてげり。あくる朝に...
// れば海上にひぎて彼の山に入りぬ。巌穴に入りて寵尾につぎ...
// り。神寵、現形して後、僧に恥ぢてこれを入れずといへり。...
// 現は利生の姿なり、化現せば何ぞ姿に曄からん。弘経は読誦...
// り、経を貴まば何ぞ僧を厭はんや。ふかぎ誓は海に満てり、...
// るるあと、蕊体ぱ天に知られたり、雲に響く声。されども神...
// 知るべからず。宜彌が習はしに従ひて伏し捧みて通りぬ。
// 江の島やさして潮路にあとたるる
// 神はちかひの深きなるべし
// 路の北に高き山あり。山の峯、童にて貴からずといへども...
// 石ならびゐて輿なぎにあらず。歩をおさへて石を見れば、む...
// 浪の掘りうがちたる磐どもなり。海も久しくなれば干るやら...
// ゆ。
// 腰越といふ平山のあはひを過ぐれば稲村といふ処あり。さ...
// 岩の重なりふせるはざまを伝ひ行けば、岩にあたりてさぎあ...
// 花の如くに散りかかる。
// うぎ身をば恨みて袖をぬらすとも
// さしてや波に心くだかん
// 申の斜に湯井の浜に落ちつき煩。暫く休みてこの処を見れ...
// 百艘の舟、ともづなをくさりて大津の浦に似たり。千万宇の...
// をならべて大淀のわたりにことならず。御霊の鳥居の前に日...
// して後、若宮大路より宿所につぎぬ◎月さしのぼりて、夜も...
// にふけ煩れば、思ひおきたる老人、おぼつかなく覚えて、
// 都には目を待つ人を思ひおきて
// あづまの空の月を見るかな
// 鶏鳴八声の暁、旅宿一寝の夢おどろぎて立ち出でて見れば...
// 光、屋上の酉に傾きぬ。
// 思ひやる都は酉にありあげの
// 月かたぶげばいとど恋しき
// 十八目、この宿の南の櫓には高き丸山あり。山の下に細ぎ...
// り。峯の嵐、声落ちてタベの袖をひる松べし、轡水、響そそ...
// の夢を洗ふ。年ごろゆかしかりつる処、いつしか周覧相催し...
// も、今に旅なれねば今日は空しく暮らしつ。
// 相知りたる人、一両人はべるをたのみて、物なんど申さん...
// ほどに、違ひて無ければ、いとど便りなくて、
// たのみつる人はなぎさの片し貝
// あはぬにつけて身を恨みつつ
// さらぬ人は多げれども、うとければ物いはず。その中に古...
// ひとりありて不慮の面談をとぐ。まづ往事の夢に似たること...
// みて、次に当時の昔に変ることを歎く。互に心懐をのべて暫...
// る。
// その後、立ち出でて見れば、この処の景趣は、海あり山あ...
// 木便りあり、広きにもあらず狭きにもあらず、街衝の巷は、...
// たに通ぜり。げにこれ聚をなし邑をなす、郷里、都を論じて...
// まづめづらし。豪を撰び賢を撰ぶ、門郭、しきみを並べて、...
// にぎはへり。おづおづ樗軍の貴居をかいま見れば、花堂高く...
// いて翠簾の色喜気を合み、朱欄たへに構へたり、玉御の積石...
// 淋く。春にあへる鴬の音は、好客、堂上の花にさへづり、朝...
// る寵蹄ば、参会、門前の市にいぱ陣。論ぜず、もとより春日...
// 出でたれば貴光高く照らして万人みな謄仰す。土風塵を払ふ...
// 遠くいましめて四方ことごとく聞きに恐る。何ぞいはんや、...
// 源、すみまさりて清流いよいよ遺跡をうるほし、新花、栄え...
// かに開いて紫藤はるかに万歳を契る。抽ほよそ坐制を搾帳の...
// ぐらして、懲粛を郡国の間につづめたり。しかのみならず、...
// 戸ぼそを忘れて夜の戸をおし開き、人倫は心ととのへて誇る...
// らず。憲政の至り、治まりて見陣。
// 夜の戸ものどげき宿に開くかな
// くもら煩月のさすにまかせて
// この縁辺につきて、おろおろ歴覧すれば、東南角の一道ぱ...
// の津、商買のあぎびとは百族満ちにぎはひ、東西北の三界は...
// の山、屏風の如くに立廻りて所を飾れり。南の山の麓に行き...
// 御堂、御薪堂を拝すれば、仏像烏琵の光は、襲塔、眼にかか...
// 月殿画梁の粧ひは、金銀、色を争ふ。次に東山のすそに望み...
// 堂を礼す。これは余堂に躁燦して感嘆および難し。第一第二...
// る櫓には、玉の瓦、鴛の翅を飛はし、両目両是の並び給へる...
// 金の盤、雁燈をかかげたり。おほかた、魯般、意匠を窮めて...
// の望にすずしく、毘首、手功を尽せり、発露、人の心に催ほ...
// れば又、山に曲水あり庭に怪石あり。地形の勝れたる、仙室...
// つべし。三壼に雲浮べり、七万里の浪、池辺によせ、五城に...
// だてり、十二楼の風、階の上に吹く。誤りて半目の客たり、...
// らくは七世の孫に逢はんことを。夕べに及びて西に帰り煩。...
// に登りて鳩宮に参す。緋の玉垣、霊鏡に映じて、白妙の木綿...
// 風に染めり。銀の璃は朱橿を磨き、錦のつづれば花軒にひる...
// る。しばらく法施たてまつりて瑞灘に侯すれば、神女が歌の...
// 現垂跡の隠教に叶ひ、僧侶の経の声は衆生成道の因縁を演ぶ...
// 法性の雲の上に寂光の月老いたりといへども、若宮の林の間...
// の風仰ぎて新たなり。
// 雲の上にくもらぬかげを思へども
// 雲よりしたにくもる月影
// 月の光にたたずみて、石屋堂の山の梢かすかに眺めていぶ...
// る。
// たまたまの下向なれば、遊覧の志、切々なれども、経廻わ...
// 一旬にして、上洛すでに五更になりぬれば、なごりの莚を巻...
// でなんことをいそぐ。時に入合の鐘のこゑ、うちおどろかせ...
// しと思ひつる夏の日も、今日ぱあへなく暮れぬ。一樹の蔭、...
// さからず、拾講のむつび、芳約ふかき人あり。暫く別れを惜...
// をのぶ。
// きてもとへ今日ばかりなる旅衣
// あすは都にたちかへりなん
// 返事
// たびごろもなれきて惜むな、こりには
// かへらぬ袖もうらみをぞする
// 五月の短夜、郭公の一声の間に明けなんとすれども、あやめ...
// 夜の枕、再会不定の契を結び捨てて出でぬ。
// かりふしの枕なりともあやめ草
// ひとよのちぎり思ひ忘るな
// 由井の浜をかへり行けば、浪のおもかげ立ちそひて、野にも...
// も、はなれがたき心ちして、
// 馴れにけり帰る浜賂にみつしほの
// さすがなごりにぬるる袖かな
// 人をたのみて下るほどに、頼む人、にはかに上りなんとす...
// 身を無縁の境に捨てて志を有願の道(便宜あらば善光寺へ参...
// 侍りき)にとげばやと存ずれども、花京に老いたる母あり。...
// かへりて愚子をしたひ待つ。夷郷に浮かれたる愚子は、万里...
// て母を思ひおく。斗薮の為に暇を乞ひて出でしかども、棄つ...
// 恨むらむ。無為に入るは真実の報恩なれども、有為の習ひは...
// に瞑あり。もとより思はず東邸の経廻を、今はいよいよ急く...
// 帰願。かの最後の命に遇ふことは先世の縁なれば、坐したり...
// がひなむ、たがひたりとも来りなん。ただ契の浅深によせて...
// 無にまかせたり。悲しむらくは親も老いたり子も老いたり。...
// 先立ち何れか後れん。ただ嘆くところは、母山の病木、八旬...
//
// 傾きて二房の白花いまだ開けざるに、子石の枯れたる苔、半...
// におぼれて、一滴の雫いまだ汲まざることを。朝に看、夕に...
// る志、とげずして止みなば、仏に祈り神に祈る功それ如何せ...
// 聞く、仏神は孝養の為に擁護の誓を発し、経論は報恩の為に...
// 詞を述べたり。壮齢の昔は将来をたのみて天に祈りき、衰運...
// 先報を顧りみて身を恨む。もしこれ不信の雲に覆はれて感応...
// 現はれざるか。もしこれ過去の福因を植ゑずして現在の貧果...
// るか。先報によるべくは、仏の誓、たのむや否や。誓願によ...
// ば、我が孝何ぞ空しき。信や否やともに惑ひて妄恨みだりに...
// 天眼あひなだめて憐れみを垂れ給へ、悲母の目前には中懐...
// 白髪をおろし、愚子が身上には本望を遂げて墨衣を着たるこ...
// 夢間の努は、たとひ一旦の雪に求め失ふとも、覚路の蓮は必...
// の露に開き置くらん。子養は子の志につくす、風樹は風残す...
// かれ。
// いかにせん結ぶ果をまたずして
// 秋のはばそに落つる山風
// 東国はこれ仏法の初道なれば、発心沙弥のことさらに修行...
// 方なり。この故に木方初発の因地より萌して、金刹極証の果...
// かんと思へり。観よそれ、げがらばしぎ浜路を過ぎ行くだに...
// 砂、松おもしろく見ゆ。まして極楽金縄の道こそ思ひやるも...
// けれ、銀樹七重の風、無苦の声を調へ、紫蓮千葉の露、常楽...
// 染む。功徳の池には、水煩悩の汗を洗ひ、菩提の林には、花...
// 果を結ぶ。宮殿は十方に飛ひて居乍ら過ぐるごとに利生を約...
// ずる人はみな説法集会の遊に交はりて無量の寿を延年し、来...
// 悉く見仏聞法の宝に誇りて不退の楽みに世会す。久遠世々の...
// 珍しく本覚の如来に現はれ、過去生々の妻子は、なつかしく...
// 来の菩薩にむつびたり。法喜禅悦の昧ひは口の中にみち、端...
// の飾は身の上に備へり。おほよそ三千一念の月、胸に晴れ、...
// 義空の水、心に澄めり。この故に無始来のねぶりば、夢永く...
// 六趣輪の冥は、盲眼ひらげたり。かの無上念王の故郷をしの...
// 娑婆に厚く、法蔵因位の旧臣を憐れむ志、我等に深し。これ...
// て九品覚王の善政を垂る、一念奉公の輩、しかしながら平等...
// の賞に預かり、諸大薩壌の愈議をなす、六賊重科の犯、すべ...
// 無辺の旨を奏す。七宝の高台には、四十八顧の主、五劫思惟...
// 放ちて念仏の行者を照し、二脇の片座には、三十三身の尊、...
// 誓の網をたれて苦海の沈物を救ふ。故に三世仏の済度にもれ...
// 逆の罪人も、願海不捨の船に樟さして彼岸にわたり、十方土...
// に捨てられたる比界の悪徒は、大雄超世の翅にかかりて西...
// む。あはれ、とく生れて利生の道に入らばやな。
// 浪風もみのりの声をとく聞きて
// みるめ苦しぎ海をいでばや
// 迷ひ来てまた迷ひこん仮の宿に
// 永くかへら煩道にかへらん
// 東国にさまよひ行く子あり。もとの城国を別れて仮の宿に...
// り。酉刹に尋煩る母います。あはれ、求めて彼の国に導くそ...
// います。仏は三字名号を子供に授げて三因仏性の隠れたる...
// だし、十念の来迎を最後に契りて十地証王の位に即く。信力...
// 者には他力を与へてこれを済ふ。倒れ臥したる赤子を親のい...
