有吉佐和子
江戸市中ではお|士《さむらい》の抜刀事件が頻りと起っていて、薩摩や長州なんて耳立つなまりのお士がお茶屋に見えながら私たちをそっちのけで天下国家を難しく論じていた.り、
「わたし、きゆうさん、すき。わたし、買います。あなた、きゆうさん、売ります。往来、往来」 と云ったんですって。やっぱり薬屋でも商売人だから、売り買いの言葉ぐらいの日本語は知っていたんですねえ。「往来」というのは、阿墨利語で「めでたしめでたし」みたいな言葉ですって。私たちもお座敷で、よく使いました。