正宗白鳥
『新潮文庫の絶版100冊』
http://www.aozora.gr.jp/cards/001581/card53030.html

小間癪《こましゃく》れた妹の言語態度が女学生めいててゐるのが気に触って、

 「お前の友達は皆んなペンで手紙を書くんかい」と、四角な桃色の封筒を手に取った。
 「昔風の候づくめの手紙なら巻紙に筆で幹くのがよう似合ふとるけど、言文一致にや西洋紙にペンを使ふた方がえゝ。第一一枚の紙にも仰山に字が書けて、お父さんの口癖の経済的にもなるんぢゃもの』勝代は皮肉をませて答へた。
 『まだ友達同士英語で手紙のやり取りは出来んのかい』才次は差出人の名前を見て封筒を下へ置いて、
 『この女も東京言葉を勉強しに、高い資本を費うて東京の学校へ入っとるのかい。』
 『そないな悪口は勝等には何ともないがな。此方に居る者でも、手紙にはお互ひに東京言葉を使うとるんぢゃもの。』
 「………東京の女子も変挺な言葉を使ふぜ。一寸道を訊いても、ぺらぺらと云うて何やら訳が分らん。」
 『東京の人は一体に口が早いんぢゃらうか』勝代はふと真面目に尋ねた。そして、卑しい田舎訛を朋輩に哂はれはしないかと気遣った。

 『出舎者よりや東京生まれの人の方が英語の発音が早く上手になるんでせう。』
 『何故? 同じことぢやないか。』
 『………田舎は日本語の発音でも下等で頑固ぢやから、それが癖になってもって英語でもすら〳〵と音が出し難いんぢやないかと思ふがな。』
 『そんな馬鹿なことがあるものか。………勝も東京へ行って三月もすると、東京言葉を使って田舎者を馬鹿にするやうになるだらうな』


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Last-modified: 2023-07-06 (木) 09:22:12