// 如し。念緒つよき者は願緒にすがりて自ら進む。驥〔につく...
// 里にかけるが如し。されども具縛の憂き身は一栄の肴にすす...
// て三毒の酒に酔臥し、世路の験難に疲れて仙界の正道に迷ひ...
// 子を思ふ心冥にくらまされて心仏の光を隔てたり。菩提の鹿...
// の山に隠れて、駆れどもいまだ出でず。煩悩の虎は功徳の林...
// って追へども帰らず。睡眠の閨仁は、暁の鐘の声、打驚か...
// 諸行無常の告をさとらず、遊戯の床には、暮の目、さし驚か...
// 分段有為の理を弁まへず。老少不定の悲みは眼に遮ぎりて雲...
// に騒げども、心、空にして思はず。先後相運の別れば耳に...
// の如くにひらけども、聞き、っれなくして悲まず。老いた...
// たればいよいよ余命を惜み、若きは若ければまことに将来を...
// その間、山水、齢ながれて俄に泉に帰し、風煙、命ほろびて...
// に迷ひ煩。貯ひ持つ財らば惜めども荷なばず。養ひおける僕...
// すれども随はず。終に天使に召されて地獄におちゆれば、冥...
// さかし、嬰児の歩みにただよひて独り行く。黄泉、水早く、...
// の涙に溺れて身を流す。悲しきかな、悲しきかな、獄卒の呵...
// かりて、後悔、魂をくだき、閣王の断罪にをののきて、前非...
// まく。意行、恥を露はす、鏡の中の影、自業、陳じがたし、...
// の文。ああ十八猛鬼の怨恋と怒れる声、天雷の落ちかかるが...
// 六十四眼の眠脱とにらめる光、熱鉄のほとばしるに似たり。...
// とすれ、ども逃げられず、刃のふる所。喚ばんとすれども喚...
// 焔にむせぶ時。心うぎかな、猛火の薪木となりて万億歳、罪...
// 林、夏久し◎寒嵐の水に沈みて無量劫、業報池の氷、春に別...
// 我等、前非ここに謝せずば、後悔またいかがぜん。心あらむ...
// か悲しまざらんや。
// 見ねばとや痛ぎ心もなかるらん
// 聞くも身にたつ剣葉の枝
// ただし極楽、西方に非ず、已が心の善心の方寸にあり◎...
// の底に非ず、己が悪念の心地にあり。弥陀、うとぎ仏にいま...
// 自らが本有の真性にあり。獄卒、知ら煩鬼に非ず、已が所感...
// にあり。雪つもりて山をなす、春の目に当れば消えて残らず...
// だけて灰にまじる。水に入れてゆれば失することなし。罪雪...
// ば善根は露はれぬべし。迷へる時は目をひさぎて我が身をだ...
// ず。臣れる時には目を開きて人のからだを見る。障子を隔て...
// たば十万億土と思へども、引開けたればただ一間のうちなり...
// の水、煩悩の風に氷れども、思ひ解けば、水とは誰か知らざ...
// 貧なりとも嘆くべからず、電泡の身には幾ばくの嘆きぞや。...
// ともおごるべからず、幻化の世には幾ばくの楽しみぞや。楽...
// 大橋慢のあだなり、あだは則ち悪趣に引落す。貧は小道心の...
// り、媒は則ち善所に引きあぐ。財は先生の怨敵なり、責着、...
// ばりて四生の牢獄にこむ。貧は今生の知識なり、愛欲、心を...
// 三界の奨籠をいだす。この故に世を厭ふ人は沙門と名づげて...
// る人とす。我等八苦の病は重くとも、念仏の薬に愈え煩へし...
// の敵はうかがふとも、非人の身には敵すべからず。上界天人...
// も心にくからず、過去生々に幾たびか受げたる。国王大臣の...
// うらやましからず、流来世々に幾たびか得たりし。六趣の住...
// とみはてたる所なり。九晶の都こそ未だ見ねば恋しけれ。恋...
// ぱ誰か参らざるべぎ。たまたま人身を受けたるは、梵天の糸...
// の針を釣り得たる時なり。仏法の教木、亀厩の語に信じ得た...
// り。これだにも有難しと思へば、十方仏土に又二つとなき一...
// に生れあひて、十悪をも疎まず引接を垂れ給ふ阿弥陀仏を念...
// は、口のあれはただに唱へゐたるか、耳のあれはただに聞き...
// か。あな浅ましの安さや。無始生死の間に、庫の結縁つもり...
// となり、露の功徳たまりて蒼海とたたへて善根林をなし、機...
// を得て今失を生死の終とし、当来を解腕の始とする人間に生...
// の縁にあひたり。故に慈父長者は貧者の為に福徳の経を説き...
// ”切衆生とこしらへ、皆令入仏道とよろこび、悲母教主は弱...
// ”為に誓願を発して此願不満足と舌をのごひ、誓不成正覚と...
// く。ここに知りぬ、この南浮ば西方の出門なりといふ事を。...
// たとひ堅固ならずとも、漸愧の杖を取りしばりて常に身をい...
// 葉塵はたとひ積りゐるとも、峨悔の箒を東ねて常に心を清め...
// らば則ち、桜花枝にこもれり、春の侯を迎へて開きなんとす...
// 胸に埋もれり、終りの時に臨みて宜しく萌すべし、
// そもそも、これは轟中の景趣にあらず、存外の浅ぎ聾言な...
// り而うして、魚にあらざれば魚の心を知るべからず、我にあ...
// 我が志を悟るべからず。駿蹄の千里に馳するも、鷺駘の思尺...
// へぐも、志の行くほどは至る所たがはず。大鳳の雲に翔るを...
// 小鳥の灘に遊ぶばかりなり。これただ家を出でし始め、道に...
// 時、身の悲しみに催されて、人の潮をかへりみず、愚懐の為...
// を記す、他興の為にこれを書かず。潮らん人、隣まん人、順...
// 縁、共に一仏土に生れて、一切衆生を済へとなり。
// 開くべぎ胸のはちすのたぐひには
// 春まつ花の枝にこもれり
// 変らじな濁るも澄むも法の水
// 一つ流れとくみて知りなば
*阿仏尼海道記 [#x4756c73]
→[[十六夜日記]]
終了行:
*鴨長明海道記 [#tdaabb76]
[[鴨長明]]
http://jti.lib.virginia.edu/japanese/kaidoki/index.html
http://dbrec.nijl.ac.jp/KTG_W_17152
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2539928 寛文版
// 白川のわたり、中山の麓に、閑素幽栖のわびびとあり、性...
// なければ、能を拾ひ芸を容るるにたるべからず。身運ばもと...
// ければ、報を恥ぢ命をかへりみて恨を重煩るに処なく、徒に...
// 蝦募となりて、身を浮き單によせて力なぎねをのみ担き、空...
// 谷の埋れ木として、意の樹、花たえたり。惜しからぬ命のさ...
// 惜しければ、投身の淵は胸の底に浅し。存しがひなき心は、...
// ひに存したれば、断腸の妹は愁ひの中にしげる。春はわらび...
// て、臨める飢を支ふ、伯夷が賢にあらざれば人もとがめず。...
// の実を拾ひて貧しき病をいやす、華民が薬もいまだ飢ゑたる...
// せず。九夏三伏の汗はのごひて苦しからず、手の中に扇あれ...
// 招くにいと安し。玄冬素雪の嵐は凌ぐにあたばず、身の上に...
// れば寒を防ぐにすべなし。窓の螢も集めざれば目は暗きが姑...
// を見てか志を養はん。樽の酒も酌むことを得ざれば心は常に...
// り、如何か憂ひを忘れんや。
// しかるあひだ、逝く水はやく流れて生涯は崩れなんとす、...
// んとすれどもとどまらず、五旬の齢の流車、坂にくだる。朝...
// 暮に馳す、日月の廻りの駿駒、隙を過ぐ。鏡の影に向ひゐて...
// 翁に恥ぢ、げ浪ぎを取りて白糸にあはれむ。これによりて頭...
// は、頻りにおどろかす老を告ぐる鶴、賓のほとりには、早く...
// 霜を厭ふ華。鶴に驚き霜を厭ふ志たちまちにもよほして、僧...
// 仏に帰する念ひやうやくに発す。名利は身に寄せつ、穏林に...
// なば覚樹の木の実ば熟するを期すべし。膵羅は肩に結べり、...
// 色染みなば衣裏の珠は悟ることを得つべし。旦暮の露の身は...
// 蔭、草おくところあれども、朝の霞は、望たえて天を仰ぐに...
// 世を厭ふ道は貧しき道より出でたれども、仏を念ずる思ひは...
// おこたる。四聖の無為を契りしも一聖なほ頭陀の路にとどま...
// ひとへに已が有為を厭ふ、貧しぎ已、いよいよ坐禅の窓にい...
// し。然して曹謄淋酒も人を酔せて由なし、子牢が穎は心に貯...
// を楽とせり。驚眼なげれども天命の道に杖っきて歩をたすく...
// かげたれども地恩の水に口すすぎて渇をうるほす。空腹一杯...
// 飢ゑてすすれば余りの昧あり、薄紙百綴の衿、寒に着たれば...
// むるに足れり。桧の木笠をかぶりて装ひとす、出家の身。藁...
// んで駕とす、遁世の道。
// そもそも相模の国鎌倉の郡は下界の麁渋苑、天朝の築塩州...
// 武醤の林をなす万栄の花万にひらげ、勇士の道に栄えたり。...
// 柳ももたびあたる。弓は暁の月に似たり、一張そばだちて胸...
// 剣は秋の霜の如し、三尺たれて腰すずし。勝闘の一陣には爪...
// して憲をここに伏す。猛豪の三兵は手にしたがへて互に雄称...
// 文、威、いつくしくして梟鳥敢へてかげらず、誅籔、罪、き...
// して虎狼ながく絶えたり。この故に、一朝の春の梢は東風に...
// れて恵をまし、四海の潮の音は東日に照されて波をすませり...
// 臣妾の往還する多くの駅の道、隣をしめ、朝儀国務の理乱は...
// の機、かたかたに織りなす。羊質、耳のほかに聞きをなして...
// わたれり、舌の端に雇をして幾目をか送るや。心船いつはり...
// に漕ぐ、いまだ海道万里の波に樟ささず。意馬あらましに馳...
// 山千程の雲に鞭うたず。今すなばち芳縁に乗りて俄かに独身...
// を企つ。
// 貞応二年卯月の上旬、五更に都を出でて一朝に旅に立つ。...
// 住みわびて厭ひし宿なれど、今日はたちわかるれば、なごり...
// おぼえて暫くやすらへども、鐘の声、明けゆげば、あへずし...
// ぬ。
// 莱田口の堀道を南にかいたをりて、逢坂山にかかれば九...
// は北の方に隠れぬ。松坂を下りに松をともして過ぎゆけば、...
// 原のわたりは、しののめに通り煩。小関を打越えて大津の浦...
// て行く。関寺の門を左に顧みれば、金剛カ士盆怒のいかり眼...
// し、勢多の橋を東に渡れば、白浪みなぎり落ちて、流鶉の流...
// をひやす。湖上に船を望めば、心、興に乗り、野庭に馬をい...
// 手、鞭をかなづ。
// やうやくに行くほどに都も遙かに隔り煩。前途、林幽かな...
// づかに舞梢に見る。後路、山さかりて、ただ白雲跡をうづむ...
// して斜陽影くれて暗雨しぎりに笠にかかる。袖をしぼりて初...
// のあはれを知り煩。その間、山館に臥して露より出で、暁の...
// 請たり。水沢に宿して風より立つ、夕の懐、悠々たり。松あ...
// あり、煙は高卑千巌の路を埋み、水に臨みて又水に臨む、波...
