http://www.let.osaka-u.ac.jp/~okajima/uwazura/kokusyokaidai/t1/kokusyo_ta051.html>
だうにおうだうわぞくへん
   道二翁道話續編 八巻 中澤義道
 三教一致の説に基ける説話を集録したるものなり、年代詳ならす。
 ◎中澤義道は通稱を亀屋久兵衛といひ、剃髪して道二と號せり。京師の人手島堵庵の門に入りて心學を學ぴ、後江戸に來り、参前舎を建てゝ家説を主張せり。享保三年戊戌〔二三七八〕七十九歳にて歿せり。

中澤道二
http://dbrec.nijl.ac.jp/KTG_W_385820
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/758822
http://ir.u-gakugei.ac.jp/handle/2309/106075


 近思録ニ。夫天地之常。其心普2万物1而以2無心1也ト天地の常とは則ち道の事でござります。天の心といふは。一切万物人間禽獣草木に至るまで。皆天の心なるゆへ。夜が明るとちう〳〵かう〳〵。梅の木に梅の花が咲き。柿の木に柿の出来るも。皆天の功用じゃ。けれど天は目に見えぬ。影形もなく無心なれど。平等一枚万物に普くして。此やうにうごき詰じゃによって。一切万物の造化するは。悉く天の働き。天と万物と一躰なるゆへ。釈迦如来も孔子様も。千石万石の殿様も。賤しい銘々どもも蚤も鯨も。犬も猫も雁も鴨も皆天の生じた土じゃ。其生じた土が形の通りしてゐるが則道じゃ。といふ事でござります。
道とは何ぞ。雀はちう〳〵。烏はかあ〳〵。鳶は鳶の道。鳩は鳩の道。君子其位に素して行ふ。外に願ひ求めはない。その形地の通り勤めてゐるを天地和合の道といふ。柿の木に柿の出来るも。あい〳〵〳〵。栗の木に栗の出来るも。あい〳〵〳〵と。口舌言わず。たゞ素直に和合の道。此外に道はない。それが神道。夫が儒道。それが仏道じゃ。此外に道といふはない。聖人は天地同根同性なるゆへ。一切万物を心として。其外に別に心はない。学問といふは。其道理を明らめるのじゃ。
君子之学は。廓然たる大公。物来りて順応する。心は虚霊不昧にして万事に応じて跡なし。たゞ応ずるばっかり。主人に向へば主人ばっかり。親に向へば親ばっかり。花に向へば花ばっかり心に隔のない事は。鏡にものゝ移るがごとく。去れば跡なし。少しも疵は付ぬ。此心は平等一枚。孔子も釈迦も熊坂長範も銘々共も。芝居見て。歎しい所ではかなしい。其かなしいは此方にはない。応ずるばっかり又うれしい事見ては嬉しい。其嬉しいは此方にはない。応ずるばっかり又花を見て。花とは誰が花とは見たぞ。花見ぬさきには。おれが〳〵はない。順応するばっかり。此道理を合点したを仏家で成仏の相といふ。是を道ともいふ。道といふは順応するばっかり。去によって人は一固の小天地。天地の外に道はない。人は天を心として形は土じゃ。焼ば灰。埋めば土。上々様方でも。御大名様方でも。我々共も乞食も穢多も。一切万物一躰。犬も猫も。
熊も魚も鳥も。草木はいふに及ばず一切天の化《け》したのじゃ。悉皆土の化ものじゃ。土に二つはない。御姫さまの土じゃとて伽羅の匂ひもせず。奴の土じゃとて尻からげてもいぬ。平等一枚土に隔はない。紫笛翁のうたに。

