片假名 文字の一種
【名稱】片假字とも書く。「かたかんな」とも「大和假名」とも「五十音假名」ともいふ。「かたかな」「かたかんな」の名は、「宇津保物語」国譲・蔵開等の巻にあるのが初見で、「狭衣」「堤中納言物語」以下に見えてゐる。
【解説】假名(別項)の一種で、漢字から轉化して、日本の言語を寫すために用ひられる音節文字(假名文字)の一種。後世のもの及び現代のものは、字形が楷書體であつて、假名文字の他の一種なる平假名(別項)の草書體であるのと區別せられる。片假名は文字としては、平假名よりも獨立性が乏しく符號的である。それ故、發音を示す場合や、外国語を寫す時に用ひられること多く、さやうな場合には平假名の文の中にも混用せられる。発音を示す場合に、普通の假名では示しがたい音を示すため、片假名に或る符號を加へ、又は片假名を變造したものを片假名と共に用ひることがある。ヴ(v音を示す)〓(ye音を示す)などその例である。
【起原】 日本語を寫すに漢字以外のものがなかつた時代に於て、漢文の讀方を明かにするために、萬葉假名を以て訓を字傍に書き入れる事が起つたが、それは、ただ心構えのためのものであつたので、目立たぬやうに、胡粉を用ひ、又は朱や墨で細書したが、萬葉假名も點畫の簡単なものか、さもなければ、點畫を省略した簡単な形を用ひ、遂にはその形が本流となり、もとの漢字(萬葉假名)から獨立して、専ら日本語の音を示す特殊の文字(一種の音字)となつたのである。これが片假名で、その成立は平安朝初期であらうと思はれる。朝鮮の吏道(別項)も、漢字の略字を漢文訓讀に用ひたものから發達したもので、その形も片假名と一致するものがあるところから、これを學んで片假名を作つたとする説もあるが、(金澤庄三郎氏「国語の研究」所収「假名の起原j' Korean Repository, vol. II. No. 6所載 Wilkinson : A Korean Katakana など)、しかし、漢字の略字は奈良朝に於ても多く用ひられ、殊に正倉院文書中の琵琶譜の如き、片假名に甚だ近い形をしてゐるものもあるのであり、且つ當時は朝鮮からの影響はさほど多くはあるまいと思はれるから、片假名は日本獨自の発生と見るべきであらう。
【沿革】現に存する初期の片假名は、何れも漢文(主として佛典)の傍に附したもので、年代の明かなものでは、正倉院聖語藏の「成實論」】に附した天長元年の訓にあるものが最も古く、久原文庫の「百論」の天安二年の訓、石山寺の「大智度論」巻五十の同年の訓、聖語蔵の「地蔵十輪經」の元慶元年の訓などこれに次ぐ。この時代では同音の假名に、いろ〳〵の漢字(萬葉假名)から出たものがあり、又同じ漢字でもいろ〳〵違った部分を省略して、違った形になってゐるものもあって、異體の字が極めて多い。書體は大概草書又は行書であって、平假名と區別のないものが少くない。かやうに漢文の訓點のために起った片假名は、後世までも漢文の訓點に用ひられた。然るに片假名は字形が簡明であるために、兒童の文字を習ふ最初にこれを學ぶ事となり、平安朝以来現今までも一般の例となってゐる。江戸時代には片假名で五十音圖を書いて教へたが、耕雲明魏の「倭片假字反切義解」によれば、吉野朝の頃、五十音圖を倭片假字反切といってゐたやうであるから、五十音圖を片假名で書くのが例となってゐたことは、遅くも鎌倉時代以来のことであるらしい。片假名が用ひられるに従って、漢文の傍に附けたのを、漢字の間に插むやうになり、ついで、本文中の語をも間々片假名で書くやうになって、漢字と片假名を交へた文が院政時代からあらはれ、鎌倉時代の新興文學にも用ひられたが、一方、また男子の書く文には、和歌の書(髓腦や註釈書など)にも、片假名を用ひるものが生じ、遂に「後撰集」「伊勢物語」のやうな歌集や物語までも、片假名で書いたものがあらはれるに至った(今あるこの種の片假名字は、鎌倉時代のものである)。片假名は、平安朝の頃、「をんなもじ」たる平假名に対して「をとこもじ」といはれた漢字に伴って用ひられ、その補助的文字として發達したものであるから、後世までも、漢學者や僧侶は、主としてこれを用ひた。
片假名の字體はご平安朝中期までは、同音の字に種々の異體が多かつたが、その後、異體字は次第に少くなる傾向があり、字形も次第にその本源を忘れて獨自の變化をなし、室町中期以後は、大體今日の形に近く、異體字の數も著しく減じ、江戸時代に入つては、二三のものの外は、今日の形とほぼ同一になり、異體字もほとんどなくなつた。しかし、今日の字形に一定したのは、明治三十三年の小學校令で、小學校で用ひるべき字形を定めて以來のことである。片假名字體の變遷の大體の傾向としては、もと草行書から出て、古くはその筆意を存してゐたが、後に至るに隨つて、楷書體となつたのである。これは漢字と共に用ひられたがためであらう。
【学派】片假名の字源になつた漢字は、行草體のものが多かつたのみならず、當時行はれた異體のものが少くない。また、點畫を省略した略字が多數であるが、中には全形のまゝの・ものもある(ミチハなど)。略字には、漢字の一部分をとつたのでなく、全く逞つた形を用ひたものもある。ワの字源○の如きはこれである(この形は輪の字の略字として「金輪聖王」の如くリンと音讀する場合にも用ひた)。一々の片假名の字源は別表参照。
【作者】吉備眞備の作とする説が、耕雲明魏の「倭片假名反切義解」以後の諸書に見えてゐるが、萬葉假名を用ひてゐる中に自然に生じたもので、或る一人の作ではない(假名参照。〔以下増補参照〕
【参考】 假字本末 伴信友
文藝類纂卷一・二(字志)榊原芳野
假名遣及假名字體沿革史料 大矢透
假名源流考 國語調査委員會
假名の字源に就て 橋本進吉(明治聖徳記念學會紀要一一)
點本書目附録 吉澤義則(岩波講座、日本文學)
片カナ字源 村岡良弼(國文論纂) 〔橋本〕
国史大辞典 築島裕