// 長堤の汀に畳む。浜名の橋の橋のもとには、思ふ事を誓ひて...
// べ、清見が関の関屋には、飽かぬなごりをとどめて歩みを運...
// 士の高峯に煙を望めば、臘雪宿して雲ひとり咽び、宇都の山...
// をたづぬれば、昔のあと夢にして、風の音おどろかす。木々...
// は、下ごとに翠帳をたれて行客の苦みをいこへ、夜々の泊に...
// とに菰枕を結びて旅人の眠りをたすく。行々として重ねて行...
// り、山水野塘の興、壮観をまし、歴々として更に歴々たり、...
// 邑の感、長命なり。
// この道は、もし四道の間に逸興のすぐれたるか、はた又、...
// 斗藪の今の旅始なればか。過ぎ馴れたる旧客なほ眺めをなほ...
// せず、況んや一往の新賓なれば感思おさへ淋たし。感思の中...
// の交はることあり、母儀の老いて又幼き、都にとどめて不定...
// を契りおく。無状がな、愚子が体たらく、浮雲に身を乗せて...
// に迷ひ、朝露を命にて風のだよりにただよふ。道を同じうす...
// みな我を知らざる客なり、語を親睨に契りて、いづちか別れ...
// する。長途につかれて十日余り、窮屈しきりに身を責む。湯...
// に至りて一時半優息、しばらく心をゆるぶ。時に洋実西に沈...
// 里を忍びて後会を期し、桂華東に開く、外郷に向ひて中懐を...
// す。よつて三十一字をつづりて千思万憶、旅の志をのべつ。...
// これ、文をもつてさぎとせず、歌をもつてもととせず、ただ...
// かれて物のあはれを記するのみなり。外見の処にそのあざげ...
// るせ。
// 四月四日、暁、都を出づ。朝より雨にあひて勢田の橋のこ...
// 暫くとどまりて、あさましくて行く。今日明日とも知らぬ老...
// り思ひおぎて伊けば、
// 思ひおく人にあふみの契あらば
// 今かへりこん勢田の畏みち
// 橋のわたりより雨まさりて、野径の道芝、露ことに深し。八...
// をすぐれば行人互に身をそばめ、一邑の里を通れば奇犬しき...
// を吠ゆ。今日しも習はぬ旅の空に雨さへいたく降りて、いつ...
// のうちもかきくもるやうにおぼえて、
// 旅ごろもまだ着もなれ煩袖の上に
// ぬるべきものと雨はふりぎぬ
// 田中うちすぎ民宅うちすぎて遙々とゆけば、農夫ならび立...
// 田をうつ声、行雁の鳴きわたるが姑し。(田を打つ蒔はなら...
// じく錫をあげて歌をうたひてうっなり)卑女うちむれて前田...
// む、思はぬしづくに袖を煩らす。そともの小川には河添柳に...
// て鷺の蓑毛うちなびき、竹の編戸の垣根には卯の花さきすさ...
// ほととぎす忍びなく。かくて三上の嶽を眺めて八洲川を渡る。
// いかにしてすむ八洲川の水ならむ
// 世わたるばかり苦しきやある
// 若椙といふ処をすぎて横田山を通る。この山は白楡の影に...
// れて緑林の人をしぎる処とぎこゆれば、益なくおぼえていそ...
// はやすぎよ人の心も横田山
// みどりの林かげにかくれて
// 夜景に大岳といふ処に泊る。年ごろうちかなば煩有様に思ひ...
// て髪をおろしたれば、いつしかかかる旅寝するもあはれにて...
// 腫山草庵の夜雨は、情ある事を楽天の詩に感じ、この大岳の...
// の夜雨には、心なき事を貧道が歌に恥づ。
// 墨染のころもかたしき旅寝しつ
// いつしか家を出づるしるしに
// 五目、大岳を立ちて遙かに行けば、内の白川、外の白川と...
// をすぎて鈴鹿山にかかる。山中よりは伊勢の国に移りぬ。重...
// さかしく、越伊れば即ち千丈の屏風いよいよしげく、峯には...
// たがたに調へて茜康が姿しきりに舞ひ、林には葉花まれに残...
// 人の錦わづかに散りぼふ。これのみに非ず、山姫の夏の衣は...
// に染めかげ、樹神のこだまば谷の鳥に答ふ。羊陽、坂きびし...
// 篤馬、石に足なへぐ。すべてこの山は、一山中に数山をへだ...
// 千巌の嶺、眼にさばり、一河の流れ、百瀬に流れて、衆客の...
// 是をひたせり。山かさなり、江かさなれば、当路にありとい...
// 万里の行程は半ばにも至らず。
// 鈴鹿川ふるさと遼く行く水に
// ぬれていくせの浪をわたらん
// 薄暮に鈴鹿の関屋にとまる。上弦の月、峯にかかり、虚弓...
// らに帰雁の路に残る。下流の水、谷に落つ、奔箭すみやかに...
// に似たる石にあたる。ここに旅駅やうやくに夜をかさねて、...
// 縁の單に結び、雲衣、暁さむし、蒲を岩根の苔にしく。松は...
// 徳を垂れて天の如く覆へども、竹は吾友の号あれは陰に臥し...
// 明かす。
// 鈴鹿山さしてふるさと思ひ寝の
// 夢路のすゑに都をぞとふ
// 六目、孟嘗君が五馬の客にあらざれば、函谷の鶏の後、夜...
// して立つ。山中なかば過ぎてやうやう下れば、巌扉削りなせ...
// 者のすみか静かにして楽しみ、澗水掘り流す、知者のみぎり...
// も豊かなり。かくて邑里に出でて田中の畔を通れば、左に見...
// 見る。立田眇々たり。或は耕し、或は耕さず。水苗処々。し...
// ならず、池溝かたがたに掘りて、水をおのがひきひきに論じ...
// あぜを並べて苗を我松とりどりに植ゑたり。民烟の煙は父君...
// 恩火よりにぎはひ、王道の徳は子民稼稜の土器より開けたり...
// はもとより稲穀を護りて夏の雨を降し、電光はかねてより九...
// みて三秋を待つ。東作の業、力を励ます、西収の税、たのも...
// ゆ。劉寛が刑を忘れたり、蒲鞭さだめて螢となり煩らん。
// 苗代の水にうつりて見陣るかな
// 稲葉の雲の秋のおもかげ
// 日かずふるままに故郷も恋しく、たちかへり過ぎぬる跡を見...
// 何れか山、何れか水、雲よりほかに見ゆるものなし。朝に出...
// 入る。東西を日光に弁ふといへども、暮るれば泊り明くれば...
// 厨夜を露命に論ぜんことは難し。おのづから歩を拾ひて万歩...
// ば、遠近かぎりありて往還期しつべし。ただ憐れむ、遙かに...
// 中路に出でて前後の念に労することを。
// ふるさとを山のいくへに隔てき煩
// 都の空をうづむしらくも
// 夜陰に市腋といふ処に泊る◎前を見おろせば、海さし入り...
// 伯の民、潮にやしなばれ、後に見あぐれば、峯そばだちて、...
// 髪、風にくしけづる。磐をうつ夜の浪は千光の火を出だし ...
// 潮は夜水をうてば火の散る様にひかるなり)かかなく暁の騒...
// 破る。ここに泊りて心はひとり澄めども、明けゆげば友にひ...
// 打出でぬ。
// 松が根の岩しく磯の浪枕
// ふしなれてもや袖にかからん
// 七日、市腋をたちて津島のわたりといふ処、舟にて下れば...
// 若葉、青みわたりて、つなが煩駒も立ちはなれず。菱の浮葉...
// かくれども、つれなき蛙はさわぐげもなし。取りこす樟の...
// 袖にかかりたれば、
// さして物を思ふとなしにみなれざを
// みなれぬなみに袖はぬらしっ
// 渡りはつれば尾張の国に移り煩。片岡には朝目の影うちに...
// 焼野の單に雑なきあがり、小篠が原に駒あれて、なづみし気...
// きかへて見ゆ。見ればまた園の中に桑あり、桑の下に宅あり...
// は蓬頭なる女、蚕賛に向ひて蚕養をいとなみ、園には演倒た...
// 鋤をついて農業をつとむ。おほかた禿なる小童部といへども...
// 習ふ心なく、ただ是をひぢりこにする思のみあり。わかくし...
// 業をならふ有様、あはれにこそおぼゆれ。げに父兄の教へ、...
// まざれども、至孝の志、おのづからあひなるものか。
// 山田うつ卯月になれば夏引の
// いとけなき子も是ひちにげり
// 幽月、影あらばれて旅店に人定まりぬれば、草の枕をしめ...
// の宿に泊りぬ。
// 八日、萱津を立ちて鳴海の浦に来煩。熱田の寓の御前を過...
// 示現利生の垂跡に脆いて一心再拝の謹啓に頭をかたぶく。し...
// く鳥居に向ひて阿字門を観ずれば、権現のみぎり、ひそかに...
// 都にうつる。それ土木霜旧りて、瓦の上の松風、天に吹くと...
// も、霊験目に新たにして、人中の心華春の如くに開く。しか...
// らず、林梢の枝を垂るる、幡蓋を社棟の上におほひ、金玉の...
// うつ、厳錦を神殿の面にみがく。かの和光同塵の縁は今日結...
// びを合むといへども、八相成道の終りは来際を限るに期なき...
// 悲しむ。羊質未参の後悔に向前の恨みあり、後参の未来に向...
// のみなし。願はくは今日の捧参をもつて必ず当生の良縁とせ...
// 次の便詣なりといふ事なかれ、これ機感の相叶ふ時なり。光...
// るは冥を導く誓なり。明神さだめてその名におへ給はば、長...
// 暁は神にたのみあるものをや。
// 光とづる夜の天の戸はやあげよ
// 朝日こひしき四方の空みん
// この浦を遙かにすぐれば、朝には入潮にて魚にあらずば泳...
// らず。風は潮干潟、馬を早めて急き行く。酉天は浜海、漫々...
// 雲水蒼々たり。申上には一葉の舟かすかに飛ひて白日の空に...
// る。かの侯男の舟のうちにしてなどや老いにけん、蓬衆島は...
// も、不死の薬は取らずとも、波上の遊興は、一生の歓会、こ...
// の術にあらずや。
// 思ぜじと心を常にやる人ぞ
// 名をきく島の薬をもとる
// なほこの干潟を行けば、小蟹ども、おのが穴々より出でて...
// き遊ぶ。人馬の足にあわてて、横に跳り平に走りて、おのが...
// 逃げ入るを見れば、足の下にふまれて死ぬべきは、外なる穴...
// 行きて命を生き、外におそれなぎは、足の下なる穴へ走り来...
// まれて死にぬ。憐むべし、煩悩は家の犬のみならず、愛着は...
// も深ぎことを。これを見て、はかなく思ふ我等は、かしこし...
// 生死の家に着する心は、蟹にもまさりて、はかなきものか。
// 誰もいかにみるめあはれとよる波の
// ただよふ浦にまよひ来にげり
// 山かさなり又かさなり煩、河へだたりて又へだたり煩。ひ...
// 里を別れて遙かに新路に赴く、知らず、いづれの日か故郷に...
// ’影を並べて行く道づれば多くあれども、志は必ずしも同じ...
// 心に運する気色は、友をそむくに似たれども、境にふるる物...
// れば、心なき身にもさすがに覚えて、屈原が沢にさまよひて...
// あざけりに恥ぢ、楊岐が路に泣きて騒人の恨みをいだきけん...
// の譬にはあらねども、逆旅にして友なきあはれには、なにと...
// 細きそらに思ひしられて、
// 露の身をおくべき山の陰やなぎ
// やすき草葉もあらし吹きつつ
// 潮見坂といふ処をのぼれば、呉山の長坂にあらずとも、周行...