√西行も牛もおやまも何にもかも土のばけたるいなり街道

此世有らん限り。心は居なり街道。此席に並らんでござるおまへがた。残らず土じゃ。土の化もの。同じ土を。権兵衛の太郎兵衛の。お源のおさよのと塊《つくね》たやうなものじゃづらりと並らんだ人形や見世丸で土じゃ。是が死で土になるの。焼て土になるのといふやうなまどろい事じゃない。此身此まゝ直に土じゃ。是は人ばかりじゃない。一切万物丸で土じゃ夫で形地といふ。形とは形地といふ事じゃ。扇も扇の形地。見台も見台の形地。犬も猿も形地は土じゃ。柳も松も雁も鴨も其外江河の鱗類。鯛でも蛸でも鯨でもごまめでも一切万物残らず。形地有ものは皆土じゃ。心は天なり形地は土。仏家では此形地ある所を。かりの世といふ。扇も今日扇〳〵と言はれて居るうちは扇のかりの世。やぶれて役に立ぬやうになると。風呂の下へほり込む。扇の火葬。茶椀も今日勤めてゐる内は茶椀のかりの世此形地有ものゝ無常なる事如夢幻泡影如露亦如電応作如是観。露の形地。まぼろしの此身。人はたゞ露の此身幻の身なる事を明らめるを。神道とも。儒道とも。仏道ともいふ。是を合点するのじゃ。寺〳〵の鐘の声。諸行無常のひゞき。死ぬるぞよ〳〵。夫をときの鐘とばっかり覚へてゐるゆへ。けふは日が永ひの短ひのと。何ぞ給銀でも出して置たやうに。其やうな為にこしらへたものでない人と生れ来たは何の為に出て来たのじゃ。不足いひに来たのじゃない。生死一大事の因縁。犬や猫とは違ふ。仏知見を開らかしめんが為に。世に出現なされたの。明徳を明らかにせんが為に。世に出現なされたのじゃ。三千世界に人は尊ひ天上なるがゆへに。仏の大慈大悲のひびき。死ぬるぞよ〳〵。大切な事じゃぞ。
  ○おどろかす鐘の声さへ聞なれて永き眠りの覚る夜もなし
此無常をしらぬゆへ目が明と何がほしい。かゞほしい。どふしたい。かうしたい。春はどふしやう。秋はどふしやう。子供の行すへがどふならう。何をいふも金の事じゃ。金がなければどふもならぬ。人を突こかしても金をしてやろう。思ふやうにこけてはくれず。ハアスウ〳〵。日がな一日八万四千の地獄のくるしみ。皆目が覚ぬゆへじゃ。
  ○はかなくも消るを露と思ふなよどんなものでも消て行なり
露の親子。露の主従。露の夫婦。どんなものでも死んで行なり。去りとてはもろいものじゃ口では皆言ふてゐる。ア丶夢のうき世じゃ。はかないものじゃ。露の身じゃと。口でばっかりいふて。骸は金梃のやうに覚てゐる。夫で何がほしいかゞほしい。どふいふたが済ぬ。こういふたが聞へぬと。朝から晩まで。がみ〳〵と気をもんでうろたへ廻る。きのどくなものじゃ。露の身が合点が行ぬゆへじゃ
