橘守部
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凡例
一、此書ははやく古言海といふを輯めんとて、何くれの書どもより、かき抜おきつるあまりなり。かゝるえりあまりなりけれど、さすがにしみのすみかとなしはてんもあたらしとて、こたび乞もとめける人の為に、いさゝかついでを改て巻とはなしつ。されぱひたぶるの俗語ならぬも有べけれども大かたのうへにつきて、かくはおふしつるになん。
一、巻のをち/\に語釋、引書のながきあり、みじかきあり。其ながく多きは雅言の方の引のこりなり。其みじかくすくなきは、既に雅言の方に委く出づるによりてなり。さばれ猶、手をくはへて前後ふさはしかるべく直すべきわざなりけれど、いとまなければ、其まゝにさしおきぬ。もとより俗言にさまで註すべくもあるべからねば、大かたは今の言にむかしの言を引合せて、其うへは見む人のこゝろ%\にまかせんとぞよ。
一、言の部立は、節用集などに擬ひて、天象、地儀等の門を分てものせんかた、便りよかるべけれど、かゝる俗言の上に、引用こともあらざめれば、今はたゞ何ごとのうへをも一つにこめて、言の数もてついでたり.猶それも通俗にはいろはうたの次第にものせむかた、似つかはしかるべきを、凡て言を考へむには、同じ根ざしの通音並べ見むこそ、心得やすからめとて、五十音もて分ちつ。
一、言葉ごとに標を立て、分ち舉つれど、をり/\は其類語を、一つに合せて、たとへば兄といふ下に、姉、おとうと、いもうとをも出し、又いろと云下に、いろ事、いろをする、いろ男、いろ女などいふ言どもをも、合せて出せるたぐひもすくなからず。是をもし悉く分ちて出さば、其詞の数今の倍にもなりて、打見は盡せるがごとくも見えぬべけれど、かゝる物に同じ引書を又引むもとて、合せて出せる事の多きなり。かゝれぱ此書はもはら一部を見わたして、ことの心をさとりてよかし。
一、おなじ詞もいひなしによりて、二言ともなり、三言五言ともなる多かり。それもなるべき限りは、一つ所に釋すべき心なりつるを、いとまなくて人にえらばせたりければ、もと書抜おきてし紙札にひかれ、又言の延約りによりて、ところ%\に出などして、すべて心にあらぬ事多かり。さりけれど今そを改めんもものうくて、其まゝにしたゝめつ。
一、また其詞に雅言の格に出せると、俗言のいひなしに隨へることありて、一様ならず。たとへばあまゆるはあまえと出し、甘はあまきと出し、肥はこゆると出し、痩はやせると出せるがごとし。こゆるは雅言の格なり、やせるは、俗の訛りなり。されどもやするとては、世俗の耳にうとげなるゆゑに凡て雅俗を混じていろ/\に出せるなり。見む人あやしむ事なかれかし。
一、今かくついでゝ見れば、漏たることかも多かれど、かくてだに二十餘巻となりつれば、先此まゝに一たび巻をとぢめつ。もしかゝるをさな言も、うひ學の人のたよりともなれらば、狩のこしつる書どもゝ、いとあまたなりけれぱ、ふたゝび思ひおこして、又續編をもかき繼べし。故撰ぴたがへて入所をひがめたるなど、各皆切とりて後のかきつぎに合せんとて殘しつ。
天保十二年十一月十四日
守部