// 息はたへず。歩を通して長き道にすすめば、宮道、二村の山...
// かにすぐ。山はいづれも山なれども、優輿はこの山に秀いで...
// いづれも松なれども、木立はこの松につくれり。翠を合む風...
// に雨を聞くといへども、雲に舞ふ鶴の声、晴れの空を知る。...
// 々、汝は千年の操あれは面がはりせじ、再征々々、我は一時...
// れば後見を期し難し。
// 今日すぎぬ帰らば又よ二村の
// やま煩なごりの松の下道
// 山中に堺川あり、身は河上に浮びてひとり漢れども、影は...
// 沈みて我と二人ゆく。
// かくて参河の国に至り煩。雑鯉鮒が馬場をすぎて数里の野...
// くれば、一両の橋を名づけて八橋といふ。砂に眠る鴛鷺は夏...
// て去り、水に立てる杜若は時を迎へて開きたり。花は昔の花...
// 変らず咲き鐵らん、橋も同じ橋なれども、いくたび造りかへ...
// 相如、世を恨みしは、肥馬に乗りて昇仙に帰り、〔陶士〕身...
// 窮鳥に類してこの橋を渡る。八橋よ八橋、くもでに物思ふ人...
// 過ぎきや、橋柱よ橋柱、おのれも朽ち浪るか、空しく朽ち浪...
// 今も又すぎ煩。
// 住みわびてすぐる三河の八橋を
// 心ゆきてもたちかへらばや
// この橋の上に、思ふことをちかひて打渡れば、何となく心...
// やうにおぼえて、遙かにすぐれば、宮橋といふ処あり。数双...
// 板は朽ちて跡なし、八本の柱は残りて溝にあり。心中に昔を...
// 言の端に今をしるす。
// 宮橋の残る柱にこととはん
// くちて幾世かたえわたり娘る
// 今日の泊をきけば、前程なほ遠しといへども、暮の空を望...
// 斜脚すでに酉金に近づく。日の入るほどに、矢矧の宿におち...
// 九目、矢矧を立ちて赤坂の宿をすぐ。昔この宿の遊君、花...
// こまやかに、蘭質、秋かうばしぎ者あり。顔を潘安仁が弟妹...
// て、契を参州吏の妻妾に結べり。妾は良人に先だちて世を早...
// 良人は妾におくれて家を出づ。知らず、利生菩薩の化現して...
// げるか、また知らず、円通大師の発心して妾を救へるか。互...
// 識、大いなる因縁あり。かの旧室妬か呪咀に捧て舞、悪怨、...
// て善教の礼をなし、異域朝の軽融に、鼻酸、持鉢、たちまち...
// の徳に飛ふ。巨窟に名をあげ、本朝に誉れをとどむるぱ、上...
// 貴し。誰かいはん、初発心の道に入るひじりなりとは。これ...
// 来の仏の、世に出でて、人を化するにあらずや。行く行く昔...
// て、猶々今にあはれむ。
// いかにしてうつつの道を契らまし
// 夢おどろかす君なかりせば
// かくて本野が原を過ぐれば、ものうかりし蕨は、春の心お...
// りて人も折らず、手をおのれがほどろと開け、草わかき萩の...
// 秋の色うとけれども、分けゆく駒は鹿の毛に見ゆ。時に日烏...
// かくれて、月、星麗にあらばなれば、明暁を早めて蓬河の宿...
// ぬ。深夜に立出でて見れば、この川は流ひろく、水深くして...
// とに豊かなる渡りなり。川の石瀬に落つる波の音は、月の光...
// たり。河辺にすぐる風のひびきは、夜の色さやけく、まだ見...
// のすみかには、月よりほかに眺めなれたるものなし。
// 知る人もなぎさに波のよるのみぞ
// なれにし月のかげばさしくる
// 十目、豊河を立ちて、野くれ里くれ遙々とすぐる峯野の原...
// 処あり。日は野草の露より出でて若木の枝に昇らず。雲は嶺...
// に晴れて山の色、天と一つに染めたり。遼望の感、心情つな...
// し。
// 山のはば露より底にうづもれて
// 野末の單にあくるしののめ
// やがて高志山にかかりぬ。岩角をふみて火敵坂を打過ぐれ...
// 野が原に草の葉萌えいでて、梢の色、煙をあぐ。この林地を...
// 行けば、山中に堺川あり。これより遠江の国にうつり浪。
// くだるさへ高しといへばいかがせん
// のぼらん旅のあづまぢの山
// この山の腰を南に下りて遙かに見くだせば、青海浪々とし...
// 沈々たり。海上の眺望はここに勝れたり。やうやうに山脚に...
// 匿空のごとくに掘り入りたる谷に道あり。身をそばめ声を合...
// る。下りはつれば、北は韓康独往のすみか、花の色、夏の望...
// く、南は花蟲扁舟の泊り、浪の声、夕べの聞きに楽しむ。塩...
// 薄ぎ煙、廃然となびきて、中天の雲、庁々たり。浜膠にはあ...
// 潮潟焉とたまりて、数条の畝、聴々たり。浪によるみるめば...
// れども黒白をわぎまへ、白洲に立てる鷺は心あれども、毛、...
// にまどへり。優興にとどめられて暫く立てれば、この浦の景...
// ひそかに行人の心をかどふ。
// ゆきすぐる袖も塩屋の夕煙
// たつとてあまの淋しとや見煩
// 夕陽の景の中に橋本の宿に泊る。竃海、南にたたへて遊興...
// ゆく舟に乗せ、駅路、東に通ぜり、誉号を浜名の橋に聞く。...
// 車西に馳せて牛漢漸くあらわれ、月輪、嶺にめぐりて、兎景...
// て幽かなり。浦に吹く松の風は、臥しも習はぬ旅の身にしみ...
// 洗ふ波の音は、聞きも馴れぬ老の耳にたつ。初更の問は、日...
// 苦しみに七編のこものむしろに夢みるといへども、深漏は、...
// 泊の珍らしきに目さめて、数双の松の下に立てり。磯もとど...
// る波は、水口かまびすしくののしれども、晴れくもりゆく月...
// の薄衣をぎて忍びやかにすぐ。釣魚の火の影は、波の底に入...
// の肝をこがし、夜舟の樟の歌は、枕の上に音づれて客の寝ざ...
// もなふ。夜もすでに明けゆげば、星の光は隠れて、宿立つ人...
// よそなる音に呼ばはれて、知らぬ友にうちつれて出づ。暫く...
// 立ちとどまりて、珍らしき渡りを興ずれば、橋の下にさしの...
// は、帰ら煩水をかべして上さまに流れ、松を払ふ風の足は、...
// えてとがむれども聞かず。大方、轟中の贈り物はここに儲け...
// 橋本やあかぬわたりと聞きしにも
// なほ過ぎかねつ松のむらだち
// 浪枕よるしく宿のなごりには
// のこして立ち煩松の浦風
// 十一日、橋本を立ちて、橋のわたりより行く行く顧りみれ...
// に白き波の声は、過ぐるなごりを呼びかべし、路に青き松の...
// 歩むもすそを引きとどむ。北にかへりみれば、湖上遙かに浮...
// 波の鍍、水の顔に老いたり。西に望めば、潮海ひろくはびこ...
// 雲の浮橋、風のたくみに渡す。水上の景色は、彼もこれも同...
// ども、潮海の淡戯は、気昧これ異なり。温の上には、波に羽...
// さご、涼しき水をあふぎ、船の中には、唐櫓おす声、秋の雁...
// めて夏のそらに行くもあり。興望は旅中にあれは、感腸しぎ...
// ぐりて、思ひ、休しがたし。
// この処を打過ぎて浜松の浦に来煩。長汀、砂ふかくして、...
// 矯るが如し。万株、松しげくして、風波、声を争ふ。見れば...
// 島、潮を呑む、呑めば即ち曲浦の曲より吐き出し、浜溝、珠...
// ゆれば則ち畳巌の畳に砕き敷く。優なるかな、艶なるかな、...
// たく忍びがたし。命あらば、いかでか喜び来りてこの浦を見...
// 波は浜松には風のうらうへに
// 立ちとまれとや吹きしぎるらん
// 林の風に送られて廻沢の宿をすぎ、遙かに見わたして行け...
// 辺には森あり、野原には津あり。岸に立てる木は枝を上にさ...
// しく生ひたれども、水にうつる影は梢をさかさまにして互に...
// り。水と木とは相生、中よしと聞けども、映る影は向背して...
// 時すでにたそがれになれば、夜の宿をとひて池田の宿に泊る。
// 十二日、池田を立ちて、暮々行けば、林野は皆同様なれど...
// ところどころ道ことなれば、見るに従ひてめづらしく、天中...
// れば、大河にて水の面三町あれは舟にて渡る。水早く、波さ...
// て、棒もえさし得ねば、大ぎなるえぶりを以て横さまに水を...
// 渡る。かの王覇が忠にあらざれば、呼他河、氷むすぶべきに...
// 張博望が牛漢の波にさかのぼりけん浮木の船、かくやと覚え...
// よしさらば身を浮木にて渡りなん
// 天つみそらの中川の水
// 上野の原を一里ばかり過ぐれば、千草万草、露の色なほ...
// 煙風音また弱し。あはれ同じくは、これ秋の旅にてあれな。
// 夏草はまだうら若き色ながら
// 秋にさきだつ野辺のおもかげ
// 山口といふ今宿をすぐれば、路は旧によりて通ぜり。野原...
// し、里村を先にし、うちかへうちかへ過ぎ陣げば、事任と申...
// 参詣す。本地をば我しらず、仏陀にぞいますらん、薩壌にも...
// らん、中丹をば神必ず憐れみ給ふべし、今身もおだやかに、...
// 為だやかに、杉の群立は三輪の山にあらずとも、恋しくは訪...
// 参らん、願はくはただ畢竟空寂の法昧を納受して、真実不虚...
// を垂れ給へ。
// 思ふことのままに叶へよ杉立てる
// 神のちかひのしるしをも見ん
// 社のうしろの小河を渡れば、小夜の中山にかかる。この山...
// くのぼれば、左も深き谷、右も深ぎ谷、一峯に長き路は堤の...
// たり。両谷の梢を目の下に見て、群鳥の韓りを足の下に聞く...
// 両片はまた山高し。この間を過ぐれば中山とは見えたり。山...
// 山、九折の道、旧きが姑し。梢は新たなる梢、千条の縁、皆...
// この処は、その名殊に問えつる処なれば、一時の程に、もも...
// 留まつて打眺め行けば、秦蓋の雨の音は、むれずして耳を...
// 匡の風のひびきは、色あらずして身にしむ。
// 分げのぼるさやの中山なかなかに
// 越えてなごりぞ苦しかりげる
// 時に鴇馬蹄つかれて日烏翅さがり煩れば、草命を養はん淋...
// 川の宿にとどまりぬ。ある家の柱に、中御門中納言(宗行卿...
// ぎつげられたり。
// 彼の南陽県の菊水、下流を汲んで齢を延ぶ、
// 此の東海道の菊河、西岸に宿りて命を終ふ。
// まことにあはれにこそ覚ゆれ。その身、累葉のかしこき枝に...
// その官は黄門の高き階に昇る。雲上の月の前には、玉の冠、...
// へ、仙洞の花の下には、錦の袖、色を争ふ。才、身に足り、...
// に余りて、時の花と匂ひしかば、人それをかざして、近ぎも...
// きも摩ぎ、かかるうき目をみんとは思ひやはよるべき。さて...
// ましや承久三年六月中旬、天下、風あれて、海内、波さかへ...
// 闘乱の乱樗は花域より飛ひて合戦の戦士は夷国より戦ふ。暴...