此露の身を譬て御噺し申ませう。マア世界中の。いきとし生るものゝ寿命。桃でも柿でも。何でいふても同じ事じゃが適々受がたき柿の形地はむすべども。柿になる柿はすくない。大方あだ花で散てしまう。風に散らされ。烏に落され子どもに取られ。虫に喰われ。ぱら〳〵〳〵。あだ花で散るが多ひ。是も柿の木の事ばかりじゃないぞへ。此身のあだばななる事を引当て見るがよい。此極まで首尾能くつとめ。どふやらこうやら宿這入する様に成てからころり。アヽはかないものじや嫁入の約束極り結納まで取て。向ふへ行一段に成てころり。又嫁入りして御目出たい〳〵といふ舌も引かぬうちころり。皆あだ花で散て仕廻ふ。毎年〳〵七月の精靈。仏前に新しい戒名が多ひ。梅の花が梅に成て梅干の壷へ納るまでは大躰や大かたの難行苦行を遁れて来ば。目出たう壼へは納らぬ。今日何屋何兵衛と成て三枚畳でも敷て居るは。大躰有難ひ事じゃない皆神代から樋《とゆう》で伝わりて来た。何屋何兵衛じゃ。すりや甚だ大切な事じゃ。たとひ貧乏なとてめったに悔まぬがよい。勿躰ない事じゃ。みなが貧乏《びんぼうを》辞《いや》がりて。にげあるくゆへ貧乏が付てまわる。是をたとへて見れば。黐桶《とりもちおけ》へはまったやうなもので急に上らんともがけば。そこらあたりヘへばり付て。一向どふもならぬやうになる。もし過てはまったら。これはせう事がないと心をおとし付て。ぢつと気を静むれば骸のあたゝまりで。すほりとひとり離れる。コリヤたとへじゃぞへ又本真に黐桶へはまって。きょろりとしてゐるは。ソリヤあほうじゃ取違へまいぞへ。
貧乏も其通りで誰じゃとてすき好んで貧乏するものはなけれど。天命なれば是非がない。其かわりに。貧乏結構なものじゃ。人に損かけられる気づかいけがない。盗人の世話もなく。水難火難の案じもない。スリヤ有難ひ天命の貧ぽうじゃと思ひ。随分大切に貧乏勤め守りたがよい。そうすると次第に貧乏をはなれる。夫を急に遁んと。もがくゆへ往さわる所に貧乏が引付き廻り。終には貧乏と打死にせにやならぬ。もと貧乏いやがるといふは。此|骸《かたち》が有ゆへじゃ。此骸がなけりや悔み事はない。その上悪事も出来ず。愁ひ災難といふ事もない。去によって心学を御進め申ます。本心を知るといふも外の事でない。骸のない事を知るのじゃ。此身此まゝ骸は有ながら世話にならぬ。ハアスウ〳〵も入らぬ。第一死ぬるといふ世話がない。大躰重宝なものじゃない。永ひ未来といふも死んだ先きの事じゃない。心の事じゃ
腹の中は。六十万億那由多恒河沙由旬両眼四大海の如しと。大きな仏さまじゃ。是が目に見へぬゆへ暗から闇。去りとては暗ひ〳〵仏法睫毛じゃぞ。神道腱毛。儒道まつげ。あまり近ふて見付けざりけり。是が見えぬゆへ。目が明くと。何がほしいかゞほしい。どふいふたが済ぬ。こういふたが聞えぬと。ハアスウ〳〵〳〵
皆此骸が有ゆへじゃ。ちっとでもよいものが身にまきたいのは。骸に直打がないゆへじゃ。その上にうまい物喰ふて遊んで居たい。皆小人の楽しみ。子供あそび。たった一色か二色の事で一生をあたふた〳〵腹の中がまつ暗がり。
暗きより闇き道にぞ入ぬべし。いづくをさして御出なさるぞ。はるかに照らせ山の端の月。
