音圖及手習詞歌考 一冊
大矢透著。大正七年出版。本書は五十音圖及び手習詞歌(阿女都千詞・大爲爾歌及び伊呂波歌)についてその形質製作年代及び作者について研究したもので、五十音圖に於いては三十五種の五十音圖を蒐集し、之を悉曇と對比して三種に分ち、またその作者は吉備眞備であるとの説を排して平安朝初期に圓仁の流派に出でたものとしてゐる。又手習詞歌については「あめつち」の詞は奈良朝末から天暦の頃まで行はれたもので、伊呂波歌の源流とも見るべきものであり、「大爲爾」の歌はその二つの中間にあるものであると云ってゐる。而して作者は從來説くが如く空海ではなく、やゝ時代が降って天暦から永觀頃までに空也・千観の徒によってなされたものと論じてゐる。この伊呂波歌の作者については後高野辰之氏が之に對して空海説をたてたが、全體として本書は確實な資料に依って緻密に考證したものでこの種研究の基礎となるもの。その所論は學界の承認する所である。
【參考】* [[日本歌謠史]] 高野辰之。大正十五年刊。 <a href="http://uwazura.cocolog-nifty.com/blog/2006/11/post_3301.html">*</a>(亀田次郎「国語学書目解題」)
http://blog.livedoor.jp/bunkengaku/archives/25242302.html>
音圖及手習詞歌考 おんづおよびてならひしかかう 語學書 一册
【著者】大矢透
【刊行】大正七年八月
【内容】本書は、著者が國語調査委員會の囑を受けて研究に着手した「假名通考」(假名源流考參照)の本編第五篇に當るもので、同會廢止後研究を完成したものである。内容は五十音圖及び手習に用ひられた詞歌(阿女都千詞.大爲爾歌・伊呂波歌)について、その形質、製作年代及び作者を研究したものである。まづ五十音圖については、著者が古今の典籍を探つて蒐集した三十五種の五十音圖を異同によつて三種に分ち、その原形を考へ、次に製作年代と作者については、吉備眞備説・神傳説の採用し難い事を論じ、その最古の圖は平安朝初期(承和から元慶頃まで)、圓仁の流派から出たものと推斷し、我國の音圖としての五十音圖の價値については、音圖は音韻を主とせず、清濁混用の假名を示すに止まるものであるが、これに依つて假名を制限し、動詞等の活用に便である點は、大に多とすべきであると記してゐる。
次に手習詞歌について、まづ「あめつち」の詞の出典を擧げ、語句を解釋し、次に「あめつち」の詞は、奈良朝末から天暦の頃まで行はれたもので、伊呂波歌の源流と見るべきものであると斷じ、次に「大爲爾《タヰニ》」の歌をあげ、「あめつち」の詞と伊呂波歌の中間にあるものであると説いてゐる。
次に伊呂波歌について「伊呂波歌研究の理由」「伊呂波歌及び之に關することの古書どもに見えたるもの」、「伊呂波歌の観察「寶龜以後氷観までの歌調」「空海時代の草假名字體」「天暦時代以上の音數」「天暦以前伊呂波歌存在の跡無し」、等と章を分けて説き、次に伊呂波歌は空海の作に非ずと斷定し、その證據として上來記した所を概括して、
(一)七五四句を以て一章とする和講式の歌謠は、天祿以前には無い。
(二)空海の時代には、伊呂波の如き極《ごく》略草の字體は殆ど存在しない。
(三)奈良朝から延喜頃まではア行のエとヤ行のエが區別せられてゐるのに、伊呂波歌にはこの別が無い。又「性靈集」「凌雲集」等に空海が伊呂波を作つたとの明證なく、「宇都穗物語」「口遊」等にも「あめつち」の詞や「たゐに」の歌を出して伊呂波を出してゐない。伊呂波歌の見える最初の文獻は、承暦三年書寫の「金光明最勝王經音義」で、空海より二百七十餘年後である。依つてそれは空海の作でも又その時代の作でもない。伊呂波歌は天祿から永觀頃までに成つたと思はれ、その作者は空也・千觀、或はその徒の手に成つたものであらうと記してゐる。
【價値】正確な資科を蒐集し、その考證を第一として居るのであるから、結論に於ては異論があるかも知れないが、資料の蒐集研究としては永久に價値を有するものであつて、音圖及び手習詞歌研究の某本となるものである。本書或はその一部の批評は、吉澤義則氏の「國語國文の研究」、高野辰之氏の「日本歌謠史」等に見えてゐる。 〔龜田〕