// を響かして、日月、光を覆はれ、軍虜、地を動かして、弓剣...
// 振ふ。その間、万歳の山の声、風忘れて枝を鳴らし、一清の...
// 波あやまつて濁りを立つ。茨山冴水の源流、高く流れて、遙...
// 海の酉に下り、卿相羽林の花の族、落ちて遠く東関の東に故...
// これのみにあらず、別離宮の月光、ところどころにうつり煩...
// を隔てて旅の空に住み、鶏籠山の竹声、かたがたに憂へたり...
// 便りを絶えて外土にさまよふ。夢かうつつか、昔も未だ聞か...
// 帳玉璃の床は主を失ひて武〔客の〕宿となり、麗水萄川の頁...
// を尽して辺民の財となりぎ。夜風戯れて衿を重ねし鴛鷺は、...
// 翼の契生きながら絶え、朝夕に教へて袖を収めし董僕も、多...
// の志、思ひながら忘れ煩。げに会者定離の習ひ、目の前に見...
// 利も首陀も変らぬ奈落の底の有様、今は哀れにこそ覚ゆれ、...
// くとも助くべき人もなし。涙を先だてて心よわく打出で煩。...
// に従ふ者は甲宵のつはもの、心を一騎の客にかく。その目に...
// は剣戟の刃、魂を寸神の胸に消す。せめて命の借しさに、か...
// つげられけむこそ、するすみなら煩袖の上もあらばれ煩へく...
// 心あらばさぞなあはれとみづくぎの
// あとかきつくる宿の旅人
// 妙井の渡りといふ処の野原をすぐ。伸呂の節に当りて、小暑...
// やうやう催せども、未だ納涼の心ならねば手にはむすばず。
// 夏ふかき清水なりせば駒とめて
// しばし涼まん曰はくれなまし
// 播豆蔵の宿をすぎて大井川を渡る。この川は中に渡り多く...
// たさかし。流を越え島を隔てて、瀬々、かたがたに分れたり...
// 道を二三里ゆけば、四望かすかにして遼情おさへがたし。時...
// 例よりもたげりて、白砂、霧の如くに立つ。笠を傾けて駿河...
// 移りぬ。前島をすぐるに波は立たねど、藤枝の市を通れば花...
// かかりたり◎
// 前島の市には波のあともなし
// みな藤枝の花にかへつつ
// 岡部の里をすぎて遙かに行けば宇津の山にかかる。この山...
// の中に山を愛するたくみの削りなせる山なり。碧岩の下には...
// して巌を立て、翠嶺の上には葉落ちてつちくれをつく。肢を...
// ひ、面を胸に抱きて漸くに登れば、汗、肩禍の膚に流れて、...
// もしといへども、懐中の扇を手に動かして徴風の抹持可なり...
// て森々たる林を分けて、峨々たる峯を越ゆれば、貴名の誉れ...
// 山に高し。おほかた遼近の木立に心もわけられて、一方なら...
// に思ひ乱れてすぐれば、朝雲、峯くらし、虎、李樗軍が住み...
// り、暮風、谷寒し、鶴、鄭太尉が跡に住む。既にして赤翌酉...
// 眼に遮るものは槍原、槙の葉、老の力ここに疲れたり。足に...
// ものは、苔の岩根、蔦の下路、瞼難に堪へず。暫く打休めば...
// 者一両客、縄床、そばに立てて又休む。
// 立ちかへる宇津の山臥ことづてん
// みやこ恋ひつつひとり越えきと
// 〔行く行く思へば、過ぎ来ぬるこのあひだの山河は、夢に見...
// うつつに見つるか。昨日とやいはん、今日とやいはん、昔を...
// へば我が身老いたり、今を昔と思へば我が心若し。古今を隔...
// のは我淋心の中懐なり。生死浬葉、猶如二昨夢一といへるも...
// れにこそ覚ゆれ。昨日すぎにし跡は今日の夢となり、今日こ...
// ぐる、明日いづれの処にして今は昨日といはん。誠にこれ、...
// る方の歳月を、夢より夢に移りぬ。昨日今日の山路は、雲よ...
// 入る。
// あすや又きのふの雲に為どろかん
// 今日はうつつのうつの山、こえ〕
// 手越の宿に泊りて足を休む。
// 十三日、手越を立ちて野辺を遙々と過ぐ。梢を見れば浅縁...
// 夏の初なりといへども、叢を望めば白露、まだぎに秋の夕べ...
// たり。北に遠ざかりて雪白き山あり、問へば甲斐の白峯とい...
// ころ聞きしところ、命あれは見つ。およそこの間、数日の心...
// 養ひて百年の齢を延べつ。かの上仏の薬は下界の為によしな...
// か。
// 惜しからぬ命なれども今日あれは
// 生きたるかひのしらねをも見つ
// 宇度浜を過ぐれば、波の音、風の声、心澄む処になん。浜...
// 南に霊地の山寺あり。四方高く晴れて四明天台の末寺なり。...
// 昌して本山中堂の儀式を張る。一乗読誦の声は十二廻の中に...
// 絶ゆることなし。安居一夏の行は、採花汲水の勤め、験を争...
// するところは中道の教法、論談を空仮の碩に決し、利すると...
// 下界衆生、帰依を遠近の境に致す。伽藍の名を聞けば久能寺...
// 行基菩薩の建立、土木、風情し。本尊の実を尋ぬれば観世音...
// 補陀落山の聖容、出現、月明らかなり。おほかた仏法興隆の...
// 数百箇歳の星漢、霜古りたり。僧侶止住の峯、三百余宇の僧...
// ゆたかなり。雲船の石神は山の腰に護りて悪障を防ぎ、天形...
// は寺門に納めて善業をなす。千手観音かの山より石舟に乗り...
// に下り給ひげり。その船善神となりて山路の大坂にいます、...
// 法と号す。かの海岸山の千眼は南方より北に下りて有縁をこ...
// ぎ、宇度浜の五品は天面を地に伝へて舞楽をこの浜に学べり...
// 稲河大夫といふ者、天人の浜松の下に楽を調へて舞ひけるを...
// 舞ひげり。天人、人の見るを見て鳥の如くに飛ひて雲にかく...
// その跡を見ければ一つの面形を落せり。大夫これを取りて...
// それより寺に舞楽を調へて法会を始行す。その大夫が子孫...
// 廿 二月十五日、常楽会とて寺中の大営なり。その後、天に...
// 雪は春の花の色、峯にとどまる、曲風は歳月の声、よつてこ...
// 過ぐれば松に雅琴あり波に鼓あり、天人の昔の楽、今聞く...
// 袖ふりし天つ乙女が羽衣の
// 面影にたつあとの白浪
// 江尻の浦を過ぐれば、青苔、石に生ひ、黒布、磯による。...
// の海、森々と波をわかして、孤帆、天にとび、北は茂松、欝...
// をたれて、一道、つらをなす。漁夫が網をひく、身を助げん...
// 身を労しぬ。遊魚の釣をのむ、命を惜みて命を滅ぼす。人い...
// の利をか得たる、魚いくばくの餌をか求むる。世を渡る思ひ...
// たばふ志、かれもこれも共に同じ。これのみかば、山に汗か...
// は、北風を負ひて暁に帰る。野に是なへぐ商客は、白露を払...
// に出づ。面々の業はまちまちなりといへども、おのおのの苦...
// これみな渡世の一事なり。
// 人、ことに走る心は変れども
// 世をすぐる道は一つなりげり
// この浦を遙かに見わたして行けば、海松は浪の上に根を離...
// 草、海月は潮の上に水にうつる影、共にこれ浮生を論じて人...
// しめたり。
// 波の上にただよふ海の月もまた
// うかれゆくとぞ我を見るらん
// 清見が関を見れば、西南は天と海と高低一つに眼を迷はし...
// は山と磯と瞼難同じく足をつまづく。磐の下には浪の花、風...
// て春の定めなく、崇の上には松の色、翠を合みて秋に恐れず...
// の浪は雲を汀にて、月のみふね、夜出でて漕ぎ、沈陸の磯...
// にて、風の便脚、あしたに過ぐ。名を得たる処、必ずしも興...
// 耳に耽る処、必ずしも目に耽らず、耳目の感、二つながら絶...
// はこの浦にあり。波に洗はれてぬれぬれ行けば、濁る心も今...
// 澄めり。むべなるかな、ここを清見と名づけたる。関屋に跡...
// ば松風むなしく答ふ。岸脚に苔を尋ぬれば橦花変じて石あり...
// のほとりに布たたみといふ処あり。むかし関守の布をとりお...
// が、積りて石になりたるといへり。
// 吹きよせよ清見浦風わすれ貝
// 拾ふなごりの名にしおはめや
// 語らばや今日みるばかり清見潟
// おぼえし袖にかかる涙は
// 海老は波を泳ぎ愚老は汀にただよふ、共に老いて腰かがま...
// は知るや生涯の浮める命、今幾ほどと。我は知らず幻中の一...
// かくて興津の浦をすぐれば、塩竈の煙かすかに立ちて海人の...
// しほれ、辺宅には小魚をさらして屋上に鱗をふげり。松の村...
// のよる色、心なき心にも、心ある人に見せまほしくて、
// ただ煩らせ行くての袖にかかる浪
// ひるまが程は浦風も吹く
// 帖が崎といふ処は、風、額々と翻りて砂をかべし、波、浪...
// れて人をしぎる。行客ここにたへ、暫くよせひく波のひまを...
// 急き通る。左はさかしぎ岡の下、岩のはざまを凌ぎゆく。右...
// なる波の上、望めば眼うげ煩へし。遙々と行くほどに、大和...
// に来て小舟の沖中にただよへるを見る。扶厳も甑帆飛ひて万...
// よりを頼みて白煙に入り、篭波動きて、千雲、夕陽を洗ひて...
// 染む。海館の中に、この処は心をのみとどめて身をばとどめ...
// 忘れじな浪のおもかげたちそひて
// すぐるな、こりの大和多の浦
// 湯居の宿をすぎて遙かに行けば千本の松原といふ処あり。...
// は極浦の波にしほれ、おぼろなる耳は長松の風に払ふ。晴天...
// は翠蓋の笠あれは袖をたまくらにす。砂浜の水には日花ちれ...
// を恨みず。行く行くあとを顧りみれば前途いよいよゆかし。
// 聞きわびぬ千々の松原ふく風の
// ひとかたならずわれしほる声
// 蒲原の宿に泊りて菅菰の上に臥せり。
// 十四日、蒲原を立ちて遙かに行けば、前路に進み先立つ賓...
// に水飼ひて後河にさがりぬ。後程にさがりたる已は野に草し...
// だ来ぬ人を先にやる。先後のあはれば行旅の習ひも思ひ知ら...
// 過ぐるほどに、富士川を渡りぬ。この川は川中によりて石を...
// 座峡の水のみ何ぞ船を覆さん、人の心はこの水よりも瞼しけ...
// 馬をたのみて打渡る。老馬、老馬、汝は智ありければ山路の...
// のみにあらず、川の底の水の心もよく知りにけり。
// 音にききし名高き山のわたりとて
// 底さへふかし富士川の水
// 浮島が原をすぐれば、名は浮島と聞ゆれども、まことは海...
// 見えず、野琵とはいひつべし。草むらあり木樹あり、遙かに...
// ば人煙庁々、絶えて又たつ。新樹、程を隔てて隣互にうとし...
// 西行の客はみな知音にあらず、村南村北の路にただ山海を見...
// 蜘のづから知る人あらばいかがせん
// うときにだにも過ぐるなごりを
// 富士の山を見れば、都にて空に聞きししるしに、半天にか...
// 群山に越えたり。峯は鳥路たり、麓は醍たり、人跡、歩み絶...
// りそびげあがる。雪は頭巾に似たり、頂に覆ひて白し。雲は...
