#author("2020-08-31T13:50:45+09:00","default:kuzan","kuzan") 菊池寛 小説 #author("2021-02-20T15:11:50+09:00","default:kuzan","kuzan") [[菊池寛]] [[小説]] http://www.aozora.gr.jp/cards/000083/card43270.html >> 「洗面所《トイレット》やバスは、後でご案内いたします。」と、外人別荘にいたことのあるらしい女中は、英語を使った。 << >> よく見ていると、仕度という字を、一度平仮名でしたくと書いてから、消して、仕度と直してあった。 この字は、四、五日前に、新子が支度の方が正しいと、教えたばかりであったので、彼女は、微笑を浮べながら、しかしややきびしい調子で、 「たいへん、お上手だけれども、一字小太郎さんらしくもない間違いをしていらっしゃるわ。ね、仕度は、支度の方が正しいと、この間云ったでしょう。」と、新子は鉛筆で、白い紙の端に支度とかいてみせた。 いつも、素直な小太郎であるが、嫌いな綴方を、やっと自分で作ったのに対し、とやかく云われたことが、すぐかんに触ったらしく妙に意固地になり、てれくさくなったらしく、 「僕、それよく分らなかったから、平仮名で書いておいたの、そしたら、ママが本字を教えてくれたんだもの。それでも、いいんだよ。」と、子供らしく、喰ってかかって来た。 「ええ、普通によく仕度とかいてありますけれど、それは間違いなんですよ。やっぱり支度と書かなけりゃ。」 「だって、僕が間違ったんじゃないや、僕は平仮名で書いておいたんだもの。ママが悪いんだ、ママに怒って来る!」と、云うと小太郎は早くも立ち上って、(アッ!)と云う間もなく、飛鳥のように部屋を飛び出した。 […] 「後でもいいんですけれど、私いいたいことをためておくの、いやな性分ですから、すぐ来ていただいたんですの。私が教えた仕度という字、違っておりますの?」と、単刀直入であった。 「………」 新子は、夫人の勢いを避けて、だまっていると、 「ああ書きますと、誰にも通じませんかしら……」 「いいえ、通じますわ。」 「そうでしょう。通じれば、それでいいじゃありませんか。」 「はあ。」 「言葉というものは、通用するということが、第一じゃありませんの。貴女は、英語の方は、お精くわしいそうだからご存じでしょうが、保護者パトロンという字だって、本当に発音すれば、ペイトロンか、ペトロンでしょう。」いかにも、外国に行ったことのあるらしい、しゃれた発音であった。 「はあ。」 「でも、パトロンはパトロンでいいじゃありませんか。もう、それは日本語なんですもの。それを知ったかぶりで直すのこそ、おかしいと思いになりません。それから、大統領のリンコルンだって、本当はリンカーンでしょう。でも、リンコルンというのも、それで何だか、昔風でなつかしくっていいじゃありませんか。」 「はあ!」 「日本の言葉にだって、間違ってそのまま通用している言葉が、沢山あるでしょう。殊に仕度という字なんか、十人の中で七、八人まで、仕度とかいていやしませんかしら。」 「はあ。」 「十二、三の子供の綴方に、仕度と書いてあったからといって、それを一々直すには及ばないと思いますが。」 << 「ミヒヒという山羊の声」 「気持が悪くなったらしく、水のようなものを、ゲラゲラ吐き出した。」 文春文庫 #amazon(4167410052, , ) //37 めんちゃい //99 「彼女」の役 //115 テリヤを輝や(女中の名)とまちがえた //127 カンガエールカンガール p.136 「圭子でございます。」 「ケイ、どんなケイです。」 「土を二つ重ねた。」 //145 毛ぶかい人は //148 ボクはね。 男の子のように //158 したく 仕度 支度 //202 タクシ 一台急にと云ってくれ //204 お前に辛抱したんだ! //234 いらっしゃりました 基本金 //263 新しいバーの名前 //271 東京下町の小学生が唄いはやす(真中まぐそ、はさんですてろ)と //275 (大恩は謝せず)という古語がある //277 姉妹《きょうだい》 //287 ウィルキンソンにコップが三つ //305 懲《こ》り懲《ご》り //367 モザイクの三和土 //404 私室《プライヴェト》 //410 何も邪《やま》しい!」