ちっと不審《ふしき》打てごろうじませ。此よふにいふて有てもきょろりくゎん。聾に鉄鉋打て見せたやうなもので。ねっから通じぬどふもならぬてに〳〵是此手の握たり開らひたりするは誰が仕業ぞ。是此通りに。びち〳〵〳〵天がはたらき通しじゃ。此やうに天を出して見せても。きょろりが味噌。やっぱりりおれがするおれが見ると。思ふてゐるゆへ。何いふも金の事じゃ
金がなければどふもならぬ。是では詰らぬ。あれではゆかぬ。何がほしいかゞほしいがやまぬ。あんまりあざとい。よいかげんに迷ふて置たがよい。
  ○うまれては死ぬるものとは知りながら猶うらめしき朝ぼらけかな
死出の旅とはいづくをいふぞ。死んだ先きに死出の旅はない。此死出の旅の道法《みちのり》に不同がある。八九十里もあれば六七十里もあり。廿里三十里もあれば三里か五里もあり。又五丁か三丁もある。藁の上で死るも。疱瘡。暴瘡《はやくさ》で死ぬるもあり。或は驚風巓肝腎虚脾胃虚内傷《ないそん》。皆ぱら〳〵とあだ花で散が多ひ。たとへ七十八十の齢ひを保ちても。ホン〳〵とハアスウ〳〵の。やまぬ内は皆あだ花のうちじゃ。是ばっかりはどふもねだりにゆく所もない。子在2川上1曰。逝者如v斯夫。不v舎2昼夜1 とゞまるものは一つもない。出る息引息ずる〳〵〳〵。しばらくも止まる事はならぬ。線香の立《たっ》てあるやうなもので。もの言ふてゐる内に消へ行。さっきにからおまへ方よっぽど灰に成たぞへ。さきほどの次郎兵衛は今の次郎兵衛ではない。近松門左衛門がおはつ徳兵衛の浄留理に。あだしが原の道の霜一足づゝに消てゆく。夢のゆめなる夢の世をといふ文句。面白ひ事じゃ。是もおはつ徳兵衛の事ばかりじゃない。世界中の人が残らずおはつ徳兵衛じゃ。寐てゐる間も休みなし。出る息引息ずる〳〵〳〵
一足づゝに消て行。あとへ戻るといふ事はない。夫もしらずに目が明くと何がほしいかゞほしい。商売繁昌家内安全。子孫長久そくさい延命〳〵と祈る内にも減る命。是ばっかりはどふも仕やうがない。七十まで生るものを古来稀などいふて七十を古稀の賀といふ。尤八十九十までもゐる人もあれど夫は万人の内に一人か二人かじゃ。先通例が七十稀なり。又七十といふも。よっぽど珍らしいありがたい天命じゃ。わたくしが巳のとしで六十七才。是をマア七寸の線香にしてごらうじませ。残りはたった三歩じゃ。便りないものじゃ。去とては。本にはかないものじゃ。しかしめったに力落さぬがよい。灰の中にまた何んぽ有ふも知れぬ。マァそれを便りにして。持てゝある世界じゃ。扨正月のしめかざり気もはんなりとして。八十になる婆さまも活返た心地。あら玉の春をむかへて御目出たひ〳〵ばっかりじゃが。わしは今年の何月幾日に死るといふ事。知りたもの壱人《ひとり》もない。なぜにしらぬぞいな。おれが〳〵おれが銀じゃ。おれがものじゃ。おれがのじゃ〳〵と。いふてゐるが。どこがおれがのじや。肝心の死ぬる事さへおれが自由にならぬもの。是がどふなるもので。