// の如し、腰にめぐりて長し。高きことは天に階たてたり、登...
// かへつて下る。長ぎことは麓に日を経たり、過ぐる者は山を...
// 行く。温泉、頂に沸して細煙かすかに立ち、冷池、腹にたた...
// 流川をなす。まことにこの峯は、峯の上なぎ霊山なり。霊山...
// ば、定めて垂跡の権現は釈逝の本地たらんか。かの仙女が変...
// の腰を昔語りに聞き、天神の築山は松の姿を今の眺めに見る...
// の頂に泉あつて湯の如くにわくといふ。昔はこの峯に仙女つ...
// の麓に新山といふ山あり。延暦年中、天神くだりてこれをっ...
// てこの峯は、天漢の中にひいりて人衆の外に見ゆ。眼をいた...
// 立ちて、神、悦々とほれたり。
// いくとせの雪つもりてか富士の山
// いただぎ白ぎたかねなるらむ
// とひきつる富士の煙は空にきえて
// 雲にな、こりのおもかげぞたつ
// 昔採竹翁といふ者ありげり。女をかぐや姫といふ。翁が家...
// に、鴬の卵、女形にかへりて巣の中にあり。翁、養ひて子と...
// 人となりて顔よぎことたぐひなし。光ありて傍を照らす。輝...
// 両費は秋の蝉の翼、宛転たる雙蛾は遼山の色、一たび笑めば...
// なる。見聞の人はみな陽を断つ。この姫は先生に人として翁...
// はれたりげるが、天上に生れて後、宿世の恩を報ぜむとて、...
// の翁が竹に化生せるなり。憐れむべし父子の契の他生にも変...
// ことを。これよりして青竹の節の中に黄金出来して貧翁たち...
// 富人となりにげり。その間の英華の家、好色の道、月卿、光...
// 雲客、色を重ねて艶言をつくし懇懐をぬきんづ。常にかぐや...
// 屋に来会して、絃を調へ歌を詠じて遊びあひたりけり。され...
// 翁姫、難詞を結びて、よりとくる心なし。時のみかど、この...
// 聞しめして召しげれども参らざりければ、みかど、御狩の遊...
// しにて、鶯姫が竹亭に幸し給ひて、鴛の契を結び松の齢をひ...
// 翁姫、思ふところありて後日を契り申しければ、みかど、空...
// り給ひぬ。もろもろの天これを知りて、玉の枕、金の銀、い...
// なれざるさぎに、飛車を下して迎へて天に昇りぬ。関城のか...
// も雲路に益なく、猛士が力も飛行にはよしなし。時に秋のな...
// 月の光、くもりなき頃、夜半の気色、風の音づれ、物を思は...
// 物思ふべし。君の思ひ、臣の懐ひ、涙おなじく袖をうるほす...
// 雲をつなぐにつながれず、雲の色、惨々として暮の思ひ深し...
// 追へども追はれず、風の声、札々として夜の怨ながし。華氏...
// の孫枝なり、薬の君子として万人の病を癒す。鶯姫は竹林の...
// り、毒の化女として一人の心をなやます。方士が大真院を尋...
// 妃のささめき、再び唐帝の思にかへる。使臣が富士の峯に登...
// 女の別れのふみ、永く和君の情を焦せ、り。
// (翁姫、天にあがりける蒔、みかどの御契さすがに覚えて、...
// きて具して留めおきたり、その歌にいふ、
// 今はとて天の羽衣きる時ぞ
// 君をあはれと思ひ出で腹る
// みかど、これを御覧じて、忘れがたみは見るも恨めしとて...
// 青鳥を飛はして雁札を書きそへて、薬を返し給へり。その返...
// あふことの涙に浮ぶわが身には
// 死な煩薬もなににかばせん
// 使節、智計をめぐらして、天に近き処はデ」の山にしかし...
// りて焼きあげければ、薬もふみも煙にむすぼほれて空にあが...
// これよりこの嶺に恋の煙を立てたり◎よりてこの山をば不...
// しかして郡の名につきて富士と書くにや)
// 彼も仙女なり、これもまた仙女なり。共に恋しき袖に玉ちる...
// は死して去る。これは生きて去る。同じく別れて夜の衣をか...
// すべて昔も今も、顔よぎ女は国を煩け人を悩ます。っっしみ...
// ふけるべからず。
// 天つ姫こひし思ひの煙とて
// 立つやはかなき大空の雲
// 車返しといふ処を過ぐ。この処は、もし昔、蟷螂の路に当...
// 人を留めけるか。もし遊児の土城を築きて孔子の諌に答へけ...
// (昔小童部の路中に小家を造りて遊びけるに孔子の通るとて...
// そこのけと諌められけるに、小童部の曰く、車は家のある所...
// し、未だ聞かず、家の車に去ることをと。孔子これを聞きて...
// 帰りにけり)もし又勝母の里ならば曾参にあらずともいかが...
// (曾子は孝心深き人にて不孝の者の居たる所をば車を返して...
// 地なれば大行路とはいひつべし。(この道はさかしくして車...
// されども騎馬の客なれば打運れて通りぬ。
// むかしたれここに車のわづらひて
// ながえを北にかけばづしげん
// 木瀬川の宿に泊りて萱屋の下に休す。ある家の柱に、また...
// 言(宗行卿の事なり)和歌一首をよみて一筆の跡をとどめら...
// 今日すぐる身を浮島が原に来て
// つひの道をぞぎぎ定めつる
// これを見る人、心あれはみな袖をうるほす。それ北州の千...
// を知りて寿を歎く。南州の不定は期を知らずして寿を楽しむ...
// とに今日ばかりと思ひけむ心の中を推すべし。おほかたば昔...
// だにも哀れなる涙をのごふ。いかにいはんや我も人も見し世...
// れば驚かすにつきて哀れにこそ覚陣れ。さても峯の梢を払ひ...
// 響に一思はぬ谷の下草まで吹きしほれて、数ならぬ露の身も...
// なくなりてしより、かくさまよひて命を惜みて失せにし人の...
// 生げるを厭ふ身は、今までありてよそに見るこそあはれなれ...
// もこの歌の心を尋煩れば、納言、浮毘が原を過ぐるとて、物...
// かげて上る者あひたりけり。問へば按察使光親卿の憧僕、主...
// 骨を拾ひて都に帰ると泣く泣くいひげり。それを見るは身の...
// なれば、魂は生ぎてよりさこそは消えにげめ。もとより遁る...
// 知りながら、おのづから虎の口より出でて亀の毛の命もや得...
// なほ待たれげん心に、命はつひにと聞き定めて、げに浮島が...
// 我にもあらず馬の行くにまかせてこの宿に落ちつぎ煩。今日...
// の命、枕の下のきりぎりすと共に泣きあかして、かく書きと...
// 出でられげんこそ、あはれを残すのみに非ず、亡ぎあとまで...
// く見ゆれ。
// さぞなげに命もをしの剣羽に
// かかる別れを浮島が原
// 十五目、木瀬川を立つ。遇沢といふ野原をすぐ、この野、...
// も知らず、遙々と行けば、納言は、「ここにてはや暇うべし...
// えげるに、「心中に所作あり今しばし」と乞ひ請げられけれ...
// ほ遙かに過ぎ行きげん、げに羊の歩みに異ならず。心ゆぎた...
// なりとも、波の音、松の風、かかる旅の空は、いかが物あは...
// べぎに、いはんや罵蒐の路に出でて牛頭の境に帰らんとする...
// にも、都に思ひおく人々や心にかかりて、ありやなしやの言...
// にも、今ひとたび聞かまほしかりげん。されども隅田川にも...
// ば、こととふ鳥の便りだになくて、この原にて永く日の光に...
// 冥き路に立ちかくれにげり。
// 都をばいかに花人春たえて
// 東の秋の木の葉とは散る
// やがて按察使(光親卿)前左兵衛督(有雅卿)同じくこの...
// 露もとの雫とおくれ先立ちにげり。それ人、常の生なし、そ...
// 営の居なし◎これは世の習ひ、事のことわりなり。されども...
// て生を謝せば、理を演べて忍びぬべし。〔縁つきて家を別れ...
// を存じて慰み煩へし。〕別れし処は憂き処なり、都の外の荒...
// 野原の旅の道、没せし時はいまだしぎ時なり、恨を含みし憎...
// 秋天の夕の雲。まことに時の災撃の遇に逢へりといへども、...
// これ、先世の宿業の酬へる酬いなり。そもそもかの人々は、...
// を飾り、名誉聞きを飽く。君恩あくまでうるほして降る雨の...
// 人望かたがたに開けて盛なる花に似たりき。中に黄門都護は...
// 貫首として一門の間に灘をおし開き、朝の重臣として万機の...
// を調へき。誰か思ひし、天にぱかに災を降して天命を滅ぼし...
// ちまちに天をあげて地望を失はんとは。哀なるかな、入木の...
// は千年の記念に残り、帰泉の霊魂は九夜の夢に迷ひにき。さ...
// 善悪、心、強くして生死はただ限ありと思へりき。つひに十...
// して他界に移りぬ。夏の終り秋の始め、人酔ひ世濁りしその...
// 念はさもあらばあれ、南無西方弥陀観音、その時の発心な...
// らずば来迎たのみあり。これやこの人々の別れし野辺と打眺...
// ぐれば、浅茅が原に風たちて、摩く草葉に露こぼれ、無常の...
// いひながら、無漸なりける別れかな。有為の境とは思へども...
// りげる世の中かな。官位は春の夢、草の枕に永く絶え煩。栄...
// の露、苔のむしろに消えばてぬ。死して後の山路は従は煩...
// ば、おくるる恨もいかがせん。東路にひとり出でて、けやげ...
// にいざなばれ行きけん心のうちこそ哀れなれ。かの冥吏呵責...
// に、ひとり自業自得の断罪に舌をまき、この妻恩別離の跡に...
// 不意不慮の横死に涙をかく。生ぎての別れ、死にての悲み、...
// がらいかがせん。真を写してもよしなし、一生いくばくか見...
// を訪らひて足り煩へし、二世の契むなしからじ。
// 思へばなうかりし世にもあひ沢の
// 水のあわとや人の消えなん
// 今日は足柄山を越えて関下の宿に泊るべきに、日路に烏む...
// 飛ひて、林の頂に鷺ねぐらを争へば、山のこなたに竹の下と...
// に泊る。四方は高き山にて、一河、谷に流れ、嵐おちて枕を...
// 問へばこれ松の音。霜さえて袖にあり、払へばただ月の光、...
// の思ひにたへず。ひとり起きゐて残りの夜を明かす。
// 見し人に逢ふ夜の夢のなごりかな
// かげろふ月に松風のこゑ
// ふくる夜の嵐の枕ふしわびぬ
// 夢もみやこに遼ざかり来て
// ニハ目、竹の下を立ち、林の中をすぎて遙々伊げば、千東...
// 独梁にさしこえて、足柄山に手をたてて登れば、君子、松い...
// くして貴人の風、過ぐる笠をとどめ、客雲、梢に重なりて故...
// あらたに高し。朝の問は雨降りて松の風、声の虚名をあらば...
// なく、日兎、岡の東にのぼりて、雲早く駅路の天に晴れめ。...
// 川砥の昔の歌は遊君が口に伝へ、嶺の猿の夕べの鳴きは行人...
// ましむ。(むかし青墓の宿の君女この山を越えける時山神翁...
// へたり。足柄といふはこれなり)時に万恨、峯高し、木の根...
// 腰をかがめ、千里、巌さかし、苔の髪をかなぐりて脛をのの...
// 中を馬返しといふ、馬もしここにとどまりたらましかば馬鞍...
