徳田秋声
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『大正の文豪』


 主人は夫婦とも北海道産まれで、病気で奥の八畳に寝ている主婦の方が、五つ六つも年嵩《としかさ》の、四十六七にもなったらしく、髪も六分通りは白く、顔もうじゃじゃけていたけれど、笑い顔に優しみがにじみ、言葉は東京弁そっくりで、この稼業《かぎょう》の人にしては、お品がよかった。


 福島あたりへ来ると、寒さがみりみり総身に迫り、窓硝子《まどガラス》に白く水蒸気が凍っていた。野山は一面に白く、村も町も深い静寂の底に眠り、訛《なまり》をおびた駅夫の呼び声も、遠く来たことを感じさせ、銀子はそぞろに心細くなり、自身をいじらしく思った。


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Last-modified: 2022-08-08 (月) 10:01:55