今年の元日に雑煮の餅十四五も喰ふたおやぢさまが。此間もころり此春から今日まで一年立ぬ内に幾人死だぞ是が世界中では何程の事やら。数も限りもない事じゃ。皆銘々どもも。其数の内じゃぞへ。今をもしらぬはかない身の上。今でも御迎ひがござると。もちっと待ておくれはならぬ。ハイ〳〵いふて往にゃならぬ。そのやうなあぶない骸を持て居よふより。いっそ死んで仕廻ふたがよい。死んで仕廻ふたら。死ぬる気遣ひけがなふてよい。或道歌に。
   若ひ衆よ命おしくば死にめされ一度死だら二度は死なぬよ
平常往生能ウ御明らめなされませ。紀州若山朋友の辞世に。
   心学のおしへの杖に助られ極楽え行足のかるさよ
我さへ殺して仕廻へば丸で仏じゃ。生てゐる内から仏の仲間入りして置ぬと。極楽へ往ても仏さまがたに御近付がないと。ツイ投出されて本の地獄へ宿這入り。ハアスウ〳〵
此席の御方々は。皆丸仏じゃ。一仏一躰に成て。何ぞおかしい事いふとにこ〳〵〳〵笑ふばっかり。うまいものじゃ。丸で仏さまじゃ。微塵も我といふものはない。今。ホン〳〵がどこにあるぞ。ハアスウ〳〵〳〵がいづくにあるぞ。天地同根同性|天照大神様《てんしゃうたいしんさま》とも同體じゃけれど。此席が終りて門口へ出るがさいご忽ち活返りて。モウ何がほしいかゞほしいとさわぎかける。ちゃうど蛇《くちなは》を竹の筒へ入れたよふなもので。竹の筒に入れてある内は眞直《まっすぐ》に成てゐる。其竹の筒を出るがさいご。何をいふも金の事じゃ 金がなければどふもならぬ。春はどふしやう秋はどふしやうとのたくりまわる。竹の筒は教へじゃ。おしへは此席の御まへ方|即今《そくこん》只今《たゞいま》の心の外に何が有るぞ。此外に道はないぞ。此外には生死《しゃうじ》もない。此所を能ウ決定《けつじゃう》して覚悟を極める事じゃ。ものには覚悟といふ事がないとうろたへる。灸治《やいと》はあついものなれど。熱ひとかくごしてすへれば子供でも合点してすへる。もし麁相で取落《とりおとす》とびっくりする 何ゆへ驚くなれば覚悟がなかったゆへじゃ。是もはじめから合点さして。艾《もぐさ》に火をつけて脊中の上から。ころ〳〵〳〵。何でもない事じゃ〳〵。此身もはかないものと覚悟して見れば。何にも驚く事はない。夫じゃによって。今をもしれぬ親じゃぞ。今をもしれぬ御主人さまじゃ。大躰大事にせにゃならぬ。それを沢山そふに思ふゆへみな罰があたって不仕合な
  ○なでさすり大事にするもうづみ火のつめとふならぬうちでこそあれ
親子のあいだも。主從の間も。夫婦の間も。兄弟のあいだも。一家親類の間も。朋友のあいだも。つめとふ成ては役に立ぬ。武士は尚以て死を極て置ねば。眞坂《まさか》の時に役に立ぬ。楠正成湊川の討死 佐藤次信主人の身替り。ぐず〳〵した事では間に合ぬ。あのとき世間へ外聞がわるひの。人に誉られたいのといふやうな了簡では出来ぬ仕業じゃ。兼て死を極めて置たのじゃ。或国の殿様の御辞世に。

