字音仮字用格・オヲ所属辨から

先(つ)大御国<おほみくに>の喉音に、アヤワ三行の差別ある所以の原<もと>をよく明らめおきて、後に字音の仮字を論ずべし。抑此三行は、アイウエオより分れたる音にして其本は一なり。さて一(つ)にして三(つ)に分れたる所以は、アイウエオの五音の下ヘ、又各アイウエオの五の音を重<かさ>ぬれば、自然とつゞまりて、ヤイユエヨ ワヰウヱヲの音となるゆゑに、別に此二行はあるなり【喉音にのみ此差別ありて、餘のカサタナハマラの七行には是(れ)無(き)はいかにと云に、まづヤ行ワ行の音はもと二音づゝ重なりたるものなれば、実はいはゆる拗音也。然れども喉音は、餘音に類せず、柔軟隠微なるゆゑに、二音づゝ重なれども、おのづからつゞまりて、直音の如くなるゆゑに此に行の音となる也。餘の七行は二音を重ぬるときは、二音に分れて、さだかに拗音にして、一音につゞまる事なし。故に喉音の外はみな単行なる也】。故に古言のなかに、アイウエオの音の重なりたる言<ことば>は一つもあること無し、是(れ)其(の)明證也【老<おい>肖<あえ>などのイエはヤ行のイエなる故に、オユアユとも活用せり。又地名に秋田を阿伊太.置賜を於伊太三とある、伊などはキの転なれば、今の例にあらず】。さてヤ行もワ行もア行より生ずる音なるゆゑに、三行に分るといへども、或は髣髴として一(つ)なるが如く、一つかと思へば又さだかに三つにして、古(ヘ)は混淆する事さらに無りき。然れば此(の)三行は、是(れ)字音を辨ずるにも、亦緊要の事也。よく/\会得すべし【韻学家に喉音を論ぜる事あれども、皆古言に昧くして、三行の厳然として相混ずまじき義を知らざる故に、皆混雑して、ヤ行ワ行は畢竟無用の長物の如し、又御国の音韻は甚悉曇に似たること多し。然れどもひたすらに彼(の)法によりて是を治するときは、又違ふこと多し、殊に喉音三行は、吾古言の音をよく解せる者にあらずは、其義をさとることあたはじ】。五十連音(の)図中に、イヰエヱオヲの所属を錯りて、或はヰをヤ行又はア行に属し、或はヱをア行ヤ行に属する類多し、惑ふこと勿れ、若(し)一字も此所属を錯るときは、三行の辨みな明らかならず、先(づ)初(め)に是を正しおくべし、さてオはア行.ヲはワ行也。此事は別に下に委き辨あり。

○音の軽重は、御国言に就ては古来そのさたもなく、無用の論なれども【俗書のかなづかひどもに言語の軽重を云るは、みな杜撰の臆度にて、一(つ)も古(へ)の仮字に合(ふ)ことなければ、さらに論ずるに足らず】、アイウエオの音に本より其次第ある故に、それに従ひて、ヤ行ワ行の音にもおのづから軽中重の科<しな>あり。故に右の図にも是を標せり。字音を辨るにはいよ/\此軽重にて仮字の分るゝ子細ある故に、なほ精く其位をさとすこと左の図の如し。喉音は三行なるに、此図に五行を立る所以は、初(め)の図と照し合せてこゝろうべし。さて五行に分るといへども、終には三行に帰する理も、又彼図にて悟るべし【此事はなほ下の三会図のところに委く云】。さて如v此軽重の位をたてて、イエアオウ等と次第することは、予が臆断に似たれども、下に出すところの字音開合(の)図と引合せ見て、実に然ることを知(る)べし。抑 万(づ)の音声は、アより始まりて【此事は梵学家の常談なるが信に然ることなり】、漸々に転ぜるものなるが、其転ずるところ、おのづから軽と重とに分れゆくことなれば、アは軽重五行五位の中央に在(る)こと、必然の理也。且 右の次第は人々の口に呼(び)試ても知(ら)るゝこと也。又古より伝(は)れる楽家の譜を見るに、ア行タ行ハ行ラ行等の音を用て、其次第は皆右の如くイエアオウ.チテタトツ.ヒヘハホフ.リレラロルと定めて、物の音の低昂をかたどれり。是(れ)五音の位の自然と如(く)v此(の)なる故也。又十行各五音相通ずる中に、初五と二四と三五とは、殊によく通ずるも、右の次第にて、いづれも其位隣近なるが故なり。
○右喉音、三行の所由、又其軽重の次序などは、必しも字音につきて云には非ず、御国<みくに>の自然の音声に具はるところ也。然(して)是(れ)即(ち)字音の仮字を辨る緊要なるゆゑに、委く論ずるものなり。


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Last-modified: 2022-08-08 (月) 10:05:20