// はまし。これより相模の国に移り煩。
// 秋ならばいかに木の葉の乱れまし
// あらしぞおつる足柄の山
// 関下の宿をすぐれば、宅をならぶる住民は人をやどして主...
// 窓にうたふ君女は客をとどめて夫とす。憐れむべし千年の契...
// 一夜の夢に結び、生涯のたのしみを往還諸人の望にかく、...
// 万事の礼法ことなりといへども、草庵柴戸、一生の歓遊これ...
// 桜とて花めく山の谷ほこり
// おのが匂ひも春はひととぎ
// 路は順道なれども宿の逆川といふ処に泊る。(潮のさす時...
// に水の流るればさか川といふ)北は片岡、旧膠うちすさみて...
// 折れ青葉にまじり、南は満海、浪わぎあがりて白馬ならびわ...
// しかのみならず、前汀東西、素布を長畳の波に洗ひ、後園町...
// 袂を万茎の竹にかく。時に暮れゆく日脚は、影を遼島の松に...
// 来り宿する疎人は、契を同駅のむしろに結ぶ。かの單になつ...
// は、胡国を忍びて北風にいばへ、野に放つ休牛は、呉地にな...
// 夜の月にあへぐ。樺歌数声、舟船を明月峡のほとりによせ、...
// 曲、琵琶を簿陽江の汀に聞く。一生の思出は今夜の泊にあり。
// 行きとまる磯辺の浪のよるの月
// 旅寝のそでにまたやどせとや
// 十七目、逆川を立ちて平山をすぐ。高倉宰相中樗(範茂)...
// ふ淵にて底のみくづと沈みにげり。つらつらその昔を思へば...
// こそ覚ゆれ。日本国母の貴光をかかやかす光の末に身を照...
// 子聖皇の恩波をそそく波のしづくに家をうるほす。羽株の花...
// に開け、春にあへる匂ひ、天下に薫ばし。射山の風あたたか...
// ぐ、時にあたる響き、をちこちにふるふ。計りきや、栄木、...
//
//
// きて、その花、塵となり、逝水、ながれ速かにして、その身...
// 消えんとは。運枝の契、片枝はや折れ浪。家苑の地、跡むな...
// れり。鮒鯛のむつび一煩をならべず、他郷の水落ちて帰らず...
// ここにつき煩。この川は三泉の水口たるか。いふことなかれ...
// ろなしとは、波の声、鳴咽して哀傷をよす。
// 流れゆぎて帰ら煩水のあはれとも
// 消えにし人の跡と見ゆらん
// このついでに相尋ぬれば、一条宰相中将(信能)美濃の国遠...
// ふ処にて、露の命、風をかくしてけり。それ洛中に別れを催...
// は、家を離れし恨、いよいよ悪業の媒たりしかども、旅の路...
// をひらぎし時は、家を出づる悦、遠ぎ善縁の勧にあへり。掌...
// せ、念を正しくして魂ひとり去りにけり。臨終の儀を論ぜば...
// ともいふべし。東土には、たとひ勇士永く一期の寿木を切る...
// 酉刹には、聖衆さだめて九品の宝蓮に導き給ふらん。かの羽...
// て天關に遊びにし八座の莚、家門の塵を打払ひ、虎貢をかね...
// に走る累葉の花、芳枝の風にほころびぎ。痛ましいかな、平...
// 盛んにして未だ西天の雲に頓かざるに、寿堂の扉、永く閉ぢ...
// の地に埋む事を。花の床をなにか去りげん、跡にとまりて...
// 親族は悲めどもよしなし、旅に出でて独り死に煩。楊国忠が...
// 移りし、知らず人の恨をなすことを。平章事の遠山に滅びし...
// やりぎ身の悲み遼く合みげんことを。かの東平王の旧里を思...
// 上の風、酉に摩く、まことにさこそはと哀れにこそ覚ゆれ。
// 思ひきや都をよそに別れ路の
// 遠山のへの露ぎえんとは
// それ人の生れたるは庭に落つる木の葉の風に動くが如し。...
// ぬれば動かず。死と思ふは旅に出づる行客の宿に泊るが如し...
// に別れぬといふともかしこに生れぬ。ただ煩悩の眼のみ見ざ...
// を悲み、愚痴の心のみ知らざることを恨むべし。早く別れを...
// 人は、再会を一仏の国に約し、思を恋ひん人は、追福を九品...
// 訪ふべし。
// 今さらになに嘆くらむ末の露
// もとより消えん身とは知らずや
// 大磯の浦、小磯の浦を遙々とすぐれば、雲の橋、浪の上に...
// 鵠の渡し守、天つ空に遊ぶ。あはれ淋しぎ空かな、眺め馴れ...
// は行くらんな。
// 大磯や小磯の浦の浦風に
// 行くとも知らずかへる袖かな
// 相模川を渡りぬれば、懐島に入りて砥上の原に出づ。南の...
// やれば、波の綾、織りはへて白ぎ色をあらふ。北の原を望め...
// の緑、染めなして浅黄をさらせり。中に八松といふ処あり。...
// の蔭に立寄りて十八公の栄を感ず、
// 八松の千世ふるかげに思ひなれて
// とがみが原に色もかばらず
// 庁瀬川を渡りて江尻の海汀をすぐれば、江の中に一峯の荻...
// 山に霊社あり、江尻の大明神と申す。感験ことにあらたにし...
// 前をすぐる下り船は上分を奉る。法師は詣らずと聞けば、そ...
// 尋ぬるに、むかしこのほとりの山の山寺に禅僧ありて法華経...
// して夜を明し目を暮らす。その時、女形出で来て夜ごとに聴...
// 明くれば忽然として失せぬればその行くへを知らず。僧これ...
// みて、糸を構へてひそかにその裾につげてげり。あくる朝に...
// れば海上にひぎて彼の山に入りぬ。巌穴に入りて寵尾につぎ...
// り。神寵、現形して後、僧に恥ぢてこれを入れずといへり。...
// 現は利生の姿なり、化現せば何ぞ姿に曄からん。弘経は読誦...
// り、経を貴まば何ぞ僧を厭はんや。ふかぎ誓は海に満てり、...
// るるあと、蕊体ぱ天に知られたり、雲に響く声。されども神...
// 知るべからず。宜彌が習はしに従ひて伏し捧みて通りぬ。
// 江の島やさして潮路にあとたるる
// 神はちかひの深きなるべし
// 路の北に高き山あり。山の峯、童にて貴からずといへども...
// 石ならびゐて輿なぎにあらず。歩をおさへて石を見れば、む...
// 浪の掘りうがちたる磐どもなり。海も久しくなれば干るやら...
// ゆ。
// 腰越といふ平山のあはひを過ぐれば稲村といふ処あり。さ...
// 岩の重なりふせるはざまを伝ひ行けば、岩にあたりてさぎあ...
// 花の如くに散りかかる。
// うぎ身をば恨みて袖をぬらすとも
// さしてや波に心くだかん
// 申の斜に湯井の浜に落ちつき煩。暫く休みてこの処を見れ...
// 百艘の舟、ともづなをくさりて大津の浦に似たり。千万宇の...
// をならべて大淀のわたりにことならず。御霊の鳥居の前に日...
// して後、若宮大路より宿所につぎぬ◎月さしのぼりて、夜も...
// にふけ煩れば、思ひおきたる老人、おぼつかなく覚えて、
// 都には目を待つ人を思ひおきて
// あづまの空の月を見るかな
// 鶏鳴八声の暁、旅宿一寝の夢おどろぎて立ち出でて見れば...
// 光、屋上の酉に傾きぬ。
// 思ひやる都は酉にありあげの
// 月かたぶげばいとど恋しき
// 十八目、この宿の南の櫓には高き丸山あり。山の下に細ぎ...
// り。峯の嵐、声落ちてタベの袖をひる松べし、轡水、響そそ...
// の夢を洗ふ。年ごろゆかしかりつる処、いつしか周覧相催し...
// も、今に旅なれねば今日は空しく暮らしつ。
// 相知りたる人、一両人はべるをたのみて、物なんど申さん...
// ほどに、違ひて無ければ、いとど便りなくて、
// たのみつる人はなぎさの片し貝
// あはぬにつけて身を恨みつつ
// さらぬ人は多げれども、うとければ物いはず。その中に古...
// ひとりありて不慮の面談をとぐ。まづ往事の夢に似たること...
// みて、次に当時の昔に変ることを歎く。互に心懐をのべて暫...
// る。
// その後、立ち出でて見れば、この処の景趣は、海あり山あ...
// 木便りあり、広きにもあらず狭きにもあらず、街衝の巷は、...
// たに通ぜり。げにこれ聚をなし邑をなす、郷里、都を論じて...
// まづめづらし。豪を撰び賢を撰ぶ、門郭、しきみを並べて、...
// にぎはへり。おづおづ樗軍の貴居をかいま見れば、花堂高く...
// いて翠簾の色喜気を合み、朱欄たへに構へたり、玉御の積石...
// 淋く。春にあへる鴬の音は、好客、堂上の花にさへづり、朝...
// る寵蹄ば、参会、門前の市にいぱ陣。論ぜず、もとより春日...
// 出でたれば貴光高く照らして万人みな謄仰す。土風塵を払ふ...
// 遠くいましめて四方ことごとく聞きに恐る。何ぞいはんや、...
// 源、すみまさりて清流いよいよ遺跡をうるほし、新花、栄え...
// かに開いて紫藤はるかに万歳を契る。抽ほよそ坐制を搾帳の...
// ぐらして、懲粛を郡国の間につづめたり。しかのみならず、...
// 戸ぼそを忘れて夜の戸をおし開き、人倫は心ととのへて誇る...
// らず。憲政の至り、治まりて見陣。
// 夜の戸ものどげき宿に開くかな
// くもら煩月のさすにまかせて
// この縁辺につきて、おろおろ歴覧すれば、東南角の一道ぱ...
// の津、商買のあぎびとは百族満ちにぎはひ、東西北の三界は...
// の山、屏風の如くに立廻りて所を飾れり。南の山の麓に行き...
// 御堂、御薪堂を拝すれば、仏像烏琵の光は、襲塔、眼にかか...
// 月殿画梁の粧ひは、金銀、色を争ふ。次に東山のすそに望み...
// 堂を礼す。これは余堂に躁燦して感嘆および難し。第一第二...
// る櫓には、玉の瓦、鴛の翅を飛はし、両目両是の並び給へる...
// 金の盤、雁燈をかかげたり。おほかた、魯般、意匠を窮めて...
// の望にすずしく、毘首、手功を尽せり、発露、人の心に催ほ...
// れば又、山に曲水あり庭に怪石あり。地形の勝れたる、仙室...
// つべし。三壼に雲浮べり、七万里の浪、池辺によせ、五城に...
// だてり、十二楼の風、階の上に吹く。誤りて半目の客たり、...
// らくは七世の孫に逢はんことを。夕べに及びて西に帰り煩。...
// に登りて鳩宮に参す。緋の玉垣、霊鏡に映じて、白妙の木綿...
// 風に染めり。銀の璃は朱橿を磨き、錦のつづれば花軒にひる...
// る。しばらく法施たてまつりて瑞灘に侯すれば、神女が歌の...
// 現垂跡の隠教に叶ひ、僧侶の経の声は衆生成道の因縁を演ぶ...
// 法性の雲の上に寂光の月老いたりといへども、若宮の林の間...
// の風仰ぎて新たなり。
// 雲の上にくもらぬかげを思へども
// 雲よりしたにくもる月影
// 月の光にたたずみて、石屋堂の山の梢かすかに眺めていぶ...
// る。
// たまたまの下向なれば、遊覧の志、切々なれども、経廻わ...
// 一旬にして、上洛すでに五更になりぬれば、なごりの莚を巻...
// でなんことをいそぐ。時に入合の鐘のこゑ、うちおどろかせ...
