鮎川哲也
推理小説
「言葉はどうでした? なまりはなかったですか、九州弁とか関西弁とか……」
「標準語でした。ラジオのアナウンサーのように、歯切れのいい言葉づかいでした」
「声はどうでした? テノールとかバリトンとか……」
「さあ……、まあ普通ですな」
九州弁と関西弁をまじえて語るのである。
「はんごうするというのは、都合をつけるという若松弁です」
博多弁でがなりたてて
刑事がよこからアクセントのつよい高松弁でたしなめると、
この辺りでは、 「ばってん」を「ばって」と発音するのである。
力行とタ行のかたい発音
いや、変ったのは食べ物だけじゃありません。早い話が、言葉だってそうです。東京人にも正確な標準語をしゃべれる人は少いですよ。ラジオのアナウンサーの話をきいてごらんなさい。町長夫人というから何かと思うと、これが蝶々夫人のことです。アクセントの区別さえ、あやしくなってきています。こうした遷《うつ》り変りを考えていますとふっとさびしくなって、ひとり取残されたよう気持がするのですよ」