√終に行ところをこゝにしめ置て世にながらへる身こそ安けれ

御存生の内から石碑まで建置れ。世にながらへる身こそやすけれ。有難ひ事じゃ。百性でも町人でも同じ事じゃ
此死といふものを極めて置ねばうろたへる死を極めるといふはどふぞなれば。本心を知る事じゃ。本心に生死はない。生死するものは迷ひの思惑ばっかり。其思惑が。本来の生れ付にない事を知るゆへ何んぽ思惑が有ても。ねっから生死の世話は入らぬ。此道理をしらぬと。めったむしゃうに死にとむながる。そこで正月になると祝ひはやすじゃ。たゞ死にとむないばっかりで。ごまめの干物まで。おまめなやうに。何んぞ御祈祷にもなる事かしらぬ。孕み子を引出し水に漬て醤油かけ。かず〳〵御目出たい。数多ふなるにあやかるやう。其様に子が出来てどふするもので。たった一人か二人の子でさへ難義がり。春はどふせう秋はどふせう。子供の行末がどふなろうと。小言ばっかりいふくせに。それも目出たい事難有ひ事のかず〳〵ふへるやうとの義を祝ふてする事なら。心も形もそのとふりに。義を守り勤めたがよい。或発句に
   元日やまたうか〳〵の始かな
面白ひ事じゃ。口ばかりで祝ふても。またうか〳〵のはじめかな。骸と着物ばかりが正月で。腹の中には何がほしい。かゞほしい。どふしたい。こうしたいと。災ひのかず〳〵がふへるばっかり。又松は千とせの齢ひといふに。可愛そうに。松のやゝ子を引ぬいて。門口の柱へ釘で打付け。千とせのことぶき。御目出たい。松に成て見たがよい。松のはっつけじゃが。あやかりてよいものか。皆死にとむないばっかりの御病気じゃ。正月の儀式といふは大切な事そふな。或人のはなしに正月の式は大躰神代のむかしを尊で。清淨潔白に身を慎しみ。正直質素の風義を学ぶのじゃと有。その様な事は棚へ上ゲて置て。そろ〳〵正月前からホン〳〵しかける。今年の御礼には何をせにやならぬと。あわてかける。別而女中方など盆正月の御礼の衣裳で。気違ひにならしゃるのがある。旦那殿も浮されて。いつ幾日が節で。日待の料理は何々。いつ比が藪入りで。芝居行きの遊山のと。おごりとのらに気をもんで。丁稚も手代も女子衆も。家内諸とも打つれて。○またうか〳〵のはじめかな。あったら事じゃ。それをきのどくに思し召て。一休和尚目を覚してやらんと。元日に大慈大悲の舎利頭。竹の先きに付て。京洛中の家々へ。門口から。
御用心〳〵肉気なき此しゃりこうべあなかしこ。これより外に目出度はなし。
此通りじゃ誠に有難ひ御示じゃ。人は悪念妄想を去れば。此しゃれこうべの如く清浄にして。少しの穢れ不浄もなく。是ほど目出度人の道はないに。凡夫は此心をしらずたゞ今日の名聞利欲にふけり。おごり高ぶりて何がほしいかゞほしいと悪念の増長するを楽しみと思ふてゐるは。去りとては不便千万な事じゃ。今日いかめかしくよそほひ。かざる其すがたは。是此しゃりこうべが衣裳をかけてゐるやうなものじゃが。何を目当に其やうにうろたへまわるぞ 早ふ其心を明らめて。ホン〳〵を止めよとの御異見じゃ。けれど凡夫は心を明らめる事とはしらず。たゞしゃりこうべが気にかゝり。あた忌々しい気違ひ坊主が来たといふて家々に門をしめたといふ事じゃ。其例によって正月に表をしめると申まする 此とき蜷川の新右衛門 衣服を改め上下を着て一休を請待し其しゃりこうべと盃した。死を極めたほど目出度事はない。此露の身を能ウ覚悟したものじゃ。侍などは別て此死を極めて置ねばならぬ事じゃ 或国に主君の怨を報はんとその家臣打寄りて始め制約したは。人数弐百八十余人とやら。それがだん〳〵干《ほし》べりしてやう〳〵四十七人が。死を極めたゆへ名を挙て末世末代の誉れ。人と生れて人の道を勤る 此やうな目出度事はない。此死を極めて置ぬゆへ目が明くと何がほしいかゞほしいと。うろたへまわる。

√はかなくも消るを露と思ふなよどんなものでも死で行也

死んだはどんなものじゃ。ちゃうど寐たやうなものじゃ
寐た時何んぞ覚へてゐるか。何にもしらぬ。天地と一躰といふも。起きてゐるときの推慮《すいりやう》じゃ。寐た時は何んにも覚へてはゐぬ。どんなものでも消てゐるなり
夜るの八つ時分には。釈迦も。孔子も。熊坂長範も銘々共も乞食も穢多も猫も犬も猿も鹿も丸で虚空じゃ。消たと同じものじゃ。寐たときは三千世界が丸で虚空じゃ。これは天皇様の寐た虚空じゃの。是は乞食の消た虚空じゃのと。別に虚空に塀切《へき》りはない平等一枚乞食の読だ歌に

√寐る間のみ人にかわらぬ思ひ出をうき世に返す暁のかね

夜が明ると今日がかりの世見たり聞たり。皆天地のかりもの。じゃによってかりの世。永ひ未来とは心の事じゃ 心は天地あらん限りの活通しで。いなり街道じゃ
扨是までは骸《からだ》の事。是からが心の事じゃ

Div Align="right">巻之上</Div>


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Last-modified: 2022-08-08 (月) 09:40:50