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詞の緒環 ことばのをだまき 語學書二卷
【著者】林國雄
【刊行】天保九年春。天保八年正月の藤原寛海・源瑞雄の序。同七年孟春の自序がある。
【由來】本書はもと一珊で「詞の綾緒」と云つてゐた。刊本の上卷の部分がこれである。刊行の際に下卷の部を書き加へて題を改めたものである。
【内容】上卷は主として「詞の玉緒」「詞八衢」(各別項)の説を補正したものであって、手爾波の係結、活用に關して記し、下卷は詠歌について、語法、手爾波の係結の記憶法等を記してゐる。先づ上卷には、「詞の玉緒」に「は、も、徒」、「ぞ、の、や、何」、「こそ」の三條に分けて手爾波の格を説いてゐるが、このうち「の」は重き意と輕き意のものとある。前者は「玉緒」の説の如く「ぞ、や、何」と同じ格で、「お、こ、そ、と、の」と横に、五十音圖の第五の音に通ふものであるが、軽い「の」は「は、も、徒」の格で、「な、に、ぬ、ね、の」
と縦に通ふものである。即ち「の」と云ふべきところを「な」又は「に」、或は「な」に通ふ「が」と言ひ變へても、意味に變りはないものである。さて重い「の」のことは「玉緒」に讓つて、軽い「の」について記すと言つて、「つゝ」「かな」「けり」「なり」「なし」「なく」「なくに」「べし・べく」「か・かし」「みゆ」「おもほゆ」「……さ」等結辭に依つて分類し、證歌を出して證明してゐる。次に「切るゝ辭より受くるなり、續く辭よりうくるなり」について記し、次に「なん」と「ね」、「ぞ」と「なん」、「つ」と「ぬ」、「つる」と「ぬる」、「する」と「せる」の差別、現在の「ぬ」「ぬる」、過去の「つ」「つる」を説いてゐる。次に活用については、即ち上一段之活、中一段之活.下一段之活の三種に就いて記してゐる。
下卷には「歌の文字餘りのあげつらひ」「阿伊宇於は言の下に省く例」等を説き.次に手爾波の係結を歌にして、「てにをはの三つの轉《うつ》り、の大むねはずぬねりるれと替る言靈」「はも徒のてにをは上にありてこそ現在のしに過去のきとしれ」等十二首の歌を作り、一々例證を擧げて説明してゐる。
次に「長歌の古調、對句」「長隔句」「れせ等の上にこそとかゝらざる一格」を説いてゐる。

【價値】本書の所説中、手爾乎波に關する説には見るべきものがある。即ち「の」の用法の如きは卓見といふべきである(部分的には缺點がある)。又係結の關係を歌にした事は、法則を諳記する上に便利と云はねばならぬ。但し活用に關する説は頗る杜撰である。上一段活は「八衢」の説に依つたものであるから誤りもないが、著者が新に唱へた中一段活は五種の例皆誤りであり、下一段活も「蹴る」を除いて他は皆誤りである。
さて下一段の「蹴る」は春庭も義門も逸したのであるが、この活用の發見者は、從來本書の著者國雄であると云はれてゐる。然しこの點については疑問がある。即ち國雄は、「け(將然)ける(連體)けれ(已然)」の三段を云つたのみで、十分に活用を研究してゐない。加之、宣長の「御國詞活用抄」(別項)の一本には、その二十五會に「ケ・ケル・蹴」とあり、鈴木朖の「活語斷續譜」(別項)(神宮文庫藏)には.二十五會に「蹴・ケル・ケル・ケル・ケ・ケレ・ケ・ケ・ケ」と記してゐる。即ち不完全ながら氣付いたと云ふ點から云へば、宣長、或は朖を推すべきであり、完全に活用を研究したと云ふ點から云へば、宣長も朖も國雄も除外しなければならぬのである。           〔龜田〕


詞の緒環 二巻二冊
 林國雄著。天保九年刊。初め「詞の綾緒」と称し一巻であつたが後刊行の際に一巻加へて「詞の緒環」と改めたのである上巻即「詞の綾緒」の方は主として「言葉の玉緒」や「詞の八衢」の説を増補訂正したもので手爾波係結・活用に關して述べ、下巻は詠歌についての語法、手爾波係結の記憶法を歌に依って示して居る。本書の所説を活用の點から見ればその「八衢」の説に據ったものを除いた自説は頗る杜撰なもので價値のとぼしいものである。然るに從來下一段活「蹴る」の活用を國雄の發見としてその功を称する向もあるが之に關する彼の説は不十分であるのみならす、已に「御詞活用抄」「活語斷續譜」等の一本にも不完全乍ら「蹴る」について記してゐるのを見受けるを以って一概に賛成し難い。併し乍ら本書所説中手爾遠波「の」の用法に關する説又係結の關係を歌にして法則を暗記するのに便ならしめた點などは隨分認められるべきものであらう。
(亀田次郎「国語学書目解題」)


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Last-modified: 2022-08-08 (月) 10:08:10