a href="http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/926012">近代デジタルライブラリー</a>
http://www.let.osaka-u.ac.jp/~okajima/PDF/miseiri/ooyaonzu/
序説
第一章 五十音圖
第一節 五十音圖の蒐集
第二節 五十音諸圖の異同
第三節 五十音圖の種類及び構成
第四節 五十音圖の製作時代及び其の作者
第五節 我が國の音圖としての五十音の價値
第二章 阿女都千ノ詞
第一節 阿女都千ノ詞の出典 http://kokugosi.g.hatena.ne.jp/kuzan/20110415
第二節 阿女都千ノ詞に對する先哲の所見 http://kokugosi.g.hatena.ne.jp/kuzan/20110416
第三節 阿女都千ノ詞の成立 http://kokugosi.g.hatena.ne.jp/kuzan/20110417
第四節 阿女都千ノ詞の行はれし時代 http://kokugosi.g.hatena.ne.jp/kuzan/20110418
第三章 大爲爾ノ歌 http://kokugosi.g.hatena.ne.jp/kuzan/20110414
第四章 伊呂波歌
第一節 伊呂波歌研究の理由
第二節 伊呂波歌及び之に關することの古書どもに見えたるもの
第三節 伊呂波歌の觀察
第四節 寶龜以後永觀までの歌調
第五節 空海時代の草假名字體
第六節 天暦時代以上の音數
第七節 天祿以前伊呂波歌存在の跡無し
第八節 伊呂波歌の空海の作ならさる斷定
第九節 伊呂波歌製作時代及び其の作者の推測
結論
附録 五十音圖證本
1五韻次第の首に挙げたるもの 谷森5
2孔雀経音義の末に付記せるもの 谷森22だが、大矢の発見
3古写本反音作法に見えたるもの 谷森6
4異本古写本反音作法に記したるもの 神尾文次郎が大矢透に貸与したもの
5梵字形音義に出せるもの 谷森7
6悉曇要訣に記せるもの
7古写本法華単字の末に付記せるもの 田中勘兵衛の影写による
8悉曇反音略釈に見えたるもの 橋本進吉の影写
9a古写本教長古今集註 篤胤 (谷森9)
9b顕昭古今集註 谷森9
9c顕昭古今袖中抄 谷森9
9d仮名日本紀 小杉榲邨の影写
10管絃音義中に行列共に散在せるもの<a href="http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/926012/100">*</a> 谷森10 篤胤
11古写本悉曇秘の表紙裏に記せるもの<a href="http://kindai.ndl.go.jp/BIImgFrame.php?JP_NUM=42030314&VOL_NUM=00000&KOMA=102&ITYPE=0 ">*</a>
12悉曇秘巻末に見えたるもの
13密宗肝要抄下に挙げたるもの 谷森8
14悉曇相伝に記されたるもの 橋本進吉写
15建仁四年具注暦の裏に写せる反音抄に見えたるもの (高山寺旧蔵)田中勘兵衛蔵
16古写本梵字音口伝中に行列の散見せるもの
17古写反音抄に挙げたるもの 谷森13(帝室博物館)
18悉曇字記明了房記に示せるもの (帝国図書館)
19悉曇輪略図抄に見ゆるもの<a href="http://kindai.ndl.go.jp/BIImgFrame.php?JP_NUM=42030314&VOL_NUM=00000&KOMA=112&ITYPE=0">*</a>
20反音作法に付記せるもの 谷森6と同資料
21倭片仮字反切義解に出せるもの 谷森3 篤胤
22二中歴中に載するところ 谷森14 佐藤誠実
23法華経音義に見えたるもの 谷森17
24古写本韻鏡字相伝口授に見えたるもの (大槻文彦)
25異本仮名遣近道に記されたるもの 谷森5' 「谷森善臣氏の手写せるものによる」
26古写本読経口伝明鏡集に見ゆるもの (和田英松)
27天文本和名類聚抄に記入せるもの 谷森4 篤胤
28寛永版韻鏡の首に出せるもの 篤胤
29和字正濫抄に示したるもの 篤胤
30和字解に挙げたるもの
31和字大観鈔に挙げたるもの 篤胤
32語意考に挙げたるもの 篤胤
33あゆひ抄に記せるもの 篤胤 谷森雑稿十郎
34漢字三音考に記されたるもの 篤胤
35古史本辞経に改訂せられたるもの