小林好日
小林好日『国語学の諸問題』
【ばや】
http://www.let.osaka-u.ac.jp/~okajima/PDF/kobayasi_yosiharu/kobayasiyosiharu/18.pdf


 願望をあらはすと云はれる「ばや」と云ふ助詞が古くからある。
  猶しぬべきなめり、今しばし生きてあらばや(落窪)
  かなしと思ふ娘をつかうまつらせばやとねがひ(源民)
  ほとゝぎすのこゑたづねありかばや(枕草孑)
と云ふやうなもので、奈良朝時代には見えないが、平安朝時代からは廣く行はれてゐる。勿論動詞の未然形の下に「ば」が附いて假定條件を現し、「生きてあらば如何に嬉しからむ」と云ふやうな文の下を省き、「や」と云ふ感動助詞を添へたものには違ひないが、「ばや」と云ふ接續が固定した結果、動詞の未然形について願望をあらはす一種の助詞のやうな形になつてゐたものに違ひない。それゆゑに、手爾葉大概抄之抄の昔にも、「や」の十品のうちに之を願の「や」の下に舉げ、富士谷成章も願属のあゆひとして藪へ、里言タイゾをあてたのである。
 この語は室町時代にも存在して居り、當時の口語を以て記した抄物にも見えてゐる。
(中略)
 然るに同じ抄物の中に、この平安朝以來の「ばや」と並んで全く同じ形のもので、甚だしく意味を異にして居るものがあり、寧ろその方が大數であることを見出して、中古語で親しい「ばや」を見た目で見ると,珍しい語法であると思ふことがある。「あらばや」と云ふ語が多いが、全く願望とは似て非なるもので否定をあらはし、「ない」と云ふのと同じ意味に用ひてある。


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Last-modified: 2022-08-08 (月) 10:02:00