// しと思ひつる夏の日も、今日ぱあへなく暮れぬ。一樹の蔭、...
// さからず、拾講のむつび、芳約ふかき人あり。暫く別れを惜...
// をのぶ。
// きてもとへ今日ばかりなる旅衣
// あすは都にたちかへりなん
// 返事
// たびごろもなれきて惜むな、こりには
// かへらぬ袖もうらみをぞする
// 五月の短夜、郭公の一声の間に明けなんとすれども、あやめ...
// 夜の枕、再会不定の契を結び捨てて出でぬ。
// かりふしの枕なりともあやめ草
// ひとよのちぎり思ひ忘るな
// 由井の浜をかへり行けば、浪のおもかげ立ちそひて、野にも...
// も、はなれがたき心ちして、
// 馴れにけり帰る浜賂にみつしほの
// さすがなごりにぬるる袖かな
// 人をたのみて下るほどに、頼む人、にはかに上りなんとす...
// 身を無縁の境に捨てて志を有願の道(便宜あらば善光寺へ参...
// 侍りき)にとげばやと存ずれども、花京に老いたる母あり。...
// かへりて愚子をしたひ待つ。夷郷に浮かれたる愚子は、万里...
// て母を思ひおく。斗薮の為に暇を乞ひて出でしかども、棄つ...
// 恨むらむ。無為に入るは真実の報恩なれども、有為の習ひは...
// に瞑あり。もとより思はず東邸の経廻を、今はいよいよ急く...
// 帰願。かの最後の命に遇ふことは先世の縁なれば、坐したり...
// がひなむ、たがひたりとも来りなん。ただ契の浅深によせて...
// 無にまかせたり。悲しむらくは親も老いたり子も老いたり。...
// 先立ち何れか後れん。ただ嘆くところは、母山の病木、八旬...
//
// 傾きて二房の白花いまだ開けざるに、子石の枯れたる苔、半...
// におぼれて、一滴の雫いまだ汲まざることを。朝に看、夕に...
// る志、とげずして止みなば、仏に祈り神に祈る功それ如何せ...
// 聞く、仏神は孝養の為に擁護の誓を発し、経論は報恩の為に...
// 詞を述べたり。壮齢の昔は将来をたのみて天に祈りき、衰運...
// 先報を顧りみて身を恨む。もしこれ不信の雲に覆はれて感応...
// 現はれざるか。もしこれ過去の福因を植ゑずして現在の貧果...
// るか。先報によるべくは、仏の誓、たのむや否や。誓願によ...
// ば、我が孝何ぞ空しき。信や否やともに惑ひて妄恨みだりに...
// 天眼あひなだめて憐れみを垂れ給へ、悲母の目前には中懐...
// 白髪をおろし、愚子が身上には本望を遂げて墨衣を着たるこ...
// 夢間の努は、たとひ一旦の雪に求め失ふとも、覚路の蓮は必...
// の露に開き置くらん。子養は子の志につくす、風樹は風残す...
// かれ。
// いかにせん結ぶ果をまたずして
// 秋のはばそに落つる山風
// 東国はこれ仏法の初道なれば、発心沙弥のことさらに修行...
// 方なり。この故に木方初発の因地より萌して、金刹極証の果...
// かんと思へり。観よそれ、げがらばしぎ浜路を過ぎ行くだに...
// 砂、松おもしろく見ゆ。まして極楽金縄の道こそ思ひやるも...
// けれ、銀樹七重の風、無苦の声を調へ、紫蓮千葉の露、常楽...
// 染む。功徳の池には、水煩悩の汗を洗ひ、菩提の林には、花...
// 果を結ぶ。宮殿は十方に飛ひて居乍ら過ぐるごとに利生を約...
// ずる人はみな説法集会の遊に交はりて無量の寿を延年し、来...
// 悉く見仏聞法の宝に誇りて不退の楽みに世会す。久遠世々の...
// 珍しく本覚の如来に現はれ、過去生々の妻子は、なつかしく...
// 来の菩薩にむつびたり。法喜禅悦の昧ひは口の中にみち、端...
// の飾は身の上に備へり。おほよそ三千一念の月、胸に晴れ、...
// 義空の水、心に澄めり。この故に無始来のねぶりば、夢永く...
// 六趣輪の冥は、盲眼ひらげたり。かの無上念王の故郷をしの...
// 娑婆に厚く、法蔵因位の旧臣を憐れむ志、我等に深し。これ...
// て九品覚王の善政を垂る、一念奉公の輩、しかしながら平等...
// の賞に預かり、諸大薩壌の愈議をなす、六賊重科の犯、すべ...
// 無辺の旨を奏す。七宝の高台には、四十八顧の主、五劫思惟...
// 放ちて念仏の行者を照し、二脇の片座には、三十三身の尊、...
// 誓の網をたれて苦海の沈物を救ふ。故に三世仏の済度にもれ...
// 逆の罪人も、願海不捨の船に樟さして彼岸にわたり、十方土...
// に捨てられたる比界の悪徒は、大雄超世の翅にかかりて西...
// む。あはれ、とく生れて利生の道に入らばやな。
// 浪風もみのりの声をとく聞きて
// みるめ苦しぎ海をいでばや
// 迷ひ来てまた迷ひこん仮の宿に
// 永くかへら煩道にかへらん
// 東国にさまよひ行く子あり。もとの城国を別れて仮の宿に...
// り。酉刹に尋煩る母います。あはれ、求めて彼の国に導くそ...
// います。仏は三字名号を子供に授げて三因仏性の隠れたる...
// だし、十念の来迎を最後に契りて十地証王の位に即く。信力...
// 者には他力を与へてこれを済ふ。倒れ臥したる赤子を親のい...
// 如し。念緒つよき者は願緒にすがりて自ら進む。驥〔につく...
// 里にかけるが如し。されども具縛の憂き身は一栄の肴にすす...
// て三毒の酒に酔臥し、世路の験難に疲れて仙界の正道に迷ひ...
// 子を思ふ心冥にくらまされて心仏の光を隔てたり。菩提の鹿...
// の山に隠れて、駆れどもいまだ出でず。煩悩の虎は功徳の林...
// って追へども帰らず。睡眠の閨仁は、暁の鐘の声、打驚か...
// 諸行無常の告をさとらず、遊戯の床には、暮の目、さし驚か...
// 分段有為の理を弁まへず。老少不定の悲みは眼に遮ぎりて雲...
// に騒げども、心、空にして思はず。先後相運の別れば耳に...
// の如くにひらけども、聞き、っれなくして悲まず。老いた...
// たればいよいよ余命を惜み、若きは若ければまことに将来を...
// その間、山水、齢ながれて俄に泉に帰し、風煙、命ほろびて...
// に迷ひ煩。貯ひ持つ財らば惜めども荷なばず。養ひおける僕...
// すれども随はず。終に天使に召されて地獄におちゆれば、冥...
// さかし、嬰児の歩みにただよひて独り行く。黄泉、水早く、...
// の涙に溺れて身を流す。悲しきかな、悲しきかな、獄卒の呵...
// かりて、後悔、魂をくだき、閣王の断罪にをののきて、前非...
// まく。意行、恥を露はす、鏡の中の影、自業、陳じがたし、...
// の文。ああ十八猛鬼の怨恋と怒れる声、天雷の落ちかかるが...
// 六十四眼の眠脱とにらめる光、熱鉄のほとばしるに似たり。...
// とすれ、ども逃げられず、刃のふる所。喚ばんとすれども喚...
// 焔にむせぶ時。心うぎかな、猛火の薪木となりて万億歳、罪...
// 林、夏久し◎寒嵐の水に沈みて無量劫、業報池の氷、春に別...
// 我等、前非ここに謝せずば、後悔またいかがぜん。心あらむ...
// か悲しまざらんや。
// 見ねばとや痛ぎ心もなかるらん
// 聞くも身にたつ剣葉の枝
// ただし極楽、西方に非ず、已が心の善心の方寸にあり◎...
// の底に非ず、己が悪念の心地にあり。弥陀、うとぎ仏にいま...
// 自らが本有の真性にあり。獄卒、知ら煩鬼に非ず、已が所感...
// にあり。雪つもりて山をなす、春の目に当れば消えて残らず...
// だけて灰にまじる。水に入れてゆれば失することなし。罪雪...
// ば善根は露はれぬべし。迷へる時は目をひさぎて我が身をだ...
// ず。臣れる時には目を開きて人のからだを見る。障子を隔て...
// たば十万億土と思へども、引開けたればただ一間のうちなり...
// の水、煩悩の風に氷れども、思ひ解けば、水とは誰か知らざ...
// 貧なりとも嘆くべからず、電泡の身には幾ばくの嘆きぞや。...
// ともおごるべからず、幻化の世には幾ばくの楽しみぞや。楽...
// 大橋慢のあだなり、あだは則ち悪趣に引落す。貧は小道心の...
// り、媒は則ち善所に引きあぐ。財は先生の怨敵なり、責着、...
// ばりて四生の牢獄にこむ。貧は今生の知識なり、愛欲、心を...
// 三界の奨籠をいだす。この故に世を厭ふ人は沙門と名づげて...
// る人とす。我等八苦の病は重くとも、念仏の薬に愈え煩へし...
// の敵はうかがふとも、非人の身には敵すべからず。上界天人...
// も心にくからず、過去生々に幾たびか受げたる。国王大臣の...
// うらやましからず、流来世々に幾たびか得たりし。六趣の住...
// とみはてたる所なり。九晶の都こそ未だ見ねば恋しけれ。恋...
// ぱ誰か参らざるべぎ。たまたま人身を受けたるは、梵天の糸...
// の針を釣り得たる時なり。仏法の教木、亀厩の語に信じ得た...
// り。これだにも有難しと思へば、十方仏土に又二つとなき一...
// に生れあひて、十悪をも疎まず引接を垂れ給ふ阿弥陀仏を念...
// は、口のあれはただに唱へゐたるか、耳のあれはただに聞き...
// か。あな浅ましの安さや。無始生死の間に、庫の結縁つもり...
// となり、露の功徳たまりて蒼海とたたへて善根林をなし、機...
// を得て今失を生死の終とし、当来を解腕の始とする人間に生...
// の縁にあひたり。故に慈父長者は貧者の為に福徳の経を説き...
// ”切衆生とこしらへ、皆令入仏道とよろこび、悲母教主は弱...
// ”為に誓願を発して此願不満足と舌をのごひ、誓不成正覚と...
// く。ここに知りぬ、この南浮ば西方の出門なりといふ事を。...
// たとひ堅固ならずとも、漸愧の杖を取りしばりて常に身をい...
// 葉塵はたとひ積りゐるとも、峨悔の箒を東ねて常に心を清め...
// らば則ち、桜花枝にこもれり、春の侯を迎へて開きなんとす...
// 胸に埋もれり、終りの時に臨みて宜しく萌すべし、
// そもそも、これは轟中の景趣にあらず、存外の浅ぎ聾言な...
// り而うして、魚にあらざれば魚の心を知るべからず、我にあ...
// 我が志を悟るべからず。駿蹄の千里に馳するも、鷺駘の思尺...
// へぐも、志の行くほどは至る所たがはず。大鳳の雲に翔るを...
// 小鳥の灘に遊ぶばかりなり。これただ家を出でし始め、道に...
// 時、身の悲しみに催されて、人の潮をかへりみず、愚懐の為...
// を記す、他興の為にこれを書かず。潮らん人、隣まん人、順...
// 縁、共に一仏土に生れて、一切衆生を済へとなり。
// 開くべぎ胸のはちすのたぐひには
// 春まつ花の枝にこもれり
// 変らじな濁るも澄むも法の水
// 一つ流れとくみて知りなば
*阿仏尼海道記 [#x4756c73]
→[[十六夜日記]]
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