琉球語 ((方言)) 南島語とも言い、沖縄本島を中心に、|奄美《アマミ》大島諸島および宮古と八重山諸島に行われている言語。琉球語の話し手は、奄美諸島で二十余万、沖縄で五十余万、宮古・八重山諸島で十万、計八十余万。日本内地の人口の約百分の一にしかすぎない。しかし、琉球語そのものは、言語学上からは、日本語の中で、いわゆる内地方言と対立する大きな方言(琉球方言という)として、いろいろな見地から重要視されている。

 【音韻】現代日本語、特に現代東京語と近代琉球語の音韻組織とを比べてみて、著しく違っている点は、琉球語では、母音はa・i・uの三つを用い、eとoの現われることが至ってまれで、これを五十音図について言えば、次の例のように、日本語のエ列音とオ列音は、それぞれイ列とウ列に発音される傾向のあることである。

(1)kome(米)kumio>u e>i
(2)tera(寺)tirae>i a=a
(3)nuno(布)nunuu=u o>u

|(4)| sigoto(仕事)| sigutu| i=i o>u|

次に、琉球語の子音は、だいたい日本語と似ているが、母音との結合は日本語よりも自由で、例えば t+i, t+u, d+i, d+u のような音や、そのほかに五十音図で歴史的かなづかいに文字だけ伝えているワ行のヰ(ゐ)・ヱ(ゑ)、および、それさえ失ってア行と同一文字を用いているヤ行のイ(い)・工(え)の、w+i・w+eや、y+i・y+eなどの結合様式なども、そのままの形で残っている。またf・hの古音とみなされるP音も一部の地域では多くの単語の中に保存しているほかに、声門閉鎖音(別項)を伴なうm・n・w・yなど特長ある音が聞かれる。音韻上のこれらの現象が、琉球語を日本語と区別する基準の一つに挙げられている。造語法にも独特な手法が行われていて、名詞の尾母音を変えることによって、幾つかの単語を派生している。例えば、数詞の「二つ」を指すtatsi(>tachi)の尾母音iを長母音uに変えて「双生児」のtatsu(>tachu)という語を造り出したり、日本語の「かげ」(蔭・影・kage)に当るkagiからkagaという語が生じているが、kagiは「日影《ヒカゲ》」を、kagaは「影《カゲ》」をさし、両者を使い分けている。また日本語の「いと」(糸・ito)に当るichuは単に糸の意であるが・その語尾を短くichuと発音すると、特に「絹糸《キヌイト》」のことを言う。

 【語法】琉球語の動詞の活用は、ほぼ日本語の四段活用、特にラ行変格活用に似てはいるが、その終止形などは著しく形を異にしている。終止形は、連用形に「居り」の意のwunの結合した特殊な形で、例えば、琉球語の中の標準語ともいうべき首里・那覇方言の「書く」のkachunはkachi(連用形)+wunの融合したもので、日本の標準語とは成り立ちが異なり、近畿・九州方言などに聞かれる「書《か》き居《を》る」に近い形である。形容詞の活用もまた日本語と著しく違っている。例えば、首里・那覇方言の「遠い」の意のtusanは形容詞の名詞形tusaに、日本語の「有る」に当るanが結合して生じたもので、この結合様式のほかに、日本語のク活"シク活に当る活用形も見受けられる。かように動詞と形容詞の活用形の相違が、また日本語と琉球語を区別する基準の一つにもなっているが、代名詞・助詞・感動詞・接続詞・副詞などにも琉球語独特のものが多い。

 【方言区画】琉球語と一口に言っても、このことばの行われている地域の方言の差は、鹿児島と青森方言などの間におけるように、島と島とによっては、互にほとんど話が通じないほど大きい。この分け方は学者によって多少の違いがあり、また区分の基準を何に置くかによって、種々の分類法を適用しうるが、母音・子音の性質や動詞・形容詞の活用形などの差異の多少によって、これを奄美・沖輝・宮古・八重山の四方言区画に大別してよい。奄美方言は本島と喜界《キカイ》・徳之島・沖之永良部《  エラプ》と与論方言を含み、その中で与論は沖縄本島に最も近く、沖縄北部方言に近似し、沖之永良部は奄美と沖縄方言との中間に位し、喜界は、地理的には奄美本島に接近しているが、沖縄南部方言に類似の点が多い。この島々の標準語は名瀬方言である。沖縄方言は島の北部の国頭《クニガミ》地方、俗に山原《ヤンパル》という山地と牛南部の中頭《ナカガミ》・島尻《シマジリ》地方とでは、音韻の点でかなりの差異が認められるので、さらに二つに分けてみることができる。宮古方言では平良《ヒララ》方言が、この島の標準語の地位を占め、離島の多良間島は、もと八重山の属島時代があって、八重山方言の影響を受けている。八重山方言は石垣と西表《イリオモテ》の二つの大きな島の他に、小浜《コパマ》・鳩間《ハトマ》・新城《アラグスク》・竹富《タケトミ》・黒島《クロシマ》・波照問《ハテルマ》・与那国《ヨナグニ》の小島に行われ、与那国が最南端で、台湾に近く、八重山方言中でも音韻の転訛が最も著しい。この諸島の標準語は石垣方言である。

