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[[帚木蓬生]]
歴史小説
福岡方言会話
今村信徒
大友宗麟
アルメイダ

新潮文庫による
上
//55 時折言葉に詰まりながらも、修道士は懸命に話す
//55-56 あの日本の言葉が上手だったフェルナンデス修道士
//56 口調が湿り気を帯びた
//56-57 イルヴァン・シルヴァさまは、じしょをつくるつもりでした。かいたものが、たくさんありました。だれもひきつぐものがいないので、パードレ・トレスさまは、いひんとして、イエズスかいのほんぶにおくりました。
//59 ポルトガルのナウぶね
//69 日本の言葉
//73 休まれて下さい
//75 くつろがれて下さい
//79 休まれて下さい
//79 心づもりされていて下さい
//82 霊魂などという難しい言葉が(アルメイダ)修道士が漏れた[…]長年の経験から覚えた漢語に違いなかった
//97 ざんげ
//106 あしたも、いきます
//132 何という僥倖な。
//135 不思議な抑揚のある言葉が漏れる
//136 訥々とした口調で
//141 なにか呪文のような言葉
//144 そのときの言葉は微妙に違った
//146 百姓たちに言いかけていた
//153 文殊、いえロザリオの知恵です
//164 和語にする
//168 祈りになると、修道士の言葉が日本人に近くなる。信者とともに何度も唱えているうちに、異人特有の訛りが直されたのだ
//172 アルメイダ修道士の独特の抑揚を耳にしながら、右馬助はよくぞここまで異国の言葉を[…]日本の言葉の獲得にも血と汗の努力があったに違いなかった
//179 和語が話せるようになっている
//182 四老
//190 モンテ神父の和語は
//195 薫染《くんぜん》
//199 次方帳 高寄帳  免割
//201 覚えきっとります
//210 立ち振る舞い
//221 端城《はじょう》
//234 広東《カントン》近くの上川島《サンチアン》
//236 掌中にせし候《そうろう》   婚儀相成りの件
//248 ヴァリニャーノ神父は[…]特にその国の言葉を習得しなければならないという信念の持ち主だった。
//249 日本人神父養成の教育施設の設立を決めた
//255 小壷那須《つくしなす》
//269 蔀が上げられているにもかかわらず、声が通る
//270 モウラ神父の言葉は、以前より明らかに聞きやすくなっていた
//289 『日本のカテキズモ』
//322 神父たちが二枚舌であるとの疑惑を抱かせ
//324 宣教師がまず覚えなければならないのは、日本の言葉と地図のはずだった
//329 わずかに訛りのあるフロイス神父の言葉
//336 グレゴリウス暦
//344 虎穴に入らずんば虎子《こじ》を得ず
//349 小倉から先の通詞 
p.350 ロドリゲス神父とオルガンティノ神父
//361 彼坪《かなつぼ》村
p.416 ジョアン・ロドリゲス神父
//442 訛りの少ない口上[…]なめらかな日本語とはいえ、不思議な抑揚をもつ説教
//453 嫁入った
下巻
//18 マトス神父が異国の言葉で語りかけ、それをジョアン山が通詞する
//31 通詞した
//34 虎穴に入らずんば虎子《こじ》を得ず
//39 ずっと挨拶ばしとかなきゃなりまっせん
//46 閉眼している
//54 ロザリオの玄義
//64 雪は濃くなった
//73 火薬庫に火をつけ自爆させた
//80 右近様は[…]亡くなっていた長男ジョアンの孫五人
//82 心得違い仕らざり候様
//97 背中を蹴やって
//109 異国の言葉で、祈りを捧げると
//113 原マルチノが心血を注いでいたのは、聖書その他の伝道書の翻訳、ならびに辞書の編纂だった。主として長崎にある印刷所で働き
//123 駿河問い  駿河の責め苦
//125 忍びなか
//139 できんこつば続けてあるので、羨ましかです。ですけん
//141 自分の体を長々と鞭打った
//144 行っとったのです。 訪ねたとです
//147 「よくぞ遺体が帰って来たとですね」
//149 自肅ばしろと言うても
//156 ようく分かってあった
//163 鮒の火ぼかし
//164 ナウ船
//165 和語に達者
//173 和語で唱える
//175 強い吃音のうえに病身だった
//185 やおなか
//188 高目の地形
//191 ゆっくりされて下さい
//206 聖遺物
//208 潔い死に様《ざま》
//221 聖遺物|函《はこ》
//226 和文に目を通されました
//229 (原マルチノ神父は)ラテン語で演説をしたほどです
//230 印刷機とともに原神父もマカオに渡りました
//233 仮に、仮にでの話だが
//237 空穂が増えた
//240 数瞬見つめ続けた
//242 一族郎等《  ろうどう》ともどもですか
//247 踏みつけるこつになる
//250 始められとるらしかです。[…]踏まなかった
//253 高樋《たかえ》村
//266 流川《ながれこ》
//268 まるでそこに行き着くまでは倒れないぞと言う、鬼気迫る表情だ。
//282 十三歳のときからずっと学んできたラテン語が役立ちました。
//290 沢野忠庵 目明かしの通詞
//292 悲し気に
//292 私が持っとくよりか、よかと
//306 一面では[…]また一面では[…]という懸念は消せなかった。
//314 十字架を背負わされている
//320 楷書での丁寧な筆致に大庄屋の決心のほどがうかがわれた
//330 認めらっしゃった
//350 仏の教えと瓜二つ
//354 襲継した
//354 筑前六宿《 むしゅく》
//355 外様の家臣たち
//355 檀寺《だんでら》 唐銅《からかね》
//363 親見知りの儀式
//363 三代糺しの書付
//389 にこっと笑って手ばこまねいて[…]くれらっしゃった
//397 菜種《からし》
p.398 他国の訛りがあった
p.412 プチジャン神父
//415 公儀による捕縛を崩れと言う
//431 異人の神父は和語ができるのか
//437 柳川三年、肥後三月、肥前、久留米は朝茶の子
//443 寺の名を大書した額を眺めた。もとより与吉には読めず
p.463 福羽美静

主要参考文献 476-480
解説 縄田一男 481-489


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