広瀬正
小説

淡谷のり子

「その先生の東北ナマリのことなんですけど」
(中略)
「だれかもいっていましたけど、先生のナマリは、かえって先生の歌の魅力の一つになっていると思います。先生ご自身もそれを意識なさっているんじゃないでしょうか」
「あのね。あたし、三十七年前に東京へ出てきたとき、ナマリがあるために就職できなかったりして、とても悩んでいたの。ところが、あたしを歌手として育ててくださった大恩人の柚木先生。その先生が、はじめてお会いしたとき、その鼻にかかったナマリには、かえってフランスのシャンソンみたいな味がある、きみはむしろそれを武器として使うべきだといってくださったのよ。それで、あたしは勇気づけられて、いまでも、ふるさとのナマリを大事にしてるってわけ」

「東京で就職しようと思ったら、そのナマリを直すことだね」
(中略)
 ナマリ……みつ子は、これまで、自分は正確な標準語をしゃべっているとばかり思っていた。
小学校のとき、先生が「正しい標準語をおぼえねばならん」といって、熱心に教えてくれ、みつ子はそれをマスターしたつもりだった。しかし、いま考えてみると、あの先生も、みつ子と同じ土地の人なのである。先生の教えてくれた言葉は、字で書けば標準語かもしれないが、発音や抑揚は岩手ナマリだったのだ。先生や自分が標準語だと思っていたのは、標準語ではなかったのだ

もし自分の家にラジオがあって、年中それを聞いていたら、もっと早くナマリを直せたに違いなかった。

「ラジオの修理にあがりました」ときれいな東京弁でいった。

ぼくは思うんだが、シャンソンはメロディも美しいが、あのあまい、鼻にかかったフランス語の発音が、非常な魅力になっている。ところが、きみの歌には、ちまうどそれと同じ魅力があるんだ。きみは、その東北弁をへたに直そうなぞとしないで、それを生かして使えば、きっと受けると思うよ」

あの東北弁の彼女が、レコード歌手などになれるはずがない。

最近、学生の間でウマタケーキという言葉が流行している。駄という字を分解すると馬と太になる。ウマタケーキ、すなわち駄菓子である。

いまの若い人の言葉でいえぽ、ダンゼン豪華ってところね。

ハーバード出身で、ロックフェラー財団の奨学資金を受け、日本古代史を研究するため、文学部の聴講生として来ている、エドウィン・ライシャワーという青年

政府のほうは反対に、カタカナ名前追放をいい出したんだぜ。


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Last-modified: 2024-04-08 (月) 12:39:34