 【日本語との関係】琉球語と日本語との関係については、最初共通の祖語なるものがあって、それから有史以前の遠い昔に別々に分かれたものと言われているが、それ以後それぞれ幾多の変遷を経ているので、両語の聞には音韻・語彙・語法などよほど大きな相違を生じている。それで日琉両語の近親の度合に関しては、姉妹語(別項)どうしとして相対立さすべきものであるという説も有力であるが、一方では琉球語を日本語内の一方言とみなしてもよかろうという意見を支持する学者も少なくない。ただし方言説の場合ても、本土における鹿児島方言と青森方言とのような並立関係としてではなく、琉球語は、本州・四国・九州の全地域に行われている諸方言を一まとめにした、いわゆる内地方言と対立する大方言として取り扱うべきものであろう。

 【研究史】琉球語に関しては、『琉球国事略』(一七一一)や『南島志』(七一九)の著者|新井白石《  ハクセキ》(別項)や地元の沖縄でも沖縄最初の正史『中山世鑑』(一六五〇)の著者で宰相《サイシヨー》の地位にあった羽地朝秀《ハネジチヨーシユー》(向象賢)などが、すでに日琉両語同祖説を述ベている。また明治初期の琉球王国最後の大政治家で歌人の宜湾朝保《ギワンチヨーホ》は、稿本『琉語解釈』で日琉両語を比べ合わせて両吾の同相説を力説しているが、琉球語の所属系統を、言語学上から実証的に論じて、日琉両語の同祖を主張した学者は、英人チャンブレン(別項)である。ついで伊波普猷《イハフユー》(別項)によって文献学的な研究が進められ、特に四百数十年前の『語音翻訳』に記載された古琉球語の実例や現今の琉球各諸島の方言を挙げ、琉球語も、古くさかのぼると、日本語と同様、五母音を使用したことを証明して、従来の通説、琉球語三母音説を訂正した(『琉球語の母音組織と口蓋化の法則』『国語と国文学』七ノ八)。また宮良当壮《ミヤナガマサモリ》(↓採訪南島語彙稿)は、奄美および沖縄・先島列島の諸方言の現地採集に業績を挙げた。日本の学者では、明治中期に英学者岡倉由三郎(別項)が、琉球の楽劇|組踊《クミオドリ》『銘苅子《メカルシ》』(羽衣伝説)のローマナイズを発表(『言語学雑誌』一ノ七-八)、他に先んじてその研究に着手しているが、これは中絶した。同期の田島利三郎は、沖縄の中学校教師に赴任、琉球の『古事記』『万葉』ともいわれる古謡集『おもろさろし』二十二巻を発見、その解明を『琉球語研究資料』(後に『琉球文学研究』の名で大正十三年刊行)においてなしとげた。大正の後期に、安藤正次(別項)は、古代国語と琉球語の音韻と語法の比較を試み、チャンブレンの説を批判している(『古代国語の研究』一九二四)。それに少し先んじて東条操(別項)は『南島方言資料』(一九二三)を編集、チャンブレンの姉妹語説に対して方言説を最初に提唱した(『国語の方言区画』一九二七)。アクセントの研究には、那覇方言について、沖縄出身の県師範校教師の大湾政和《オーワンマサカズ》の研究があるが、最初にその調査に着手して業績を挙げたのは服部四郎で、次いで平山輝男は九州方言のアクセントと奄美・沖縄との関係などを明らかにした(『全日本アクセントの諸相』一九四〇)。服部は他に琉球語と日本語の音韻と語法の比較をも試み(『琉球語と国語との音韻法則』方言二ノ七-一二)、この方面で画期的な業績を挙げている。

 【語彙と文典】チャンブレンの文典と同年に刊行された那覇出身の仲本政世の『沖縄語典』(一八九五)が、沖縄人の編集した最初の方言集として記念すべき力作で、宮良の『八重山語彙』(一九三〇。東洋文庫叢刊第二)は、日本最大の方言集として名高い。金城朝永の『那覇方言概説』は、チャンブレンの英文の首里語の文典を除いては、琉球諸方言のうちの和文の唯一の文法に関する単行本である。琉球語の単語と日本語の古語との比較は、宜湾朝保の後をついで、奥里将建《オクサト 》が『琉球人の見た古事記と万葉』(一九二六)の中に詳しく述べている。いわゆる標準語と琉球語の語彙の相違については桑江良行の『沖縄語の研究』(初版一九三〇。増補改訂版一九五四)が、多くの資料を挙げ辞書体に編集した労作である。方言集のすぐれたものには、他に岩倉市郎の『鬼界島方言集』*1(一九四一)と、島袋盛敏の稿本『首里方言集』*2がある。         〔金城朝永〕

 〔参考〕『琉球文典及び語彙』チャンブレン()。
『南島方言史攷』伊波普猷。
『琉球語概論』宮良当壮(民族学研究一五ノ二)。
『琉球語概説』服部四郎・金城朝永(『世界言語概説 下』)

Div Align="right">(『国語学辞典』1955)</Div>


*1 喜界島方言集』とあるべきところ。
*2 国立国語研究所『沖縄語辞典』の基礎となったもの。

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Last-modified: 2022-08-08 (月) 09:56:11