新潮新書

はじめに
第一章 小学生の頃見た旅順の風景 
  遠足は日露戦跡巡り
  二〇三高地と白玉山の展望台
  岩間に咲く石竹の花
  水師営で聞いた"驚き”
  伝統なきところ植民地
  山査子から車海老、易者、街の物売り
第二章 女学生時代−張作霖爆殺事件の真相
  李先生の中国語
  西崗子の噂話
  好奇心旺盛な中国人
  爆破現場の臨場感
  日本と張師府の腹の探り合い
  張学良の「易峨」
第三章 避暑地の海で見た溺死体
  星ヶ浦水明荘
  妓楼の田代さんの家
  羽衣はなぜ死んだのか
第四章  阿片王の住む町 
  松山台の豪邸
  慎ましかった孫の生活
  関東州の阿片政策
  巨万の富を旅大道路に散じる
  阿片特売人、朱春山
第五章 満州事変余聞  
  その時、奉天では
  前線に赴く兵士たち
  川島芳子の皇后脱出劇
第六章 憧れの内地で学生生活
  映画、コンサート、浄瑠璃文楽
  靴底の磨り減った不良
  まだ見ぬ憧れ「内地」の実像
  福岡女専に入学
  カルチャーショックの寄宿舎生活
  大連−内地間帰省の船旅
第七章 帰省した夏休みの出来事
  一大ブームのダンスホール
  高利貸しの家へ
  匪賊に拉致される
  牟の大手柄
  満州青年連盟の講演会
  世界の一流音楽家が集う地
  天才・楽童と同級だった横田先生
  村岡女性合唱団に入団する
第八章 豪華なる春、厳しく楽しい冬
  百花繚乱「五月祭り」
  零下五・二度の光景
  ペチカと栗ぬくい
第九章 児玉邸殺人事件の顛末
  大連で起きた猟奇的事件
  腑に落ちぬ児玉不起訴の理由
沸十章 内地に帰り、思わぬ転機が
  大連を去る前に食べた北京料理
  上京してきた「こをろ」同人
  思わぬ縁から出版ブーム
第十一章 再び訪れた戦中の満州
  甘粕元大尉と同船の偶然
  女性開拓団を訪れる
  鬚の戦車隊長、藤田実彦大佐
  国境の町、黒河
  「土俗人形収集家」
  不可解な川端ファン
  甘井子のボスになっていた牟

pp. 35-36  

「今日は、日本の人が中国人のことを『チャンコロ』といいますね、それについて説明、誤解をときます」
 その時、開けた窓から鈴の音がきこえたようだった。いつもなら窓際までいって確かめる生徒も、この日ばかりは李先生の「チャンコロ」という言葉に聴き耳をたてた。
 日清戦争のとき、チャン(中国人)の首がころころ転がったという意味で、日本人は中国人を「チャンコロ」といい、中国人蔑視の言葉である、と私たちは承知していた。しかし李先生はこのとき、「チャンコロ」は日本人が中国人を馬鹿にした言葉ではないといわれたのである。
 先生は黒板に「中国人」と書き、最初の「中」を「ジョン」と発音し、生徒たちにも発音させた。次に「国」を「ゴオ」と発音、生徒も先生に倣って一斉に「ゴオ」といった。次に「人」を「レン」と先生が発音、つづけて生徒も「レン」と唱和した。
 「では、『ジョン』『ゴオ』『レン』をつづけて、『中国人』、いってください」
 私たちは声を合わせて「中国人」といった。
 「はい、よろしい。私はこのようにして知人の日本人にも『中国人』といってもらいました。やはり、ひとつ、ひとつの単語は正確に発音できる。しかし、『ジョン』『ゴオ』『レン』をつづけると、『チャンコロ』となるのです」
 私たちは思わず大声で笑った。あの笑いはなんだったのだろう──。その日は、正確にいうと昭和三年(一九二八)六月四日。張作霖爆殺事件が起こった日であった。

第十一章 上方なまりの標準語 大阪弁


トップ   編集 凍結 差分 履歴 添付 複製 名前変更 リロード   新規 一覧 検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2022-08-07 (日) 23:43:59