野村胡堂 野村胡堂『随筆銭形平次』
随筆「銭形平次以前」
それ等の雑書のタイトル・ページに、父の蔵書印を、克明に捺していたのを、私は鮮明に記憶しているのである。そのうちの孝経と論語は、小学校の三年生くらいのとき、父から素読を教わって、父が若い時貼った、赤い不審紙を面白がったり、「絵本太閤記」を弁慶読みにして、玉山の挿絵を面白がったり、写本の軍記や物語本の文字の六つかしさに胆をつぶして、これは何時になったら読めるかしらと、子供らしい大望を抱いたことなど、思い出はそれからそれと果てしも無い。