日本小文典
英人チャンブレン (Basil Hall Chamberlain)著。明治二十年(西暦一八八七)刊。本書は自序に「皇國語ののりの大むねを示しかつは童たちのためにもとてつゞまやかなるをむねとし」とある如く極簡明に文語法を記述してゐる。全篇を單語法・文章法に別ち最後に國語の音韻について記してゐる。洋式文典風に國文法を説いたものであるが缺點もある。然し學界に影響したのは本書位のは他に無い。それは當時その所説の勝れて居たのと、我文部省の命に依つて著したのと、また文部省から出版したといふ権威とに依る。著者が外人であった爲に國粋主義的思想から反感を有つ學者も少くなかった。谷千生の如きはその代表者で「ビー・エッチ・チャンブレン氏/日本小文典批評」(明治二十年十一月刊)を著して反駁的批評を試み、更に外人に国文典を編ましめる事の非を唱へた。猶生川正香は日本小文典辨惑を著してゐる*1。本書の出版後邦人の覺醒自覺を促進して國語學研究勃興の動機となった事は忘れてはならぬ。著者は別に英文で A Simplified Grammar of the Japanese.(Modern written Style)を前年に著してゐる。内容は大體同様である。この書は後年更に増補訂正されて版を重ねてゐる。
(亀田次郎「国語学書目解題」)