横溝正史
小説
当時は、まだ太宰治の「斜陽」は書かれておらず、したがって斜陽族とか斜陽階級などということばは、この事件のばあい使われていなかったが、もし「斜陽」がすでに書かれていたとしたら、おそらくこれは、斜陽階級ということばが使われた、第一号の事件となったであろう。
タイプライター
「なるほど、道理で上方なまりがあると思った。京阪神にもいましたか」
「ところが、それは知らないんです。岡山県と広島県ばかりです。
関西弁がしだいに多くなっていくのは、おかみの囗のほぐれていく証拠である。
それまでお小夜は神戸にいたわけですわ。それからすぐ上京したとしても、お小夜にはどこか上方なまりが残っていなければならぬはずです。ところが菊江にしろお種にしろ、みじんもそんなところはありませんからねえ」
「そりゃああなた、十年以上も東京にいれば訛りだって抜けまさあ。それも一人前の人間になってからだと無理かも知れませんが、十一や二で東京のものになってしまえば、生っ粋の東京人とかわりゃしませんよ」
「それもそうですが、しかし、名詞のアクセントというやつは、なかなか改まらないものなんですがね、たとえば蜘蛛と雲、橋と箸と端、こういう言葉のアクセントは、関東と関西じゃまるで反対になっているんです。ところが、いまあの家にいる連中で、それが違うのは三島東太郎だけなんですがね」
「ああ、あの男は岡山だというから。……しかし、それだって長く東京にいれば変わって来ますよ。ことに菊江は花柳界にいたのだから、やかましく注意されて改めたのかも知れない」
巡査部長はかなり正確な標準語を話した。
「いや、あれは東のほうのひとだすな。声は低おましたが、歯切れのええ言葉つきだした」
第二十五章 アクセントの問題
これはぼくと同姓の言語学者に聞いたんですが、兵庫県から西、つまり岡山県へ入ると、それらの言葉のアクセントは、また東京と同じになるんです
言葉に上方訛りがある